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1巻
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「え、魔法が使えないのですか?」
九九ができないと言ったくらいの驚かれ方だなぁ、と倉野は思った。
この世界にはそれほど当然のように魔法が根付いているのだろう。
リオネに怪我がなかったこと、夜になれば魔物が草原に多く出現することを彼女から聞き、少しでも早く町に向かうことにし、すぐに移動を開始した倉野たち。
そしてその道中、倉野は飲み水を探していることをリオネに伝えるととても驚かれたのだった。
この世界では飲み水を生成する魔法は、子供のうちに覚えるべき基礎の魔法だったらしい。
基本的に個人によって魔法への適性があり、火や水といった得意な属性というものがあるのだが、飲み水は生きていくうえで必須ということでほぼ全ての人間が習得しているのだとか。
その流れで魔法が使えない旨を伝えると、先ほどの反応が返ってきた。
そうか、と倉野は思い出す。
倉野がこの世界に転移させられた理由は、この世界に存在する魔法の素となる魔素を倉野が持っていないから。当然この世界の人間は魔法が使え、倉野は魔法が使えない。
「そうなんですよ。魔法の適性がないらしくて」
そうリオネに伝えると、またわかりやすく驚かれた。
「え、本当ですか? 魔法が苦手という人はいますが、まったく使えない人は初めてです。というか、そんな人がいたらある意味伝説になってしまいますよ」
そんな不本意な伝説は嫌だ、と思い倉野はリオネに他人に言わないようお願いする。
「できれば、内緒にしていただけるとありがたいです。目立ちたくないといいますか……」
「もちろん。他言はいたしませんが、魔法が使えないのでしたら、魔物との戦闘は難しいでしょうね」
冒険者目線のリオネの言葉に倉野は、確かにそうだ、と自分でも自身の戦闘力の低さに納得してしまった。
だが、倉野にはスキルがある。魔法の代わりになるかどうかはわからないが、この世界で倉野だけは任意のスキルを努力で手に入れることができるのだ。これは大きな強みと言えるだろう。
だが、自分以外の人間のスキルについて倉野は知らない。ここでリオネから学んでおくことが必要だと思い、彼は素直に聞く。
「失礼かもしれないのですが、スキルについてお聞きしてもいいですか?」
質問されたリオネは、不思議な顔をして倉野の目を見つめ返した。
「スキルですか? えっと、個人差はありますが、一定のレベル上がることでランダムに得られるものですよね。あまり頼りにはならないと思いますよ」
「え?」
倉野は素っ頓狂な声を出してしまった。ドラゴンから逃げだした時も目的地を決めた時も倉野はスキルで乗り越えている。
そして魔法を持たない倉野にとっては、スキルは最後の砦とも言える能力なのだ。それが頼りにならないと言われれば、一切戦闘はできないということになってしまう。
「『疾風』というスキルで素早く走れるのですが、それでも駄目ですかね?」
そうリオネに問いかけると、リオネは驚いたように聞き返してくる。
「『疾風』⁉」
「ええ、正確には『疾風Ⅲ』ですが……」
「さんっ⁉」
「はい」
リオネの驚きように、倉野まで驚いてしまいそうになる。何か言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。慌てて倉野は言葉を繋ぎ、話を変えようとする。
「あの、リオネさんのスキルをお聞きしてもいいですか?」
「あ、はい。今私はレベル21なのですが二つのスキルを持っています。『風読み』と『魔力補助』というものです。レベル21でスキル二つ持ちというのは珍しいのですよ?」
「レベルですか?」
そういえば今までレベルについて深く考えていなかった、と倉野は思い至った。ステータス画面にもレベルについての表記はなかったはずである。
「あの、リオネさん、レベルってどこで確認するものですか?」
相手にとって当然のことを質問するのは、無知である自身を晒してしまうことになるのだからやはり恥ずかしくはある。だが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という。ここは聞くべきだ、そう思い確認した。
「レベルはステータスオープンと唱えれば確認できますよ」
リオネからそう答えられ、倉野の疑問はさらに大きくなった。確か先ほど確認した時にはレベルの表記はなかったはずだ。
「え、本当ですか? ステータスオープン!」
確認するためにステータス画面を出現させたが、やはりレベルの表記はない。
どういうことだ、と倉野が悩んでいるとそのステータス画面を横から目にしたリオネが驚愕の声を上げた。
「な、なんですか! これ」
「え?」
「レベル表記はないし、スキルの数がおかしいですよ! 七つもありますよ⁉」
