小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃

文字の大きさ
48 / 78
三章

9、お夕食

しおりを挟む
 仕事を終えたアレクが振り返ってくれたのに、わたしったら恥ずかしさのあまりバルコニーの柵に隠れてしまった。

 ど、どうしよう。気分を害しちゃったかしら?
 でも、アレクはそんなことで怒らない。うん、大丈夫。

 夕食の時間。わたしはお父さまとお母さま、バートと共に席についた。
 お顔、にやけちゃってないかしら。
 きりりと表情を引き締めて、キノコのクリームスープをいただく。
 
 かちゃん、と銀のスプーンがスープ皿に当たって。ああ、緊張しちゃう。
 隣に座るバートが、子ども用の小さいスプーンを握りしめてわたしを見上げてくる。
 見なくていいのよ。

 そして蒸したアーティチョーク。こんな日に限って、食べにくいものが出てきてしまう。
 巨大な松ぼっくりみたいな緑のアーティチョークは、外側の硬い咢の部分は一枚ずつめくって手でいただく。そしていちばん中の芯の部分はナイフとフォークで。

 卵黄とレモンとバターのソースをつけて。
 おいしいのよ、普段だったらおいしいの。
 でも今日は、お父さまやお母さまにアレクのことが知られないか心配で。
 ああ、味が分からない。

 ころん、とわたしの手から緑の咢が転がり落ちた。そしてなぜかテーブルの上に一枚、二枚、三枚と積まれていく。
 え? そんなに落としていたかしら。

「あー、マルティナ。いろいろと思うところはあるだろうが。その、食事には集中しなさい。ほら、バートが真似をするだろう?」

 お父さまに言われて隣を見ると、バートがアーティチョークの咢を一枚一枚めくっては、まるで不安定なタワーのように積んでいる。

「おねえさま、じょうずね。ぼくもがんばるね」
「あ、ありがとう」
 
 じゃなくって「駄目でしょ」でしょ。でも、自分がしちゃってるから注意もできやしない。

 結局お母さまがバートに注意をしてくださった。
 
「マルティナ。そわそわする気持ちも分かりますけど、落ち着きましょうね」
「え?」

 優しい口調のお母さまの言葉。もしかして、もしかしたら……ばれたりしている?
 お父さまとお母さまは互いに顔を見合わせると、うなずいた。
 わたしは心を落ち着けるために、レモンの入った水を飲む。

「アレクから聞いている。マルティナと結婚したいと」
「げほっ」

 レディにはあるまじきことだけれど、盛大に噎せてしまった。

「返事ももうもらったとも聞いたな」
「ごほっ、げほっ」
「相手がアレクサンドルでなければ、さすがにまだ早いと反対するのだが。そんなことをすればマルティナは家出をしそうだしなぁ」

「王女が王宮を家出というのは、さすがに恥ずかしいですね」と、お母さまがうなずいた。

 だめ、まともに器官に入ってしまったわ。わたしは白いナプキンを上品に口に当てつつも、どこかのおじさんのように豪快な咳をする。

「まだ結婚年齢に達していないから。しばらくは婚約期間だな」
「よかったですね、マルティナ。初恋が実るなんて、そうそうないと言いますから」
「え? デイジーは私が初恋じゃないのか?」

 驚いたように目を丸くするお父さま。そしてお顔を赤らめるお母さま。
 あの、デイジーって誰ですか?
 
