翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

小説

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 紙袋の中にあったのは、静華が今まで読んだ来た小説達。

 思わず手を伸ばし、紙袋から一冊、取り出した。
 どれも大事に扱ってきたからか、日焼けもしていなければ破れてもいない。

 埃なども被っていないため、定期的に美鈴が綺麗にしてくれていたとわかる。

 ――――なんで……。確かに大事にはしていたけど、もう私が出て行ってから五年。捨てていてもおかしくない。

 何で、紙袋いっぱいの小説を残していたのか。
 今は美鈴がいないため、確認できない。

 帰ってきたら聞いてみようかなと思っていると、後ろで動く気配を感じ振り返った。
 そこには、欠伸を零し目を擦っている翔の姿。

 背後まで来ており、少し驚きつつも静華は「おはよう」と、微笑みを浮かべ頭を撫でながら挨拶をした。

 まだぼぉ~としているらしく、反応はない。
 だが、静華の手に持っている小説を見て、指さした。

「これ、なぁに?」

 おっとりとした口調、まだ眠いのがわかる。
 その事にクスッと笑いつつ、静華は手に持っていた小説の表紙を撫でた。

「これはね、お姉ちゃんが大事にしていた本だよ」

「絵本?」

「絵本ではないかなぁ~」

 言いながら本をペラペラと開き、文字だらけのページを見せる。
 最初は苦い顔を浮かべていた翔だったが、挿絵を見て静華の手を掴み止めさせた。

「きつね!!」

「あ、うん。狐だよ」

 手に持っていたのは、狐が主人公の物語。

 野生の狐が人間により命を狙われ、人間によって救われる。切なく、それでいて心温まる物語。
 そのため、途中には狐の絵がモノクロで入っていた。

 それが翔の興味を引き、ぐいっと本の中を覗き込む。

「おっと。あ、危ないよ?」

「きつね!!!」

 思わず倒れそうになる体を支え、静華は翔の服を引っ張り後ろへと下げる。
 それでも、翔の目は小説に描かれている狐に向けられていた。

 ――――まさか、ここまで狐に興味を持つなんて思わなかったなぁ。

 小説を読み聞かせる訳にもいかないし、どうしようかなと思っていると、玄関の方で音が聞こえた。
 どうやら、お買い物に出ていた美鈴が帰ってきたらしい。

 その音により翔は静華から離れ、姿が見えていないにも関わらず「おかえりー!」と駆けだした。

 元気いっぱいの翔を見届け、静華は目を細める。
 すぐに手元に視線を落とし、開いていた小説をパタンと閉じた。

 表紙は、狐が一匹、それだけが描かれている。
 振り向くような形で描かれており、周りは水彩のように一色で塗られていた。

 白い水彩絵の具で描かれている背景に、振り向くように書かれている狐。
 これは、最後まで見て様々な解釈が出来る表紙だと静華は考えていた。

 ――――この小説の最後は、狐は助けてくれた人間に恩返しとして木の実などを渡す。でも、その帰りに狩人に見つかり、撃たれて死んでしまう。この、白い背景は黄泉への道。狐が振り返っているのは、助けてくれた人間を気にして、とかを考えていたなぁ。

 優しく撫でていると、買い物袋を持っている美鈴が部屋の前を横切った。
 その時、静華の姿を見つけ顔を覗かせる。

「――――あら、見つけたのね」

「あ、おかえりなさい」

 声をかけられ、顔を上げる。
 袋を廊下に置き、美鈴は静華の隣に座った。

「これ、捨てていると思ってた」

「捨てる訳ないでしょ。貴方がどれだけ小説を大事にしていたか、私が一番わかっているんだから」

 柔和な笑みを浮かべ、美鈴は静華の頭を撫でる。

 確かに、美鈴は静華がどれだけ小説が好きで、大事にしていたか一番近くで見ていた。
 だから、娘の宝物とも言える小説は捨てられず、ずっと大事にしていた。

「また、読んでもいい?」

「それは貴方の本よ。貴方の本を貴方がどうしようと、私は見守るだけ」

 すぐに美鈴は立ちあがり、部屋を後にする。

「それじゃ、私は買ってきた物を片付けるわ。その本は、自分の部屋に持って行ってもいいからね」

 それだけを残し、袋を持ち台所へと持っていく。
 その後ろを、当たり前のように翔はついて行く。

 微笑ましい光景を見て、自然と静華の口元には微かな笑みが浮かんだ。

 ――――ここまで心を休められるなんて、思わなかったな。

 子供は苦手、相手にするのは大変。
 そう思っていたが、それだけではない。

 一緒にいて楽しく、疲れるけど自然と笑ってしまう。
 都会に出てからは感じてこなかった感情が今の静華に芽生え、疲れた心を癒してくれる。

 再度手に持っていた本を見つめ、紙袋に戻す。
 手持ち部分を掴み、自室へと戻って行った。
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