5 / 23
本編
第4話_静寂のためらい
しおりを挟む
その日の大学からの帰り、蒼矢は帰路から少し逸れ、住宅街にある小さな神社へと向かっていた。
質素で年季の入った鳥居をくぐり、清掃の行き届いた参道を少し行き、境内の一角に構えられた住居の呼び鈴を鳴らす。
「おや、蒼矢」
「こんにちは、突然すみません」
「いいよいいよ、あがって」
玄関に出てきた葉月は、いつものようににこやかに蒼矢を招き入れてくれた。
この神社の宮司である葉月は、それだけが理由でもなく常に和装で、どこか浮世離れしたような、独特な空気感をまとっている。家と大学を行き来するだけの生活を日々淡々と送っている蒼矢にとっては、心の拠りどころのようになっていて、自宅から近いこともあり、こうしてたまに葉月を訪ねている。
「最近ぐっと冷えてきたね。体調は大丈夫?」
「はい」
「そういえば週末、影斗が来るって言ってたよ。もう聞かされてると思うけど」
「はい」
「部屋に換気扇付けるように頼まれちゃってさ、今度リフォームするんだよ。いつも表行って吸ってくれてるけど、冬はやっぱり寒いんだろうね」
背中に流れる長髪を揺らしながら廊下を歩き、のほほんと話しかける葉月だったが、いつもより更に口数が少なくなっている蒼矢の様子には既に気を留めていた。
歩みを止め、蒼矢の方へ振り返る。
「…今日は大学早かったんだね。何かあった?」
「…」
答えられなくなった蒼矢の背中に手を添え、葉月は居間へ通した。
「お茶用意してくるから、座ってて」
落ち着いた雰囲気の和室に座り、葉月が見えなくなると、蒼矢は手元に視線を落とす。
今日大学で…図書館であったことが、思い起こされてくる。
…『趣味嗜好に合う』。
記憶をあまり辿りたくはないが、今までの生い立ちの中で、同性に好意を向けられることは少なくなかった。
あまつさえ女性に間違えられることも多々あったが、その方がまだ気分的にましだ。同性であることがわかった上で性的な興味を注がれることの方が、数倍苦痛だった。成長すればそういう視線が減るかと思ったが、自身の意図とは真逆に、歳を重ねる度に色香を増してくる身体がそれを許さず、同性の同級生や先輩から必要以上にボディタッチを受けたり、誘うような言葉をかけられたりすることが幾度もあった。
そういう類には嫌悪感しか抱かない蒼矢は、自分の容姿にもコンプレックスを感じていて、視力が低下してからは、およそ秀麗な顔立ちに似合わない黒縁眼鏡をかけ続けている。
そんな、疑わしい前例を数多経験してきた蒼矢であったが、蔓田の言動を思い返してなお、肯定できずにいた。
…会って一緒にいた間だけで換算すればまだ数時間だし、単純な興味なだけかもしれない。
…誰か憧れの人物がいて、その人に投影しているだけかもしれない。
基本自分自身に否定的になりがちな蒼矢だったが、今回はそう考える方が正しいと感じ始めていた。
…きっとそうだ…多分、勘違いだ。
「おまたせ」
葉月がお茶セットを手に戻ってくる。
「ありがとうございます」
「熱いからね」
ゆったりとした動作でお茶を差し出し、葉月は蒼矢の斜め前に座る。口元に笑みを浮かべつつ視線は蒼矢へ注いでいたが、何も話さないでいるとやがて手元の本に移り、静かに読み始める。
葉月は自分から聞き出すことはめったにしない。多くはただ黙って、こちらが話し始めるのを待っている。蒼矢もそんな彼だから気が許せるし、何かがあるとこうして相談しに来るようにしている。
でも…今日は言い出すことが出来なかった。なんとなく、恥ずかしさの方が前に出てしまっていた。
しばらく沈黙が続くと、葉月が口を開く。
「…手遅れにならないのなら、もう一度考えてから来るといいよ」
