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夏恵
「それじゃぁ困るんだよ」
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「説明をするのだ、明人」
「冷水かけるのは酷くね?」
次の日の昼、カクリはソファーで寝っ転がっている明人を蔑んだ目で見下ろしていた。
※
カクリは明人が起きるまで待とうとしていたが、ずっと待ち続けていると次の日の午後二時になってしまった。
そのため、今の彼は自然に起きたのでは無く、我慢の限界になったカクリが冷水をぶっかけ無理やり起こしていた。
「寒い」
「自業自得だ」
冷水をかけられた明人は服を着替え、髪をタオルで拭きながらソファーに寝っ転がりカクリを睨み返している。
その目の圧力から逃げないように、カクリもずっと睨み続けていた。
二人の怒りの籠った瞳が交差し続けていると、明人がため息と共にやっと目線をそらし、体を起こした。
「まぁ、この怒りは今だけ抑えといてやるよ。まったく……。ほんと勘弁しろ。ストレス溜まってんのか? 生理前の女子かよ」
「何か言ったか?」
「んで、なんでそんなに怒ってんだ」
カクリの怒りを含んだ問いかけをスルーし、明人は本題に入ろうとわざとらしく話題をそらした。
「昨日の説明だ。明人の頭の中がどうなっているのか私にはわからんのでな」
「の割には、わかっていそうじゃねぇか。つーか、わかったから怒ってんだろ」
「細かい事はわかっていない。だから、話せ」
「いつも匣を開ける時お前、依頼人の意思に直接話しかけるだろ。それは自分の意思を居れてるかららしいじゃねぇか」
「そうだな」
「だったらそれと同じで、お前の意思ではなく、この匣を操り依頼人の中に入れればいい」
「無理だな」
カクリは間髪入れずに否定する。
確かに、カクリなら意思だけを依頼人の中に入れるのは難しくない。
カクリ自身も相手の精神、脳を操るのを得意とする。だが、それと今回は別問題。
元々、相手の体に無い物を入れる行為は行った事が無いため、上手く出来る訳が無い。
自信も実績もないカクリは、否定を口にするしかなかった。
「少しは考えてみたらどうだ? それだからお前は餓鬼なんだ。餓鬼はまず、でも、だって、しかし~から言葉を使うだろう。それと一緒だ。お前、人間の餓鬼と一緒だな」
「明人の子供への印象はわかった。………今回は別だと思うのだが? 試した事も無いのに出来ると言える訳が無いと思うがね」
カクリはあえて”しかし”などの言葉を使わないよう、言葉を選びながら彼に言った。
「お前は相手の脳や精神に語りかけたり、短時間であれば洗脳するまで出来るはずだろうが。だったら匣は想い、言い換えれば人間の精神の個体だ。精神を操る事が出来るお前なら、この匣も操る事ができるんじゃねぇの?」
明人の言葉は確かに筋が通っている。
匣の見た目はただの光る液体だが、それは目視するための形であり、仮の姿とも言える。
それの正体は、精神その物。
「しかっ……こほん。私は人を洗脳した事などない。この力を持っていると言うだけなのだから、出来る保証はないぞ」
「根性でどうにかしろよ」
「貴様の口からそのような言葉が出てくるとは思わなかったぞ」
「嫌いな言葉ランキング上位の言葉だからな。根性でなんとかなると本気で思っている奴らはただの馬鹿か大馬鹿か低脳人間だな」
「ブーメランだがな」
「とりあえず、筋が通っているのなら出来るだろ。お前が操り、匣を元に戻すこと」
「やった事が無い事をいきなりやれというのは酷では無いかい?」
「練習出来るもんねぇから仕方がねぇだろ」
「一人だけ実験台がいると思うがな……」
「誰だろうなそれは。まったく検討もつかん」
明人はわざとらしく周りを見回し盛大に肩を落とす。行動全てがわざとらしく、癇に障る。
カクリは額に青筋を立てながらも冷静さを失わず、諦め半分で頷いた。
