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4、騎士見習い
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雪が花のように降る午後のこと。
騎士見習いであるテオドルに、王妃からお呼びがかかった。
「テオドル。お前、何かしたのか?」
従騎士にもなっていないテオドルへの呼び出しに、騎士たちが心配そうに声をかける。
今日の修行が終わり、テオドルはちょうど騎士館の自室へ戻るところだった。
迎えの馬車はもう来ている。
「心当たりはありません」
テオドルの返事はそっけない。
ブラント伯爵家は、王妃の実家とつながりがあるが。テオドルは、妃殿下とは面識がある程度だ。
「まぁ、お叱りとは思わないが」
「従騎士だと荷が重いか。俺たち騎士の誰かがついていこうか?」
十二歳のテオドルは、屈強な騎士から見ればまだまだ幼い。騎士たちの優しさは嬉しいが、男ではなく子どもとして扱われることが悔しくもある。
「ぼく一人で、大丈夫です。では、着替えがありますので」
白い息を吐くテオドルは、表情を変えることもなく答えた。
「落ち着いていると言うか、感情が薄いと言うか。十二歳の少年とは思えないな」
「しょうがないさ。テオドルは果たされぬ約束の為に、騎士を目指しているんだ。聖女の約束が、かろうじてあいつを生かしているんだろうな」
自室へと戻る、まだ細いテオドルの背中を見送りながら、先輩の騎士たちは話している。
「殺されたビアンカさまが、本当に生まれ変わってテオドルの元に戻るなど。現実的ではない。テオドルも諦めているだろうが……どこかで信じていたいんだろうな」
積もるほどではない雪は、地面に落ちてはすぐに消えていった。
顔を洗ったテオドルは、黒い服に着替えて馬車へと向かう。
(王妃さまがぼくに用事があるのなら、まず父さまに話が行くはずだ。でも、こんな子どもに用がおありになるはずもない。もしかしてイーヴァル殿下に関することなんだろうか。話し相手、とか?)
第一王子は、確か五歳だとテオドルは考える。遊び相手には、十二歳の自分では年が離れている。
考え事をしている内に、馬車は王宮の車寄せに着いた。
すでに使用人がテオドルの到着を待っていてくれた。
たかが従騎士ひとりに、寒風の吹くなかを大層なことだ、とテオドルは思った。
◇◇◇
「急にごめんなさいね。テオドル」
「いえ。妃殿下のお呼びであれば、騎士見習いとして馳せ参じるのが当然ですので」
幼さの残る少年の堅苦しい物言いに、王妃は柔らかに目を細めた。
王宮の応接室は広く、白い柱と金色の格子で縁どられた碧の天井が印象的だ。天井まである窓の外は灰色の雲が重く、雪も静かに落ちているのに。暖炉で薪が燃えているので、室内は温かい。
「どうぞ、お座りになって」
テオドルは王妃と対面する席に腰を下ろした。王妃の後ろには、侍女が控えている。
(イーヴァル殿下の話し相手、というわけではないのか)
それでも不思議と緊張はしなかった。度胸があるというよりも、テオドルは感情がないと言われることが多い。
王妃の隣に、揺りかごが置いてある。その中に、ふっくらとした薔薇色の頬の赤ん坊が眠っていた。
「先月生まれたばかりの、セシリアよ」
「おめでとうございます」
テオドルは、それ以上の言葉が出てこなかった。
王女がお生まれになって、国中が喜んでおります、とか。王妃さまに似ていらっしゃいますね、とか。口では何とでも言えるはずなのに。
唇が動かない。声が出てこない。
(もしかして、ぼくは緊張しているのか?)
自覚をしたのがいけなかった。膝の上に置いた手に、足の震えが伝わってくる。
騎士見習いであるテオドルに、王妃からお呼びがかかった。
「テオドル。お前、何かしたのか?」
従騎士にもなっていないテオドルへの呼び出しに、騎士たちが心配そうに声をかける。
今日の修行が終わり、テオドルはちょうど騎士館の自室へ戻るところだった。
迎えの馬車はもう来ている。
「心当たりはありません」
テオドルの返事はそっけない。
ブラント伯爵家は、王妃の実家とつながりがあるが。テオドルは、妃殿下とは面識がある程度だ。
「まぁ、お叱りとは思わないが」
「従騎士だと荷が重いか。俺たち騎士の誰かがついていこうか?」
十二歳のテオドルは、屈強な騎士から見ればまだまだ幼い。騎士たちの優しさは嬉しいが、男ではなく子どもとして扱われることが悔しくもある。
「ぼく一人で、大丈夫です。では、着替えがありますので」
白い息を吐くテオドルは、表情を変えることもなく答えた。
「落ち着いていると言うか、感情が薄いと言うか。十二歳の少年とは思えないな」
「しょうがないさ。テオドルは果たされぬ約束の為に、騎士を目指しているんだ。聖女の約束が、かろうじてあいつを生かしているんだろうな」
自室へと戻る、まだ細いテオドルの背中を見送りながら、先輩の騎士たちは話している。
「殺されたビアンカさまが、本当に生まれ変わってテオドルの元に戻るなど。現実的ではない。テオドルも諦めているだろうが……どこかで信じていたいんだろうな」
積もるほどではない雪は、地面に落ちてはすぐに消えていった。
顔を洗ったテオドルは、黒い服に着替えて馬車へと向かう。
(王妃さまがぼくに用事があるのなら、まず父さまに話が行くはずだ。でも、こんな子どもに用がおありになるはずもない。もしかしてイーヴァル殿下に関することなんだろうか。話し相手、とか?)
第一王子は、確か五歳だとテオドルは考える。遊び相手には、十二歳の自分では年が離れている。
考え事をしている内に、馬車は王宮の車寄せに着いた。
すでに使用人がテオドルの到着を待っていてくれた。
たかが従騎士ひとりに、寒風の吹くなかを大層なことだ、とテオドルは思った。
◇◇◇
「急にごめんなさいね。テオドル」
「いえ。妃殿下のお呼びであれば、騎士見習いとして馳せ参じるのが当然ですので」
幼さの残る少年の堅苦しい物言いに、王妃は柔らかに目を細めた。
王宮の応接室は広く、白い柱と金色の格子で縁どられた碧の天井が印象的だ。天井まである窓の外は灰色の雲が重く、雪も静かに落ちているのに。暖炉で薪が燃えているので、室内は温かい。
「どうぞ、お座りになって」
テオドルは王妃と対面する席に腰を下ろした。王妃の後ろには、侍女が控えている。
(イーヴァル殿下の話し相手、というわけではないのか)
それでも不思議と緊張はしなかった。度胸があるというよりも、テオドルは感情がないと言われることが多い。
王妃の隣に、揺りかごが置いてある。その中に、ふっくらとした薔薇色の頬の赤ん坊が眠っていた。
「先月生まれたばかりの、セシリアよ」
「おめでとうございます」
テオドルは、それ以上の言葉が出てこなかった。
王女がお生まれになって、国中が喜んでおります、とか。王妃さまに似ていらっしゃいますね、とか。口では何とでも言えるはずなのに。
唇が動かない。声が出てこない。
(もしかして、ぼくは緊張しているのか?)
自覚をしたのがいけなかった。膝の上に置いた手に、足の震えが伝わってくる。
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