悪役令嬢♂〜彼は婚約破棄国外追放死亡の運命を回避しつつ、ヒロイン達へ復讐を目論む〜

フオツグ

文字の大きさ
70 / 79
復讐編 あなたは絶世のファム・ファタール!

地獄に落ちた嘘つき共

しおりを挟む
「アナスタシアが……冤罪だった……?」

 アデヤがよろよろと、真っ青な顔でアナスタシオス達に近づいてくる。

「僕はレンコに……その女に騙されていたのか……?」

 アナスタシオスは呆れたようにため息をつく。

「これでわかったでしょう、アデヤ殿下。レンコは、あんたが嫌いな、醜いだけの女だ」
「あ、ああぁ……」

 アデヤは膝から崩れ落ちる。

「アナスタシア……。僕の女神マ・デエス……。僕だけの女神……」

 □

 アナスタシアはアデヤの初恋だった。
 八年前に出会ってから、ずっと光り輝いていた。
 笑顔も、怒った顔も、悲しげな表情も、全て、美しかった。
 最初、キュリオシティに来たとき、アナスタシアは田舎者の男爵令嬢だと馬鹿にされた。
 それでも、アナスタシアは挫けずに向かって行った。
 いつの間にか、アナスタシアは皆に好かれる存在になっていた。

──僕が最初に見つけたのに。

 自分の中で燻る嫉妬心を自覚した途端、駄目になった。
 自分はこんなにも心が狭く、醜いのに。
 アナスタシアだけが気高く、美しくなっていく。
 アナスタシアを取り囲むもの達への、アナスタシアを渡したくないという独占欲。
 アナスタシアへの対抗心。
 美国の王子としてのプライド。
 その全てが混ざり合い、自分の心はごちゃごちゃになっていった。
 いつしか、目で追うのは、アナスタシアの醜い部分だけになっていた。

 アナスタシアがレンコを誘ったお茶会の当日。
 レンコにだけ、渋い紅茶が淹れられた。
 そのときのアナスタシアの表情は、美しさの欠片もなかったように見えた。
──……ああ、君にも、そんな醜い一面があったんだな……。
 そう気づいたとき、酷く心が高揚したのを覚えている。

 その後、ゼニファーとシュラルドルフが話しかけてきた。
 アナスタシアの所業に関することだった。

「……先日のお茶会で、気づかれたと思います。アナスタシア嬢の本性を。今のアデヤ様なら、真実を受け入れることが出来るでしょう」

 そう言われ、証言と照らし合わせた証拠の数々を目の前に出された。

「そんな……まさか。あのアナスタシアが……」

 アデヤは信じられない、と言うように首を横に振った。
 しかし、アデヤの口端は引き攣り、上がっていた。
──なんだ、アナスタシアも僕と同じ……醜い嫉妬心を持っていたんだな。
 ゼニファーがアナスタシアの罪を詳らかにする舞台を用意してくれた。
 それが高等部二年、年末の学園パーティーのアナスタシア断罪劇だった。
 アナスタシアは罪を認めることはなかった。
 その姿が更に醜かった。
 対照的に、レンコが美しく見えた。
 これが本当の恋なのだろう。
 レンコはアナスタシアほど外見が美しくないのに、こんなに好きなのだから。

 □

 アナスタシア断罪から一年後。
 同じく、学園パーティーにて。
 アナスタシアの潔白が証明された。
 それと同時に、レンコの醜い本性が明らかとなった。

 アデヤはふと、床を見る。
 反射して映った自分の顔が目に入った。

「なんて、醜い……」

 顔の輪郭は歪み、鼻は大きく、瞳が小さい。
 これは自分の顔なのか、と頬に手を当てる。
 自分の醜く歪んだ顔にも、手が添えられた。

「ああ……そうか」

──醜かったのは、僕だけだった……ずっと。
 アナスタシアは美しいままだった。
 美しいまま死んだのだ。
 醜く歪んでいたのは目だった。
 それを認識する自分の脳だった。

「アナスタシア……すまない……。すまない……」

 只管謝り続けるアデヤを、アナスタシオスは冷たい目で見下ろしていた。

「……シオ殿、続きは別室でしましょう」

 ゼニファーの言葉に、アナスタシオスは頷く。

「……そうだね。ごめん。ここで追求するつもりはなかったんだけど。ついカッとなっちゃって」
「いえ、謝る必要はありません。我々も一年前、同じようなことをしてしまいましたから……」