「出来るか分からぬ。それでもいいならやろう」
「それじゃ困るんだよ」
「なら、明人が実験台に──」
「なる訳ねぇだろふざけるな」
カクリの言葉を遮り即否定する。
その様子に「そうだろうな」と零し、小さく肩を落とした。
「なら、成功する確率を上げる方法はあるのかい?」
「そうだな──86パーセントまでならいけるだろ」
「なに?」
明人の顔は、何か面白い事を思いついたような表情をしていた。
昨日に引き続き、カクリの身体に悪寒が走る。肩を震わせ、明人から逃げるように距離を取った。
「一体、どうするつもりだい?」
「脳と精神。操るための行動や力は一緒だろ?」
「そうだな」
「なら、実験台がここの奥に沢山あるだろ。脳に宿り、真実を俺に見せ続けてくれた大事なもんが」
そう言って後ろにあるドアを指さした。
カクリは明人の言葉をすぐに察し、驚きで目を見開く。
明人の指は、記憶が保管されているドアを指さしていた。
「あれは明人の記憶を取り戻すのに必要なものだろう」
「失敗しなければいいだろ」
「失敗したらどうするつもりだい?」
「そん時考えればいい」
自信満々に言っているが、要するに何も考えていないという事だ。
カクリはふざけるなと言う意味も込めて彼を睨むが、いつもの如く気にする様子を一切見せない。
「もうこれしかない。やるかやらないかはお前が決めろ」
明人がこのように言うという事は、本当にこれしか方法はない。
カクリは明人の顔をじっと見て、諦めたのか小さく頷いた。
「やるしかないのだろう」
「なら、今日はそれに時間を使え。俺は寝る」
「私も怒る時はあるのだが?」
「そうか。それは気をつけないとな」
と言いつつ一切気をつける様子を見せないで、明人はソファーに寝っ転がる。
カクリは寝かせるものかと、彼のお腹を四分の三位の強さで殴った。
「ゴフッ!!」
「行くぞ」
お腹を支え丸くなる明人を横目に、カクリは奥へと繋がるドアを開き待ち続ける。
「早くするのだ明人よ。時間がないのだろう」
「誰のせいだと思ってる……」
「半分以上自業自得だと思うがね」
お腹を支えなんとか絞り出した彼の苦し紛れの声は、カクリの容赦ない一声で難なく消えてしまう。
仕方がないと言わんばかりに、大きく長いため息を吐き、明人はドアの奥へと重い足を踏み出した。
※
小屋の奥にある部屋は”記憶保管部屋”。
部屋の電球は淡く光っているだけ。
壁側には木製の棚が数個置かれ、淡く光っている小瓶が沢山置かれていた。
ここは、今まで回収した様々な記憶が入った小瓶が保管されている部屋。
水色、赤色、ピンクに黄色と──様々な色に淡く光っており、ここの部屋だけは幻想的になっている。
明人は部屋の中に入り、一つの棚に近付き小瓶を手にした。
無言で蓋を開け、カクリでも手の届く位置に置き直す。
「おら、さっさとやれ」
「やれと言われて、直ぐに出来れば苦労しないのだがな」
明人の横暴さに呆れつつ、カクリは狐の耳と尻尾を出し小瓶に手をかざす。
とりあえず、浮かせるなど簡単な事をしようと力を込め始めた。
集中し始めてから数秒後、小瓶がカタカタと細かく震え出す。初めてにしては上出来だ。
これは簡単に出来たかと思ったが、カタカタと震えるだけで一向に宙へ浮かせたり、場所移動などがされる様子はない。
「何してんだ、さっさとやれよ」
「やっているようには見えぬのか」
「震えているだけで匣が戻れば、それこそ苦労しねぇよ」
カクリは明人の言葉に汗を流しながら答えるが、力を使っていると体力も落ちるためさすがに長い間は無理だった。
一旦力を解除し、息を整える。
「はぁ……はぁ……。さすがに、厳しいのではないか」
「そりゃ、小瓶ごと浮かせようとするのは無理があると思うけどな」
「──あ」
明人の冷静な言葉に、カクリははっとした。
なんのために蓋を開けたと思っていると言いたげな目線をカクリに向け、大きくため息を吐く。
