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二章
9、これからも一緒
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白いカーテンが夜風をはらんで、ふわりと揺れている。
あまりにも長い時間、マルティナさまを抱いていたから、すでに月は沈んだようだ。窓の外は星明かりだけで、いっそう暗さが増している。
だが、闇に慣れた目には、ベッドにしどけなく横たわるマルティナさまの姿はよく見えた。
投げ出された細い腕、しなやかにそろえられた脚。少し呼吸が浅いのだろうか、柔らかな胸がせわしなく上下している。
この手に彼女のなめらかな肌の感触が今も残っている。
本当はいつまでも触れていたいけれど、抱いていたいけれど。そもそも体力が違いすぎるのだから、それはできない。
マルティナさまの首から下、ちょうど服をお召しになれば隠れて見えない部分に私の執着が花を散らしたように残っている。
鎖骨にも腕の内側のマシュマロのように柔らかな肌にも、胸にもほっそりとした腰にも。
どこにくちづけても、マルティナさまは敏感に反応なさって……本当に困る。
しかも「愛しているわ、アレク」などと耳元で、とぎれそうな声で囁かれるのだ。
お願いです、あまり私を煽らないでください。
あなたを壊してしまいそうで、自分で自分が怖いのです。
乱れたままのシーツの上で眠りに落ちるマルティナさまは、まるで咲きはじめの白い百合のように思えた。
しんという静寂の音がきこえるほどの静けさ。
マルティナさまの微かな呼吸だけが耳に届く。
「まったくキスしすぎだ。どれほど好きなんだ」
呆れた声が洩れてしまった。
いつも……十数年も前から、私のことを好きで好きでたまらないのはマルティナさまの方だった。いつからだろう、あなたのことを誰にも渡したくないと感じたのは。この世の誰よりも大事で、愛していると思ったのは。
……ああ、自分の気持ちを、もうごまかさなくてもいいと気づいてからだ。
夜風はひんやりと、私の肌を撫でていく。マルティナさまが風邪をお召しにならないように、床に落ちた寝間着を拾い上げた。
着替えのお手伝いは初めてではないが。暗がりでは小さなボタンが留めにくい。
私の指が肌に触れると、マルティナさまは「ん……」と身をよじらせた。
「痛くはなかったですか?」
答える声もないのに、私は問うた。
あなたを傷つける者は誰であっても許さない。それが私であってもだ。
性急に自分の欲だけを満たせば、彼女が伝え聞いた拷問になってしまう。初めてのあなたに恐怖心を植えつけたくはなかった。
柔らかな蜂蜜色の髪を、私は指に巻きつけた。くせのある髪は、すぐには解けずに私の指に絡まったままだ。
「あなたの初恋に選んでいただいて、光栄ですよ。マルティナ」
上体を屈ませて、愛しい妻の頬にキスをする。何度目のキスだろうか、数えたらさすがに自分でも引くかもしれない。
どこかで花が開いたのかもしれない。姿も見えぬし、名も知らぬが。甘く清々しい香りが夢のようにおぼろげに漂ってきた。
◇◇◇
体が……痛いわ。
痛いというか、重い。筋肉痛みたいな、お腹の下の方が重くて、関節が軋むような。
鳥のさえずりと、まばゆい光に目覚めたわたしは上体を起こした。
寝間着は……着ている。でも、ボタンを掛け違えているのは、きっとアレクが着せてくれたからね。
わたしは隣で眠るアレクの金の髪を撫でた。わたしには寝間着を着せてくれたのに、自分は上半身は裸のまま。
ふと、彼の背中を見るとひっかき傷があるのに気づいた。
「もしかして、わたしがひっかいたの?」
どうしよう、これはかなり痛いんじゃないかしら。血が滲むほどではないけれど、明らかにミミズばれになっているもの。
「名誉の負傷ですよ」
「アレク。起きていたの?」
「頭を撫でられて目を覚ますのも、悪くないですね」
やっぱり手の甲にもひっかき傷の残るアレクの指が、わたしの頬に触れる。
「ごめんなさい、痛いでしょう?」
「まぁ、おあいこですね」
「でも……」
どう考えてもアレクの方が痛そうだわ。わたしのは鈍い痛みだもの。
「薬草をもらってくるわ」
ベッドから降りようとしたら、アレクに腕を掴まれた。その時、ちゃんと留められていないボタンが外れて。わたしの胸が見えてしまった。
え? なぁに、これ。体中に薔薇の花弁が散ったように赤っぽい痣が残ってるの。確認すると脚にもお腹にも、腕にも。
「わたし病気なのかしら?」
「ご心配なく。私が残した痕ですよ。どちらの痕が先に消えるか、ですね」
混乱して、風に揺れる白いカーテンを呆然と眺めていると、さらにぐいっと腕を引っ張られて、わたしはベッドに倒れ込んだ。
そのままアレクの腕に閉じ込められる。
「ゆうべは美しかったですよ、マルティナ」
「い、言わないで」
思い出してしまった。ゆうべ、自分がどんな風だったのか。アレクの腕の中で、どんな声を上げたのか。
今にも消え入りそうな声だったから、アレクが顔を寄せてくるの。
「これからも一緒ですよ。約束です」
返事ができない。すると「マルティナ。返事が聞こえませんね」と詰め寄られた。
「はい」
短く答えるのがやっとだった。
