翔君とおさんぽ

桜桃-サクランボ-

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夏めく

西瓜

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 自室に戻った静華は、座布団に座り、隣に紙袋を置く。
 先ほど手に持っていた狐の表紙が書かれている小説を一冊、取り出した。

 ――――これは、私が初めてお小遣いで買った小説。表紙に惹かれたんだよね。

 過去の自分がお小遣いを握りしめ、本屋を巡っていた時の光景を思いだし、ほくそ笑む。
 久しぶりだなと、本を開き読み始めた。

 雨音が響くが、それは騒音というより自然が奏でる音楽。
 一瞬のうちに小説の世界に引き込まれた静華の耳には、もう入らない。

 小説は文字だけで物語を表現する本。
 挿絵などが無いものが多く、頭の中でイメージしながら読むのが静華の楽しみ方。

 何もない草原、作られていく銀世界。
 炎に囲まれている大地、夢が詰まった剣と魔法の世界など。

 小説は自由、作者の夢が込められている世界。
 それが読者にも伝わり、引き込まれる。

 静華は、そんな小説の世界を表現したく、夢を様々な人に届けたく。
 そう思い小説を書き始めた。だが、今は自分の夢すらわからなくなっていた。

 輝かしいと思っていた都会には、裏の世界がある。
 なにもない田舎だと思っていたら、見えない光がある。

 すぐに目視できるものがすべてではない。
 そんな事を知った静華は、なぜか小説を読み始めてから一時間で、涙が溢れ出てしまい、手で拭う。

 視界が涙で歪み、文字が読めない。
 でも、悲しくて泣いているのではないと、静華の表情を見ればわかる。

「――――やっぱり、私。小説、好きだ」

 口元には笑みが浮かび、感情が口から零れ落ちる。

 そんな泣き声に混ざる、静華の本音。
 それを聞いていたのは、たまたま様子を見に、イラスト画集を手にした奏多だけだった。

 ・
 ・
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 ・

 目元が腫れ、手鏡の前で格闘していた静華は、もう諦めてリビングへと向かった。
 そこには、美鈴が翔と昼寝をしている姿。

 昼寝と言っても、もう時間は十六時過ぎ。
 もう起きないと、夜寝る事が出来ないじゃないだろうか。
 美鈴は、夜ご飯の準備もあるだろう。

 そう思いつつも、二人の気持ちよさそうに眠っている姿を見ていると、起こすに起こせない。

 ――――十七時に起こせばいいか。

 壁にかけられている時計の針は、十六時半を指している。
 残り半分くらいは、寝ていても問題はないだろう。

 そう思い、静華は廊下へと戻る。
 顔を上げると、陽光が窓から注ぎ、廊下を明るく照らしていた。

「――――あ、雨、止んでる」

 いつの間にか雨がやんでおり、太陽が世界を赤い色に照らしていた。
 沈みかけているが、まだ暗くはなっておらず、逆に眩しい。

「綺麗だな。こんな綺麗な夕暮れを見たのって、いつぶりだろう」

 建物に遮られていない、自然。
 囲むは緑と、赤色に染まっている空。

 これだけでも様々な構想が広がり、静華の中に沈んでいた執筆欲が再度芽生え始める。
 太陽を見つめる静華の目は輝き、手は勝手に動き、パソコンを叩く動作をした。

「…………いや、私はもう、小説を書くなんて、できやしない、か」

 ――――小説は、みんなの夢が詰まっている。夢を届けるもの。
 こんな、夢も何もない私が、書いていいものではない。

 胸に膨らんだ欲を、無理やり沈ませる。
 輝いていた瞳には影が差し、両手をブランと下げた。

 廊下を照らしていた太陽は、静華の気持ちに合わせるように徐々に沈み、薄暗くなっていく。
 それでも、静華は動かない。

 ――――私は、もう、小説を書けない

 ・
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 ・
 ・
 と
 ・

 次の日、まだ昨日の雨で濡れた地面が渇いておらず、水たまりが残っていた。

 ――――バシャン!!

「みずたまりー!!」

 庭で翔は長靴を履き、黄色のカッパを着て水たまりで楽しんでいた。
 そんな光景を縁側で見ている静華と奏多は、真ん中に冷たいお茶と西瓜を置き談話していた。

「へぇ、昨日で目途はついたんだ」

「あぁ。あとは仕上げをすれば納品できる。明後日が締め切りだから、今日は少し休憩してから進めるよ」

 昨日一日イラストに没頭していたらしく、奏多は体を上に伸ばしストレッチ。
 ちらっと静華を横目で見るが、視線に気づいておらず翔を微笑ましく見ていた。

「大丈夫そうだな…………」

「ん? どうしたの?」

 お盆に乗せられている西瓜に手を伸ばすと、奏多が何かを呟いたため、咄嗟に問いかけた。
「なんでもない」と返され、目を丸くしながらも「そっか」と西瓜を手に取る。

 四分の一の西瓜。
 食べやすいように、三角に切り分けられていた。

 口元まで持っていき、シャクッという音を鳴らし頬張る。
 同時に、甘い汁が口に流れ込み、熱くなった体を冷やしてくれた。

 黒い種は手に出し、お皿へと戻す。
 横から奏多が「へぇ」と関心の声を上げた。

「なんだ、子供の頃のように飛ばさないのか?」

「ぶっ! ちょ、いつの話よそれ!」

「そうだなぁ。まだ俺達が無邪気に走り回っていた頃のはずだから――……」

「思い出さなくていいよ!!」

 頬を膨らませ怒る静華を見て、奏多は大きく口を開け大笑い。

「笑い事じゃないわよ、まったく……」

 大きな口を開き、また西瓜を一口。
 種を間違えて噛んでしまい、ガリッという音が口に響く。

「うげっ」

「種でも噛んだか?」

 いつの間にか西瓜を頬張っていた奏多から言われ、静華は「うるさい」と、噛んでしまった黒い種を手に出す。
 味はしないが、触感が砂を噛んでいる感じで気持ち悪く、口の中に残っている感覚が不愉快。

 静華は、気持ち悪い物を美味しい物で流し込もうと、残った西瓜を頬張り流し込む。
 今回はしっかりと種は取り出し、完食。

 もう一つ食べようとすると、翔が近寄ってきた。

「どうした、翔」

「僕も食べる!!」

 ぴんと伸ばされた手は、先ほどまで水たまりで遊んでいたため泥だらけ。
 そんな手で西瓜を掴もうとしたため、静華がすぐに止め手を洗ってからと促した。

 すぐに長靴を脱ぎ、台所へと走る翔を見て、二人はクスクスと笑う。

 ――――こんな過ごし方も、悪く無い。
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