「少しは頭を使え阿呆。この俺がせっかく小瓶の蓋を開け、お前の背丈に合わせた位置に置いてあげたんだぞ。意味をちゃんと理解しやがれ」
"あげたんだぞ"と言う所を強調するように強く口にし、明人はわざとらしくため気を吐いた。
カクリは反応するのすらめんどくさく、彼を睨むだけで済ました。
「もう一回やれ」
「少しは休憩させてくれないのかい?」
「そんな時間あるか? 俺の寝る時間も考えろ」
「さすがにそれは考えなくても良さそうだがね」
文句を言いながらもカクリはまた小瓶に手をかざし、力を使おうと目を閉じ集中する。
すると、先程はカタカタと細かく震えるだけだったのが、中の液体のみが波を打つように動き出した。
それから数秒後、左右に大きく揺れ始める。
ぽちゃぽちゃと雫が小瓶から溢れ、今にも出そうになる。そして────
「お、出来んじゃねぇか」
小瓶の中に入っていた液体は、小瓶から勢いよく飛び出し明人の頭の上をクルクルと回り始めた。
出来た事に関心している明人だが、操作しているカクリはしんどそうに肩を上下に動かし、脂汗を滲み出していた。
「これを自由に移動できっか?」
カクリの辛い表情など気にする様子もなく、明人は液体から目を離さずに尋ねる。
今のカクリには言葉を言い返す余裕すらなく、とりあえずクルクル回すだけではなく左右や上下にも移動させてみた。
ある程度は操作出来る事がわかったが、もう限界になり小瓶に戻し始めた。
「くっ。……くそ」
「おいおい……。なんか──周りのもんまでガタガタ言い始めたぞ……」
小瓶に入れようとするが口が小さいため少しずつしか入らず、しかも体力の限界が近いため、力を一つに集約する事ができなくなっていた。
周りの棚に置かれている小瓶まで、ガタガタと震え始めてしまう。
「おいおいおい……。まずいだろ!!! 早く戻せ!」
「やっている!!」
このままでは周りの記憶まで床に落ちて駄目になってしまう。
慌てた明人は周りを見回し、棚の一番下に置かれているある物が目に入った。
「おい! 小瓶はいい、こっちに入れろ!」
小瓶の隣に置いた物は空の酒瓶だ。口は小瓶より大きく入れやすくなっている。
カクリは彼が用意した酒瓶に狙いを定め、一気に戻し始めた。
酒瓶に入る事が出来ない雫が地面に落ちるが、大半のものはスムーズに酒瓶に入っていく。
全てを戻し終わったあとカクリは膝をつき、汗を流しながら苦し気に胸元を抑えた。
「たく。とんだ人騒がせ野郎だな……」
「さすがに、怒りを……はぁ……隠せないぞ……」
「ほんとだな、今まで見た事がない表情している。大丈夫か」
口では安否の確認をしているが、実際はそこまで心配していない。
カクリの方を向かずに、酒瓶に入った記憶の液体を見ている。
「──今更、本気で心配されても困るがな」
カクリは小さく呟き、何とか呼吸を整え歩けるようにまでは体力を復活させた。
明人はそんなカクリを気にせず酒瓶を見続けている。すると、いきなり眉間に皺を寄せ、小瓶と瓶を交互に見始めた。
「戻せるのかい?」
「どうだろうな……」
明人にしては珍しく弱気な発言だ。
カクリも酒瓶と小瓶を交互に見るが、やはり一度小瓶から出してしまった記憶は少しだけ黒くなっている。
新鮮な魚を上手に保管すれば鮮度が保たれるように、記憶も小瓶の中が一番の保管場所。
そこから出してしまうと少しずつ黒くなってしまう。
小瓶の方に戻した記憶は綺麗なままだった。
小瓶からはただ出したのではなく、カクリの力で出したため問題ない。
黒くなった匣を眺めていた明人は、元に戻すかこのまま捨てるかで悩んでいた。
「……仕方がねぇな」
諦め、明人は酒瓶に入った匣を、何の変哲もない普通の小瓶に移し替えした。
一緒の小瓶に入れるのは諦めたらしい。
「……すまない」
「別に気にしてねぇよ。やれって言ったのは俺だしな」
明人の表情は本当に何も気にしていないようで、なんともない顔をしていた。
人を気遣う性格では無いため、先程の言葉が嘘ではないという事はカクリにも伝わっている。
