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二章
6、昼食
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浜辺には、日よけのついたバルコニーのあるお店が並んでいた。
海に近すぎて、色褪せた木の床には砂がこぼれているほど。
サンダルの下で、じゃりっと音がするのが妙な心地で、わたしは何度も足裏を見つめた。
「店の中の席にしますか?」
「ううん、ここがいいわ。だって風が吹き抜けて心地いいんですもの」
どこかで花が咲き乱れているのかしら。目には見えないけれど、吹く風に甘く清しい香りが混じっている。
砂浜には、白くて首の長い優美な鳥が、すっと立っている。白鳥ほどには大きくなくてほっそりと儚く美しい。あれは鷺ですよ、とアレクが教えてくれた。
アレクと一緒にバルコニーの端へと向かう。多分、一番目立たないけれど見晴らしのよい席。棕櫚のような椰子のような大きな葉が、海風にばさりと揺れているし、その向こうには白くまばゆい砂浜と蒼玉を溶かしこんだような海が見える。
天蓋に日よけの布が斜めに掛かっていて、白と水色のストライプを透かして、天頂に差し掛かった太陽の光が滲んだように透けている。ときおり風をはらんで、覆いは少し膨らんで見えた。
アレクに椅子を引いてもらって席に着くと、テーブルにはガラスの水差しとグラスが置いてあった。輪切りの檸檬に薄荷の入った水は、甘みはなくて香りが高い。
浜辺は照り返しがきつくて、少し肌が熱っぽいから。その涼しさがちょうどいい感じ。
「何になさいます? 海辺ですから、魚や貝がお薦めのようですよ」
メニューの書かれた紙を見せてもらったけれど。サーモンやタラみたいに、食べ慣れている魚が見当たらないの。
うーんうーんと、一人で困っていると、もうウェイターが注文を取りに来た。
「私の一存で選んでもよろしいですか?」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げて、メニューをアレクに手渡す。
しばらくして運ばれてきたお料理が、テーブルに並べられた。こちらは一品ずつではなく、一度に用意されるみたい。
「この刻んであるのは、生の魚ね」
「ライムの果汁でマリネしてあるそうです。酸っぱいんでしょうね」
火を通さないニシンの酢漬けは食べることがあるけれど。ライムとお塩の生魚は、初めて。刻んだ玉ねぎと緑のハーブで和えてある。
ひとくちいただくと、オリーブオイルの香りとライムの酸味が口の中で広がった。
「すごいわ、生なのに食べやすいわ。いいえ、おいしいわ」
「それはよかったです」
向かいの席に座るアレクがにっこりと微笑む。
「アレクがわたしの護衛でよかったわ。だって、二人きりの時間を誰にも邪魔されないでしょう?」
「奇遇ですね、私も同じことを思ったことがあります。クリスティアン殿下は護衛の存在に慣れていらっしゃいますが、妃殿下がどうしても私が常にお傍にいるのが気にかかったようで」
「お母さまが?」
苦い笑みをアレクは浮かべた。手にはちぎったパンを持っている。バターではなくオリーブオイルとお塩をつけて食べるのが、この辺りの流儀のようで、ガラスの小鉢には澄んだ緑色のオイルが入っていた。
「私を影として扱ってくださらないのです。いえ、殿下も良くしてくださったというか……頼りにしてくださったのですが。お二人でいらっしゃる時は、私の存在を無視してくださっていいのに。妃殿下が頻繁に声をかけてくださるのです」
なんとなく分かる気がする。
お母さまは誰一人知り合いのいないこの国に嫁いできて、常に傍にいるアレクのことを護衛以上に親しく思っていたのかもしれない。
お父さまが信頼しているアレクですもの、きっと安心していろんなお話をしていたのね。
野菜がたっぷり入った赤くて辛くて酸っぱいスープを、わたしは銀色のスプーンですくった。
テーブルには茹でた海老や、塩焼きにしたお魚(名前は結局分からなかった)が並んでいる。
海老は手で掴んで食べてもいいようで、テーブルには指先を洗う水の入ったボウルが置かれていた。塩だけのあっさりとした味と、ぷりっとした歯ごたえ。
「どれもおいしいわ」
「お口に合って良かったです」
吹き抜ける風は心地よく、初めての味のお魚やスープは珍しく、いつも通りにアレクが傍にいてくれることがとても嬉しくて。わたしはにこにこしていた。
だってアレクに「マルティナさま、にやけていらっしゃいますよ」なんて指摘されたんですもの。
