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本編
第3話_無防備な麗人
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翌日、蒼矢は昨日決まった週末の予定を烈に伝えてから、いつものように大学へ向かう。
午前の講義を終えて食堂で昼食を済ませると、午後のコマまで少し間が空くので、そういう日は時間つぶしに大学敷地内の図書館へ行くことにしている。スケジュールが合えば同学部の誰かと一緒だが、今日は一人だ。
図書館へ続く道で、蒼矢は何かに気付き、足を止める。視線の先にいた人物も、蒼矢に気付くと手をあげた。
「あなたは…」
「あの時は助かった。手間を取らせたな」
昨日蒼矢が食堂前で声をかけ、少しの間付き添っていた[男]だった。
「いえ、こちらこそ途中で投げ出すようになってしまって…もう具合は良いんですか?」
「ああ。あれからすぐあの場からは離れたし、まあまあ上手く調整できるようになった」
「? …そうですか」
蒼矢は[男]の言葉に何か感じるものがあったが、昨日の惨状から見違えている[男]の様子に、気に留めることを忘れてしまった。
昨日は気付けなかったが、[男]はまっすぐ立つと大柄で、痩身の蒼矢に比べ身体がかなり鍛え上げられている。年齢は…よくわからないが、浅黒く精悍な体格に見合う顔つきで、やや伸びた前髪からは鋭い眼が見えていた。
「聴講生だったんですか?」
「いや、"一般"だ。ここは人が多いが、緑も多くて場所を選べば気持ちがいい。だからもう一度来てみた」
「そうですか…」
「どこかへ行くのか?」
「次の講義が始まるまで、図書館へ行こうかと」
「ついて行っても?」
「いいですが…人が結構いると思いますけど、大丈夫ですか? 屋外にいた方が…」
蒼矢は[男]の体を気遣ってそう進言するが、[男]は首を横に振る。
「案ずるな。自分自身のことは理解している」
「…わかりました。行きましょう」
そう返され、蒼矢は[男]と一緒に向かうことにした。
「で、お前は誰なんだ?」
「あぁ…、僕は髙城蒼矢と言います。…あなたは?」
「蔓田でいい」
二人は図書館へ入り、蒼矢は先に席について、次の講義で使う資料に目を通し始める。蔓田は広大な館内に敷き詰められた膨大な数の書籍から、タイトルも見ず適当にピックアップし、しばらくして蒼矢の向かいの席についた。
書籍に目を通さないまま機械的にページをめくりながら、蔓田は蒼矢の様子を観察する。
「いつもこうして時間を費やしているのか?」
蔓田からの問いに、蒼矢が視線を合わす。
「はい。講義と講義の間が空いた時は、大体」
「真面目だな」
「…そういうつもりじゃないんですが」
「ああいう人間に比べれば、よほどこの施設の意義に即した時間を過ごしているように感じるが」
窓の外を視線で指しながら、蔓田はそう返す。
窓からは、大口を開けて笑いながら道を歩く他学部生や、整備された構内庭園をバックに写真を撮る一般人、遠くのグラウンドでじゃれ合っているどこぞのサークル集団など、色んな人々の様相が見える。
蒼矢はペンを置き、蔓田から視線を外して少しうつむいた。
「大学は学ぶだけの施設じゃありませんから、彼らが間違っていて、僕が合っているということはないと思います。…こうしている方が性に合っているから、ここにいるだけです」
蒼矢はどこか、自分に言い聞かせるように答える。少しの間沈黙が続き、蒼矢が顔を上げると、蔓田は蒼矢の顔をぐっと近距離で眺めていた。
「!」
驚いた蒼矢は弾かれたように身体を引くが、蔓田の姿勢は変わらない。
「…お前、綺麗な顔をしているな」
「…えっ…?」
蔓田はそう言いながら、ずっと視線を送り続ける。蒼矢の胸から上を一つ一つ観察するように、目線を細かく動かしている。
蒼矢はそんな蔓田の様子にわずかに異常さを感じたが、視線を外すことができない。
「あ…の…」
「その顔にくっついている妙なものは気に入らんが、造形は俺の趣味嗜好に合う。…体つきも良い」
蒼矢は手元を固まらせたまま、困惑の表情を浮かべていたが、その蔓田の言葉に、一気に青ざめる。
「その黒いものは取れるのか? 邪魔だ」
蔓田の手が、蒼矢の眼鏡に伸びる。
心臓の鼓動が高鳴り、明らかに身体が危険信号を発していたが、目の前に迫る大きな手のひらを見つめたまま蒼矢は動けない。
固まってしまった蒼矢は、脳内から必死に身体に訴える。
…このままじゃ駄目だ、動かなきゃ…、動け…!!
