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休日の遊び方
「存分に弾かせてあげれば良かった」
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魔王が討たれる前。
魔王の下僕達が猛威を振るっていた。
中でも、魔王軍の四天王を名乗る魔物達は破格の強さを誇っていた。
四天王が一角、【執念深きゴーゴン】は辺り一帯を石に変え、人が住めない土地を増やしていった。
その噂は、ピエーロの耳にも届いていたが、他人事のように思っていた。
対策を講じようにも、石化を防ぐにはゴーゴンを討つしか方法がない。
一貴族のピエーロには何も出来ないのだ。
そして、ピエーロは石化の見舞わられることになる。
一人、自室にいたときだった。
石になっていく屋敷の床に気づいた。
窓の外を見てみたら、外も既に石化していた。
──妻は、使用人達は、無事なのか!?
ピエーロは扉のノブに手をかける。
「いっ……!?」
ノブに触れると指先に鋭い痛みが走った。
手を離し、扉をよく見てみると、既に石化がしていた。
「そんな……! おい! 誰かいないか!」
扉を叩くが、返事はない。
魔法で扉を壊そうと呪文を唱えるが、ビクともしない。
「そうだ、窓! 窓なら開けられずともガラスを割れば!」
希望を持って、窓に目を向ける。
しかし、窓ガラスも既に石化していた。
ピエーロは目を疑い、窓ガラスに触れた。
石化した扉と同じ感触に絶望する。
「石化……している」
扉や窓以外に、その部屋から出る術はなかった。
ピエーロは石化した屋敷の中で遭難したのだった。
□
それから、何日が経っただろうか。
ピエーロは石の部屋の中に閉じ込められたまま、来るかもわからない助けを待った。
食べ物も飲み物も、部屋にあるもの全て、石化している。
一度血迷って、石化した果実を口に入れたが、歯が負けてしまった。
水魔法で飲み水は確保出来ていたが、やはり、食事が取れないのは致命的だった。
しかも、石化はピエーロ自身の体にも侵食し始める。
指先から、徐々に感覚が失われていく。
迫り来る死を自覚し、遺書を書こうにも、紙とペンすら石化している。
空腹と絶望の中、ピエーロは目を閉じた。
そのときだった。
扉を──否、石の壁をぶち破って、藤色の髪の男が現れたのは。
「──無事か!?」
その男は叫ぶ。
ぼやける視界の中、絶望を壊す、希望の光を見た。
□
次にピエーロが目覚めたとき、屋敷は正常に戻っていた。
最愛の妻がピエーロを抱き締め、「無事で良かった」と涙を流した。
何が起こったのか、思考が追いつかない。
「気分はどうでしょう? ピエーロ・ボンボンさん」
藤色の髪の男がピエーロの前に立つ。
「貴殿は……」
「私はシャルルルカと申します。こちらは、同じパーティーのアレクシス・シュークリーム」
シャルルルカに紹介されたアレクシスは礼をする。
シャルルルカは続けた。
「私達が【執念深きゴーゴン】を討ったことで、ここら一帯の石化の被害は収束に向かっているようです」
シャルルルカは窓の外へ目を向けた。
草花が咲き乱れ、人々が歩き回っている。
全てが石になる前の風景に戻っている。
ピエーロの目から涙が溢れた。
「それは、なんと……御礼を申したら良いか……」
「御礼なんてとんでもない。私達は、私達のしたいことをしたまでですから」
シャルルルカは照れ臭そうに微笑む。
まだ二十にも満たなそうな彼が、魔王軍の四天王の一角を打ち破ったという事実は、俄にも信じられなかった。
しかし、平穏が取り戻せたのなら、それ以上の事実はない。
本当に良かった、とピエーロは幸せを噛み締める。
それに反して、シャルルルカは悲しそうに眉を下げた。
「しかし、貴方達を救い出すのが遅れてしまった……。それは悔やんでも悔やみきれません」
「何を言っているのです。我が輩も妻もこの通り生きている! これ以上の幸運はありませんぞ!」
シャルルルカは首を横に振り、ピエーロの指を指差した。
「え……?」
──そういえば、右手に違和感がある。
恐る恐る、ピエーロは自分の右手を見た。
そこにあるべきものがなかった。
右手の指が五本、失われていた。
「我が輩の……指が……」
信じられない事実に、声が震える。
シャルルルカは目を瞑り、少しだけ頭を下げた。
「……指は完全に石化していて、元に戻すことは出来ませんでした。力を及ばず……申し訳ありません」
「そん……な……」
ピエーロは指のない手をベッドに落とした。
シャルルルカはかける言葉が見つからないようで、口を開いたり閉じたりしていた。
「……夫はピアノを弾くのが好きでして。パーティーで皆に披露することもあったのですよ」
ピエーロの妻はそう言った。
「『いつかピアノで食べていく!』なんて、夢見がちなことも言っていて……。こんなことになるのなら、存分に弾かせてあげれば良かった……」
「そう……だったんですね。本当に申し訳ありません……」
「シャルルルカ様方のせいではありません!」
肩を落とすシャルルルカにピエーロの妻は慌てて言う。
「私達を救って下さり、本当に感謝しています。お二人が来て下さらなければ、こうやって話すことも出来なかったでしょうから……」
ピエーロの妻は溢れた涙を指で拭った。
魔王の下僕達が猛威を振るっていた。
中でも、魔王軍の四天王を名乗る魔物達は破格の強さを誇っていた。
四天王が一角、【執念深きゴーゴン】は辺り一帯を石に変え、人が住めない土地を増やしていった。
その噂は、ピエーロの耳にも届いていたが、他人事のように思っていた。
対策を講じようにも、石化を防ぐにはゴーゴンを討つしか方法がない。
一貴族のピエーロには何も出来ないのだ。
そして、ピエーロは石化の見舞わられることになる。
一人、自室にいたときだった。
石になっていく屋敷の床に気づいた。
窓の外を見てみたら、外も既に石化していた。
──妻は、使用人達は、無事なのか!?
