匣 -閉じ込められた感情、伝わらない想い-

桜桃-サクランボ-

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佐々木美鈴

第十八話 夢の中

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 美鈴は、浮遊感に襲われ目を覚ました。
 立たされていた空間は真っ暗で、何も見えない。

 いや、見えないのではなく、本当に何もない。
 壁も床も。生活するうえで欠かせない、あって当たり前なものが存在しない。

「な、何が、起きているの?」

 思わず出た美鈴の声が、辺りに反響した。
 遠くまで声が響き、なんとなく恥ずかしい。

 周りを見回し、恐る恐る足を前に一歩、出してみる。
 だが、足音は響かない。

 なにかを踏んでいるような感覚もない。
 スカッと、踏み外したような感覚でふらついてしまった。

「な、なに、ここ……」

 小さな声も反響し、自分の声に包まれた。
 頭が混乱し、何も考えられない。

 そんな時、淡い光が後ろに灯る。
 気配に気づき、美鈴は勢いよく振り返った。

 丸く淡い光が視界に入った。
 怖くて、逃げたい。だが、動けない、目を離せない。

 その光は、徐々に大きくなる。
 自分に近付いてきているのはわかる。

 近づけば近づく程、その光の温かさが伝わり、怖さが和らいでいく。
 真っ暗な空間から抜け出せるかもしれないと、縋りたくなるような光。

 動けず、近づいて来る光を見続ける。
 すると、その光が小屋で出会った少年であることが認識できた。

「あっ――え?」

 その少年は、小屋にいた時とは少しだけ異なっていた。
 耳は狐のように三角で、少年の背中では二本の太い尾がゆらゆらと揺れている。

「き、君は……」

 美鈴の目の前に現れたのは、明人の小屋にいた少年のカクリだった。

 困っている表情を浮かべる美鈴を見ても、カクリの表情に変化はなかった。。
 怒っている訳でも、笑っている訳でもない。

 ただ、美鈴を見上げるのみだった。

「え、えぇっと……」

 何を聞けばいいのかわからず、美鈴は頭をひねった。
 カクリは、美鈴の困惑など気にせず、さっそく本題へと入った。

「君は、何に悩んでいたんだい?」

「え? えっと、小屋の中で話していたと思うのだけど……」

 自分の言葉に、ハッとなる。

「そ、そういえば、私、なんでこんな所にいるの? 貴方は、何者なの? なんで、こんな事態になっているの!? 私の身に何が起きているの!? 私は――……」

「私が先に質問しているんだが?」

 美鈴から次々と出てくる問いを、カクリは不機嫌そうに遮った。
 じぃ~と、大きな漆黒の瞳で見られてしまい、美鈴は息を飲み、言い返せない。

「だ、だから、小屋の中で話して……」

「なぜ、柊と言う人間にいじめを受けている?」

 カクリからの質問が直球で、美鈴の頭に冷や水がかかったかのような感覚に陥る。

 体全体が冷たくなり、自然と震える。
 唇が上手く動かず、答えられない。

「答えられんのかい?」

 カクリは、純粋に聞いていた。
 だからこそ、何故ここまで美鈴が取り乱しているのか分からない。

 首を傾げつつ、焦らせるようなことはせず美鈴の返答を待つ。
 気まずい空気になり、耐えられなくなった美鈴が重たい口を開いた。

「そ、そんなこと、分かるわけがない。私は、何もしていないんだから」

 本当に、美鈴は何もしていない。
 ただ、絵を描いていただけ。コンテストに参加しただけ。

 まさか、コンテストに立候補しただけで、ここまで関係性が悪化するなんて誰が想像出来るだろうか。
 それも、学校一の秀才である柊からだ。

「わかった。では、さっきの君の質問に答えよう」

「っ、え、質問?」

 ここまであっさり引き下がると思っておらず、目を丸くした。

「さきほど、君はここはどこだと問うた。もう答えは求めていないのかい?」

「あっ、い、いえ。お願い、します」

 自分が質問したことすら忘れるほどに取り乱しており、少し恥ずかしくなってしまった。

「まず。ここは、君の夢の中だと考えてくれたまえ」

「夢……?」

「その方がわかりやすい。そして、今。は君の夢の中に入っている状態だ」

 普通なら、そんなことできるわけが無いとここで強く言い返してしまう。
 だが、なんとなく嘘を言っているようには見えず、言葉の続きを待った。

「そして、ここからが私らのやるべきこと。後ろを見てみるといい」

 振り向くと同時に強い光が急に闇に現れ、思わず目を閉じてしまった。
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