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恋せよタゲツくん!

「それ以上を求めるな」

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 四年D組の教室。
 後ろの端っこ、静かに佇む学校の備品が一つ。
 その名は、ターゲットくんマークII。
 D組の生徒達からは親しみを込めて、『タゲツくん』と呼ばれている。
 タゲツくんは的当ての的である。
 体育の時間、動力となる魔力を込められて、校庭を走り回るのが役目だ。
 それ以外のときは、教室の隅に放置されている。
 結局、タゲツくんはただの備品。
 それだけのはずだった。

「タゲツくん、今日もお疲れ様でしたわぁ」

 そうタゲツくんに話しかけながら、タゲツくんについた水滴を拭く彼女。
 タゲツくんは彼女の名前を知っている。
 マジョアンヌ・マドレーヌ。
 別クラスの生徒キョーマ・キャラメリゼとの対決の際、練習に付き合い、長い時間を共にした。
 その中でタゲツくんは、彼女のことを『守りたい』と思うようになった。
 しかし、彼女を守るにはもっと自由に歩き回れるようにならなければならない。
 今、動ける範囲は地上だけ。
 しかも、段差が飛び越えられない。
 新しい体が必要だ。
 放課後を待ち、タゲツくんは残していた魔力を使って動き出す。
 目指すは、職員室にいる創造主の元へ。

 □

 タゲツくんは職員室に入り、シャルルルカの姿を探した。

「あれ? タゲツくん?」

 タゲツくんに話しかけたのは四年D組の生徒レイだ。
 彼女はマジョアンヌとよく一緒にいる。
 だから、タゲツくんの記憶にも残っていた。

「どうしたんですか? こんなところで」

 レイにそう問われ、タゲツくんは答える。

『マヌケー』

 タゲツくんには暴言しか録音されていなかった。

「えーと」

 レイは苦笑いをした。

「……ああ、そうだ! 肯定するときはニ回、否定するときは一回、鳴いて……鳴いて? 下さい。わかったら、二回返事をお願いします」
『アホーアホー』

 タゲツくんは言われた通り、二回返事をして、肯定の意を示した。

「肯定ですね! それで、職員室に来たってことは、シャルルルカ先生にご用事ですか?」
『バーカバーカ』
「やっぱりそうなんですね。シャルル先生はこっちですよー」

 レイが歩き出す。
 タゲツくんは自身の車輪をガラガラと回し、それに続いた。

「シャルルルカ先生ー」

 レイが彼の名前を呼ぶ。
 シャルルルカは自身のデスクに足を乗せ、頭の後ろで手を組んでいた。

「なんだ、レイ。ターゲットくんマークIIを連れて。故障でもしたのか?」
「いえ、何か用事があるみたいなんです。ね、タゲツくん」
『マヌケーマヌケー』

 タゲツくんはレイと決めた通り、二回返事をして肯定した。

「あ? 誰が間抜けだって?」
「あんたがそういう風に作ったんでしょうが」

 レイはため息をついた。

「しかし、録音の音声だけじゃ何の用事だかわかんねえですね。困りました」
「仕方ない。辞書の内容をそのままぶっ込むか。レイ、辞典出せ」
「辞典? ありますけど……」

 レイはリュックから国語辞典を取り出して、シャルルルカに手渡した。

「ぶっ込むって……何するんです?」
「こうする」

 シャルルルカはタゲツくんの頭──的の部分に
国語辞典を捩じ込んだ。

「空間魔法……ですね」
「わかってるじゃないか」

 ズボンのポケットからチョークを取り出すと、メモ用紙に魔法陣を描き、的の部分に貼り付ける。
 スウ、とメモ用紙も国語辞典と同様に吸い込まれた。

「……よし。どうだ。ターゲットくんマークII、話せるか」
『肯定。会話 可能』

 タゲツくんはシャルルルカの声で喋る。

「お、喋った! 片言で、ちょっとわかりにくいですけど」
「魔道具に人間の文脈を教えるのは難しい」

 タゲツくんはシャルルルカの方を向く。

『教師 伝える 感謝』
「感謝は良い。で、用事はなんだ?」
『人間 要求 身体」
「人間の身体が欲しいのか? なんだなんだ。食うつもりか?」
『否定。自分自身 要求 身体』
「お前の体? 理由は?」
『願う 守護』
「守りたい? 誰を」
『金髪 魔女 マドンナ』

 シャルルルカは頭を捻る。

「……誰だ?」
「金髪で魔女でマドンナ……。あ! もしかして、マジョ子さんですか? マジョアンヌ・マドレーヌ。金髪ですし、魔女とマドンナ。何となく似てます!」
『肯定』
「ほら、やっぱり!」

 レイはクイズに正解したように喜ぶ。

『彼女 願う 守護』
「……マジョアンヌを守るために、人間の身体が欲しいと?」
『肯定』
「止めとけ。今のまま、教室の隅で思いを寄せるくらいで良いじゃないか。それ以上を求めるな」
『否定』
「……どうしてもか」

 シャルルルカは呆れたようにため息をつく。
 一方、レイはというと、目をキラキラと輝かせていた。

「無機物の恋……良いじゃないですか! 先生、やってあげましょうよ!」
「嫌だ」
「図書館にあったんです! 『絵の中の少女に恋をした画家』って小説が!」

 レイはリュックの中から、その小説を取り出した。
 図書館から借りて来たものだ。

「画家の愛で、絵の中の少女が動き出すんです! その少女も画家に恋をして……! 先生も読んでみて下さい! 絶対ハマりますから!」
「図書館へは勉強しに行ったんじゃないのか?」
「……べ、勉強の気晴らしに読んでみたら面白くってつい……」
「嘘つくな」

 レイは「それにしても!」と話を強引に変えることにした。

「いや~、魔道具が恋するなんてことあるんですね~! 小説の中の話かと思ってました!」
「魔法は未知なるもの。その、未知なる力を秘めた魔法石が埋め込まれた道具に、心が宿ってもおかしくはない」
「じゃあ、この小説の内容も事実の可能性が!?」
「知らん」

 シャルルルカはピシャリとそう言った。

「良いか。私は絶対にしない」
「えー。先生の意地悪! 『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて何とやら』、ですよ!」
「私は邪魔も、協力もしない。だから──」

 シャルルルカはレイを指差した。

「お前がやれ、レイ」
「……へ? あたしが?」
「何でも人任せはいけないぞ?」

 シャルルルカは意地悪くニヤニヤと笑った。
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