ピエーロは扉のノブに手をかける。
「いっ……!?」
ノブに触れると指先に鋭い痛みが走った。
手を離し、扉をよく見てみると、既に石化がしていた。
「そんな……! おい! 誰かいないか!」
扉を叩くが、返事はない。
魔法で扉を壊そうと呪文を唱えるが、ビクともしない。
「そうだ、窓! 窓なら開けられずともガラスを割れば!」
希望を持って、窓に目を向ける。
しかし、窓ガラスも既に石化していた。
ピエーロは目を疑い、窓ガラスに触れた。
石化した扉と同じ感触に絶望する。
「石化……している」
扉や窓以外に、その部屋から出る術はなかった。
ピエーロは石化した屋敷の中で遭難したのだった。
□
それから、何日が経っただろうか。
ピエーロは石の部屋の中に閉じ込められたまま、来るかもわからない助けを待った。
食べ物も飲み物も、部屋にあるもの全て、石化している。
一度血迷って、石化した果実を口に入れたが、歯が負けてしまった。
水魔法で飲み水は確保出来ていたが、やはり、食事が取れないのは致命的だった。
しかも、石化はピエーロ自身の体にも侵食し始める。
指先から、徐々に感覚が失われていく。
迫り来る死を自覚し、遺書を書こうにも、紙とペンすら石化している。
空腹と絶望の中、ピエーロは目を閉じた。
そのときだった。
扉を──否、石の壁をぶち破って、藤色の髪の男が現れたのは。
「──無事か!?」
その男は叫ぶ。
ぼやける視界の中、絶望を壊す、希望の光を見た。
□
次にピエーロが目覚めたとき、屋敷は正常に戻っていた。
最愛の妻がピエーロを抱き締め、「無事で良かった」と涙を流した。
何が起こったのか、思考が追いつかない。
「気分はどうでしょう? ピエーロ・ボンボンさん」
藤色の髪の男がピエーロの前に立つ。
「貴殿は……」
「私はシャルルルカと申します。こちらは、同じパーティーのアレクシス・シュークリーム」
シャルルルカに紹介されたアレクシスは礼をする。
シャルルルカは続けた。
「私達が【執念深きゴーゴン】を討ったことで、ここら一帯の石化の被害は収束に向かっているようです」
シャルルルカは窓の外へ目を向けた。
草花が咲き乱れ、人々が歩き回っている。
全てが石になる前の風景に戻っている。
ピエーロの目から涙が溢れた。
「それは、なんと……御礼を申したら良いか……」
「御礼なんてとんでもない。私達は、私達のしたいことをしたまでですから」
シャルルルカは照れ臭そうに微笑む。
まだ二十にも満たなそうな彼が、魔王軍の四天王の一角を打ち破ったという事実は、俄にも信じられなかった。
しかし、平穏が取り戻せたのなら、それ以上の事実はない。
本当に良かった、とピエーロは幸せを噛み締める。
それに反して、シャルルルカは悲しそうに眉を下げた。
「しかし、貴方達を救い出すのが遅れてしまった……。それは悔やんでも悔やみきれません」
「何を言っているのです。我が輩も妻もこの通り生きている! これ以上の幸運はありませんぞ!」
シャルルルカは首を横に振り、ピエーロの指を指差した。
「え……?」
──そういえば、右手に違和感がある。
恐る恐る、ピエーロは自分の右手を見た。
そこにあるべきものがなかった。
右手の指が五本、失われていた。
「我が輩の……指が……」
信じられない事実に、声が震える。
シャルルルカは目を瞑り、少しだけ頭を下げた。
「……指は完全に石化していて、元に戻すことは出来ませんでした。力を及ばず……申し訳ありません」
「そん……な……」
ピエーロは指のない手をベッドに落とした。
シャルルルカはかける言葉が見つからないようで、口を開いたり閉じたりしていた。
「……夫はピアノを弾くのが好きでして。パーティーで皆に披露することもあったのですよ」
ピエーロの妻はそう言った。
「『いつかピアノで食べていく!』なんて、夢見がちなことも言っていて……。こんなことになるのなら、存分に弾かせてあげれば良かった……」
「そう……だったんですね。本当に申し訳ありません……」
「シャルルルカ様方のせいではありません!」
肩を落とすシャルルルカにピエーロの妻は慌てて言う。
「私達を救って下さり、本当に感謝しています。お二人が来て下さらなければ、こうやって話すことも出来なかったでしょうから……」
ピエーロの妻は溢れた涙を指で拭った。
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