 アナスタシオスは階段の一番上から叫ぶ。

「皆様! パーティーを楽しんでいるところ、騒がしくして申し訳ありませんでした!」

 そう叫び、頭を下げる。

「レンコ嬢、こちらへ」

 ゼニファーがレンコを引っ張る。
 レンコがアナスタシオスの前を通り過ぎた瞬間、アナスタシオスはレンコに小さく耳打ちする。

「残念だったなァ、クソ女。あの男達は全部、のものですわ」

 アナスタシアを想起させる口調に、レンコはバッとアナスタシオスの顔を見た。
 アナスタシオスは嘲笑っている──アナスタシアと同じ顔で。
 レンコの顔が怒りでカッと赤くなった。

「死ねっ……この悪役令嬢が!」

 レンコはドンとアナスタシオスの胸を押した。
 アナスタシオスの後ろは階段だ。
 下にいた人達が悲鳴を上げた。

「兄さんっ!」

 クロードが弾かれたように駆け出した。
 しかし、どうやったって間に合わない。
 頭に過ぎるのは、アナスタシアの死亡フラグだ。
 届かないと知っていながら、クロードはアナスタシオスに手を伸ばした。
 ここまで来て失うのか──そう思った瞬間、シュラルドルフが床を蹴り、弾丸のように飛び出した。
 シュラルドルフはアナスタシオスを抱き止める。

「シュラルド……!」

 アナスタシオスは目を見開き、シュラルドルフを見上げた。

「……怪我はないか、シオ」

 シュラルドルフは涼しい顔で声をかけた。

「う、うん……。ありがとう。助かったよ……」

 アナスタシオスはシュラルドルフにお礼を述べる。

「──レンコを捕縛しろ! 殺人未遂の現行犯だ!」

 ゼニファーは声を張り上げる。
 周りにいた生徒達がレンコの肩を掴み、床に押さえつけた。

「離しなさいよ! 私は【博愛の聖女】よ! この世界の主人公ヒロインなのよ! あんた達、ただで済むと思ってんの!?」

 レンコは手足を動かし、体を捻り、逃げようともがく。
 シュラルドルフはアナスタシオスをそっと床に下ろした。

「レンコ、これ以上、抵抗するならば、俺が相手になる」

 シュラルドルフはレンコの前に立ちはだかった。

「さあ、手合わせ願おう」

 シュラルドルフのその言葉に、レンコの顔が恐怖で歪んだ。
 数々のプレイヤーをデッドエンドに追い込んだ男・シュラルドルフ。
 レンコもプレイヤーなら知っているはずだ。
 現実にコンティニューはない。

「どうして、私がこんな目に遭わないといけないのよ……!」

 レンコは鼻を鳴らしながら泣く。
 主人公ヒロインの面影はない。

「それもこれも全部、あんたのせいよ! 悪役令嬢アナスタシア!」
「僕はアナスタシだ。アナスタシアは死んだ」
「アナスタシアは生きてた! あんたがアナスタシアだったのね! だから、アナスタシオス様のキャラが違ったんだ! 私のアナスタシオス様は何処!? 出しなさいよ! クソ女!」

 レンコは罵詈雑言をアナスタシオスをぶつける。

「彼女は何を言っている?」

 ゼニファーは得体の知れないものを見るような目でレンコを見ていた。

「……大方、アナスタシアの幻覚でも見たんだろう」

 アナスタシオスは思わず笑ってしまう。

「レンコさん、罪を認める気はないんだね。……だけど、少しでも罪の意識があるのなら……それで良い。君はまだやり直せる」

 アナスタシオスは優しく笑う。
 階段から突き落とされたばかりだというのに、レンコやアナスタシアを気遣う姿に、周囲の人間は見惚れた。
 対して、彼を罵り続けるレンコに侮蔑の目を向けた。

「……良い加減にしろ、レンコ」

 アデヤがよろよろと立ち上がる。

「お前の醜い嫉妬で、アナスタシアがどれだけ傷ついたことか。僕がアナスタシアを信じていれば……生きる希望を持てていたならば、彼女はまだ生きられたかもしれない……」

 アデヤは顔を上げ、連呼を睨みつけた。

「アナスタシアはお前の──いや、死んだんだ!」

 アデヤの顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃで──美しさの欠片もない顔だった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

悪役令嬢に転生しましたが、行いを変えるつもりはありません

れぐまき
恋愛
公爵令嬢セシリアは皇太子との婚約発表舞踏会で、とある男爵令嬢を見かけたことをきっかけに、自分が『宝石の絆』という乙女ゲームのライバルキャラであることを知る。 「…私、間違ってませんわね」 曲がったことが大嫌いなオーバースペック公爵令嬢が自分の信念を貫き通す話 …だったはずが最近はどこか天然の主人公と勘違い王子のすれ違い(勘違い)恋愛話になってきている… 5/13 ちょっとお話が長くなってきたので一旦全話非公開にして纏めたり加筆したりと大幅に修正していきます 5/22 修正完了しました。明日から通常更新に戻ります 9/21 完結しました また気が向いたら番外編として二人のその後をアップしていきたいと思います

転生者はチートな悪役令嬢になりました〜私を死なせた貴方を許しません〜

みおな
恋愛
 私が転生したのは、乙女ゲームの世界でした。何ですか?このライトノベル的な展開は。  しかも、転生先の悪役令嬢は公爵家の婚約者に冤罪をかけられて、処刑されてるじゃないですか。  冗談は顔だけにして下さい。元々、好きでもなかった婚約者に、何で殺されなきゃならないんですか!  わかりました。私が転生したのは、この悪役令嬢を「救う」ためなんですね?  それなら、ついでに公爵家との婚約も回避しましょう。おまけで貴方にも仕返しさせていただきますね?

