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二章
2、マルティナが生まれる前のこと【1】
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今日は、わたしの娘のマルティナとアレクサンドルさんが、新婚旅行に出発しました。
離宮といっても、陛下がよくお使いになっている多島海を見下ろす場所ではなく、かなり南方に下ったところにあります。
クリスティアンさまと結婚してから、わたしも何度か訪れたことはありますが。マルティナは初めてなのではないかしら。
「心配だ」と小さくなっていく馬車を見送るクリスティアンさま。馬車の後を追いかけて、とうとう門の外まで出て行ってしまったバートに、護衛のエーミルさんが慌てて付き添っています。
マルティナはみんなに愛されて、本当に幸せですね。
そういうわたしも、平然とした表情を浮かべてはいますが。実は昨日の夜は心配で心配で眠れなかったんです。
南の離宮は遠いので、マルティナが車酔いしないかしら? 我儘を言って、アレクサンドルさんを困らせないかしら? いつもはお庭に出れば、あの子たちの暮らす新居が見えるのだけれど。明日からは夜になっても灯りはともらないのね、といろいろ考えると寝つけなくなってしまったんです。
静かな夜。隣ではクリスティアンさまが身動きもせずに眠っていらっしゃいます。
こんな風に眠れない夜は、あの子が生まれる前にもありました。
クリスティアンさまと結婚して一年ほど経った頃。わたしは体調を崩すことが多かったのです。
「慣れぬ環境で無理がたたっているのではないか? つらいことがあれば、私に何でも言ってほしい。私は……あなたの家族なのだから」
ベッドに横になるわたしの手を、クリスティアンさまが握ってくださいます。
「私は、デイジーの顔が曇るのを見るのがつらいのだ」
「クリスティアンさま」
いいえ、つらいことなんてないの。
言葉は母国と似ているので、発音が違うくらいで綴りは一緒だから難しくないですし。
それに王族の方々も使用人も、異国から嫁いだ私のことを気遣ってくれます。
むしろ父や妹と暮らしていた頃の方が、つらかったんです。何を言っても信じてもらえず、疎ましく思われていた日々に比べれば、今は楽園にいるかのよう。
なんでも耐えよう、クリスティアンさまのお傍にいられるだけでいいと思っていたのに。こんなに優しくしていただいて、申し訳ないほどですもの。
「殿下。妃殿下にお食事をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
メイドがワゴンを押して、お部屋に入ってきました。
「食べられそうか? マルガレータ。いや、無理でもひと口くらいは食べような」
お部屋に二人きりではなくなったので、クリスティアンさまはわたしのことを愛称で呼ぶのをおやめになりました。
ええ、恥ずかしいですものね。
「好き嫌いはないので、大丈夫ですよ」
「そうだったな。デ……マルガレータは何でも食べるよい子……ではなく、よい人だ」
ワゴンの布巾を取りながら、メイドが「デ?」と首を傾げます。
ああ、そこは気にしないで。お願いですから。
サイドテーブルに並べられたのは、林檎のジュースの入ったグラス、とろりとしたカリフラワーのスープ。紅茶に牛乳。それにベリー。
それだけで終わればよかったのですが……わたしは見てしまったんです。
オーツ麦の粥を。
「オーツ麦の粥は栄養が豊富だからな。しっかりと食べなさい」
「え、ええ……」
どうしましょう。わたし、好き嫌いはほとんどないのですけれど。お粥は本当に苦手で苦手で。
オーツ麦もお米のミルク粥も、パン粥も……駄目なんです。どろりとして、少し粘りけがあって。
「さぁ、早く元気になろうな」
にこにこと微笑みながら、クリスティアンさまはベッドのそばに座って、わたしを眺めていらっしゃいます。
なんでも食べるよい人と言われてしまった以上、いまさら好き嫌いがあるのを思い出したなんて言えません。
