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柊夏
第三十六話 爆発
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美鈴達が住む街で、唯一の精神科へと向かった二人は、すぐに受付で名前を伝えた。
柊の部屋番号を教え、すぐに向かった。
お互い、緊張の面持ち。
これから、どんな光景を見ることになるのか予想ができないでいた。
以前見た、森林公園のニュースがまだ頭を過っている。
感情だけがなくなった、人形のような人間。
生きた、人形。
そんな姿が柊の姿で頭を過り、美鈴の身体がブルッと震えた。
明人の前では虚勢を張ったが、会うのは正直まだ怖い。
以前のように、何度声をかけても反応が無かったらと思うと、体が震える。
私達を認識していなかったと思うと、心臓が締め付けられてしまう。
逆に、感情が戻っていたとしても、酷いことを言われてしまったらなんと言ってしまうのか。
なんで来たのと、会いたくなかったと言われてしまえば、美鈴は冷静を保てるか自信はなかった。
それでも、前へと進む。
顔には出さない。不安を悟らせない。
もう、昔の自分ではないと、美鈴は自分を振るい立たせた。
そんな時、鈴は美鈴を横目で見て、手を繋いだ。
「え、鈴?」
隣を向くと、固いが笑顔を浮かべている鈴が美鈴を見ていた。
まるで、大丈夫だよと訴えているような柔和な笑み。
悟られまいとしていた不安は、隣にいた鈴に簡単に悟られてしまった。
手から伝わる温もりは優しく、絞めつけられていた心臓が楽になり、息がしやすくなった。
いつの間にここまで自分を思いつめていたのかと、鈴のおかげで自覚した。
安心もでき、本当に鈴はすごいと改めて思い、自然と笑みが浮かぶ。
廊下を進んでいると、柊のネームが書かれている部屋へと辿り着いた。
個室のようで、他に名前は書かれていない。
「それじゃ、開けるね」
「うん」
鈴がそっと手を離し、美鈴がドアノブを掴む。
お互い頷き合い、ドアを開けた。
一番最初に目に入ったのは、大きな白い電動ベッド。
その上には、腰を少し上げた柊が横たわっていた。
窓が少しだけ開いており、カーテンがヒラリヒラリと動く。
窓から見えるのは青空と、病院の周りで育っている木々。
自然が窓から覗いており、気持ちが穏やかになる。
だが、その気持ちは柊を見ると崩れてしまった。
「柊先輩」
美鈴と鈴が中へと入る。
美鈴が声をかけるが、反応はない。
「先輩」
再度、鈴が近づきながら呼ぶが、同じ。
まったく反応がなく、ピクリとも動かない。
顔を覗き込むと、目は虚空を見ており、口には淡い笑みが浮かんでいた。
顔色は土のように淀み、生きているのか死んでいるのかわからない。
点滴に繋がれている姿を見て、二人は目尻が熱くなる。
「これって、あのニュースの女の子みたいな感じ…………」
「うん。絶対に、あの男が感情を抜き取ったんだ」
怒りなのか、悲しみなのか。
言い表せないような複雑な感情が美鈴の心を蝕む。
柊の様子や明人の言葉が頭に過り、我慢できなくなった美鈴の拳が微かに震える。
「どうにか、どうにか出来ないの。だって、こんなの、どう収拾つければいいのさ!!」
美鈴の涙声が病室に響く。
鈴も涙が溢れ、手で擦った。
行き場のない怒りに肩を震わせ、美鈴は下唇を噛む。
今までずっと地獄の日々だった。
それがやっと、一度は解放された。
けれど、またしても美鈴の目の前に絶望が広がった。
自分をいじめて来た柊だが、それでも今のような状態になってほしいとは一度も思わなかった。
恨んでいたが、死んでほしいとは思わなかった。
それだけではなく、味方だと思っていた明人が、ここまで酷いことをしているのも許せなかった。
自分だけが助かって、柊は陥れられた。
家を見ても、柊は一人で大きなものを抱えていたのは容易に予想は出来る。
なにか、どうしようもない理由があったのかもしれない。
そう思うと、なぜ自分だけが助けられたのかわからない。
そして、助かってしまった罪悪感に押しつぶされそうになる。
様々な出来事が起こり美鈴の感情が溢れ、それは叫ぶ声となり病室に響き渡った。
「まだ、謝ってもらってない。まだ、理由を聞いていない。私、聞きたいことが山ほど残っているんですよ!! 私にあんなひどいことをしておいて、謝らないなんて許しませんからね!!」
「お、落ち着いて美鈴!!」
こんなことを言いたかったわけではない。
でも、取り乱した頭では、冷静に判断できない。
鈴の制止も効かず、涙を流しながら虚空を見ている柊の胸ぐらを掴んだ。
点滴が大きく揺れ、ガタガタと音を鳴らす。
大きな声が聞こえ、看護師が病室の中へとなだれ込んできた。
「何をしているんですか!」
一人の看護師が柊に掴みかかっている美鈴を取り押さえた。
「許しません!! 早く目を覚まさないと許さないから!! 謝ってよ!! 謝って、理由を話して!! コンテストで心から勝負をしてくださいよぉぉぉおおおおお!!!!」
「早くここから出て行ってください!!」
看護師も必死に美鈴を病室の外へ追い出す。
鈴も、一緒に追うように病室を出た。