リオネの言う通り、確かに倉野のスキルは現在七つある。
【所持スキル】 歩行術Ⅲ 疲労軽減Ⅱ 筋力補助 疾走Ⅲ 隠密Ⅰ 探知 説明
「はい、七つですね」
「あの、スキルというのは平均20レベルほどで一つ取得できるものと言われており、現在この世界で一番多くのスキルを所持している人でも五つと言われているのですが……」
「ということは……」
「クラノさんのスキル数は異常ですし、その内容もおかしいです」
リオネはさらにそのスキルの内容についても言及した。
「通常、スキルはランダムに与えられるものですので、クラノさんのように一つのスキルが成長することはほとんどあり得ません」
そうか、と倉野は納得した。確かにランダムに与えられるものだとしたら、その無数にもあるスキルが被ることなど稀だろう。
それに20レベルにつき一つのランダムなスキルが得られるところを、レベルと関係なく任意のスキルを努力次第で得られる倉野は異常といっていい。
そう倉野が考察を深めているとさらにリオネは言葉を続けた。
「スキルの成長もそうですが、クラノさんは一つ一つしっかりと役に立つスキルのみを取得されています。私のスキルは『風読み』と『魔力補助』です。『魔力補助』は魔法が少し使いやすくなるもので役に立つスキルなのですが、『風読み』は風の向きが感覚的にわかるというものです。このスキルは弓を使う者、風魔法を得意とするものにとっては重宝されまが、私は弓も使いませんし、魔法も水魔法が主ですので、ほとんど使うことはありません。しかし、クラノさんのスキルの種類を見てみると自分の意志で取得したのではないかと思ってしまうほど移動速度に影響するものが多いです。本当に必要なスキルのみを……」
リオネの考察は当たっているのだが、これ以上常識離れしてしまうわけにはいかないので口を閉ざす倉野。
彼はリオネの反応から自分の存在があまりに異質だということに気づいた。魔法主体の世界で魔法を持たないだけでも異質なのだが、スキルでその欠点を凌駕しかねない存在。
「レベルがないというのも不思議ですね。人間は経験値を得てレベルアップすることでステータス、つまり身体能力が上がるものなのですが……」
リオネは疑問を言葉にした。
そのシステムが世界の基本だとすれば、倉野はレベルアップによる身体能力の向上は望めない。だが、「疲労軽減」や「疾風」のように、体力やスピードといったステータスの代用となるスキルは取得可能だ。
そうか、自分だけシステムがまったく違うのか、と改めて倉野は認識する。
この世界はレベルアップシステムの魔法の世界。対して倉野はスキルアップシステムの理の中で生きている、ということだ。
これが他の人間に知れてしまえば大きな混乱が起きかねないことは倉野にもわかる。
「あの、私にも理由はわからないのです。ですが、このことも内密にしていただけると助かります。変なことに巻き込まれたくはないので……」
倉野はリオネにそう懇願した。
するとリオネはにっこり微笑み頷いた。
「確かに気になることは多々ありますが、クラノさんが私の命の恩人であることは変わりません。私だけの秘密にしておきますね」
その美しい笑顔に倉野は、最初に出会ったのがリオネで良かった、と心から感じていた。
「ほら、あれがルニアの町です!」
それから少し歩いていると、笑顔でリオネは道の先を指さした。
指さされた進行方向をしっかりと見てみると、最初になんとなく見えていたように、煙が高く昇っていた。
まだ少し離れているが、そのルニアと呼ばれる町はそれほど大きくなさそうだ。家が規則正しく建ち並んでおり、その町の発展状況が見て取れた。
近づいていくにつれて少しずつ町にいる人間の姿が見え始める。町の入口に武装した兵士らしき人が立っているのが見え、それがいわゆる衛兵だと認識できた。
「まるで海外の町みたいだ」
ふと声に出ていた倉野の言葉を聞き、リオネは首を傾げた。
「海の外に行かれたことが?」
「あ、いえ、綺麗な町並みですね」
「ふふっ。ここが私の生まれ育った町です。ようこそルニアへ」
町を褒められたからなのか、とても上機嫌にリオネは町を紹介する。
少し歩き、二人はルニアの町の前までたどり着いた。遠くから見るよりも町はかなり大きく見える。
建物はレンガ造りのものが多く、道も整地されている。その丁寧さから思っていたよりも文明が進んでいることがうかがえた。
入口には小さな門のようなものがあり、その前には遠くからも確認できた武装した衛兵が立っている。その衛兵はリオネの姿を確認すると驚いたように駆け寄ってきた。
「リオネ! 良かった、生きていたのか!」
「あ、カフィさん」
リオネはその衛兵をカフィと呼び、微笑んだ。
カフィと呼ばれた衛兵は男性で四十歳くらいだろうか、その姿から町を守ってきた強さみたいなものが感じられる。
カフィはリオネの無事を確認してから、さらに言葉を続けた。
「リオネが狩りに出てからすぐにレッドドラゴンの姿を見たという情報が入って心配していたんだ」