だが、彼が気にしなくともカクリは眉を下げ申し訳ないという表情を浮かべてしまった。
狐の耳も、心做しか下がっているように見える。
「はぁ……」
疲れと責任感とでカクリの口から大きなため息が出た。
それを横目に明人は記憶の入った小瓶を綺麗に並べていく。
「俺が嘘つくと思ってんのか? つーか、その態度の方がめんどくせぇ。気にするんだったら俺のいない所でため息つくなり壁殴ったり大きな声を出したりしろ」
「後半はストレス発散の時にする行動によく似ているが……」
「こっちがストレス溜まりそうだわ。いいからさっさと片付けろ、俺は眠いんだよ」
カクリは小さく頷き、自分でやらかしてしまった状態の物達を元通りにし始めた。
「冷水かけるのは酷くね?」
次の日の昼、カクリはソファーで寝っ転がっている明人を蔑んだ目で見下ろしていた。
※
カクリは明人が起きるまで待とうとしていたが、ずっと待ち続けていると次の日の午後二時になってしまった。
そのため、今の彼は自然に起きたのでは無く、我慢の限界になったカクリが冷水をぶっかけ無理やり起こしていた。
「寒い」
「自業自得だ」
冷水をかけられた明人は服を着替え、髪をタオルで拭きながらソファーに寝っ転がりカクリを睨み返している。
その目の圧力から逃げないように、カクリもずっと睨み続けていた。
二人の怒りの籠った瞳が交差し続けていると、明人がため息と共にやっと目線をそらし、体を起こした。
「まぁ、この怒りは今だけ抑えといてやるよ。まったく……。ほんと勘弁しろ。ストレス溜まってんのか? 生理前の女子かよ」
「何か言ったか?」
「んで、なんでそんなに怒ってんだ」
カクリの怒りを含んだ問いかけをスルーし、明人は本題に入ろうとわざとらしく話題をそらした。
「昨日の説明だ。明人の頭の中がどうなっているのか私にはわからんのでな」
「の割には、わかっていそうじゃねぇか。つーか、わかったから怒ってんだろ」
「細かい事はわかっていない。だから、話せ」
「いつも匣を開ける時お前、依頼人の意思に直接話しかけるだろ。それは自分の意思を居れてるかららしいじゃねぇか」
「そうだな」
「だったらそれと同じで、お前の意思ではなく、この匣を操り依頼人の中に入れればいい」
「無理だな」
カクリは間髪入れずに否定する。
確かに、カクリなら意思だけを依頼人の中に入れるのは難しくない。
カクリ自身も相手の精神、脳を操るのを得意とする。だが、それと今回は別問題。
元々、相手の体に無い物を入れる行為は行った事が無いため、上手く出来る訳が無い。
自信も実績もないカクリは、否定を口にするしかなかった。
「少しは考えてみたらどうだ? それだからお前は餓鬼なんだ。餓鬼はまず、でも、だって、しかし~から言葉を使うだろう。それと一緒だ。お前、人間の餓鬼と一緒だな」
「明人の子供への印象はわかった。………今回は別だと思うのだが? 試した事も無いのに出来ると言える訳が無いと思うがね」
カクリはあえて”しかし”などの言葉を使わないよう、言葉を選びながら彼に言った。
「お前は相手の脳や精神に語りかけたり、短時間であれば洗脳するまで出来るはずだろうが。だったら匣は想い、言い換えれば人間の精神の個体だ。精神を操る事が出来るお前なら、この匣も操る事ができるんじゃねぇの?」
明人の言葉は確かに筋が通っている。
匣の見た目はただの光る液体だが、それは目視するための形であり、仮の姿とも言える。
それの正体は、精神その物。
「しかっ……こほん。私は人を洗脳した事などない。この力を持っていると言うだけなのだから、出来る保証はないぞ」
「根性でどうにかしろよ」
「貴様の口からそのような言葉が出てくるとは思わなかったぞ」
「嫌いな言葉ランキング上位の言葉だからな。根性でなんとかなると本気で思っている奴らはただの馬鹿か大馬鹿か低脳人間だな」
「ブーメランだがな」
