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二章
4、到着
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新婚旅行で滞在する離宮に馬車がついた。
アレクがわたしの手を取って、ワゴンから下ろしてくれる。
「頭上に注意してください。また頭を打ちますよ」
「また、って。馬車から降りる時には打ったことはないわ」
「はいはい。気をつけましょうね」
確かにちょっと頭が痛いから、今日は後頭部の髪をリボンで結ぶ髪型ではなく、そのまま下ろしているけれど。
「やはり日差しが強いですね。こちらをお使いください」と、お花の刺繍が入った白い日傘をアレクが渡してくれる。
「雨じゃないのに傘をさすの?」
「王都の辺りでは少ないですが。こちらは南方なので、日焼けを防ぐためにも日傘が必要なのだそうです」
そうなのね。
雨を受けるわけではない傘は、ほんのりと光を通している。確かに普段よりも暑いかもしれないわ。
「アレクは日傘を使わないの?」
「私は結構です。似合いませんから」
「まぁまぁ、そう言わずに」
わたしは相合傘になるように、アレクに日傘を差しかけた。当然、身長がぜんぜん違うから、うんと背伸びをしてだけれど。
アレクが遠慮しているわけではないのは分かっているわ。でも普段から日焼けしている褐色の肌のアレクには、白い色がよく似合うから。素敵だと思うの。
「姫さま。お戯れが過ぎますね」
「姫さまなんて呼ばないで」
「いいえ、日傘を引いてくださるまでは『姫さま』とお呼びさせていただきます」
もうっ。わたしがいつまでも姫さまと呼ばれるのが嫌だって分かっているくせに。
そう考えて、はっとした。
わたし達の到着の知らせを受けて、車寄せに使用人たちが集まり始めている。
こんな中で、まるで家のようにアレクにじゃれついていたら……みっともないわ。
大きく深呼吸して、優雅にアレクの手を取る。
少し後ろに傾けて日傘を差しつつ、正面のファサードへ向かう。
小さい頃から礼儀作法を叩きこまれているから、どう振る舞えば王女らしい奥ゆかしさと雅な印象を与えられるかはよく知っている。
胸を少し逸らして顔を上げ、足の運びはつまさきから地面につける。
「お待ちしておりました。遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
「ありがとう。お世話になるわね」
高貴な笑みをたたえるのは、正直顔の筋肉が疲れてしまう。
でもね、離宮の使用人たちが、とても嬉しそうにわたし達を迎えてくれるから。かなり大きな猫をかぶっていないと、ね。
◇◇◇
見事だ。
私は隣をしずしずと進むマルティナさまを見て、呆気にとられた。
外と中ではこうも違うのか、と。
というか、別人でしょうが。あなた。
離宮の使用人たちは、王族を迎えるのは慣れているはずなのに。マルティナさまに微笑まれて、瞳をきらきらさせている。
王女だからか? いや、違う。独身の頃のクリスティアン殿下のお供で、この離宮を訪れた時にも何人かは同じ顔ぶれの使用人がいたが。
そこまで大喜びではなかったぞ。
さすがにマルティナさまも大人になってからは、廊下を走ることはなくなったが。それなりに大きくなってからも、階段を二段飛ばしして駆け下りて足を捻挫したんですよ?
昨夜は新居の図書室で、私か使用人を呼べばいいものを、ご自分で高い位置の書棚の本を取ろうとして。本の雪崩に遭ったのだ。
寝室をそーっと出て、隣室の図書室に入る気配がしたから、すぐに戻ってくるだろうと思ったのだが。
いつまでもベッドの私の隣は、空いたままだった。
しばらくして「うわぁぁぁん」という泣き声と共に、床に散乱した本の中で倒れる姫さまを発見した時は、まず心配すべきなのか叱るべきなのか、相当迷ったんですよ?
「何をなさっておいでだったのですか?」
「……旅行に持っていく本を選んでいたの」
「それは出発の前夜にすることでしょうか?」
冷静な質問が気に食わなかったのだろう。姫さまは涙目のまま口を尖らせて、私を睨みつけた。
ええ、全然怖くありませんね。
「姫さま。お返事を」
オイルランプの仄かな明かりに、深い蒼の瞳が水をたたえた湖のように濡れている。
「だって、さっき思いついたんだもの」
「では私をお呼びくだされば、高い位置の本くらい簡単に取れますよ」
「だって。アレクはもう眠いだろうから申し訳なくて」
散乱した本を片付けながら、涙声で話す姫さま。
駄目ですね。私の眠さなど優先させないでください。私にとっての最重要事項は、マルティナさまが健やかでいらっしゃることなんですよ。
そんな風に思いやりをかけられては、何も言えません。
「あのね、ぬいぐるみのアレクと一緒にこの本もアレクのトランクに入れてもいい?」
「いいですよ」
「えっと二冊なんだけれど」
「しょうがありませんね」
愛読書のロマンス小説を(結婚しているのに恋愛小説が必要なのか、はなはだ疑問なのだが)を、姫さまは私に手渡した。
そして姫さまの頭には、今も打撲の跡が残っている。
御者と和やかに談笑しながら馬車から荷物を下ろすポーター。彼の持つ私の荷物の中に、姫さまの恋愛小説とぬいぐるみが入っているとは想像もしないだろう。
「言えないよなぁ……イメージというものがある」と、私はぼそりと呟いた。
