【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

文字の大きさ
7 / 17
一章

7、バートとエーミル【2】

しおりを挟む
 思えばぼくは、おじさまに対してだけ「さま」をつけて呼んでいた。
 おじさまはよく喋る方でもないし(むしろ父さんの方が口が軽い)黙っていれば近寄りがたい雰囲気がある。

 なのに、まとわりついても嫌がられないし、ぼくの話を静かに聞いてくれる。主に兄さんにお菓子を取られたとか、猫に引っ掻かれたとか、水たまりに足を突っ込んだとか、そういう愚痴だ。

――エーミルも眠っている時に、ひょいと持ち上げられたらびっくりするだろう? 猫も同じなんだよ。

 穏やかに話しながら、おじさまはぼくのほっぺのひっかき傷を手当てしてくださった。
 
 きっとバートさまにとってのマルティナさまも同じなのだろう。
 心の中の柔らかな部分に存在して、何かあったらとびこんでいける人。それは親とは少し違い、もっと近くて懐かしい場所だ。

「ぼく達は、二人とも残されちゃったんですね」
「のこされたの?」

 瞳を潤ませながら、バートさまがぼくを見上げてくる。寝間着の膝を抱えたままで。
 この心細い背中は、おじさまが家を出た日のぼくそのものだ。
 だから、ぼくには分かる。ううん、ぼくにしか分からない。

「ぼく達は大丈夫だから、残されたんですよ。バートさまはしっかりなさっていると、マルティナさまはお考えなんです。でないと心配すぎて、お二人とも結婚できませんよ」
「ぼく、しっかりしてる?」

 小さなこぶしで、バートさまは濡れた睫毛を拭った。
 
「ええ、とてもしっかりなさっています。今日の午後にはマルティナさまも、こちらにいらっしゃいますし。あんまり寂しがっていては、心配なさいますよ」
「しんぱいさせないよ。でも……おねえさまに、ぎゅーってしてもいい?」

 遠慮がちな問いかけに、思わず頬が緩んでしまう。
 それはぼくが許可を出すことなんですか? でも、背中を押してほしいですよね。

「ええ、当然です。それはバートさまの権利ですから」
「けんりっ。だっこってけんりっていうんだ」

 うーん、それはどうでしょう?
 でも、ぼくも子どもの頃みたいにおじさまに頭を撫でてほしいなぁ、とつい思ってしまうのは内緒です。

 お茶の時間に招待されていたおじさまとマルティナさまが、二人揃って庭を歩いていらした。
 寄り添うお二人は、本当にお幸せそうに柔らかな風をまとっている。少し歩いては、マルティナさまはおじさまを見上げて微笑んでいらっしゃる。
 見ているこちらまで心が満たされるようだ。

「おねえさまーぁ」

 両手を前に出して、バートさまは走りだした。
 そんなに早く走れるんですか? とびっくりするほどに、バートさまの足は速い。
 咲き誇る薔薇が一斉に散って、辺りを薄紅や白い花びらで覆っていく。息苦しいほどの甘い香り。

 とびついて抱きついたバートさまを、マルティナさまは笑顔で抱きしめる。風に舞う薔薇の花弁の向こうで、二人を穏やかに微笑んで見つめるおじさま。
 まるで夢の中の光景のようだった。

「ぼく、なかなかったよ」
「えらいわねぇ、バートのことを心配していたのよ」
「しんぱいいらないよ?」

 ぼくの小さな主は、得意げにあごを上げる。
 あんなに、しょぼんとなさっておいでだったのに。強がりにも程があるでしょう。

「今朝ね、バートが摘んだクラウドベリーをいただいたの。おいしかったわ」
「そう? ぼくね、どこにクラウドベリーのみがなるか、しってるの。ひみつだけど、おねえさまにはおしえてあげてもいいよ」

 殿下はすっかりいつもの通りだ。ぼくは、ほっと胸を撫で下ろした。
 ひとしきりバート殿下の話を聞いていたマルティナさまが、ぼくの方に視線をお向けになる。

「ありがとうエーミル。あなたのお陰ね」
「いえ、そんな。ぼくは何も」

 きっとマルティナさまは、バートさまの目が少し腫れているのにお気づきになったのだろう。敢えてそれには触れない、姉としての優しさなのだろう。

 無言でぼくの側に歩み寄ったおじさまが、大きな手をぼくの肩に添えた。少し躊躇ったように睫毛を伏せた後で、その手はぼくの頭に載せられた。
 ずっしりと重い感触。でも懐かしくて……あまりにも懐かしくて。

「エーミル、本当にありがとう」

 ゆっくりと頭を撫でられて、おじさまの優しい笑顔が滲んでいく。
 雨なんか降っていないのに、おじさまの姿がぼやけていくんだ。
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

老伯爵へ嫁ぐことが決まりました。白い結婚ですが。

ルーシャオ
恋愛
グリフィン伯爵家令嬢アルビナは実家の困窮のせいで援助金目当ての結婚に同意させられ、ラポール伯爵へ嫁ぐこととなる。しかし祖父の戦友だったというラポール伯爵とは五十歳も歳が離れ、名目だけの『白い結婚』とはいえ初婚で後妻という微妙な立場に置かれることに。 ぎこちなく暮らす中、アルビナはフィーという女騎士と出会い、友人になったつもりだったが——。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~

しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。 とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。 「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」 だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。 追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は? すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。 小説家になろう、他サイトでも掲載しています。 麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!

【完結】社畜が溺愛スローライフを手に入れるまで

たまこ
恋愛
恋愛にも結婚にも程遠い、アラサー社畜女子が、溺愛×スローライフを手に入れるまでの軌跡。

身を引いたのに、皇帝からの溺愛が止まりません ~秘された珠の還る場所~

ささゆき細雪
恋愛
五年前、内乱の混乱のなかで姿を消した最愛の妃・白瑤華(はくようか)。 彼女を失った皇帝・景玄耀(けいげんよう)は、その後ただ一人を想い続けながら執務に追われていた。そんなある日、書類に彼女の名前を発見し、居ても立っても居られなくなる。 ――死んだはずの彼女が、生きている? 同姓同名かもしれないが確かめずにいられなくなった彼は地方巡察を決行。そこで、彼によく似た幼子とともに彼女と再会、地方官吏として働く瑤華と、珠児(しゅじ)を見て、皇帝は決意する――もう二度と、逃がさないと。 「今さら、逃げ道があると思うなよ」 瑤華を玄耀は責めずに、待ちの姿勢で包み込み、囲い込んでいく。 秘された皇子と、選び直した愛。 三人で食卓を囲む幸福が、国をも動かすことになるなんて――?    * * * 後宮から逃げ出して身を引いたのに、皇帝の溺愛は止まらない――これはそんな、中華風異世界ロマンス。

告白さえできずに失恋したので、酒場でやけ酒しています。目が覚めたら、なぜか夜会の前夜に戻っていました。

石河 翠
恋愛
ほんのり想いを寄せていたイケメン文官に、告白する間もなく失恋した主人公。その夜、彼女は親友の魔導士にくだを巻きながら、酒場でやけ酒をしていた。見事に酔いつぶれる彼女。 いつもならば二日酔いとともに目が覚めるはずが、不思議なほど爽やかな気持ちで起き上がる。なんと彼女は、失恋する前の日の晩に戻ってきていたのだ。 前回の失敗をすべて回避すれば、好きなひとと付き合うこともできるはず。そう考えて動き始める彼女だったが……。 ちょっとがさつだけれどまっすぐで優しいヒロインと、そんな彼女のことを一途に思っていた魔導士の恋物語。ハッピーエンドです。 この作品は、小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

氷の公爵の婚姻試験

潮海璃月
恋愛
ある日、若き氷の公爵レオンハルトからある宣言がなされた――「私のことを最もよく知る女性を、妻となるべき者として迎える。その出自、身分その他一切を問わない。」。公爵家の一員となる一世一代のチャンスに王国中が沸き、そして「公爵レオンハルトを最もよく知る女性」の選抜試験が行われた。

行き遅れ王女、重すぎる軍団長に肉で釣られる

春月もも
恋愛
25歳、独身、第四王女システィーナ。 夜会でも放置されがちな行き遅れ王女の前に、ある夜突然現れたのは、ローストビーフを差し出す重すぎる第三軍団長だった。 形のない愛は信じない。 でも、出来立ての肉は信じてしまう。 肉に釣られ、距離を詰められ、気づけば下賜され、そして初夜へ。 これは、行き遅れ王女が重たい愛で満たされるまでの、ちょっとおかしなお話。

処理中です...