わたし、輝いちゃったの。ごめんなさいね

絹乃

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2、素敵なレディになるの

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 お嬢さんの特訓は苛烈を極めました。
 マナーは食事も、会話も、歩き方も、ふるまいも。
 
 ヴェールマン商会に置いてある新聞を毎日読むこと。常に姿勢を正して、微笑みを絶やさないこと。髪にオイルを塗ったところで、そんなのは表面的。栄養をとって髪に艶を与えること。まだたくさんあります。

 今日は歩き方のレッスン。
 お屋敷の長い長い廊下を、歩いていきます。廊下には等間隔に姿見の鏡が。

「背筋が伸びていなくてよ!」
「は、はひ」
「どうして肩が前にくるの。御覧なさい、この鏡を。鏡に映るご自分の姿を。まるで猿でしてよ」
「ひ、ひどい」
「泣いている暇なんてないわ。あなた、猿のままでいいの? レディになりたいんじゃないの?」

 きつい言葉だけれど、フローラお嬢さんの言葉に嘘はありません。

 たしかにお嬢さんは、すっくとした立ち姿で。まるで香り高く咲きほこる清浄な白百合のよう。
 それにくらべてわたしときたら、まるで踏みしだかれる雑草のよう。目の下に隈だってできています。

 翌日は会話のレッスン。
 言葉遣いと、アクセントやなまりを直されます。

 でも、それだけじゃありません。
 どのような話題を選ぶかは、わたしに任されているんです。

 柑橘の香りのする紅茶と、さっくりと焼かれたクッキーを前に、わたしはおろおろとしてしまいました。

「あの、テオとわたしがつきあうようになったのは。彼がわたしに告白してくれたからで。その、染め物師を彼はしているんですけど。仕事帰りに、ときどき道ですれ違うことがあったからで」
「そう」

 フローラお嬢さんは、興味なさそうに紅茶をひとくち飲みました。
 いけません。もっとテオのすばらしさを披露しなければ。

「テオは、とてもやさしいんです。こんな地味で目立たないわたしに、朝も夕もいつもあいさつを返してくれるんです」
「あいさつを返すのは、当然のマナーじゃないかしら」

 ちくりと心が痛みました。
 そうですよね。フローラお嬢さんは、あいさつをすれば、ちゃんと返してもらえる人。無視なんてされない人ですよね。

「じゃあ、あの。テオって猫が好きなんです。家でも三匹飼っていて」
「ねぇ、あなた。会話が弾んでいないのに、気づいてる?」
「は?」
「普段でしたら、わたくしも興味のない話題でも話をあわせますわ。でもね、これは特訓。どうして自分の興味のあることしかしゃべらないの? わたくしが退屈そうにしているって、見抜けない?」

「それは、気づいていました」
「ならば話題を変えるべきよ。どうしてテオの話しかなさらないの? テオにしか興味がないの? あなたが人から軽んじられるのは、見た目の地味さだけではないと思うわ。しゃべっていてイライラするのよ」

 雷に打たれたように、わたしはくらくらしました。
 指が小刻みに震えて、ティーカップを持つこともできません。
 口のなかがからからに渇いて、唇を開けません。

「あなたの頭の中にはテオしかいないから。こんな無様な状態になるのよ。もし誰かがあなたと会話がはずんでも、それは相手があなたの退屈な話に合わせてくれているだけ。あなたは相手の優しさに気づかずに、けっきょくは呆れられる羽目になるのよ」

 痛い。痛いです。
 お嬢さんのひとことひとことが、針のようで。全身をくまなく針で刺されているようで。
 苦しいんです。

「まぁ、わたしもあなたを虐めたいわけじゃないわ」

 とさっと、テーブルの上にたたんだ新聞が置かれました。

「うちの店に新聞を置いてあるから。空いた時間にそれを毎日読みなさいと言ってるわよね」
「は、はひぃ」

 声が裏返ってしまいました。

「文字くらい読めるわよね、当然よね。ちゃんと読んでいるの? 『読む』と『眺める』は違うのよ」

 文字は追えるんです、でも書いてある意味がよくわからなくて。議会とか賄賂とか、もうまったく。

 夜、ベッドに入っても頭のなかで『議会が開催されるも、議員の五名が除籍。危ぶまれる貴族院のゆくえ』『王は国民への揺るぎない信頼の基盤を築くべき』なんて、訳の分からない文字がぐるぐると渦巻いて。

 浅い眠りと覚醒をくりかえして、結局夜明けを迎えることもしばしば。

「あら、覚醒なんて言葉を使えるなんて。あなた語彙力が上がったんじゃなくて」
「え? わたし、口に出していましたか?」
「ええ。でも、すごいわ。成果はまだまだだけれど。こんなにもわたくしの特訓についてこられるとは、思いもしなかったもの」

 初めてフローラお嬢さんに、褒められました。

「お、お嬢さんっ」

 涙で目が潤んで、お嬢さんの姿が滲みます。
 いつもあんなにも厳しくて、放つ言葉が鞭のようなフローラお嬢さんが、お優しくなるなんて。
 これまでは悲しいか、悔しいときにしか涙は出ませんでした。そういうものだと思っていました。
 でも、違うんですね。うれしくても、涙って出るんです。

「みっともないわね。お拭きなさい、ヴィオラ」

 初めてフローラお嬢さんに、名前で呼んでもらえました。

 手渡された白いハンカチは、とてもなめらかで。わたしはこんなにも美しいハンカチを貸してくださることに感動したのです。

「もう。紅茶が冷めちゃったじゃないの」

 呆れたように肩をすくめるお嬢さんが、なにか閃いたように目を輝かせました。
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