ふいに、館内放送の鐘が鳴り、あと数センチというところで、蔓田の手が引っ込められた。
「――何か鳴ったぞ。用があるんじゃなかったか?」
「! …あっ…」
次のコマの予鈴だった。蔓田に声を掛けられ、蒼矢は一瞬目を見開き、すぐに視線を外す。華奢な手のひらはすっかり冷たくなっていて、しっとりと汗をかいていた。
手早く教科書をまとめ、少しぎこちない動きで席を立つ。
「…すみません、行きます。これで」
「ああ」
蔓田とは目を合わさないまま、蒼矢はさっと室内を後にした。蔓田は落ち着いた様子で、その背中を見送る。
蒼矢の姿が見えなくなると、蔓田は机の上に足を投げ出した。軽く息をついた後、わずかに口角をあげる。
「…まぁ、機会はいくらでもある」
蒼矢は小走りに、次の講義の教室棟へ向かっていた。
まだ動揺が収まらない。
多分、逃げなきゃいけなかった。でも、何も出来なかった…それどころか、相手からのきっかけで事無きを得た形になったのだ。蒼矢はただ、自分自身に不甲斐無さを感じるしかなかった。
蔓田は、何をするつもりだったのだろうか。
そして、蔓田の手が近づいた時に感じた、わずかな"震え"。
単純に身体が彼を拒否したのか、それとも…
午前の講義を終えて食堂で昼食を済ませると、午後のコマまで少し間が空くので、そういう日は時間つぶしに大学敷地内の図書館へ行くことにしている。スケジュールが合えば同学部の誰かと一緒だが、今日は一人だ。
図書館へ続く道で、蒼矢は何かに気付き、足を止める。視線の先にいた人物も、蒼矢に気付くと手をあげた。
「あなたは…」
「あの時は助かった。手間を取らせたな」
昨日蒼矢が食堂前で声をかけ、少しの間付き添っていた[男]だった。
「いえ、こちらこそ途中で投げ出すようになってしまって…もう具合は良いんですか?」
「ああ。あれからすぐあの場からは離れたし、まあまあ上手く調整できるようになった」
「? …そうですか」
蒼矢は[男]の言葉に何か感じるものがあったが、昨日の惨状から見違えている[男]の様子に、気に留めることを忘れてしまった。
昨日は気付けなかったが、[男]はまっすぐ立つと大柄で、痩身の蒼矢に比べ身体がかなり鍛え上げられている。年齢は…よくわからないが、浅黒く精悍な体格に見合う顔つきで、やや伸びた前髪からは鋭い眼が見えていた。
「聴講生だったんですか?」
「いや、"一般"だ。ここは人が多いが、緑も多くて場所を選べば気持ちがいい。だからもう一度来てみた」
「そうですか…」
「どこかへ行くのか?」
「次の講義が始まるまで、図書館へ行こうかと」
「ついて行っても?」
「いいですが…人が結構いると思いますけど、大丈夫ですか? 屋外にいた方が…」
蒼矢は[男]の体を気遣ってそう進言するが、[男]は首を横に振る。
「案ずるな。自分自身のことは理解している」
「…わかりました。行きましょう」
そう返され、蒼矢は[男]と一緒に向かうことにした。
「で、お前は誰なんだ?」
「あぁ…、僕は髙城蒼矢と言います。…あなたは?」
「蔓田でいい」
二人は図書館へ入り、蒼矢は先に席について、次の講義で使う資料に目を通し始める。蔓田は広大な館内に敷き詰められた膨大な数の書籍から、タイトルも見ず適当にピックアップし、しばらくして蒼矢の向かいの席についた。
書籍に目を通さないまま機械的にページをめくりながら、蔓田は蒼矢の様子を観察する。
