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道具
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まるで何事もなかったかのように神谷は楓に仕事を教えた。
客が来るまで、慌てても仕方がないという神谷の提案である。
グラスの拭き方、酒瓶の拭き方から道具の名前まで覚えることは尽きない。
更に覚えなければならないカクテルのレシピは無数にある。
しかしバーテンダーにとってそれは基礎知識に過ぎない。
そこからカクテルの歴史からエピソード、酒にまつわる逸話までプロ意識を持って学んでいくのだと神谷は話した。
弛まぬ努力が客を癒す最高のいっぱいを作り上げるのだろう。
「この一ヶ月の間に道具の名前を覚えてくるよう伝えましたが、どうでしょうか?」
神谷にそう言われた楓はカウンターに置いてある道具を指差す。
「これがシェーカーです。酒をシェイクするものです」
「その通りです。最初に楓さんにダイキリを作った時にも使いましたね」
「これがメジャーカップでお酒の量を計ります」
「はい、正解です」
楓の説明を神谷は優しげな表情で聞いていた。
更に楓は自分が学んできた道具の名前をあげていく。
バー・スプーンは材料を混ぜるために柄が長くなり端がフォーク状になっているスプーン。
果実を絞るために使用するスクワイザー。
氷を砕くアイスピック。
カクテルを飾るオリーブやフルーツを刺すためのカクテル・ピン。
酒を作るための道具はまだまだある。
次々に名前をあげていく楓を神谷は見守っていた。
カウンター中の名前を言い終えた楓に神谷は優しい拍手をおくる。
「よく一ヶ月で覚えてきましたね。道具の名前を覚えていなければ、見習いをすることすら出来ませんから」
「た、確かに、覚えていなければ道具の準備すら出来ませんよね」
「はい。では次はグラスの種類を覚えましょうか」
「グラスですか?」
「ええ、お酒にはふさわしいグラスというものがあります。例えばブランデー用のブランデーグラスはこのようにグラスの上部がすぼまっています」
神谷はそう言ってグラスを取り出した。
そのグラスは背が低く、底が広がり上部がすぼまっており、丸みを帯びた流線型になっている。
「これが、ブランデーグラスですか?」
楓の質問に神谷は答えた。
「ええ、そうです。このように上部がすぼまっていると香りが集まってくるのですよ。ブランデーはその豊潤な香りも楽しみの一つですからね。道具もグラスも行動も、バーテンダーに関わる全てにはちゃんと理由があるんです。大切なのは暗記ではなく、理由を考え理解すること」
神谷の言葉を聞き頷く楓。
しばらく勉強をした後、神谷が水の入ったグラスを楓に差し出した。
「少し休憩にしましょう」
「あ、はい」
楓はグラスを受け取り椅子に座る。
楓が一息ついたのを確認すると神谷は自ら落ち着いてから口を開いた。
「どうですか?少しは落ち着きましたか?」
「え?」
「突然の出来事でしたから、慌てるのも無理はないでしょう。そんな時は他のことに集中すると少し冷静になれますよ」
神谷にそう言われ、楓は自分が落ち着いていることを自覚する。
ようやく決まった就職先。
その初出勤日に店ごと異世界に転移してしまった。
荒唐無稽な話だが、現在起きていることの全てである。
客が来るまで、慌てても仕方がないという神谷の提案である。
グラスの拭き方、酒瓶の拭き方から道具の名前まで覚えることは尽きない。
更に覚えなければならないカクテルのレシピは無数にある。
しかしバーテンダーにとってそれは基礎知識に過ぎない。
そこからカクテルの歴史からエピソード、酒にまつわる逸話までプロ意識を持って学んでいくのだと神谷は話した。
弛まぬ努力が客を癒す最高のいっぱいを作り上げるのだろう。
「この一ヶ月の間に道具の名前を覚えてくるよう伝えましたが、どうでしょうか?」
神谷にそう言われた楓はカウンターに置いてある道具を指差す。
「これがシェーカーです。酒をシェイクするものです」
「その通りです。最初に楓さんにダイキリを作った時にも使いましたね」
「これがメジャーカップでお酒の量を計ります」
「はい、正解です」
楓の説明を神谷は優しげな表情で聞いていた。
更に楓は自分が学んできた道具の名前をあげていく。
バー・スプーンは材料を混ぜるために柄が長くなり端がフォーク状になっているスプーン。
果実を絞るために使用するスクワイザー。
氷を砕くアイスピック。
カクテルを飾るオリーブやフルーツを刺すためのカクテル・ピン。
酒を作るための道具はまだまだある。
次々に名前をあげていく楓を神谷は見守っていた。
カウンター中の名前を言い終えた楓に神谷は優しい拍手をおくる。
「よく一ヶ月で覚えてきましたね。道具の名前を覚えていなければ、見習いをすることすら出来ませんから」
「た、確かに、覚えていなければ道具の準備すら出来ませんよね」
「はい。では次はグラスの種類を覚えましょうか」
「グラスですか?」
「ええ、お酒にはふさわしいグラスというものがあります。例えばブランデー用のブランデーグラスはこのようにグラスの上部がすぼまっています」
神谷はそう言ってグラスを取り出した。
そのグラスは背が低く、底が広がり上部がすぼまっており、丸みを帯びた流線型になっている。
「これが、ブランデーグラスですか?」
楓の質問に神谷は答えた。
「ええ、そうです。このように上部がすぼまっていると香りが集まってくるのですよ。ブランデーはその豊潤な香りも楽しみの一つですからね。道具もグラスも行動も、バーテンダーに関わる全てにはちゃんと理由があるんです。大切なのは暗記ではなく、理由を考え理解すること」
神谷の言葉を聞き頷く楓。
しばらく勉強をした後、神谷が水の入ったグラスを楓に差し出した。
「少し休憩にしましょう」
「あ、はい」
楓はグラスを受け取り椅子に座る。
楓が一息ついたのを確認すると神谷は自ら落ち着いてから口を開いた。
「どうですか?少しは落ち着きましたか?」
「え?」
「突然の出来事でしたから、慌てるのも無理はないでしょう。そんな時は他のことに集中すると少し冷静になれますよ」
神谷にそう言われ、楓は自分が落ち着いていることを自覚する。
ようやく決まった就職先。
その初出勤日に店ごと異世界に転移してしまった。
荒唐無稽な話だが、現在起きていることの全てである。
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