「とりあえず、筋が通っているのなら出来るだろ。お前が操り、匣を元に戻すこと」
「やった事が無い事をいきなりやれというのは酷では無いかい?」
「練習出来るもんねぇから仕方がねぇだろ」
「一人だけ実験台がいると思うがな……」
「誰だろうなそれは。まったく検討もつかん」
明人はわざとらしく周りを見回し盛大に肩を落とす。行動全てがわざとらしく、癇に障る。
カクリは額に青筋を立てながらも冷静さを失わず、諦め半分で頷いた。
「出来るか分からぬ。それでもいいならやろう」
「それじゃ困るんだよ」
「なら、明人が実験台に──」
「なる訳ねぇだろふざけるな」
カクリの言葉を遮り即否定する。
その様子に「そうだろうな」と零し、小さく肩を落とした。
「なら、成功する確率を上げる方法はあるのかい?」
「そうだな──86パーセントまでならいけるだろ」
「なに?」
明人の顔は、何か面白い事を思いついたような表情をしていた。
昨日に引き続き、カクリの身体に悪寒が走る。肩を震わせ、明人から逃げるように距離を取った。
「一体、どうするつもりだい?」
「脳と精神。操るための行動や力は一緒だろ?」
「そうだな」
「なら、実験台がここの奥に沢山あるだろ。脳に宿り、真実を俺に見せ続けてくれた大事なもんが」
そう言って後ろにあるドアを指さした。
カクリは明人の言葉をすぐに察し、驚きで目を見開く。
明人の指は、記憶が保管されているドアを指さしていた。
「あれは明人の記憶を取り戻すのに必要なものだろう」
「失敗しなければいいだろ」
「失敗したらどうするつもりだい?」
「そん時考えればいい」
自信満々に言っているが、要するに何も考えていないという事だ。
カクリはふざけるなと言う意味も込めて彼を睨むが、いつもの如く気にする様子を一切見せない。
「もうこれしかない。やるかやらないかはお前が決めろ」
明人がこのように言うという事は、本当にこれしか方法はない。
カクリは明人の顔をじっと見て、諦めたのか小さく頷いた。
「やるしかないのだろう」
「なら、今日はそれに時間を使え。俺は寝る」
「私も怒る時はあるのだが?」
「そうか。それは気をつけないとな」
と言いつつ一切気をつける様子を見せないで、明人はソファーに寝っ転がる。
カクリは寝かせるものかと、彼のお腹を四分の三位の強さで殴った。
「ゴフッ!!」
「行くぞ」
お腹を支え丸くなる明人を横目に、カクリは奥へと繋がるドアを開き待ち続ける。
「早くするのだ明人よ。時間がないのだろう」
「誰のせいだと思ってる……」
「半分以上自業自得だと思うがね」
お腹を支えなんとか絞り出した彼の苦し紛れの声は、カクリの容赦ない一声で難なく消えてしまう。
仕方がないと言わんばかりに、大きく長いため息を吐き、明人はドアの奥へと重い足を踏み出した。
※
小屋の奥にある部屋は”記憶保管部屋”。
部屋の電球は淡く光っているだけ。
壁側には木製の棚が数個置かれ、淡く光っている小瓶が沢山置かれていた。
ここは、今まで回収した様々な記憶が入った小瓶が保管されている部屋。
水色、赤色、ピンクに黄色と──様々な色に淡く光っており、ここの部屋だけは幻想的になっている。
明人は部屋の中に入り、一つの棚に近付き小瓶を手にした。
無言で蓋を開け、カクリでも手の届く位置に置き直す。
「おら、さっさとやれ」
「やれと言われて、直ぐに出来れば苦労しないのだがな」
明人の横暴さに呆れつつ、カクリは狐の耳と尻尾を出し小瓶に手をかざす。
とりあえず、浮かせるなど簡単な事をしようと力を込め始めた。
集中し始めてから数秒後、小瓶がカタカタと細かく震え出す。初めてにしては上出来だ。
これは簡単に出来たかと思ったが、カタカタと震えるだけで一向に宙へ浮かせたり、場所移動などがされる様子はない。
「何してんだ、さっさとやれよ」
「やっているようには見えぬのか」
「震えているだけで匣が戻れば、それこそ苦労しねぇよ」