「ええ、出会いました」
そうリオネが返答すると、カフィは言葉を失った。驚きで硬直しているカフィの言葉を待たずして、リオネは続ける。
「ドラゴンに捕らえられていたところを、こちらのクラノさんに助けていただき、なんとか帰ってくることができたのです」
「あ、倉野です。他の国で商人をしていました」
リオネの紹介に便乗して倉野は名乗った。
リオネの話を聞き、驚きながらもカフィはなんとか言葉を絞り出す。
「へ、へぇ、あんたがリオネを助けてくれたのか。俺の名前はカフィだ、よろしく。ルニアで衛兵をしている。リオネはこの町でも一番の冒険者なんだが少々無鉄砲が過ぎてな、心配してたんだ。町の人間を代表してお礼を言わせてもらう、ありがとう」
そう言ってカフィは右手を差し出してきた。倉野はそんなカフィの手を強く握り返し、頭を下げる。
「いえ、僕こそ草原を彷徨っている時にリオネさんに助けていただきましたので」
「ははっ。ドラゴンに立ち向かったっていうのに腰の低い男だ。だが、嫌いじゃないよ、あんたみたいな男は。本来町に入るためには様々な手続きがあるんだが、あんたなら問題なさそうだ。ようこそルニアへ。ゆっくりしてってくれ」
カフィはそう言って、倉野の通行を許可した。
ルニアの町に入るとすぐに目についたのは最も背の高い建物だった。レンガ造りで筒状の建物が空に向かって伸びており、その先から煙が上がっていた。
「ルニアは武器や防具の鍛冶が有名な町なんです。あの建物は町の中心にある鍛冶場で、ルニアのシンボルにもなっています」
リオネが自慢げに町の説明をした。鍛冶で有名なルニアには武器や防具を求めて訪れる冒険者も多く、町の規模に比べて人の数は多いらしい。
また、帝都からの距離もそう離れていないため、住むには良い町だと何度も倉野にお勧めする。
「えっと、クラノさんは荷物を失ってしまったとおっしゃっていましたが……」
リオネが言いにくそうに倉野に尋ねてきた。その様子から、金銭の話ではないかと察する倉野。
「全ての荷物を失ってしまったので、もちろんお金も持っておりません。ですが、私が着ているこの服はこの国では珍しいものではないかと思いまして、買い取ってもらえる場所はないでしょうか?」
お金を得るために、自分が着ているスーツを売れないか、と提案する。この世界においてスーツを着ている必要も利点もなく、むしろ悪目立ちしてしまうというマイナス面が大きい。少しでもお金に換えられるなら、メリットしかないだろう。
倉野の提案を受けて、リオネは少し先の建物を指さした。
「あちらに防具と衣服を専門にしているお店があります。物珍しい他国の服も扱っていますので買い取ってもらうことは可能だと思いますよ」
自分の提案は的外れではなかったのだと安心し、そのお店に向かう。
お店に向かう途中で、リオネは不意に口を開いた。
「あの、お金も行く当てもなければ、私の家に来ていただいても……私は一人暮らしですし」
突然の提案に様々な感情を揺さぶられ、動揺を隠し切れない倉野だったが、この世界において自分という異常な存在が近くにいることは計り知れないほど迷惑じゃないか、と考え提案を断ることにした。
「ありがたいお話ですし、嬉しくもあるのですが、できる限り自立したいと思っておりまして。ですので、このあと宿を紹介していただけると助かります」
倉野が言うと、リオネは少し残念そうに頷いた。
店の前まで来ると看板に盾と服をモチーフにした絵が描いてあるのが見える。
ゲームやアニメで見たようなわかりやすい防具屋の看板だが、確かに防具屋を営むとすればわかりやすくあるべきなのか、と倉野は妙に納得した。
レンガ造りの建物に、重厚な木製な扉。その扉を開け、店に入る。
「いらっしゃい」
店に入ると筋骨隆々という言葉の似合う中年の男性が迎え入れてくれた。佇まいからこの店の店主だろうと推測できる。
頭を丸めたガタイのいい中年男性はそれだけで威圧感がある。だが、その男性は倉野の姿を見ると目を輝かせ近づいてきた。
「な、なんだこの服は!」
「あ、あの……」
店主の勢いに言葉を失う倉野。その後ろから、リオネがたしなめてくれる。
「ディスさん! クラノさんが怯えてますよ!」
「え? ああ、すまない。珍しい服につい興奮してしまってな」
ディスと呼ばれた店主はそう言って頭を下げた。どうやら悪い人ではないらしい。
「あの、こちらを買い取っていただきたいのですが、可能でしょうか?」
リオネの制止により落ち着いたディスに、倉野が尋ねる。
思いがけない提案だったのか、ディスが仰け反った。
「え、いいのか⁉ ぜひ買い取らせていただきたい。そうだな、見たこともない生地にしっかりした縫製。どこか上品さを感じさせるデザイン。これなら金貨一枚でどうだ」
人差し指を立てながら値段まで提案してくれたディス。
だが、倉野はこちらの通貨を知らなければ、相場も知らない。
ディスの提案に答えられず倉野が困っていると、隣にいたリオネが小さな声で倉野に助言を送る。
