素晴らしい世界に終わりを告げる

桜桃-サクランボ-

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コウセン

第3話 世話係

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「あの、まだ、わからないことがありまして…………」
「お答えできることであれば、お答えさせていただきます。私は、貴方の世話係なので」

「なら…………」と、愛実は質問を続ける。

「あの、そのお世話係とは、なんでしょうか?」
「ここは、貴女がいた世界とは異なる世界。色々不自由が多くなるでしょう。そのため、貴女をサポートする者が必要となります。それが、世話係である私です」
「異なる世界?」

 さきほど、ここはコウセンという名前の場所だということは、伝えられた。
 コウセンが元の世界ではない、異なる世界だということも今の説明で理解する。

 現実世界にあった、異世界転生といったジャンルと似ているのだろうかと愛実は考えた。
 そんな時、自分がここに来る前に起きてしまった事故が頭の中に蘇る。

 子供が轢かれそうになった時、愛実は助けようと走りトラックに撥ねられた。
 周りの人が集まり、騒音が聞こえる中、意識を失った。

 それで、目を覚ますとコウセンという世界にいた。
 頭の中がパンクしそうになり頭を支えた愛実に、コウヨウは立ち上がり一礼した。

「今は、ゆっくり休んでください。何かあれば私をお呼びください、すぐに来ます。では――……」

 愛実が何も言えないまま、コウヨウは部屋を後にした。
 一人残された愛実は、綺麗で触り心地のよい枕に顔を埋めた。

「なんで、どうして。何があったの? わからない、理解が追いつかない……」


 事故に遭い、異なる世界へ飛ばされて。
 しかも、世話係と言っていたコウヨウは、口数が少なく無愛想。

 怖くて思っていたことが言えなかった愛実は、朝ご飯を一緒に食べた両親の顔が頭に浮かび、涙をこぼす。

「どうしてこんなことに、家に、帰りたいよぉ……」

 そんな愛実の零した言葉は、扉の奥で待機していたコウヨウの耳にも届いていた。
 浅く息を吐き、何事もなかったかのようにその場を離れた。

 廊下を歩くと、前から二人の男女が歩いていた。
 一人は、コウヨウと同じ執事姿。女性の方は、足首まで長いメイド服を着ていた。

「おやぁ? コウヨウじゃないか。おつかれさん」
「…………ん」

 男性が手を上げコウヨウに挨拶、隣を歩いていた女性も軽く会釈をした。
 コウヨウも頭を下げ、二人の隣を通り過ぎようとした。

 だが、それを男性が腕を掴み止めた。

「待て待て。今から少し時間あるかい? 今回の新人について少し話してくれないかな」
「なぜ?」
「世話係はコウヨウだけど、僕達も関わる事になるじゃないか。少しでも情報交換は必要だ――――って、いつもしてるだろう? どうしたんだ?」

 不思議そうに男性が首を傾げて聞くと、コウヨウは振り向き考えた。
 目を丸くしているコウショウの隣でずっと静かにしていた女性が、一言だけ口にした。

「隠し事はご法度よ」

 凛々しく声色で言った女性の言葉に、コウヨウは諦め口を割った。

「今回の主は、私の昔の知り合いです」

 短い説明だが、それだけでありえない事態でも起こったのかという程、二人は驚いたように目を丸くした。

 男性は、ポニーテールにしている紫色の髪を揺らし、漆黒の瞳でコウヨウを見た。
 隣にいた女性も驚いていたがすぐに冷静を取り戻し、「ふーん」と、ハーフアップにしている撫子色の髪を触り、藍色の瞳を細めた。

「知り合いとなると、私情が入らない? コウヨウなら大丈夫だとは思うけど」
「問題ない」

 疑うように見ている女性の名前は、アネモネ。
 その隣で「だよねー」と、適当に言っている男性の名前がコウショウ。

 三人は、コウセンの世話係として働いていた。
 そのため、仲は悪く無い。情報交換や、雑談などをする仲。だが、今回のように新人が入ってきた時は、少しだけ空気が硬くなる。

 理由は、三人の置かれている境遇。
 三人の立場は、世話係と位置づけられているが、その扱いは酷い。

 上からは雑用として扱われ、アイという人物が連れてきた主達には何をされても文句を言えない。

 罵声を浴びせられても言い返せず、暴力を振るわれても自身を守ってはいけない。
 ただただされるがままの人形状態。都合のいい駒使いとして、日々を暮らさなければならない。

 そのため、新人が入ってきた時はどんな性格なのか、何をされるのか、何を命令されるのか。
 それを皆で把握する形をとっていた。

 そのため、今回のコウヨウの反応は、コウショウ達からしたら意外だった。
 知り合いというのも、アネモネのように私情が入るんじゃないかと疑っても仕方がない。

「まぁ、今から情報交換でもしないかい? それくらいいいでしょ、コウヨウ」
「わかった」

 そのまま三人は、このコウセンで唯一心安らげる場所へと移動した。

 ※

 部屋に残された愛実は、このまま何もしないでいる訳にもいかず、涙を乱暴に拭いベッドから立ち上がった。

 広い部屋で、壁側には机と椅子がある。
 服をかけるラックや、部屋を飾る為の花瓶などが置かれていた。

 なんとなく机へと移動し、そっと触れる。
 特になにかあるわけではない。変哲もないただの机。

 念のため、絵画が飾られている壁も見てみたが、何もない。
 シャンデリアを見上げても違和感などはなく、愛実は肩を落とした。

「…………お母さん、お父さん…………」

 当たり前に思っていた両親の存在。
 こんな、意味の分からない状況になって初めて、当たり前ではなかったことに気づく。
 目尻が熱くなり、またしても涙が零れ落ちる。

 その場にへたり込み、嗚咽を漏らした。

「私、どうなっちゃうの…………」

 一人、部屋の中で涙を流す。
 でも、誰も声をかけてくれるわけでも、慰めてくれる事もない。
 不安と恐怖で押しつぶされそうになる中でも、一人で過ごさなければならない。

「…………コウヨウさん。あの人って……」

 白い布で目元を隠した世話係。
 あの人が唯一、今の愛実と話した人。

 多分、質問すれば答えてくれる。
 でも、雰囲気が怖いから喉が絞まり、うまく話せない。

 何かあればお呼びください。
 そう言われても、勇気がない。

 結局ベッドに戻り、膝を抱え、愛実はただただ涙を流し続けた。
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