素晴らしい世界に終わりを告げる

桜桃-サクランボ-

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コウショウとアネモネ

第44話 素敵な世界から

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「くっそ……」

 コウヨウは、迷ってしまった。
 すぐにコウショウ達へと助けに行かなければならない。
 けれど、愛実からも目を離せない。

 どうすればいい、何をするべきだ。
 そう考えていると、愛実がアイに優しく語りかけた。

「アイさん、一緒に帰りましょう?」

 優しくアイに語り掛けるその声は、やっと取り乱していた少年に届いた。
 廊下を埋め尽くしコウショウとアネモネを襲っていた死者は動きを止め、アイがゆっくりと愛実から離れた。

「アイさん?」

 問いかけるが、アイは顔を上げない。
 声は届かなかったのかと思っていると、コウヨウが愛実の肩に手を置いた。

「――――アイ様。我々の声は聞こえておりますか?」

 問いかけると、アイは小さく頷いた。
 コウヨウは、反応がある事を確認でき、愛実を見た。

 あとは好きにしろと言いたげな視線に、愛実は笑みを浮かべ、アイに向き直した。

「アイさん。ここからコウヨウやアネモネ、コウショウさん。そして、アイさん。ここにいるみんなで、現実の世界に戻りたいのですが、できますか?」

 愛実が聞くと、アイは首を横に振った。

「それは無理だよ。この世界から抜け出せるのは、君だけだよ、愛実」

 アイが本名を言った事で、コウヨウは死者達を見た。
 動きはない。今はもう、アイの力によって死者は動けないのだろうと、目線を戻した。

 愛実は、目を大きく開き驚愕んお表情を浮かべている。

「な、なんで、私しか抜け出せないのですか?」
「まず我の身体は、もう現実世界にはないの。死んでいるから」
「…………そっか」

 少し考えればわかるか、と。
 愛実は悲しそうに眉を下げた。

「それで、世話係の身体は、正直わからない。戻れるとは言い切れないし、戻れないとも言えないけど、コウショウだけは、戻れないとわかるけど」
「えっ、なんで?!」

 コウヨウとアネモネは、思わずボロボロになって壁に背中を預け座っているコウショウを見た。

 会話が聞こえていたコウショウは、下げていた顔を上げる。
 傷だらけの、ボロボロの身体を立ちあがらせ、愛実達に近付いた。

「アイ様と同じですよね。体が、鶴雄桐の身体がもう生きていないんですよ。そうですよね?」

 アイが、頷く。
 聞いてはいるが確信していたコウショウは、淡く笑った。

「なら、逆にアネモネなら戻れる確率は高いですよね?」
「柊愛花の身体はまだ生きているからね。けれど、アネモネがコウセンで何かを食べているのなら、不可能だよ」

 何かを食べていればと言う言葉に、愛実は首を傾げた。

「どういう事ですか?」

 愛実が聞くと、アイが俯きながら説明した。

「黄泉戸喫《よもつへぐい》って知ってる? 黄泉の世界で物を食べてしまうと、場所に縛られるんだよ。君は、コウヨウのおかげで物を食べずに済んだみたいだけどね」

 アイの言葉に、コウヨウと愛実は驚き、お互い見合った。

「――――やはり、気づいておられたのですか」
「当たり前。君は自分の力を使って食べさせないようにしていたみたいだけど、流石に分かるよ」
「そうですか」

 ここで、初めて分かった。
 愛実がなぜ、食べ物を口に出来なかったのか。
 それは、コウヨウがあえて愛実が食べる前に物を固くし、食べられないようにしていたから。

 愛実は、最初からコウヨウに助けられていたんだと実感し、涙が溢れ出る。
 けれど、ここで泣いている訳にはいかない。

 すぐに気持ちを切り替え、顔を上げた。

「アネモネ、どうかな」

 壁に寄りかかり、項垂れているアネモネに聞くと、首を横に振った。

「食べた、の?」

 ――――コク

 小さく頷いたアネモネを見て、愛実は顔を青くした。

「それなら、最後はコウヨウ、君だ。流石に物は口にしていないよね?」

 コウショウが横目で聞くと、コウヨウは頷いた。

「それなら、あとは君の実態が生きているかどうかだね。コウヨウの身体――――久留実紅葉の身体はどうなっているのか、アイ様、わかりますか?」