「いつもこうして時間を費やしているのか?」
蔓田からの問いに、蒼矢が視線を合わす。
「はい。講義と講義の間が空いた時は、大体」
「真面目だな」
「…そういうつもりじゃないんですが」
「ああいう人間に比べれば、よほどこの施設の意義に即した時間を過ごしているように感じるが」
窓の外を視線で指しながら、蔓田はそう返す。
窓からは、大口を開けて笑いながら道を歩く他学部生や、整備された構内庭園をバックに写真を撮る一般人、遠くのグラウンドでじゃれ合っているどこぞのサークル集団など、色んな人々の様相が見える。
蒼矢はペンを置き、蔓田から視線を外して少しうつむいた。
「大学は学ぶだけの施設じゃありませんから、彼らが間違っていて、僕が合っているということはないと思います。…こうしている方が性に合っているから、ここにいるだけです」
蒼矢はどこか、自分に言い聞かせるように答える。少しの間沈黙が続き、蒼矢が顔を上げると、蔓田は蒼矢の顔をぐっと近距離で眺めていた。
「!」
驚いた蒼矢は弾かれたように身体を引くが、蔓田の姿勢は変わらない。
「…お前、綺麗な顔をしているな」
「…えっ…?」
蔓田はそう言いながら、ずっと視線を送り続ける。蒼矢の胸から上を一つ一つ観察するように、目線を細かく動かしている。
蒼矢はそんな蔓田の様子にわずかに異常さを感じたが、視線を外すことができない。
「あ…の…」
「その顔にくっついている妙なものは気に入らんが、造形は俺の趣味嗜好に合う。…体つきも良い」
蒼矢は手元を固まらせたまま、困惑の表情を浮かべていたが、その蔓田の言葉に、一気に青ざめる。
「その黒いものは取れるのか? 邪魔だ」
蔓田の手が、蒼矢の眼鏡に伸びる。
心臓の鼓動が高鳴り、明らかに身体が危険信号を発していたが、目の前に迫る大きな手のひらを見つめたまま蒼矢は動けない。
固まってしまった蒼矢は、脳内から必死に身体に訴える。
…このままじゃ駄目だ、動かなきゃ…、動け…!!
ふいに、館内放送の鐘が鳴り、あと数センチというところで、蔓田の手が引っ込められた。
「――何か鳴ったぞ。用があるんじゃなかったか?」
「! …あっ…」
次のコマの予鈴だった。蔓田に声を掛けられ、蒼矢は一瞬目を見開き、すぐに視線を外す。華奢な手のひらはすっかり冷たくなっていて、しっとりと汗をかいていた。
手早く教科書をまとめ、少しぎこちない動きで席を立つ。
「…すみません、行きます。これで」
「ああ」
蔓田とは目を合わさないまま、蒼矢はさっと室内を後にした。蔓田は落ち着いた様子で、その背中を見送る。
蒼矢の姿が見えなくなると、蔓田は机の上に足を投げ出した。軽く息をついた後、わずかに口角をあげる。
「…まぁ、機会はいくらでもある」
蒼矢は小走りに、次の講義の教室棟へ向かっていた。
まだ動揺が収まらない。
多分、逃げなきゃいけなかった。でも、何も出来なかった…それどころか、相手からのきっかけで事無きを得た形になったのだ。蒼矢はただ、自分自身に不甲斐無さを感じるしかなかった。
蔓田は、何をするつもりだったのだろうか。
そして、蔓田の手が近づいた時に感じた、わずかな"震え"。
単純に身体が彼を拒否したのか、それとも…
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