「金貨一枚あれば宿の素泊まり三十日分にはなりますよ」
宿の素泊まりを三千円ほどと考えると、金貨の価値は約十万円分だろうか、と即座に計算し、倉野は大きく頷いた。
「では、それでお願いします。あと、私はこの服しか持っていないので、代わりの服を購入させていただきたいのですが……」
倉野がそう言うとディスは親指を大きく立て、満面の笑みを見せた。
「ああ! どんな服でもいいっていうならサービスでつけとくよ、こみこみで金貨一枚だ!」
ディスの言葉に、人柄の好さを感じた倉野はその条件で了承した。
ディスからもらったのはシンプルなデザインで、町で見かけた人たちに溶け込める服装であった。まさしく倉野が理想とする服装で大満足である。
「また、珍しい服があればうちに持ってきてくれよ」
そう言ってディスは倉野とリオネを見送ってくれた。
ディスの店を出た倉野はリオネに宿を紹介してくれるようにお願いをする。
リオネが言うには、この町には冒険者向けの宿がいくつもあるらしい。だが、荒くれ者の多い冒険者を相手にする宿の治安は決して良くはないそうだ。
そう考えると多少割高にはなるが、旅商人や役人が町に来た際に訪れる宿に泊まる方が安全だと言う。確かに安全は金には代えられない、と倉野は商人向けの宿を紹介してもらうことにした。
他の建物と変わらずレンガ造りの建物の前でリオネは立ち止まり、倉野に説明する。
「ここが商人向けの宿です。ですが、本当に私の家に泊まっていただいて構わないですよ?」
「いえ、ここまで紹介していただいただけで十分です。ありがとうございます」
リオネの優しさに流されそうになる気持ちを抑えながらも、しっかり理性を保ち、お断りする倉野。こんな若くて美しい女性と一夜を共にしてしまうわけにはいかない。何か間違いが起こらないとも言えないだろう。
そんな倉野の返答を聞き、少し残念そうにリオネは頷いた。
「わかりました……では、明日、この町を案内させていただけないでしょうか?」
予想もしていなかったリオネの優しい提案に、倉野は驚きながらも了承した。
「それはありがたいです。買い物もしたいですし。では明日、リオネさんの空いている時間にこの宿まで来ていただいていいですか? それまでは宿にいるようにしておきますので」
「はい! わかりました」
今までで一番の笑みを見せてくれたリオネ。その笑顔にときめきつつあった倉野だがしっかり自制し、リオネと宿の前で別れる。
姿が見えなくなるまでリオネは会釈を繰り返しながら歩いて行った。
リオネの姿が見えなくなってから、倉野は宿の中に入る。
木で作られた扉を開けると、扉に付けてあるベルの音がカランカランと響き、その音を待っていたかのように、宿の中から女性の声が聞こえた。
「いらっしゃい。ようこそ、雪の兎亭へ」
宿の中にはカウンターがあり、向こう側に女性は立っている。
倉野よりも年上に見えるその女性は、この宿の店主だろうか。笑顔で倉野を迎えてくれた。
「雪の兎亭?」
「ああ、この宿の名前だよ。あんた、冒険者じゃなさそうだね。この辺で冒険者以外を相手にするのはうちぐらいなもんさ。どうする? 素泊まりかい? 素泊まりなら銀貨三枚。朝と夜の食事を付けるなら銀貨四枚だよ」
女性は笑顔を絶やさずに接客を続けた。
先ほどスーツを売り、倉野は金貨一枚を得ている。まだ他の通貨の価値は知らないが、リオネが紹介してくれた宿なのだから、ぼったくられることもないだろう、と倉野は食事付きで一泊することにした。
「じゃあ、今日の夕食と明日の朝食付きでお願いできますか?」
「あいよ。それじゃあ銀貨四枚だよ」
女性にそう言われ、倉野は先ほどの金貨を取り出した。
すると彼女は先ほどまでの笑顔を少し崩し、引きつった表情を見せる。
「金貨じゃないか。小さいお金は持ってないのかい?」
「ええ、今はこれしかなくて」
その反応からして、やはり銀貨の支払いに金貨を出すのは非常識なのだと感じ、倉野は申し訳なさそうに答えた。
仕方ない、といった感じでため息をついた女性は、カウンターの下から小さめの箱を取り出し、その中から硬貨を出す。
「それじゃあ、はい。小金貨九枚と銀貨六枚のお返しだ」
倉野は受け取り、部屋の場所を聞きカギを受け取った。
先ほどの金貨と受け取ったお釣りから考えると、銀貨十枚で小金貨一枚、小金貨十枚で金貨になるということらしい。また大体の基準として銀貨が千円、小金貨が一万円、金貨が十万円くらいじゃないかと倉野は予測した。
宿の二階にある部屋に入った倉野は、そのままベッドに寝そべり今日一日のことを思い出す。
仕事終わりに急に人生の終了を神に宣言され、異世界に転移し、ドラゴンに遭遇した。
そしてそのドラゴンに捕らわれているリオネを救い出し、命からがら逃げ今に至る。
その道中に自分だけこの世界の常識から大きく外れていることに気づいた。
わかりやすく言うならレベルアップシステムの世界で自分だけスキル取得システムだった、ということだろうか。