でもまぁ、よそいき顔の姫さまはお綺麗なんだよな。
多分、私もまばゆい目をしていることだろう。
アレクがわたしの手を取って、ワゴンから下ろしてくれる。
「頭上に注意してください。また頭を打ちますよ」
「また、って。馬車から降りる時には打ったことはないわ」
「はいはい。気をつけましょうね」
確かにちょっと頭が痛いから、今日は後頭部の髪をリボンで結ぶ髪型ではなく、そのまま下ろしているけれど。
「やはり日差しが強いですね。こちらをお使いください」と、お花の刺繍が入った白い日傘をアレクが渡してくれる。
「雨じゃないのに傘をさすの?」
「王都の辺りでは少ないですが。こちらは南方なので、日焼けを防ぐためにも日傘が必要なのだそうです」
そうなのね。
雨を受けるわけではない傘は、ほんのりと光を通している。確かに普段よりも暑いかもしれないわ。
「アレクは日傘を使わないの?」
「私は結構です。似合いませんから」
「まぁまぁ、そう言わずに」
わたしは相合傘になるように、アレクに日傘を差しかけた。当然、身長がぜんぜん違うから、うんと背伸びをしてだけれど。
アレクが遠慮しているわけではないのは分かっているわ。でも普段から日焼けしている褐色の肌のアレクには、白い色がよく似合うから。素敵だと思うの。
「姫さま。お戯れが過ぎますね」
「姫さまなんて呼ばないで」
「いいえ、日傘を引いてくださるまでは『姫さま』とお呼びさせていただきます」
もうっ。わたしがいつまでも姫さまと呼ばれるのが嫌だって分かっているくせに。
そう考えて、はっとした。
わたし達の到着の知らせを受けて、車寄せに使用人たちが集まり始めている。
こんな中で、まるで家のようにアレクにじゃれついていたら……みっともないわ。
大きく深呼吸して、優雅にアレクの手を取る。
少し後ろに傾けて日傘を差しつつ、正面のファサードへ向かう。
小さい頃から礼儀作法を叩きこまれているから、どう振る舞えば王女らしい奥ゆかしさと雅な印象を与えられるかはよく知っている。
胸を少し逸らして顔を上げ、足の運びはつまさきから地面につける。
「お待ちしておりました。遠路はるばる、ようこそおいで下さいました」
「ありがとう。お世話になるわね」
高貴な笑みをたたえるのは、正直顔の筋肉が疲れてしまう。
でもね、離宮の使用人たちが、とても嬉しそうにわたし達を迎えてくれるから。かなり大きな猫をかぶっていないと、ね。
◇◇◇
見事だ。
私は隣をしずしずと進むマルティナさまを見て、呆気にとられた。
外と中ではこうも違うのか、と。
というか、別人でしょうが。あなた。
離宮の使用人たちは、王族を迎えるのは慣れているはずなのに。マルティナさまに微笑まれて、瞳をきらきらさせている。
王女だからか? いや、違う。独身の頃のクリスティアン殿下のお供で、この離宮を訪れた時にも何人かは同じ顔ぶれの使用人がいたが。
そこまで大喜びではなかったぞ。
さすがにマルティナさまも大人になってからは、廊下を走ることはなくなったが。それなりに大きくなってからも、階段を二段飛ばしして駆け下りて足を捻挫したんですよ?
昨夜は新居の図書室で、私か使用人を呼べばいいものを、ご自分で高い位置の書棚の本を取ろうとして。本の雪崩に遭ったのだ。
寝室をそーっと出て、隣室の図書室に入る気配がしたから、すぐに戻ってくるだろうと思ったのだが。
いつまでもベッドの私の隣は、空いたままだった。
しばらくして「うわぁぁぁん」という泣き声と共に、床に散乱した本の中で倒れる姫さまを発見した時は、まず心配すべきなのか叱るべきなのか、相当迷ったんですよ?
「何をなさっておいでだったのですか?」
「……旅行に持っていく本を選んでいたの」
「それは出発の前夜にすることでしょうか?」
冷静な質問が気に食わなかったのだろう。姫さまは涙目のまま口を尖らせて、私を睨みつけた。
ええ、全然怖くありませんね。
「姫さま。お返事を」
オイルランプの仄かな明かりに、深い蒼の瞳が水をたたえた湖のように濡れている。
「だって、さっき思いついたんだもの」
「では私をお呼びくだされば、高い位置の本くらい簡単に取れますよ」
「だって。アレクはもう眠いだろうから申し訳なくて」
散乱した本を片付けながら、涙声で話す姫さま。
駄目ですね。私の眠さなど優先させないでください。私にとっての最重要事項は、マルティナさまが健やかでいらっしゃることなんですよ。
そんな風に思いやりをかけられては、何も言えません。
「あのね、ぬいぐるみのアレクと一緒にこの本もアレクのトランクに入れてもいい?」
「いいですよ」
「えっと二冊なんだけれど」
「しょうがありませんね」
愛読書のロマンス小説を(結婚しているのに恋愛小説が必要なのか、はなはだ疑問なのだが)を、姫さまは私に手渡した。
そして姫さまの頭には、今も打撲の跡が残っている。
御者と和やかに談笑しながら馬車から荷物を下ろすポーター。彼の持つ私の荷物の中に、姫さまの恋愛小説とぬいぐるみが入っているとは想像もしないだろう。
「言えないよなぁ……イメージというものがある」と、私はぼそりと呟いた。
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多分、私もまばゆい目をしていることだろう。
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