わたしのために用意されたものを、無下にできませんもの。
「殿下、先生をお連れしました」
ノックの音と共に、アレクサンドルさんとお医者さまが入ってきました。
離宮といっても、陛下がよくお使いになっている多島海を見下ろす場所ではなく、かなり南方に下ったところにあります。
クリスティアンさまと結婚してから、わたしも何度か訪れたことはありますが。マルティナは初めてなのではないかしら。
「心配だ」と小さくなっていく馬車を見送るクリスティアンさま。馬車の後を追いかけて、とうとう門の外まで出て行ってしまったバートに、護衛のエーミルさんが慌てて付き添っています。
マルティナはみんなに愛されて、本当に幸せですね。
そういうわたしも、平然とした表情を浮かべてはいますが。実は昨日の夜は心配で心配で眠れなかったんです。
南の離宮は遠いので、マルティナが車酔いしないかしら? 我儘を言って、アレクサンドルさんを困らせないかしら? いつもはお庭に出れば、あの子たちの暮らす新居が見えるのだけれど。明日からは夜になっても灯りはともらないのね、といろいろ考えると寝つけなくなってしまったんです。
静かな夜。隣ではクリスティアンさまが身動きもせずに眠っていらっしゃいます。
こんな風に眠れない夜は、あの子が生まれる前にもありました。
クリスティアンさまと結婚して一年ほど経った頃。わたしは体調を崩すことが多かったのです。
「慣れぬ環境で無理がたたっているのではないか? つらいことがあれば、私に何でも言ってほしい。私は……あなたの家族なのだから」
ベッドに横になるわたしの手を、クリスティアンさまが握ってくださいます。
「私は、デイジーの顔が曇るのを見るのがつらいのだ」
「クリスティアンさま」
いいえ、つらいことなんてないの。
言葉は母国と似ているので、発音が違うくらいで綴りは一緒だから難しくないですし。
それに王族の方々も使用人も、異国から嫁いだ私のことを気遣ってくれます。
むしろ父や妹と暮らしていた頃の方が、つらかったんです。何を言っても信じてもらえず、疎ましく思われていた日々に比べれば、今は楽園にいるかのよう。
なんでも耐えよう、クリスティアンさまのお傍にいられるだけでいいと思っていたのに。こんなに優しくしていただいて、申し訳ないほどですもの。
「殿下。妃殿下にお食事をお持ちしました」
「ああ、入ってくれ」
メイドがワゴンを押して、お部屋に入ってきました。
「食べられそうか? マルガレータ。いや、無理でもひと口くらいは食べような」
お部屋に二人きりではなくなったので、クリスティアンさまはわたしのことを愛称で呼ぶのをおやめになりました。
ええ、恥ずかしいですものね。
「好き嫌いはないので、大丈夫ですよ」
「そうだったな。デ……マルガレータは何でも食べるよい子……ではなく、よい人だ」
ワゴンの布巾を取りながら、メイドが「デ?」と首を傾げます。
ああ、そこは気にしないで。お願いですから。
サイドテーブルに並べられたのは、林檎のジュースの入ったグラス、とろりとしたカリフラワーのスープ。紅茶に牛乳。それにベリー。
それだけで終わればよかったのですが……わたしは見てしまったんです。
オーツ麦の粥を。
「オーツ麦の粥は栄養が豊富だからな。しっかりと食べなさい」
「え、ええ……」
どうしましょう。わたし、好き嫌いはほとんどないのですけれど。お粥は本当に苦手で苦手で。
オーツ麦もお米のミルク粥も、パン粥も……駄目なんです。どろりとして、少し粘りけがあって。
「さぁ、早く元気になろうな」
にこにこと微笑みながら、クリスティアンさまはベッドのそばに座って、わたしを眺めていらっしゃいます。
なんでも食べるよい人と言われてしまった以上、いまさら好き嫌いがあるのを思い出したなんて言えません。
わたしのために用意されたものを、無下にできませんもの。
「殿下、先生をお連れしました」
ノックの音と共に、アレクサンドルさんとお医者さまが入ってきました。
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