そんな風に思い出していると、いつの間にか倉野は眠ってしまっていた。
九九ができないと言ったくらいの驚かれ方だなぁ、と倉野は思った。
この世界にはそれほど当然のように魔法が根付いているのだろう。
リオネに怪我がなかったこと、夜になれば魔物が草原に多く出現することを彼女から聞き、少しでも早く町に向かうことにし、すぐに移動を開始した倉野たち。
そしてその道中、倉野は飲み水を探していることをリオネに伝えるととても驚かれたのだった。
この世界では飲み水を生成する魔法は、子供のうちに覚えるべき基礎の魔法だったらしい。
基本的に個人によって魔法への適性があり、火や水といった得意な属性というものがあるのだが、飲み水は生きていくうえで必須ということでほぼ全ての人間が習得しているのだとか。
その流れで魔法が使えない旨を伝えると、先ほどの反応が返ってきた。
そうか、と倉野は思い出す。
倉野がこの世界に転移させられた理由は、この世界に存在する魔法の素となる魔素を倉野が持っていないから。当然この世界の人間は魔法が使え、倉野は魔法が使えない。
「そうなんですよ。魔法の適性がないらしくて」
そうリオネに伝えると、またわかりやすく驚かれた。
「え、本当ですか? 魔法が苦手という人はいますが、まったく使えない人は初めてです。というか、そんな人がいたらある意味伝説になってしまいますよ」
そんな不本意な伝説は嫌だ、と思い倉野はリオネに他人に言わないようお願いする。
「できれば、内緒にしていただけるとありがたいです。目立ちたくないといいますか……」
「もちろん。他言はいたしませんが、魔法が使えないのでしたら、魔物との戦闘は難しいでしょうね」
冒険者目線のリオネの言葉に倉野は、確かにそうだ、と自分でも自身の戦闘力の低さに納得してしまった。
だが、倉野にはスキルがある。魔法の代わりになるかどうかはわからないが、この世界で倉野だけは任意のスキルを努力で手に入れることができるのだ。これは大きな強みと言えるだろう。
だが、自分以外の人間のスキルについて倉野は知らない。ここでリオネから学んでおくことが必要だと思い、彼は素直に聞く。
「失礼かもしれないのですが、スキルについてお聞きしてもいいですか?」
質問されたリオネは、不思議な顔をして倉野の目を見つめ返した。
「スキルですか? えっと、個人差はありますが、一定のレベル上がることでランダムに得られるものですよね。あまり頼りにはならないと思いますよ」
「え?」
倉野は素っ頓狂な声を出してしまった。ドラゴンから逃げだした時も目的地を決めた時も倉野はスキルで乗り越えている。
そして魔法を持たない倉野にとっては、スキルは最後の砦とも言える能力なのだ。それが頼りにならないと言われれば、一切戦闘はできないということになってしまう。
「『疾風』というスキルで素早く走れるのですが、それでも駄目ですかね?」
そうリオネに問いかけると、リオネは驚いたように聞き返してくる。
「『疾風』⁉」
「ええ、正確には『疾風Ⅲ』ですが……」
「さんっ⁉」
「はい」
リオネの驚きように、倉野まで驚いてしまいそうになる。何か言ってはならないことを言ってしまったのだろうか。慌てて倉野は言葉を繋ぎ、話を変えようとする。
「あの、リオネさんのスキルをお聞きしてもいいですか?」
「あ、はい。今私はレベル21なのですが二つのスキルを持っています。『風読み』と『魔力補助』というものです。レベル21でスキル二つ持ちというのは珍しいのですよ?」
「レベルですか?」
そういえば今までレベルについて深く考えていなかった、と倉野は思い至った。ステータス画面にもレベルについての表記はなかったはずである。
「あの、リオネさん、レベルってどこで確認するものですか?」
相手にとって当然のことを質問するのは、無知である自身を晒してしまうことになるのだからやはり恥ずかしくはある。だが、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥という。ここは聞くべきだ、そう思い確認した。
「レベルはステータスオープンと唱えれば確認できますよ」
リオネからそう答えられ、倉野の疑問はさらに大きくなった。確か先ほど確認した時にはレベルの表記はなかったはずだ。
「え、本当ですか? ステータスオープン!」
確認するためにステータス画面を出現させたが、やはりレベルの表記はない。
どういうことだ、と倉野が悩んでいるとそのステータス画面を横から目にしたリオネが驚愕の声を上げた。
「な、なんですか! これ」
「え?」
「レベル表記はないし、スキルの数がおかしいですよ! 七つもありますよ⁉」
リオネの言う通り、確かに倉野のスキルは現在七つある。
【所持スキル】 歩行術Ⅲ 疲労軽減Ⅱ 筋力補助 疾走Ⅲ 隠密Ⅰ 探知 説明
「はい、七つですね」