バッドエンド予定の悪役令嬢が溺愛ルートを選んでみたら、お兄様に愛されすぎて脇役から主役になりました

美咲アリス
恋愛
目が覚めたら公爵令嬢だった!?貴族に生まれ変わったのはいいけれど、美形兄に殺されるバッドエンドの悪役令嬢なんて絶対困る!!死にたくないなら冷酷非道な兄のヴィクトルと仲良くしなきゃいけないのにヴィクトルは氷のように冷たい男で⋯⋯。「どうしたらいいの?」果たして私の運命は?

9時から5時まで悪役令嬢

西野和歌
恋愛
「お前は動くとロクな事をしない、だからお前は悪役令嬢なのだ」 婚約者である第二王子リカルド殿下にそう言われた私は決意した。 ならば私は願い通りに動くのをやめよう。 学園に登校した朝九時から下校の夕方五時まで 昼休憩の一時間を除いて私は椅子から動く事を一切禁止した。 さあ望むとおりにして差し上げました。あとは王子の自由です。 どうぞ自らがヒロインだと名乗る彼女たちと仲良くして下さい。 卒業パーティーもご自身でおっしゃった通りに、彼女たちから選ぶといいですよ? なのにどうして私を部屋から出そうとするんですか? 嫌です、私は初めて自分のためだけの自由の時間を手に入れたんです。 今まで通り、全てあなたの願い通りなのに何が不満なのか私は知りません。 冷めた伯爵令嬢と逆襲された王子の話。 ☆別サイトにも掲載しています。 ※感想より続編リクエストがありましたので、突貫工事並みですが、留学編を追加しました。 これにて完結です。沢山の皆さまに感謝致します。

悪役令嬢のビフォーアフター

すけさん
恋愛
婚約者に断罪され修道院に行く途中に山賊に襲われた悪役令嬢だが、何故か死ぬことはなく、気がつくと断罪から3年前の自分に逆行していた。 腹黒ヒロインと戦う逆行の転生悪役令嬢カナ! とりあえずダイエットしなきゃ! そんな中、 あれ?婚約者も何か昔と態度が違う気がするんだけど・・・ そんな私に新たに出会いが!! 婚約者さん何気に嫉妬してない?

私を選ばなかったくせに~推しの悪役令嬢になってしまったので、本物以上に悪役らしい振る舞いをして婚約破棄してやりますわ、ザマア~

あさぎかな@コミカライズ決定
恋愛
乙女ゲーム《時の思い出(クロノス・メモリー)》の世界、しかも推しである悪役令嬢ルーシャに転生してしまったクレハ。 「貴方は一度だって私の話に耳を傾けたことがなかった。誤魔化して、逃げて、時より甘い言葉や、贈り物を贈れば満足だと思っていたのでしょう。――どんな時だって、私を選ばなかったくせに」と言って化物になる悪役令嬢ルーシャの未来を変えるため、いちルーシャファンとして、婚約者であり全ての元凶とである第五王子ベルンハルト(放蕩者)に婚約破棄を求めるのだが――?

完璧(変態)王子は悪役(天然)令嬢を今日も愛でたい

咲桜りおな
恋愛
 オルプルート王国第一王子アルスト殿下の婚約者である公爵令嬢のティアナ・ローゼンは、自分の事を何故か初対面から溺愛してくる殿下が苦手。 見た目は完璧な美少年王子様なのに匂いをクンカクンカ嗅がれたり、ティアナの使用済み食器を欲しがったりと何だか変態ちっく!  殿下を好きだというピンク髪の男爵令嬢から恋のキューピッド役を頼まれてしまい、自分も殿下をお慕いしていたと気付くが時既に遅し。不本意ながらも婚約破棄を目指す事となってしまう。 ※糖度甘め。イチャコラしております。  第一章は完結しております。只今第二章を更新中。 本作のスピンオフ作品「モブ令嬢はシスコン騎士様にロックオンされたようです~妹が悪役令嬢なんて困ります~」も公開しています。宜しければご一緒にどうぞ。 本作とスピンオフ作品の番外編集も別にUPしてます。 「小説家になろう」でも公開しています。

処理中です...