 愛実は、本名を聞いて、何故か頬を赤くした。
 今まで意識しないようにしてきたが、やはり本名を聞くとコウヨウを見てしまう。

 目が合うと、さっと逸らし赤い顔を隠した。

「?」
「やれやれ。最後に甘酸っぱいのを見れて幸せだよ」

 口では幸せと言っているが、表情は呆れている。
 肩を落とし、二人を見た。

「今はいちゃつかないでもらえるかな。それより――っ!!」

 コウショウが本題に戻ろうとした瞬間、屋敷が大きく揺れ始めた。

「な、なに!?」

 愛実が慌てていると、アイが空を見て呟いた。

「コウセンが、終わる。この、素晴らしい世界に、終わりが、訪れた」

 コウヨウを見ると、アイはコウショウとアネモネを見た。
 視線を送られたコウショウは笑みを浮かべ、アネモネは「ふん」と鼻を鳴らした。

 その反応で、すべてを察したアイも笑みを浮かべ、今度はコウヨウを見た。

「コウヨウ、君の場合は本当にわからないんだ。だから、屋敷から出てみて、それでわかるから」
「よろしいのですか?」

 コウヨウは、信じられないというように驚き、問いかけた。

「当たり前だ。もう、我は止めぬ。ここで、コウショウ達と共に朽ちる」
「でも!! アイさんならここから抜け出せる方法が――……」
「ないよ」

 愛実が縋るように言うが、アイが叩き落すように言葉をかぶせた。
 そこまではっきりと言われてしまえば、愛実は何も言えない。

 悔し気に顔を歪め、拳を握った。

「――――ありがとう」
「えっ」

 まさか、アイからお礼を言われるなんて思っていなかった愛実は、勢いよく顔を上げた。
 その時に、初めて見た。アイの、純粋な笑みを。

「君が初めてだ。我を抱きしめてくれたのは。人の温もりと言うのは、あそこまで温かかったんだね。知らなかったよ」

 言うと、後ろに気配を感じる。
 振り向くと、何故か体が治っているアネモネとコウショウが驚きの表情を浮かべ立っていた。

「これって…………」
「さぁ、いってらっしゃい。コウヨウ――――いや、紅葉。愛実をしっかり最後まで送り届けるんだよ」

 アイが言うと、コウヨウは眉を吊り上げ、頷いた。
 まだ、愛実は三人を置いて行くことを気にしており、眉を下げ不安そうに三人を見た。

「どうしても、助からないのですか?」
「助からないよ。でも、安心してほしい。ここは、完全なる死後の世界ではないんだ。この後、我らは本当の死後の世界に行く。そしたら、何が待っていると思う?」

 アイの質問の答えがわからず、愛実は困り「えっ、え?」と慌てた。
 困っている愛実を見て、アイはクスクスと笑い、すぐに答えを教えてあげる。

「生まれ変わりだよ。もう、縛られることも、縛ることもない。現実世界に戻る勇気が出たんだ」

 徐々に揺れが大きくなるコウセン。
 もう、時間がない。

「君達のおかげで、勇気が出たんだ。だから、先に現実世界に戻っていておくれ。我らは、遅れていく。ただ、それだけだ」

 アイが、キラキラと輝く青白磁色の瞳を二人に向けた。

「もし、生まれ変わって、我らに会うことが出来たら、友人になってもらえるか?」

 アイからの質問に、愛実は涙を浮かべながらも笑った。

「必ず、友達になりましょう!!」

 涙ながらに言う愛実からの言葉を聞いて、アイは、満面な笑みを浮かべた。

「愛実、もうそろそろ」
「う、うん」

 まだ、不安そうにしているけれど、アイの言葉を信じ、愛実はコウヨウと共に走り出した。


 残されたアイとコウショウは、アネモネを見た。
 二人の視線が煩わしく思い、視線だけを向け不機嫌そうに呟いた。

「なんでしょうか」
「君、何も食べてないよね? 今ならまだ、戻れるよ?」

 アイが聞くが、アネモネは首を横に振った。

「今、柊愛花として戻ったとしても、同じことの繰り返しだと思うのです。なので、人生をリセットしようかなと思います。アイ様とコウショウと一緒なら怖くないと思って」

 アネモネの言葉に二人は、柔和な笑みを浮かべた。

「一緒に、逝こうか」
「うん」

 コウショウの言葉に、アネモネが頷いた。
 直後、コウセンの揺れに耐えられなくなった屋敷が崩れ始めた。

 壁、天井と崩れ、残された三人は、清々しい表情を浮かべたまま瓦礫に埋もれてしまった。
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