「あの、スキルというのは平均20レベルほどで一つ取得できるものと言われており、現在この世界で一番多くのスキルを所持している人でも五つと言われているのですが……」
「ということは……」
「クラノさんのスキル数は異常ですし、その内容もおかしいです」
リオネはさらにそのスキルの内容についても言及した。
「通常、スキルはランダムに与えられるものですので、クラノさんのように一つのスキルが成長することはほとんどあり得ません」
そうか、と倉野は納得した。確かにランダムに与えられるものだとしたら、その無数にもあるスキルが被ることなど稀だろう。
それに20レベルにつき一つのランダムなスキルが得られるところを、レベルと関係なく任意のスキルを努力次第で得られる倉野は異常といっていい。
そう倉野が考察を深めているとさらにリオネは言葉を続けた。
「スキルの成長もそうですが、クラノさんは一つ一つしっかりと役に立つスキルのみを取得されています。私のスキルは『風読み』と『魔力補助』です。『魔力補助』は魔法が少し使いやすくなるもので役に立つスキルなのですが、『風読み』は風の向きが感覚的にわかるというものです。このスキルは弓を使う者、風魔法を得意とするものにとっては重宝されまが、私は弓も使いませんし、魔法も水魔法が主ですので、ほとんど使うことはありません。しかし、クラノさんのスキルの種類を見てみると自分の意志で取得したのではないかと思ってしまうほど移動速度に影響するものが多いです。本当に必要なスキルのみを……」
リオネの考察は当たっているのだが、これ以上常識離れしてしまうわけにはいかないので口を閉ざす倉野。
彼はリオネの反応から自分の存在があまりに異質だということに気づいた。魔法主体の世界で魔法を持たないだけでも異質なのだが、スキルでその欠点を凌駕しかねない存在。
「レベルがないというのも不思議ですね。人間は経験値を得てレベルアップすることでステータス、つまり身体能力が上がるものなのですが……」
リオネは疑問を言葉にした。
そのシステムが世界の基本だとすれば、倉野はレベルアップによる身体能力の向上は望めない。だが、「疲労軽減」や「疾風」のように、体力やスピードといったステータスの代用となるスキルは取得可能だ。
そうか、自分だけシステムがまったく違うのか、と改めて倉野は認識する。
この世界はレベルアップシステムの魔法の世界。対して倉野はスキルアップシステムの理の中で生きている、ということだ。
これが他の人間に知れてしまえば大きな混乱が起きかねないことは倉野にもわかる。
「あの、私にも理由はわからないのです。ですが、このことも内密にしていただけると助かります。変なことに巻き込まれたくはないので……」
倉野はリオネにそう懇願した。
するとリオネはにっこり微笑み頷いた。
「確かに気になることは多々ありますが、クラノさんが私の命の恩人であることは変わりません。私だけの秘密にしておきますね」
その美しい笑顔に倉野は、最初に出会ったのがリオネで良かった、と心から感じていた。
「ほら、あれがルニアの町です!」
それから少し歩いていると、笑顔でリオネは道の先を指さした。
指さされた進行方向をしっかりと見てみると、最初になんとなく見えていたように、煙が高く昇っていた。
まだ少し離れているが、そのルニアと呼ばれる町はそれほど大きくなさそうだ。家が規則正しく建ち並んでおり、その町の発展状況が見て取れた。
近づいていくにつれて少しずつ町にいる人間の姿が見え始める。町の入口に武装した兵士らしき人が立っているのが見え、それがいわゆる衛兵だと認識できた。
「まるで海外の町みたいだ」
ふと声に出ていた倉野の言葉を聞き、リオネは首を傾げた。
「海の外に行かれたことが?」
「あ、いえ、綺麗な町並みですね」
「ふふっ。ここが私の生まれ育った町です。ようこそルニアへ」
町を褒められたからなのか、とても上機嫌にリオネは町を紹介する。
少し歩き、二人はルニアの町の前までたどり着いた。遠くから見るよりも町はかなり大きく見える。
建物はレンガ造りのものが多く、道も整地されている。その丁寧さから思っていたよりも文明が進んでいることがうかがえた。
入口には小さな門のようなものがあり、その前には遠くからも確認できた武装した衛兵が立っている。その衛兵はリオネの姿を確認すると驚いたように駆け寄ってきた。
「リオネ! 良かった、生きていたのか!」
「あ、カフィさん」
リオネはその衛兵をカフィと呼び、微笑んだ。
カフィと呼ばれた衛兵は男性で四十歳くらいだろうか、その姿から町を守ってきた強さみたいなものが感じられる。
カフィはリオネの無事を確認してから、さらに言葉を続けた。
「リオネが狩りに出てからすぐにレッドドラゴンの姿を見たという情報が入って心配していたんだ」
「ええ、出会いました」
そうリオネが返答すると、カフィは言葉を失った。驚きで硬直しているカフィの言葉を待たずして、リオネは続ける。