カクリは明人の言葉に汗を流しながら答えるが、力を使っていると体力も落ちるためさすがに長い間は無理だった。
一旦力を解除し、息を整える。
「はぁ……はぁ……。さすがに、厳しいのではないか」
「そりゃ、小瓶ごと浮かせようとするのは無理があると思うけどな」
「──あ」
明人の冷静な言葉に、カクリははっとした。
なんのために蓋を開けたと思っていると言いたげな目線をカクリに向け、大きくため息を吐く。
「少しは頭を使え阿呆。この俺がせっかく小瓶の蓋を開け、お前の背丈に合わせた位置に置いてあげたんだぞ。意味をちゃんと理解しやがれ」
"あげたんだぞ"と言う所を強調するように強く口にし、明人はわざとらしくため気を吐いた。
カクリは反応するのすらめんどくさく、彼を睨むだけで済ました。
「もう一回やれ」
「少しは休憩させてくれないのかい?」
「そんな時間あるか? 俺の寝る時間も考えろ」
「さすがにそれは考えなくても良さそうだがね」
文句を言いながらもカクリはまた小瓶に手をかざし、力を使おうと目を閉じ集中する。
すると、先程はカタカタと細かく震えるだけだったのが、中の液体のみが波を打つように動き出した。
それから数秒後、左右に大きく揺れ始める。
ぽちゃぽちゃと雫が小瓶から溢れ、今にも出そうになる。そして────
「お、出来んじゃねぇか」
小瓶の中に入っていた液体は、小瓶から勢いよく飛び出し明人の頭の上をクルクルと回り始めた。
出来た事に関心している明人だが、操作しているカクリはしんどそうに肩を上下に動かし、脂汗を滲み出していた。
「これを自由に移動できっか?」
カクリの辛い表情など気にする様子もなく、明人は液体から目を離さずに尋ねる。
今のカクリには言葉を言い返す余裕すらなく、とりあえずクルクル回すだけではなく左右や上下にも移動させてみた。
ある程度は操作出来る事がわかったが、もう限界になり小瓶に戻し始めた。
「くっ。……くそ」
「おいおい……。なんか──周りのもんまでガタガタ言い始めたぞ……」
小瓶に入れようとするが口が小さいため少しずつしか入らず、しかも体力の限界が近いため、力を一つに集約する事ができなくなっていた。
周りの棚に置かれている小瓶まで、ガタガタと震え始めてしまう。
「おいおいおい……。まずいだろ!!! 早く戻せ!」
「やっている!!」
このままでは周りの記憶まで床に落ちて駄目になってしまう。
慌てた明人は周りを見回し、棚の一番下に置かれているある物が目に入った。
「おい! 小瓶はいい、こっちに入れろ!」
小瓶の隣に置いた物は空の酒瓶だ。口は小瓶より大きく入れやすくなっている。
カクリは彼が用意した酒瓶に狙いを定め、一気に戻し始めた。
酒瓶に入る事が出来ない雫が地面に落ちるが、大半のものはスムーズに酒瓶に入っていく。
全てを戻し終わったあとカクリは膝をつき、汗を流しながら苦し気に胸元を抑えた。
「たく。とんだ人騒がせ野郎だな……」
「さすがに、怒りを……はぁ……隠せないぞ……」
「ほんとだな、今まで見た事がない表情している。大丈夫か」
口では安否の確認をしているが、実際はそこまで心配していない。
カクリの方を向かずに、酒瓶に入った記憶の液体を見ている。
「──今更、本気で心配されても困るがな」
カクリは小さく呟き、何とか呼吸を整え歩けるようにまでは体力を復活させた。
明人はそんなカクリを気にせず酒瓶を見続けている。すると、いきなり眉間に皺を寄せ、小瓶と瓶を交互に見始めた。
「戻せるのかい?」
「どうだろうな……」
明人にしては珍しく弱気な発言だ。
カクリも酒瓶と小瓶を交互に見るが、やはり一度小瓶から出してしまった記憶は少しだけ黒くなっている。
新鮮な魚を上手に保管すれば鮮度が保たれるように、記憶も小瓶の中が一番の保管場所。
そこから出してしまうと少しずつ黒くなってしまう。
小瓶の方に戻した記憶は綺麗なままだった。
小瓶からはただ出したのではなく、カクリの力で出したため問題ない。