なのに、アレクったらとても嬉しそうに輝くような笑顔を見せてくれたの。たぶん、わたしが初めて目にするくらいのまぶしい笑顔よ。
あまりにも長い時間、マルティナさまを抱いていたから、すでに月は沈んだようだ。窓の外は星明かりだけで、いっそう暗さが増している。
だが、闇に慣れた目には、ベッドにしどけなく横たわるマルティナさまの姿はよく見えた。
投げ出された細い腕、しなやかにそろえられた脚。少し呼吸が浅いのだろうか、柔らかな胸がせわしなく上下している。
この手に彼女のなめらかな肌の感触が今も残っている。
本当はいつまでも触れていたいけれど、抱いていたいけれど。そもそも体力が違いすぎるのだから、それはできない。
マルティナさまの首から下、ちょうど服をお召しになれば隠れて見えない部分に私の執着が花を散らしたように残っている。
鎖骨にも腕の内側のマシュマロのように柔らかな肌にも、胸にもほっそりとした腰にも。
どこにくちづけても、マルティナさまは敏感に反応なさって……本当に困る。
しかも「愛しているわ、アレク」などと耳元で、とぎれそうな声で囁かれるのだ。
お願いです、あまり私を煽らないでください。
あなたを壊してしまいそうで、自分で自分が怖いのです。
乱れたままのシーツの上で眠りに落ちるマルティナさまは、まるで咲きはじめの白い百合のように思えた。
しんという静寂の音がきこえるほどの静けさ。
マルティナさまの微かな呼吸だけが耳に届く。
「まったくキスしすぎだ。どれほど好きなんだ」
呆れた声が洩れてしまった。
いつも……十数年も前から、私のことを好きで好きでたまらないのはマルティナさまの方だった。いつからだろう、あなたのことを誰にも渡したくないと感じたのは。この世の誰よりも大事で、愛していると思ったのは。
……ああ、自分の気持ちを、もうごまかさなくてもいいと気づいてからだ。
夜風はひんやりと、私の肌を撫でていく。マルティナさまが風邪をお召しにならないように、床に落ちた寝間着を拾い上げた。
着替えのお手伝いは初めてではないが。暗がりでは小さなボタンが留めにくい。
私の指が肌に触れると、マルティナさまは「ん……」と身をよじらせた。
「痛くはなかったですか?」
答える声もないのに、私は問うた。
あなたを傷つける者は誰であっても許さない。それが私であってもだ。
性急に自分の欲だけを満たせば、彼女が伝え聞いた拷問になってしまう。初めてのあなたに恐怖心を植えつけたくはなかった。
柔らかな蜂蜜色の髪を、私は指に巻きつけた。くせのある髪は、すぐには解けずに私の指に絡まったままだ。
「あなたの初恋に選んでいただいて、光栄ですよ。マルティナ」
上体を屈ませて、愛しい妻の頬にキスをする。何度目のキスだろうか、数えたらさすがに自分でも引くかもしれない。
どこかで花が開いたのかもしれない。姿も見えぬし、名も知らぬが。甘く清々しい香りが夢のようにおぼろげに漂ってきた。
◇◇◇
体が……痛いわ。
痛いというか、重い。筋肉痛みたいな、お腹の下の方が重くて、関節が軋むような。
鳥のさえずりと、まばゆい光に目覚めたわたしは上体を起こした。
寝間着は……着ている。でも、ボタンを掛け違えているのは、きっとアレクが着せてくれたからね。
わたしは隣で眠るアレクの金の髪を撫でた。わたしには寝間着を着せてくれたのに、自分は上半身は裸のまま。
ふと、彼の背中を見るとひっかき傷があるのに気づいた。
「もしかして、わたしがひっかいたの?」
どうしよう、これはかなり痛いんじゃないかしら。血が滲むほどではないけれど、明らかにミミズばれになっているもの。
「名誉の負傷ですよ」
「アレク。起きていたの?」
「頭を撫でられて目を覚ますのも、悪くないですね」
やっぱり手の甲にもひっかき傷の残るアレクの指が、わたしの頬に触れる。
「ごめんなさい、痛いでしょう?」
「まぁ、おあいこですね」
「でも……」
どう考えてもアレクの方が痛そうだわ。わたしのは鈍い痛みだもの。
「薬草をもらってくるわ」
ベッドから降りようとしたら、アレクに腕を掴まれた。その時、ちゃんと留められていないボタンが外れて。わたしの胸が見えてしまった。
え? なぁに、これ。体中に薔薇の花弁が散ったように赤っぽい痣が残ってるの。確認すると脚にもお腹にも、腕にも。
「わたし病気なのかしら?」
「ご心配なく。私が残した痕ですよ。どちらの痕が先に消えるか、ですね」
混乱して、風に揺れる白いカーテンを呆然と眺めていると、さらにぐいっと腕を引っ張られて、わたしはベッドに倒れ込んだ。
そのままアレクの腕に閉じ込められる。
「ゆうべは美しかったですよ、マルティナ」
「い、言わないで」
思い出してしまった。ゆうべ、自分がどんな風だったのか。アレクの腕の中で、どんな声を上げたのか。
今にも消え入りそうな声だったから、アレクが顔を寄せてくるの。
「これからも一緒ですよ。約束です」
返事ができない。すると「マルティナ。返事が聞こえませんね」と詰め寄られた。
「はい」
短く答えるのがやっとだった。
なのに、アレクったらとても嬉しそうに輝くような笑顔を見せてくれたの。たぶん、わたしが初めて目にするくらいのまぶしい笑顔よ。
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