「…!」
蒼矢が顔をあげると、葉月も本から顔をあげ、にっこりと笑う。
その包み込まれるような笑顔に、蒼矢の思考が揺れた。
「っあの…葉月さん」
蒼矢が口を開きかけた時、双方の胸元が淡く光り出す。
「!」
「…こんな時に。話は後にしよう」
二人はほぼ同時に立ち上がり、急ぎ表へと向かった。
玄関を出ると、ひとまず鳥居の前まで走り出る。
「蒼矢、場所はわかる?」
「…多分T運動場です」
「近くて良かった。車を出すからちょっと待ってて」
家の裏に行きかける葉月のスマホに、タイミングよく着信が入る。
「烈からだ」
「俺、先に拾ってきます」
蒼矢は駆け出し、急ぎ烈のいる酒屋へ向かう。店構えを視界に捉えると、ヘルメットを片手に入り口から飛び出してくる烈の姿が見えた。
「じゃ、かーちゃん店宜しく!!」
「烈!」
「! おうっ!」
烈は慣れた手つきで店脇の駐輪スペースからバイクを引きずり出し、後ろ向きに停める。
そして葉月から何か指示を受けたのか、走り来る蒼矢にヘルメットを投げて寄越した。
「葉月さん直行するって。乗れ!」
蒼矢はヘルメットをかぶり、後席にまたがった。烈のバイクが勢いよく走り出す。
質素で年季の入った鳥居をくぐり、清掃の行き届いた参道を少し行き、境内の一角に構えられた住居の呼び鈴を鳴らす。
「おや、蒼矢」
「こんにちは、突然すみません」
「いいよいいよ、あがって」
玄関に出てきた葉月は、いつものようににこやかに蒼矢を招き入れてくれた。
この神社の宮司である葉月は、それだけが理由でもなく常に和装で、どこか浮世離れしたような、独特な空気感をまとっている。家と大学を行き来するだけの生活を日々淡々と送っている蒼矢にとっては、心の拠りどころのようになっていて、自宅から近いこともあり、こうしてたまに葉月を訪ねている。
「最近ぐっと冷えてきたね。体調は大丈夫?」
「はい」
「そういえば週末、影斗が来るって言ってたよ。もう聞かされてると思うけど」
「はい」
「部屋に換気扇付けるように頼まれちゃってさ、今度リフォームするんだよ。いつも表行って吸ってくれてるけど、冬はやっぱり寒いんだろうね」
背中に流れる長髪を揺らしながら廊下を歩き、のほほんと話しかける葉月だったが、いつもより更に口数が少なくなっている蒼矢の様子には既に気を留めていた。
歩みを止め、蒼矢の方へ振り返る。
「…今日は大学早かったんだね。何かあった?」
「…」
答えられなくなった蒼矢の背中に手を添え、葉月は居間へ通した。
「お茶用意してくるから、座ってて」
落ち着いた雰囲気の和室に座り、葉月が見えなくなると、蒼矢は手元に視線を落とす。
今日大学で…図書館であったことが、思い起こされてくる。
…『趣味嗜好に合う』。
記憶をあまり辿りたくはないが、今までの生い立ちの中で、同性に好意を向けられることは少なくなかった。
あまつさえ女性に間違えられることも多々あったが、その方がまだ気分的にましだ。同性であることがわかった上で性的な興味を注がれることの方が、数倍苦痛だった。成長すればそういう視線が減るかと思ったが、自身の意図とは真逆に、歳を重ねる度に色香を増してくる身体がそれを許さず、同性の同級生や先輩から必要以上にボディタッチを受けたり、誘うような言葉をかけられたりすることが幾度もあった。
そういう類には嫌悪感しか抱かない蒼矢は、自分の容姿にもコンプレックスを感じていて、視力が低下してからは、およそ秀麗な顔立ちに似合わない黒縁眼鏡をかけ続けている。
そんな、疑わしい前例を数多経験してきた蒼矢であったが、蔓田の言動を思い返してなお、肯定できずにいた。