「ドラゴンに捕らえられていたところを、こちらのクラノさんに助けていただき、なんとか帰ってくることができたのです」
「あ、倉野です。他の国で商人をしていました」
リオネの紹介に便乗して倉野は名乗った。
リオネの話を聞き、驚きながらもカフィはなんとか言葉を絞り出す。
「へ、へぇ、あんたがリオネを助けてくれたのか。俺の名前はカフィだ、よろしく。ルニアで衛兵をしている。リオネはこの町でも一番の冒険者なんだが少々無鉄砲が過ぎてな、心配してたんだ。町の人間を代表してお礼を言わせてもらう、ありがとう」
そう言ってカフィは右手を差し出してきた。倉野はそんなカフィの手を強く握り返し、頭を下げる。
「いえ、僕こそ草原を彷徨っている時にリオネさんに助けていただきましたので」
「ははっ。ドラゴンに立ち向かったっていうのに腰の低い男だ。だが、嫌いじゃないよ、あんたみたいな男は。本来町に入るためには様々な手続きがあるんだが、あんたなら問題なさそうだ。ようこそルニアへ。ゆっくりしてってくれ」
カフィはそう言って、倉野の通行を許可した。
ルニアの町に入るとすぐに目についたのは最も背の高い建物だった。レンガ造りで筒状の建物が空に向かって伸びており、その先から煙が上がっていた。
「ルニアは武器や防具の鍛冶が有名な町なんです。あの建物は町の中心にある鍛冶場で、ルニアのシンボルにもなっています」
リオネが自慢げに町の説明をした。鍛冶で有名なルニアには武器や防具を求めて訪れる冒険者も多く、町の規模に比べて人の数は多いらしい。
また、帝都からの距離もそう離れていないため、住むには良い町だと何度も倉野にお勧めする。
「えっと、クラノさんは荷物を失ってしまったとおっしゃっていましたが……」
リオネが言いにくそうに倉野に尋ねてきた。その様子から、金銭の話ではないかと察する倉野。
「全ての荷物を失ってしまったので、もちろんお金も持っておりません。ですが、私が着ているこの服はこの国では珍しいものではないかと思いまして、買い取ってもらえる場所はないでしょうか?」
お金を得るために、自分が着ているスーツを売れないか、と提案する。この世界においてスーツを着ている必要も利点もなく、むしろ悪目立ちしてしまうというマイナス面が大きい。少しでもお金に換えられるなら、メリットしかないだろう。
倉野の提案を受けて、リオネは少し先の建物を指さした。
「あちらに防具と衣服を専門にしているお店があります。物珍しい他国の服も扱っていますので買い取ってもらうことは可能だと思いますよ」
自分の提案は的外れではなかったのだと安心し、そのお店に向かう。
お店に向かう途中で、リオネは不意に口を開いた。
「あの、お金も行く当てもなければ、私の家に来ていただいても……私は一人暮らしですし」
突然の提案に様々な感情を揺さぶられ、動揺を隠し切れない倉野だったが、この世界において自分という異常な存在が近くにいることは計り知れないほど迷惑じゃないか、と考え提案を断ることにした。
「ありがたいお話ですし、嬉しくもあるのですが、できる限り自立したいと思っておりまして。ですので、このあと宿を紹介していただけると助かります」
倉野が言うと、リオネは少し残念そうに頷いた。
店の前まで来ると看板に盾と服をモチーフにした絵が描いてあるのが見える。
ゲームやアニメで見たようなわかりやすい防具屋の看板だが、確かに防具屋を営むとすればわかりやすくあるべきなのか、と倉野は妙に納得した。
レンガ造りの建物に、重厚な木製な扉。その扉を開け、店に入る。
「いらっしゃい」
店に入ると筋骨隆々という言葉の似合う中年の男性が迎え入れてくれた。佇まいからこの店の店主だろうと推測できる。
頭を丸めたガタイのいい中年男性はそれだけで威圧感がある。だが、その男性は倉野の姿を見ると目を輝かせ近づいてきた。
「な、なんだこの服は!」
「あ、あの……」
店主の勢いに言葉を失う倉野。その後ろから、リオネがたしなめてくれる。
「ディスさん! クラノさんが怯えてますよ!」
「え? ああ、すまない。珍しい服につい興奮してしまってな」
ディスと呼ばれた店主はそう言って頭を下げた。どうやら悪い人ではないらしい。
「あの、こちらを買い取っていただきたいのですが、可能でしょうか?」
リオネの制止により落ち着いたディスに、倉野が尋ねる。
思いがけない提案だったのか、ディスが仰け反った。
「え、いいのか⁉ ぜひ買い取らせていただきたい。そうだな、見たこともない生地にしっかりした縫製。どこか上品さを感じさせるデザイン。これなら金貨一枚でどうだ」
人差し指を立てながら値段まで提案してくれたディス。
だが、倉野はこちらの通貨を知らなければ、相場も知らない。
ディスの提案に答えられず倉野が困っていると、隣にいたリオネが小さな声で倉野に助言を送る。
「金貨一枚あれば宿の素泊まり三十日分にはなりますよ」
宿の素泊まりを三千円ほどと考えると、金貨の価値は約十万円分だろうか、と即座に計算し、倉野は大きく頷いた。