「わたしの初恋は、もちろん殿下ですよ」
「そう? そうだよな。うん。そうだと思っていた」
「あと、子どもの前で愛称は……恥ずかしすぎますから」

 突然、目の前で照れながらにこにこと微笑みあう両親を見せられる娘の気持ちにもなってください。
 そうね、お母さまの名前はマルガレータで。これはお花のマーガレットのことで、それよりも小さくて愛らしいのがデイジーだものね。
 由来は分からなくはないけれど。

 なんだか聞いているこっちが恥ずかしくなってしまった。

 その後の夕食は、ほとんど会話もなく。銀のカトラリーが立てる音だけが、やけに大きく聞こえた。
 グリルした羊にはミントのジェリーが添えられていたのだけれど。普段は苦手なその料理が、気にならないくらい味が分からなかった。

「ミントのあめとおにくをいっしょに食べてるみたいで、おいしいねぇ」

 呑気に食事に集中していたのは、バートだけだった。
 うーん、ちょっと酸っぱいミントジェリー。どうしてお肉に添えるのかしら?
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モンスターを癒やす森暮らしの薬師姫、騎士と出会う

甘塩ます☆
恋愛
冷たい地下牢で育った少女リラは、自身の出自を知らぬまま、ある日訪れた混乱に乗じて森へと逃げ出す。そこで彼女は、凶暴な瘴気に覆われた狼と出会うが、触れるだけでその瘴気を浄化する不思議な力があることに気づく。リラは狼を癒し、共に森で暮らすうち、他のモンスターたちとも心を通わせ、彼らの怪我や病を癒していく。モンスターたちは感謝の印に、彼女の知らない貴重な品々や硬貨を贈るのだった。 そんなある日、森に薬草採取に訪れた騎士アルベールと遭遇する。彼は、最近異常なほど穏やかな森のモンスターたちに違和感を覚えていた。世間知らずのリラは、自分を捕らえに来たのかと怯えるが、アルベールの差し出す「食料」と「服」に警戒を解き、彼を「飯をくれる仲間」と認識する。リラが彼に見せた、モンスターから贈られた膨大な量の希少な品々に、アルベールは度肝を抜かれる。リラの無垢さと、秘められた能力に気づき始めたアルベールは…… 陰謀渦巻く世界で二人の運命はどうなるのか

これは政略結婚ではありません

絹乃
恋愛
勝気な第一王女のモニカには、初恋の人がいた。公爵家のクラウスだ。七歳の時の思い出が、モニカの初恋となった。クラウスはモニカよりも十三歳上。当時二十歳のクラウスにとって、モニカは当然恋愛の対象ではない。大人になったモニカとクラウスの間に縁談が持ちあがる。その返事の為にクラウスが王宮を訪れる日。人生で初めての緊張にモニカは動揺する。※『わたしのことがお嫌いなら、離縁してください』に出てくる王女のその後のお話です。

ヤクザの若頭は、年の離れた婚約者が可愛くて仕方がない

絹乃
恋愛
ヤクザの若頭の花隈(はなくま)には、婚約者がいる。十七歳下の少女で組長の一人娘である月葉(つきは)だ。保護者代わりの花隈は月葉のことをとても可愛がっているが、もちろん恋ではない。強面ヤクザと年の離れたお嬢さまの、恋に発展する前の、もどかしくドキドキするお話。

憧れの騎士さまと、お見合いなんです

絹乃
恋愛
年の差で体格差の溺愛話。大好きな騎士、ヴィレムさまとお見合いが決まった令嬢フランカ。その前後の甘い日々のお話です。

二度目の初恋は、穏やかな伯爵と

柴田はつみ
恋愛
交通事故に遭い、気がつけば18歳のアランと出会う前の自分に戻っていた伯爵令嬢リーシャン。 冷酷で傲慢な伯爵アランとの不和な結婚生活を経験した彼女は、今度こそ彼とは関わらないと固く誓う。しかし運命のいたずらか、リーシャンは再びアランと出会ってしまう。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

【番外編】小さな姫さまは護衛騎士に恋してる

絹乃
恋愛
主従でありながら結婚式を挙げた護衛騎士のアレクと王女マルティナ。戸惑い照れつつも新婚2人のいちゃいちゃ、ラブラブの日々。また彼らの周囲の人々の日常を穏やかに優しく綴ります。※不定期更新です。一応Rをつけておきます。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

処理中です...