…会って一緒にいた間だけで換算すればまだ数時間だし、単純な興味なだけかもしれない。
…誰か憧れの人物がいて、その人に投影しているだけかもしれない。
基本自分自身に否定的になりがちな蒼矢だったが、今回はそう考える方が正しいと感じ始めていた。
…きっとそうだ…多分、勘違いだ。
「おまたせ」
葉月がお茶セットを手に戻ってくる。
「ありがとうございます」
「熱いからね」
ゆったりとした動作でお茶を差し出し、葉月は蒼矢の斜め前に座る。口元に笑みを浮かべつつ視線は蒼矢へ注いでいたが、何も話さないでいるとやがて手元の本に移り、静かに読み始める。
葉月は自分から聞き出すことはめったにしない。多くはただ黙って、こちらが話し始めるのを待っている。蒼矢もそんな彼だから気が許せるし、何かがあるとこうして相談しに来るようにしている。
でも…今日は言い出すことが出来なかった。なんとなく、恥ずかしさの方が前に出てしまっていた。
しばらく沈黙が続くと、葉月が口を開く。
「…手遅れにならないのなら、もう一度考えてから来るといいよ」
「…!」
蒼矢が顔をあげると、葉月も本から顔をあげ、にっこりと笑う。
その包み込まれるような笑顔に、蒼矢の思考が揺れた。
「っあの…葉月さん」
蒼矢が口を開きかけた時、双方の胸元が淡く光り出す。
「!」
「…こんな時に。話は後にしよう」
二人はほぼ同時に立ち上がり、急ぎ表へと向かった。
玄関を出ると、ひとまず鳥居の前まで走り出る。
「蒼矢、場所はわかる?」
「…多分T運動場です」
「近くて良かった。車を出すからちょっと待ってて」
家の裏に行きかける葉月のスマホに、タイミングよく着信が入る。
「烈からだ」
「俺、先に拾ってきます」
蒼矢は駆け出し、急ぎ烈のいる酒屋へ向かう。店構えを視界に捉えると、ヘルメットを片手に入り口から飛び出してくる烈の姿が見えた。
「じゃ、かーちゃん店宜しく!!」
「烈!」
「! おうっ!」
烈は慣れた手つきで店脇の駐輪スペースからバイクを引きずり出し、後ろ向きに停める。
そして葉月から何か指示を受けたのか、走り来る蒼矢にヘルメットを投げて寄越した。
「葉月さん直行するって。乗れ!」
蒼矢はヘルメットをかぶり、後席にまたがった。烈のバイクが勢いよく走り出す。
0
あなたにおすすめの小説
平凡ワンコ系が憧れの幼なじみにめちゃくちゃにされちゃう話(小説版)
優狗レエス
BL
Ultra∞maniacの続きです。短編連作になっています。
本編とちがってキャラクターそれぞれ一人称の小説です。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
男子高校に入学したらハーレムでした!
はやしかわともえ
BL
閲覧ありがとうございます。
ゆっくり書いていきます。
毎日19時更新です。
よろしくお願い致します。
2022.04.28
お気に入り、栞ありがとうございます。
とても励みになります。
引き続き宜しくお願いします。
2022.05.01
近々番外編SSをあげます。
よければ覗いてみてください。
2022.05.10
お気に入りしてくれてる方、閲覧くださってる方、ありがとうございます。
精一杯書いていきます。
2022.05.15
閲覧、お気に入り、ありがとうございます。
読んでいただけてとても嬉しいです。
近々番外編をあげます。
良ければ覗いてみてください。
2022.05.28
今日で完結です。閲覧、お気に入り本当にありがとうございました。
次作も頑張って書きます。
よろしくおねがいします。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる