【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

1、荷づくり

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 新生活に少し慣れた頃、私とマルティナさまは旅に出ることになった。

「新婚旅行よ。二人きりよ。どきどきするわ」
「まぁ、確かにそう呼ばれるものですね」

 荷物を詰めないといけないのに、マルティナさまはたびたび手を止めて天井を眺め、うっとりとなさっている。
 使用人に頼まずに、自分で持っていくものを選別したいのだそうだ。

「ここでも二人の生活ですが?」
「それはそうだけど。やっぱり新婚旅行となると特別感があるんですもの」

 なるほど、そういうものなのか。
 滞在先は海辺の避暑地に建つ離宮だし、私も王太子殿下の護衛を務めていた頃に仕事で訪れたことはある。なので新婚旅行といっても、特別とは思わなかったのだが。

「あのね、アレクと一緒にお出かけできるのがうれしいのよ?」
 
 くいっと袖を引っ張るマルティナさまが、仄かに頬を染める。深い蒼の両の瞳に、私の顔が映っている。というか、私の顔しか映していない。

「本当にマルティナさまは、私のことがお好きでいらっしゃいますね」
「もちろんよ。世界中のどんな人よりも、アレクのことが一番好きっていう自信があるわ、年季が入っているもの」

 妙なところでマルティナさまは胸を張った。
 そんな風にまっすぐに好意を向けられると、夫になった今でも気恥ずかしいのですが。

 さすがに幼い頃と違い「マルティナのことたくさんすき? ちょっとだけすき?」という強引な質問はなさらない。
 だからこそ、こちらが気をつけてさしあげなければならないのだ。

 あなたを好きという気持ちは、言葉にしなくとも伝わるはずだが。それを察してほしいなどという傲慢で怠慢な態度は、二人の間に距離ができてしまう恐れがある。

 私はマルティナさまの肩をそっと抱き寄せた。
 とくん、と微かに聞こえる音はマルティナさまの胸の鼓動だろうか。
 
 柔らかな蜂蜜色の髪を指で梳く。マルティナさまのブラウスと私のシャツの布越しに、やはり彼女のどきどきが伝わってくる。
 
 あなたは言葉を発していなくとも雄弁ですね。私に対しての気持ちが。

「私も楽しみですよ。愛する妻との旅行ですからね」
「……うん」

 マルティナさまの声は、今にも消え入りそうに儚い。私からは彼女のつむじしか見えないのだが、耳朶が赤く染まっているのが分かる。

「出発が遅れてはいけませんから、荷物を詰めましょうか?」
「……ええ」

 私が好意を示すと、マルティナさまは途端にしおらしくなる。照れていらっしゃるのだ。そんな所もいとおしくて可愛らしい。

 それからのマルティナさまは無言で、せっせと革のトランクと藤の鞄に荷物を詰めていらっしゃる。
 滞在先は離宮なので、着替えくらいしか必要はないのだが。トランクを前にマルティナさまは首をかしげている。

「どうかなさいましたか?」
「あのね。アレクの鞄は余裕がある?」
「まぁ、たいした荷物もありませんから。こちらに入れてもいいですよ」

 女性なので服がかさばるのはしょうがないのかもしれない。私が手をさしだすと、マルティナさまはそれを私のてのひらに載せた。

「え? これって」

 私が手に載せているのはぬいぐるみだった。十数年前から姫さまが大事にしている、犬のアレクだ。
 これはどうしたものか。私はしばし瞼を閉じた。

「必要ですか? ぬいぐるみ」
「置いていったら、アレクが寂しがるわ」
「その『アレク』とは、ぬいぐるみのことですよね」

 こくりと頷くマルティナさまには、恥ずかしがる様子は微塵もない。
 確か、夜眠るときに寂しいからぬいぐるみのアレクが必要だったのでは? 今は私と眠っているのですから、寂しいとも思えませんが。
 いつのまにぬいぐるみに人格……犬格? をお与えになったのです?

「持っていっては駄目かしら? だぁれもいないお部屋で、アレクが一人でいるのは可哀想すぎるわ」

 ああ、やはり。
 姫さまは、私とぬいぐるみを同一視なさっている。
 私は諦めの苦笑をうかべた。

「いいですよ。私の荷物に入れておきましょう」
「ほんとう?」
「ええ。そのアレクがいないと、姫さまも不安でしょうから」

 軽く頭を撫でてさしあげると、マルティナさまは恥じらいながら微笑んだ。
 世の中には旅に出る時に枕を持っていったり、愛用の毛布を持っていく人もいるのだ。何が大事かは人それぞれだからな。

 そんなわけで、私のトランクの中には犬のアレクが横たわっている。
 しかもマルティナさまは、柔らかな布でぬいぐるみを包んでいらっしゃった。
 大事なんですね、そのぬいぐるみが。
 彼女にとっては私の分身であるが故に、照れくさく恥ずかしい反面、そこまで大事にしてもらえるのが少々羨ましい。いや、相手はぬいぐるみなのだが。

 離宮に着いたら、荷ほどきは自分でしよう。同名のぬいぐるみを入れているのがあちらの使用人に知られるのは、さすがに弁解しても信じてもらえなさそうだ。
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