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本編
第16話_八方塞がり
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一夜明け、葉月家は沈鬱とした朝を迎えていた。
蒼矢がいなくなり、残された四人は一睡もできず、静まり返った家の中で、誰もが押し黙ったまま過ごしていた。
厚い壁に立ち塞がれたような現実の前に何もできず、ただ時間だけが経過していっていた。
「ありがとう、面倒をかけるね」
[蔓]の攻撃を受けて肩と腕を痛めた葉月は、烈に介抱してもらい、身体を支えられつつ居間の座椅子にゆっくりと寄りかかる。
葉月は意外に身体を鍛えていて、投げ飛ばされた時もかろうじて受け身を取れており、あまり大事には至っていなかった。
「いやー…強いね、あれは」
「…ああ。加えて脳筋じゃねぇ。厄介なタイプだな」
独りごとのように言う葉月に、影斗は会話を合わせる。
蒼矢の状態と彼の証言からしか把握できていなかったが、[蔓]の強さは想像をはるかに超えていた。
そもそも、『セイバーズ』の活動拠点になっているこの家に単身乗り込まれ、あげく目の前であっさりと目的だけを奪っていかれるとは、つゆほども考えていなかった。
テーブルの上に、アズライト鉱石と枠の歪んだペンダントが置かれていた。
粉々に破壊された鉱石は床に散らばって手では拾いきれず、やむなしに掃除機で吸ってきれいにゴミを取り除いたうえで、飛ばないようハンカチに包まれていた。
「…集めたところでどうなるってんだよ。蒼兄は戻って来れないのに…」
すっかり元気を失ってしまった陽は、テーブルにもたれてハンカチをぼんやりと眺めていた。
『セイバー』と[侵略者]では、『現実世界』『転異空間』[異界]それぞれの世界への移動について、方法や制限がまるで違っていた。
[侵略者]は現実世界と異界を自由に行き来でき、転異空間は[侵略者]にとっては用のない場所だが、他二世界へも行く分には制限が無い。一度転異空間から出たら自力では入れなくなるだけだ。
比べて『セイバー』は、世界間の行き来を著しく制限されている。転異空間への移動は[侵略者]や[異形]…つまり[異界の者]との接触がなければできないし、戻るにも[それら]を倒すもしくは異界へ還したうえで、変身解除しなければならない。異界は自力では行くことができず、[異界の者]が帯同していないと道が開かれない。
まさに"防衛"だけに特化した仕様だ。もちろん異界へ行く理由は無いし、戻るという行動も想定されていないため、帰還の仕方もわからないままだった。
おそらく蒼矢は捕えられているだろうから、こちらから異界まで迎えに行く必要がある。
どうにかして、[異界]との行き来の方法を考えなければならない。
――今回は様子を見ながら調整しよう。簡単に壊れてしまっては惜しい獲物だからな――
葉月は[蔓]が口走ったその言葉を覚えていたので、手遅れになるまで幾分か猶予があると考えていた。
でも、時間が経つほど蒼矢の帰還が難しくなることに変わりはない。一刻も早く、何らかの手を打たなければ。
「…陽、学校行けよ」
テーブルに頭を乗せてぐたっとしている陽に、烈が声をかける。
「…! 行ってられるかよ、こんな時に…!!」
「お前サボりてぇだけだろ。高校生は学業に励めよ。成績悪いんだろ?」
「……!」
眉を吊り上げて烈に食ってかかる陽だったが、加えて影斗にまでそう言われ、一気に頭に血が上ったのかテーブルを手ひどく叩きつけて立ち上がる。ハンカチが一瞬宙に浮き、葉月があわあわと手で押さえる。
「わかったよ、行くよ!!」
影斗は飛びかかって来られるかと構えたが、陽は肩をいからせたまま居間を走って出ていった。
「あっ、待って… 車出すよ」
「いらねー! 走ってく!!」
葉月は腰を浮かしかけたが、遠くから陽の大声が届き、ついで玄関の引き戸がスパーンと閉じられる音が鳴り響いた。
烈が深く息をつく。
「…案外素直だったな」
「だなー。ここに居ても仕方ねぇって、あいつもわかったんじゃねぇ?」
影斗は煙草を手に立ち上がる。部屋を出ていこうとするタイミングで、呼び止めるように葉月が口を開いた。
「…二人にはここで待機していて欲しい。何も出来ないかもしれないけど、何があるかわからないから」
葉月の静かな視線に、烈と影斗は無言で頷いた。
烈は何気なく、テーブルのハンカチをめくってみる。
青いアズライト鉱石は、割れた断面に天井の照明を反射した。
そしてほんの数秒、ほのかに光る。
「……!」
烈は目をわずかに見開き、自分のTシャツの襟ぐりを引っ張って中を確認する。ロードナイトは光っていない。
その光景を、居間にいた全員が目にしていた。