「では、それでお願いします。あと、私はこの服しか持っていないので、代わりの服を購入させていただきたいのですが……」
倉野がそう言うとディスは親指を大きく立て、満面の笑みを見せた。
「ああ! どんな服でもいいっていうならサービスでつけとくよ、こみこみで金貨一枚だ!」
ディスの言葉に、人柄の好さを感じた倉野はその条件で了承した。
ディスからもらったのはシンプルなデザインで、町で見かけた人たちに溶け込める服装であった。まさしく倉野が理想とする服装で大満足である。
「また、珍しい服があればうちに持ってきてくれよ」
そう言ってディスは倉野とリオネを見送ってくれた。
ディスの店を出た倉野はリオネに宿を紹介してくれるようにお願いをする。
リオネが言うには、この町には冒険者向けの宿がいくつもあるらしい。だが、荒くれ者の多い冒険者を相手にする宿の治安は決して良くはないそうだ。
そう考えると多少割高にはなるが、旅商人や役人が町に来た際に訪れる宿に泊まる方が安全だと言う。確かに安全は金には代えられない、と倉野は商人向けの宿を紹介してもらうことにした。
他の建物と変わらずレンガ造りの建物の前でリオネは立ち止まり、倉野に説明する。
「ここが商人向けの宿です。ですが、本当に私の家に泊まっていただいて構わないですよ?」
「いえ、ここまで紹介していただいただけで十分です。ありがとうございます」
リオネの優しさに流されそうになる気持ちを抑えながらも、しっかり理性を保ち、お断りする倉野。こんな若くて美しい女性と一夜を共にしてしまうわけにはいかない。何か間違いが起こらないとも言えないだろう。
そんな倉野の返答を聞き、少し残念そうにリオネは頷いた。
「わかりました……では、明日、この町を案内させていただけないでしょうか?」
予想もしていなかったリオネの優しい提案に、倉野は驚きながらも了承した。
「それはありがたいです。買い物もしたいですし。では明日、リオネさんの空いている時間にこの宿まで来ていただいていいですか? それまでは宿にいるようにしておきますので」
「はい! わかりました」
今までで一番の笑みを見せてくれたリオネ。その笑顔にときめきつつあった倉野だがしっかり自制し、リオネと宿の前で別れる。
姿が見えなくなるまでリオネは会釈を繰り返しながら歩いて行った。
リオネの姿が見えなくなってから、倉野は宿の中に入る。
木で作られた扉を開けると、扉に付けてあるベルの音がカランカランと響き、その音を待っていたかのように、宿の中から女性の声が聞こえた。
「いらっしゃい。ようこそ、雪の兎亭へ」
宿の中にはカウンターがあり、向こう側に女性は立っている。
倉野よりも年上に見えるその女性は、この宿の店主だろうか。笑顔で倉野を迎えてくれた。
「雪の兎亭?」
「ああ、この宿の名前だよ。あんた、冒険者じゃなさそうだね。この辺で冒険者以外を相手にするのはうちぐらいなもんさ。どうする? 素泊まりかい? 素泊まりなら銀貨三枚。朝と夜の食事を付けるなら銀貨四枚だよ」
女性は笑顔を絶やさずに接客を続けた。
先ほどスーツを売り、倉野は金貨一枚を得ている。まだ他の通貨の価値は知らないが、リオネが紹介してくれた宿なのだから、ぼったくられることもないだろう、と倉野は食事付きで一泊することにした。
「じゃあ、今日の夕食と明日の朝食付きでお願いできますか?」
「あいよ。それじゃあ銀貨四枚だよ」
女性にそう言われ、倉野は先ほどの金貨を取り出した。
すると彼女は先ほどまでの笑顔を少し崩し、引きつった表情を見せる。
「金貨じゃないか。小さいお金は持ってないのかい?」
「ええ、今はこれしかなくて」
その反応からして、やはり銀貨の支払いに金貨を出すのは非常識なのだと感じ、倉野は申し訳なさそうに答えた。
仕方ない、といった感じでため息をついた女性は、カウンターの下から小さめの箱を取り出し、その中から硬貨を出す。
「それじゃあ、はい。小金貨九枚と銀貨六枚のお返しだ」
倉野は受け取り、部屋の場所を聞きカギを受け取った。
先ほどの金貨と受け取ったお釣りから考えると、銀貨十枚で小金貨一枚、小金貨十枚で金貨になるということらしい。また大体の基準として銀貨が千円、小金貨が一万円、金貨が十万円くらいじゃないかと倉野は予測した。
宿の二階にある部屋に入った倉野は、そのままベッドに寝そべり今日一日のことを思い出す。
仕事終わりに急に人生の終了を神に宣言され、異世界に転移し、ドラゴンに遭遇した。
そしてそのドラゴンに捕らわれているリオネを救い出し、命からがら逃げ今に至る。
その道中に自分だけこの世界の常識から大きく外れていることに気づいた。
わかりやすく言うならレベルアップシステムの世界で自分だけスキル取得システムだった、ということだろうか。
そんな風に思い出していると、いつの間にか倉野は眠ってしまっていた。
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