【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

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二章

8、初めての夜

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 オイルランプは消してもらっているのに。確かに火の消えた後の燈心の少し焦げた匂いがしているのに。
 どうしてこんなにもお部屋が明るいの?

 窓からは、木々の間に水平線が見えている。月とそれを映した海の両方が輝いているから、夜とは思えないほどに室内がはっきりと見える。もちろん、アレクの姿も。

「あの、カーテンを閉めてもらってもいいかしら」
「……無理ですね」
「え、どうして? じゃあわたしが」

 ベッドから立ち上がろうとすると、ぐいっと体を押さえつけられてしまった。
 普段のアレクと違うみたい……どうして?

「マルティナさまのご要望通り、灯りは消しましたよ?」
「でも、カーテンが」
「暗すぎると、あなたの姿が見えないでしょう?」

 さっきと言っていることが真逆なんだけど。アレク、分かってる?
 
「実のところ、困っているんですよ」

 わたしが頭を置いている枕に手をついて、アレクは眉を下げる。彼の重みで、柔らかな枕が沈み込んだ。

「部屋を暗くしてほしいという願いはもっともです。ですが、あまり暗すぎてあなたの顔が見えないと……困ったことに幼い頃のあなたの姿が思い浮かんでしまうのですよ」
「それは、だめなの?」
「だめですね。ですから、うっすらとでもいいので今のあなたを見せてください」

 よ、よく分からないけれど。アレクにはいろいろと思うところがあるのね。
 でも確かにそうなのかも。アレクと知り合ってから十数年過ぎているけれど。アレクはそんなに変わらないのに、わたしはよちよち歩きの頃からずいぶんと大人になったわ。

「昔からわたしの気持ちは変わらないのよ?」
「ええ、存じております」

 辺りが影に包まれた。月が雲に隠れたのかと思ったけれど、それはアレクが顔を寄せたからだった。
 柔らかなキス、そしてくちづけは徐々に深くなっていった。

 夜風を肌に感じ、ふるっと身を震わせる。いつのまにかわたしの寝間着ははだけられ、肩も胸も露わになっていた。
 
 素肌にも肩にも鎖骨にも、そして胸にも。アレクのくちづけが降ってくる。まるで優しい春の雨みたいに。やむことなく、何度も何度も。

「ひ……っ」とみっともない声を上げてしまい、わたしは慌てて手で口を押さえようとした。だって、アレクの手が、ひんやりとした指が、恥ずかしい部分を撫でるんですもの。

「もうちょっと色気があると嬉しいですね」なんて、憎らしい言葉を呟きながら、アレクったら揶揄うように笑っている。

 でも、だめ。いつの間にか寝間着は全部脱がされて、下着も剥ぎとられて、床に落とされている。
 アレクも手荒に自分の寝間着を脱いだ。もどかしいようにボタンを外して、冴えた月の光が彼の逞しい体の輪郭を黄水晶シトリンの粒で彩っているかのよう。

 わたし、これからアレクに抱かれるんだわ。
 彼を迎えるために、わたしは両腕をのばした。少し硬いアレクの髪に指を埋めて、体を重ねる。
 ぎしり、とベッドが軋んで、わたしよりもひんやりとしたアレクの肌が重なる。
 彼の指の動きに合わせて、息が上がって。目の前が白くなって。

 痛いかもしれないって、アレクは言っていたのに。痛くはなかった。
 月が傾いて、床に落ちる四角い檸檬色の光も移動して壁を照らしているのに。ずっとずっとアレクに与えられる愉悦の波に呑まれそうで。

「苦しいですか?」
「だいじょう、ぶ。だから」

 嘘。本当はとても苦しいの。頭の中が真っ白になりそうで、それを堪えるのに必死で。なのにアレクは「いいんですよ。溺れてしまっても」と、わたしの耳元で囁いた。
 その言葉が合図だったかのように、アレクの愛し方が激しくなった。

 シーツが、そりかえるわたしの背の下で乱れている。布がこすれる音と、ベッドの軋む音、そして風を受けたウィンドチャイムの澄み切った音が、重なりあっている。
 甘くて耐え切れないほどの苦しさに、わたしはアレクの背にしがみついた。
 短い吐息が、どんどん速くなって。アレクの息も乱れている。
 わたしの頬を撫でる彼の手が、しっとりと湿っている。普段は乾いているのに。

「きれいですよ、マルティナ」
「やっ……言わない、で」
「何度でも言います。私のマルティナ、本当に愛らしくて美しい。あなたは私だけの姫です」

 アレクの汗が、ぽたりとわたしのひたいに落ちてくる。
 その微かな感触すらも、快感に変わる。

「……ふ、ぁあ……っ、だめ、もうだめ」
「ええ、そうですね。私ももう駄目みたいですよ」

 耳元で囁かれるかすれた低い声が、わたしを追い上げていく。普段から余裕のあるアレクなのに、その声は切羽詰まったように聞こえた。

 目の前がちかちかして、わたしは悲鳴に似た声を上げて。そして頭の中が真っ白になった。

 結婚して初めての夜じゃないのに。潮をはらんだ夜風と月に見守られて迎えた、二人にとっての初めての夜だった。
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