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三章

1、白い犬の飼い主【1】

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 今日はファルケと一緒にお散歩です。
 屋敷の裏に広がる牧草地でファルケを好きに走らせるのがいいのでしょうが。この子は、わたしと一緒にのんびりと道を歩くのを好むんです。
 きっと犬種を間違えて生まれてきてしまったのね。

 石を積んだ低い塀。その向こうではのんびりと茶色い牛が草を食み、塀の側に植えられた林檎の木は白にほんのりと薄桃色の混じった花をふんだんに咲かせています。

「きれいですね、ファルケ」

 わたしの歩みはゆっくりなので、果たして猟犬の散歩としては如何なものかしら、と思うんですけど。
 でも、ファルケが嬉しそうに咲き誇る林檎の花を眺めているので、良しとしましょう。

「ねぇ、少し遠出をして騎士団まで行ってみない?」
「わふっ」
「今日はお供もつれていないですし、マティアスさまのお仕事の邪魔をしてはいけないですから。近くに行くだけですよ」

 わたしの提案にファルケは尻尾を振ります。
 そういえば最近、騎士団長が長期の休暇をとったそうです。気候のいい海岸でのんびりなさっているとか。
 その町はお父さまが所有なさっている領地の一つで、気分も晴れるからと仰っていました。

 悩みの多いお仕事なんですね。マティアスさまは大丈夫でしょうか。

 ふいに馬車がやたらと土煙を上げて、わたし達を追い越していきました。
 わたしはとっさに目を閉じて、ファルケを抱きしめました。おっとりした子ですから、咳き込んだり目に土が入ったりしたら大変ですもの。

 けたたましい音を立てて、馬車は遠ざかっていきます。
 ワゴンについたエンブレムは、お父さまのお知り合いの方の物。確か議会で顔を合わせることが多いと仰っていたわ。

「気を付けないとね、ファルケ。馬車は危ないのよ」
「わふっ」
「そうね、わたしはあなたを守るけれど。もしわたしが怪我をしたら。騎士団が近ければマティアスさまに、お家の方が近ければ家令のエミルに知らせてね」

 黒い被毛についた土を手で払ってやります。でも帰ったらお風呂に入れて上げないと駄目みたい。

 その時です。重い足音が近づいてきたの。
 音のする方を見ると、お父さまのお知り合いの方がわたしの方へと歩み寄ってきます。先ほどの馬車に乗っていた男性で、先日の狩りにも参加なさっていたはずです。

「ほぉ。ユスティーナ嬢は、駄犬を連れて散歩か」

 ご挨拶をしようと思って立ち上がったわたしは、言葉を失いました。
 道にしゃがみ込んだわたしを見下ろしていたのは、お父さまの知り合い……確か。

「ブルンブルン子爵?」
「ブルンベルヘンだ。お前の姓であるブレンストレームと大差なかろう。それすらも覚えられないのか? 頭の弱い娘だ」

 やたらと体が細長いブルンベルヘン子爵は、帽子のつばをステッキで少し上げて、冷ややかな眼差しで見据えてきます。
 後方に停まった馬車から従者と、何かがするりと降りて、こちらへと向かってきます。

 さっきまで一緒に寄り添っていたファルケが、急にわたしの前に立ちました。
 走ってくる白いグレイハウンドに向かい、まるで壁になるかのように。

 ファルケが低く唸っています。わたしは察しました。
 そうです、狩りの時に翻弄された白い犬です。そしてブルンベルヘン子爵は、議会で常にお父さまの足を引っ張っている……そう、我が家と敵対している人です。

「何か御用ですか? 父でしたら今日は不在です」
「御用もなにも……別に伯爵に会いに来たわけではない」

 ふっ、とブルンベルヘン子爵は口の端で笑います。そしてステッキを音もなく動かしました。
 それを合図に、白い猟犬がファルケに跳びかかってきたんです。
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