違うの、にやけていたんじゃなくて微笑んでいたのよ。
もうっ、きっとわざとそう言ったのね。
海に近すぎて、色褪せた木の床には砂がこぼれているほど。
サンダルの下で、じゃりっと音がするのが妙な心地で、わたしは何度も足裏を見つめた。
「店の中の席にしますか?」
「ううん、ここがいいわ。だって風が吹き抜けて心地いいんですもの」
どこかで花が咲き乱れているのかしら。目には見えないけれど、吹く風に甘く清しい香りが混じっている。
砂浜には、白くて首の長い優美な鳥が、すっと立っている。白鳥ほどには大きくなくてほっそりと儚く美しい。あれは鷺ですよ、とアレクが教えてくれた。
アレクと一緒にバルコニーの端へと向かう。多分、一番目立たないけれど見晴らしのよい席。棕櫚のような椰子のような大きな葉が、海風にばさりと揺れているし、その向こうには白くまばゆい砂浜と蒼玉を溶かしこんだような海が見える。
天蓋に日よけの布が斜めに掛かっていて、白と水色のストライプを透かして、天頂に差し掛かった太陽の光が滲んだように透けている。ときおり風をはらんで、覆いは少し膨らんで見えた。
アレクに椅子を引いてもらって席に着くと、テーブルにはガラスの水差しとグラスが置いてあった。輪切りの檸檬に薄荷の入った水は、甘みはなくて香りが高い。
浜辺は照り返しがきつくて、少し肌が熱っぽいから。その涼しさがちょうどいい感じ。
「何になさいます? 海辺ですから、魚や貝がお薦めのようですよ」
メニューの書かれた紙を見せてもらったけれど。サーモンやタラみたいに、食べ慣れている魚が見当たらないの。
うーんうーんと、一人で困っていると、もうウェイターが注文を取りに来た。
「私の一存で選んでもよろしいですか?」
「お願いします」
ぺこりと頭を下げて、メニューをアレクに手渡す。
しばらくして運ばれてきたお料理が、テーブルに並べられた。こちらは一品ずつではなく、一度に用意されるみたい。
「この刻んであるのは、生の魚ね」
「ライムの果汁でマリネしてあるそうです。酸っぱいんでしょうね」
火を通さないニシンの酢漬けは食べることがあるけれど。ライムとお塩の生魚は、初めて。刻んだ玉ねぎと緑のハーブで和えてある。
ひとくちいただくと、オリーブオイルの香りとライムの酸味が口の中で広がった。
「すごいわ、生なのに食べやすいわ。いいえ、おいしいわ」
「それはよかったです」
向かいの席に座るアレクがにっこりと微笑む。
「アレクがわたしの護衛でよかったわ。だって、二人きりの時間を誰にも邪魔されないでしょう?」
「奇遇ですね、私も同じことを思ったことがあります。クリスティアン殿下は護衛の存在に慣れていらっしゃいますが、妃殿下がどうしても私が常にお傍にいるのが気にかかったようで」
「お母さまが?」
苦い笑みをアレクは浮かべた。手にはちぎったパンを持っている。バターではなくオリーブオイルとお塩をつけて食べるのが、この辺りの流儀のようで、ガラスの小鉢には澄んだ緑色のオイルが入っていた。
「私を影として扱ってくださらないのです。いえ、殿下も良くしてくださったというか……頼りにしてくださったのですが。お二人でいらっしゃる時は、私の存在を無視してくださっていいのに。妃殿下が頻繁に声をかけてくださるのです」
なんとなく分かる気がする。
お母さまは誰一人知り合いのいないこの国に嫁いできて、常に傍にいるアレクのことを護衛以上に親しく思っていたのかもしれない。
お父さまが信頼しているアレクですもの、きっと安心していろんなお話をしていたのね。
野菜がたっぷり入った赤くて辛くて酸っぱいスープを、わたしは銀色のスプーンですくった。
テーブルには茹でた海老や、塩焼きにしたお魚(名前は結局分からなかった)が並んでいる。
海老は手で掴んで食べてもいいようで、テーブルには指先を洗う水の入ったボウルが置かれていた。塩だけのあっさりとした味と、ぷりっとした歯ごたえ。
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「お口に合って良かったです」
吹き抜ける風は心地よく、初めての味のお魚やスープは珍しく、いつも通りにアレクが傍にいてくれることがとても嬉しくて。わたしはにこにこしていた。
だってアレクに「マルティナさま、にやけていらっしゃいますよ」なんて指摘されたんですもの。
違うの、にやけていたんじゃなくて微笑んでいたのよ。
もうっ、きっとわざとそう言ったのね。
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