匣 -閉じ込められた感情、伝わらない想い-

桜桃-サクランボ-

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佐々木美鈴

第五話 筐鍵明人

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「わぁ、綺麗」

 鈴が誘われるかのように中へと入る。
 美鈴も、釣られるようについて行く。

 改めて見回してみると、本当に綺麗に整理整頓がされた部屋だった。

 壁を埋めるほどの本棚、中心には長方形の木製テーブル。
 近くには、白い二人用のソファーと、向かいに一人用の木製の椅子が置かれている。

 小屋の奥を見ると、まだ部屋が続いているのか扉があった。

 その扉を見ると、鈴は首を傾げ何の変哲もないドアを見上げた。

「────おかしい」

「何が?」

 鈴の隣に移動し、美鈴が問いかけた。

「小屋の周りを見ていた時、外装はこの大きな部屋一つ分しかなかったはず。なのに、奥に続くドアがあるなんて、ありえない」

 鈴の話を聞き、美鈴の額に冷や汗が流れ始めた。

 鈴の話が本当なのなら、このドアはダミー。そう考えるのが普通だ。

 だけれど、なぜか、このドアが徐々に異質な物へと感じ始めた。

 普通のドアではない。
 そんな気がしてならない。

 先程の男性にしてもそうだ。
 気の所為という訳にもいかない。

 確実に、出会ってしまったのだ、異質な者に。

 二人は、ドアの前で立ち尽くす。
 すると、奥から足音が聞こえ始めた。

 お互い顔を見合わせ、少しドアから離れる。

 耳を澄ませると、徐々に二人に近付く足音が聞こえてくる。

 なんとなく恐怖を感じ、二人は逃げるように後ずさる。
 後ろを確認していなかったため、鈴が木製の椅子に引っかかる。

 ガランと、大きな音をたて美鈴も巻き込み、転んでしまった。

「いってて……」

「いったぁ、後ろ見てなかった……」

 おしりから転んでしまい、すぐに痛みで立ち上がれない。
 痛がっていると、ゆっくりとドアが開いた。

 顔を青ざめ、開いたドアを見る。
 そこには、二度見してしまう程の美しい男性が微笑を浮かべ、立っていた。

「──おやおや、依頼人でしょうか。驚かせてしまったみたいで、申し訳ありません。お怪我はありませんか?」

 男性は、クスクスと笑いながら二人の様子を見て手を差し出した。

 端正な顔立ちをしているため、思わず頬を染めてしまう。

 だが、勿体ないことに、その顔は藍色の髪が右半分を隠してしまっていた。
 見えている漆黒の瞳は、二人を捉え手を差し伸べる。

 手を借りて、二人は立ち上がり、再度男性を見た。

 服はいたってシンプル。
 白いポロシャツに、ジーンズ。スニーカーを履いていた。

「では、依頼人、ソファーにおかけください」

 一つ一つの立ち居振る舞いが美しく、思わず見とれてしまう。

 動けずにいる二人に、男性は再度「どうぞ」と、微笑みを浮かべソファーへと促した。

 気を取り直した二人がやっとソファーへと座ると、男性も木製の椅子に腰を下ろした。

「では、お話を始める前に、自己紹介をさせていただきます。私の名前は、筐鍵明人きょうがいあきと。貴方達のお名前もお伺いしてもよろしいでしょうか」

 筐鍵明人と名乗った男性は、二人を見た。
 吸い込まれそうになるほど深い、漆黒の瞳。

 ずっと見つめ続けていると、吸い込まれてしまいそう。

 美鈴は、咄嗟に目を逸らした。
 だが、鈴は何も感じておらず、目を輝かせ自己紹介を始めた。

「はい! 私は武田鈴と言います! こちらは、佐々木美鈴です!」

「よ、よろしくお願いします……」

 勝手に名前を言われ少し驚きつつも、美鈴は頭を下げた。

「佐々木さんと、武田さんですね。教えて下さりありがとうございます。では、さっそく本題に入りますね」

 無駄な話をさせないためか、明人はすぐに本題へと話を進めた。

「こちらに来た理由をお聞かせ願いますか?」

 明人が問いかけると、すぐに鈴がいつもより高い声で、かわいらしく噂の話を伝えた。

 完全に狙っているなぁと思いながら、隣で美鈴はため息を吐く。
 途中、言葉を挟むことなく話が終わるのを待った。

「――――と、言う噂を聞いたため、願いを叶えていただきたく、こちらまで来ました!」

 元気に言い切った鈴を見て、なぜか明人は僅かに目を開いた。

 まるで、噂の話が予想外だった。
 そう思っているかのような表情に美鈴は首を傾げた。

 不思議に思った美鈴だったが、すぐに明人の表情が戻り、気のせいだったかなと自分に納得させた。

「なるほど、わかりました。少々、興味本位なのですが、どのような願いをお求めで?」

 首を傾げながら聞く明人を見て、鈴は学校で話したままにお金持ちになりたいと素直に伝えた。

「私をお金持ちにしていただき、大きな豪邸を買い、執事やメイドに囲まれ、イケメンの男の嫁になり、悠々自適なゴージャスライフです!!」

 今まで以上に目を輝かせ、声を張り上げ言い切った鈴を見て、明人の表情が少し固まった。

 流石に困っていると思った美鈴は、鈴の腕を引く。

「ちょっと、筐鍵さん困っているじゃん。素直に全部言わなくても……」

「でも、ここまで言わないと中途半端に願いが叶っちゃうかもしれないじゃん。私は、今言ったものすべてを叶えたいの」

 明人に聞こえないように伝えた美鈴だったが、鈴がすぐにパッと顔を明人に戻し、問いかけた。

「すべて、お願いを叶えていただけますか!?」

 興奮が収まりきらないうちに、再度問いかける。

 すると、明人は眉を下げ、申し訳なさそうにしてしまった。

「話は分かりました。ですが、申し訳ありません。その噂は、間違っているみたいですね」

「え? 間違っている?」

 鈴が復唱すると、明人が説明を続けた。

「私が出来るのは、貴方の願いを叶えることではありません。もし、それが目的なのなら、お帰りください」

「で、でも、小屋があったのは本当だし、願い、叶えてくれないのですか?」

 再度問いかけるが、明人は「申し訳ありません」と、謝るだけ。

 鈴は諦めきれず「そんなぁ~」と、明らかに落ち込んでしまった。

「うぅ。ありがとうございました……」

「いえ、お役に立てず申し訳ありません」

 鈴がドアへと向かい、外に出る。

 少し遅れ美鈴も立ち上がり、明人に頭を下げた。
 鈴を追いかけるように、小屋の外へと出て行った。
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