黒くなった匣を眺めていた明人は、元に戻すかこのまま捨てるかで悩んでいた。
「……仕方がねぇな」
諦め、明人は酒瓶に入った匣を、何の変哲もない普通の小瓶に移し替えした。
一緒の小瓶に入れるのは諦めたらしい。
「……すまない」
「別に気にしてねぇよ。やれって言ったのは俺だしな」
明人の表情は本当に何も気にしていないようで、なんともない顔をしていた。
人を気遣う性格では無いため、先程の言葉が嘘ではないという事はカクリにも伝わっている。
だが、彼が気にしなくともカクリは眉を下げ申し訳ないという表情を浮かべてしまった。
狐の耳も、心做しか下がっているように見える。
「はぁ……」
疲れと責任感とでカクリの口から大きなため息が出た。
それを横目に明人は記憶の入った小瓶を綺麗に並べていく。
「俺が嘘つくと思ってんのか? つーか、その態度の方がめんどくせぇ。気にするんだったら俺のいない所でため息つくなり壁殴ったり大きな声を出したりしろ」
「後半はストレス発散の時にする行動によく似ているが……」
「こっちがストレス溜まりそうだわ。いいからさっさと片付けろ、俺は眠いんだよ」
カクリは小さく頷き、自分でやらかしてしまった状態の物達を元通りにし始めた。
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伯爵令嬢のリリアーヌは、入学以来三年間、「魔力ゼロの欠陥品」として学園中の嘲笑を浴び続けてきた。
婚約者であるエドワードからは一度も顧みられず、同級生からはゴミのように扱われ、ミナの自作自演による「いじめ」の濡れ衣まで着せられ……。
それでも、父との「力を隠せ」という約束を守るため、泥を啜るような屈辱に耐え抜いてきた。
――だが、国からも学園からも捨てられた今、もうその約束を守る必要はない。
「さようなら、皆様。……私が消えた後、この国がどうなろうと知ったことではありませんわ」
リリアーヌが身につけていた「魔力封印の首飾り」を自ら引き千切った瞬間、会場は漆黒の魔力に包まれた。
彼女は無能などではない。失われた「古代魔法」をその身に宿す、真の魔道の主だったのだ。
絶望する王太子たちを余目に、隣国の伝説の魔術師アルベルトに拾われたリリアーヌ。
彼女の、残酷で、甘美な復讐劇が今、幕を開ける――。
【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?
旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】
佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。
新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。
「せめて回復魔法とかが良かった……」
戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。
「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」
家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。
「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」
そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。
絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。
これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。
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