その時、ふと、風が後ろから吹き振り返る。
「――――えっ」
虚空を見ていた柊の瞳から、一滴の雫が頬を伝い落ちていた。
柊の部屋番号を教え、すぐに向かった。
お互い、緊張の面持ち。
これから、どんな光景を見ることになるのか予想ができないでいた。
以前見た、森林公園のニュースがまだ頭を過っている。
感情だけがなくなった、人形のような人間。
生きた、人形。
そんな姿が柊の姿で頭を過り、美鈴の身体がブルッと震えた。
明人の前では虚勢を張ったが、会うのは正直まだ怖い。
以前のように、何度声をかけても反応が無かったらと思うと、体が震える。
私達を認識していなかったと思うと、心臓が締め付けられてしまう。
逆に、感情が戻っていたとしても、酷いことを言われてしまったらなんと言ってしまうのか。
なんで来たのと、会いたくなかったと言われてしまえば、美鈴は冷静を保てるか自信はなかった。
それでも、前へと進む。
顔には出さない。不安を悟らせない。
もう、昔の自分ではないと、美鈴は自分を振るい立たせた。
そんな時、鈴は美鈴を横目で見て、手を繋いだ。
「え、鈴?」
隣を向くと、固いが笑顔を浮かべている鈴が美鈴を見ていた。
まるで、大丈夫だよと訴えているような柔和な笑み。
悟られまいとしていた不安は、隣にいた鈴に簡単に悟られてしまった。
手から伝わる温もりは優しく、絞めつけられていた心臓が楽になり、息がしやすくなった。
いつの間にここまで自分を思いつめていたのかと、鈴のおかげで自覚した。
安心もでき、本当に鈴はすごいと改めて思い、自然と笑みが浮かぶ。
廊下を進んでいると、柊のネームが書かれている部屋へと辿り着いた。
個室のようで、他に名前は書かれていない。
「それじゃ、開けるね」
「うん」
鈴がそっと手を離し、美鈴がドアノブを掴む。
お互い頷き合い、ドアを開けた。
一番最初に目に入ったのは、大きな白い電動ベッド。
その上には、腰を少し上げた柊が横たわっていた。
窓が少しだけ開いており、カーテンがヒラリヒラリと動く。
窓から見えるのは青空と、病院の周りで育っている木々。
自然が窓から覗いており、気持ちが穏やかになる。
だが、その気持ちは柊を見ると崩れてしまった。
「柊先輩」
美鈴と鈴が中へと入る。
美鈴が声をかけるが、反応はない。
「先輩」
再度、鈴が近づきながら呼ぶが、同じ。
まったく反応がなく、ピクリとも動かない。
顔を覗き込むと、目は虚空を見ており、口には淡い笑みが浮かんでいた。
顔色は土のように淀み、生きているのか死んでいるのかわからない。
点滴に繋がれている姿を見て、二人は目尻が熱くなる。
「これって、あのニュースの女の子みたいな感じ…………」
「うん。絶対に、あの男が感情を抜き取ったんだ」
怒りなのか、悲しみなのか。
言い表せないような複雑な感情が美鈴の心を蝕む。
柊の様子や明人の言葉が頭に過り、我慢できなくなった美鈴の拳が微かに震える。
「どうにか、どうにか出来ないの。だって、こんなの、どう収拾つければいいのさ!!」
美鈴の涙声が病室に響く。
鈴も涙が溢れ、手で擦った。
行き場のない怒りに肩を震わせ、美鈴は下唇を噛む。
今までずっと地獄の日々だった。
それがやっと、一度は解放された。
けれど、またしても美鈴の目の前に絶望が広がった。
自分をいじめて来た柊だが、それでも今のような状態になってほしいとは一度も思わなかった。
恨んでいたが、死んでほしいとは思わなかった。
それだけではなく、味方だと思っていた明人が、ここまで酷いことをしているのも許せなかった。
自分だけが助かって、柊は陥れられた。
家を見ても、柊は一人で大きなものを抱えていたのは容易に予想は出来る。
なにか、どうしようもない理由があったのかもしれない。
そう思うと、なぜ自分だけが助けられたのかわからない。
そして、助かってしまった罪悪感に押しつぶされそうになる。
様々な出来事が起こり美鈴の感情が溢れ、それは叫ぶ声となり病室に響き渡った。
「まだ、謝ってもらってない。まだ、理由を聞いていない。私、聞きたいことが山ほど残っているんですよ!! 私にあんなひどいことをしておいて、謝らないなんて許しませんからね!!」
「お、落ち着いて美鈴!!」
こんなことを言いたかったわけではない。
でも、取り乱した頭では、冷静に判断できない。
鈴の制止も効かず、涙を流しながら虚空を見ている柊の胸ぐらを掴んだ。
点滴が大きく揺れ、ガタガタと音を鳴らす。
大きな声が聞こえ、看護師が病室の中へとなだれ込んできた。
「何をしているんですか!」
一人の看護師が柊に掴みかかっている美鈴を取り押さえた。
「許しません!! 早く目を覚まさないと許さないから!! 謝ってよ!! 謝って、理由を話して!! コンテストで心から勝負をしてくださいよぉぉぉおおおおお!!!!」
「早くここから出て行ってください!!」
看護師も必死に美鈴を病室の外へ追い出す。
鈴も、一緒に追うように病室を出た。
その時、ふと、風が後ろから吹き振り返る。
「――――えっ」
虚空を見ていた柊の瞳から、一滴の雫が頬を伝い落ちていた。
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