影斗は煙草を咥えたまま、呆けた顔でつぶやいた。
「…なんだ? 今の」
蒼矢がいなくなり、残された四人は一睡もできず、静まり返った家の中で、誰もが押し黙ったまま過ごしていた。
厚い壁に立ち塞がれたような現実の前に何もできず、ただ時間だけが経過していっていた。
「ありがとう、面倒をかけるね」
[蔓]の攻撃を受けて肩と腕を痛めた葉月は、烈に介抱してもらい、身体を支えられつつ居間の座椅子にゆっくりと寄りかかる。
葉月は意外に身体を鍛えていて、投げ飛ばされた時もかろうじて受け身を取れており、あまり大事には至っていなかった。
「いやー…強いね、あれは」
「…ああ。加えて脳筋じゃねぇ。厄介なタイプだな」
独りごとのように言う葉月に、影斗は会話を合わせる。
蒼矢の状態と彼の証言からしか把握できていなかったが、[蔓]の強さは想像をはるかに超えていた。
そもそも、『セイバーズ』の活動拠点になっているこの家に単身乗り込まれ、あげく目の前であっさりと目的だけを奪っていかれるとは、つゆほども考えていなかった。
テーブルの上に、アズライト鉱石と枠の歪んだペンダントが置かれていた。
粉々に破壊された鉱石は床に散らばって手では拾いきれず、やむなしに掃除機で吸ってきれいにゴミを取り除いたうえで、飛ばないようハンカチに包まれていた。
「…集めたところでどうなるってんだよ。蒼兄は戻って来れないのに…」
すっかり元気を失ってしまった陽は、テーブルにもたれてハンカチをぼんやりと眺めていた。
『セイバー』と[侵略者]では、『現実世界』『転異空間』[異界]それぞれの世界への移動について、方法や制限がまるで違っていた。
[侵略者]は現実世界と異界を自由に行き来でき、転異空間は[侵略者]にとっては用のない場所だが、他二世界へも行く分には制限が無い。一度転異空間から出たら自力では入れなくなるだけだ。
比べて『セイバー』は、世界間の行き来を著しく制限されている。転異空間への移動は[侵略者]や[異形]…つまり[異界の者]との接触がなければできないし、戻るにも[それら]を倒すもしくは異界へ還したうえで、変身解除しなければならない。異界は自力では行くことができず、[異界の者]が帯同していないと道が開かれない。
まさに"防衛"だけに特化した仕様だ。もちろん異界へ行く理由は無いし、戻るという行動も想定されていないため、帰還の仕方もわからないままだった。
おそらく蒼矢は捕えられているだろうから、こちらから異界まで迎えに行く必要がある。
どうにかして、[異界]との行き来の方法を考えなければならない。
――今回は様子を見ながら調整しよう。簡単に壊れてしまっては惜しい獲物だからな――
葉月は[蔓]が口走ったその言葉を覚えていたので、手遅れになるまで幾分か猶予があると考えていた。
でも、時間が経つほど蒼矢の帰還が難しくなることに変わりはない。一刻も早く、何らかの手を打たなければ。
「…陽、学校行けよ」
テーブルに頭を乗せてぐたっとしている陽に、烈が声をかける。
「…! 行ってられるかよ、こんな時に…!!」
「お前サボりてぇだけだろ。高校生は学業に励めよ。成績悪いんだろ?」
「……!」
眉を吊り上げて烈に食ってかかる陽だったが、加えて影斗にまでそう言われ、一気に頭に血が上ったのかテーブルを手ひどく叩きつけて立ち上がる。ハンカチが一瞬宙に浮き、葉月があわあわと手で押さえる。
「わかったよ、行くよ!!」
影斗は飛びかかって来られるかと構えたが、陽は肩をいからせたまま居間を走って出ていった。
「あっ、待って… 車出すよ」
「いらねー! 走ってく!!」
葉月は腰を浮かしかけたが、遠くから陽の大声が届き、ついで玄関の引き戸がスパーンと閉じられる音が鳴り響いた。
烈が深く息をつく。
「…案外素直だったな」
「だなー。ここに居ても仕方ねぇって、あいつもわかったんじゃねぇ?」
影斗は煙草を手に立ち上がる。部屋を出ていこうとするタイミングで、呼び止めるように葉月が口を開いた。
「…二人にはここで待機していて欲しい。何も出来ないかもしれないけど、何があるかわからないから」
葉月の静かな視線に、烈と影斗は無言で頷いた。
烈は何気なく、テーブルのハンカチをめくってみる。
青いアズライト鉱石は、割れた断面に天井の照明を反射した。
そしてほんの数秒、ほのかに光る。
「……!」
烈は目をわずかに見開き、自分のTシャツの襟ぐりを引っ張って中を確認する。ロードナイトは光っていない。
その光景を、居間にいた全員が目にしていた。
影斗は煙草を咥えたまま、呆けた顔でつぶやいた。
「…なんだ? 今の」
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