ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第二章◇   知人は友人になりますか?

第二十三話  「またな、クガ」

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「ところで。その本、買うのか?」
「……買いたい、とは思うんですけど。これ、いくらでしょうか?」
「あーっと……この厚さだとたぶん、小銀貨1枚はするな」
「!? え……!?」

 小銀貨1枚……つまり、1万円ってこと?
 そんなお金、私の所持金だと出せそうもないよ。

「そ、そんなに高いんですか?」
「は? 当然。紙の生産が大量にはできないってことで、それくらいの付加価値がついてるんだよ。知らないのか?」
「ええっと……遠くから、来たから。本を見たのも初めて、です」

 正確に言うと、この世界の、だけど。
 極まりが悪くてもそもそと答えると、怪訝そうな顔つきをしてたハーヴェイさんが不思議そうに首を傾げた。

「よくわかんない奴だな、あんた。そのくせ、文字は読めるなんて」
「そう、ですね。何故でしょうか?」
「いや、俺に聞かれてもな」

 たぶんだけど、神様からのサービスとか、かな? 言葉だって異世界だから違うはずなのに、最初から通じてたから。
 ありがたいよね。特に言語がわからなかったらって想像すると、ゾッとしちゃうよ。

「だったら、図書館は……」
「図書館? 王宮図書のことか? 今日は水の日だから開放されていないな」

 とりあえず今日は無理、なのかな。
 それより気になったことがあるんだけど……水の日? それってもしかして、この世界での曜日のこと?

「あの……『水の日』って、なんですか?」
「はぁ!? あんた、水の日も知らないのか!」
「はい」
「あんた、どんな辺境地に住んでたんだ……常識がないにも程があるだろ」
「え、えっと……」

 口ごもるしかないよ。私から言えることは何もないから。
 ハーヴェイさんは、溜息交じりに説明してくれた。

「いいか。光の日、風の日、火の日、水の日、木の日、土の日、闇の日の7日間で一週間だ。これを7週繰り返してひと月分。月は……」
「……知らないです」
「……だよな。月は、白の月、紅の月、黄の月、緑の月、蒼の月、紫の月、黒の月の順で一年」

 一週間が7日間、それが7週でひと月、月は7つあって一年。つまり……そうなると、こっちでの一年って元の世界の一年より、ちょっと短くなるのかな?

「ちなみに今日って、いつですか」
「……確か、白の月の6週目水の日だ」

 私の問いかけに、もう何も言わずにハーヴェイさんは答えてくれた。
 ふむふむ、なるほどね。……あれ? そういえば、ジョシュアさんとは二週間で屋敷に残るか相談って話をしたよね?

 今日って4日目だから……あと10日間しか残ってないの!?
 ……他の働き口、見つかる気がしないよ……。でもできる限り、頑張って探さないとね。

「それに、入館するにしても許可が必要だ。あんたは持っているのか?」
「……え?」

 あ……ちょっと自分の将来について気が遠くなってたから、反応が遅くなっちゃった。え、と……。

「許可って……いるんですか?」
「当たり前だろ。本は貴重だから、壊されないように許可証をもらった人間しか図書には入れない。例えば……貴族か、権力がある貴族からの推薦状を持った市民のみだな」
「そんな……」

 私、持ってない。それに、許可証を手に入れるとしても、貴族に伝手なんてないよ……。

「その様子だと、持ってないみたいだな。諦めとけよ。王宮図書は警備も厳重で、忍び込むなんて到底不可能だ」
「……」

 ということは、この世界の情報が手に入るのも中々難しいってこと?
 それに……だとしたら、私はどうやって、元の世界に帰るための方法を探せばいいのかな?

 ……全然、わからない。
 どうしよう……やっぱり私、戻れないの?

 頭がクラクラするだけじゃなくて、目の奥だってチカチカして痛いよ。足もグラついちゃいそう。そんな場合じゃないのに。
 動揺して、何も考えられない。

「おい、あんた。急に黙り込んでどうした?」
「あ…………なんでも、ないです」
「……!? お、おい! どうしたんだよ、顔真っ青だぞ!?」
「……大丈夫、です」

 そう、大丈夫。絶望なんて、まだ感じてない。
 だけど……どうしよう。これから私、どうしていけばいいの?

「んなわけないだろ! 今日はもう帰れ」
「……でも」
「でもじゃなくて。無理して回る必要なんてないだろ」

 だって、それだと。

「……ハーヴェイさんがせっかく、休みなのに案内してくれるって……言ってくれたのに。申し訳ないですよ……」
「は……」

 ……? ハーヴェイさん、どうしてそんな、ポカンとしてるの?
 目がこぼれちゃいそうなほど開いてるし、口も大きく開けてたらのどが乾燥して痛くなるよ?

「あんた……本気か?」
「? ……あ、の……? 本気って……何が……」

 食い気味に身を乗り出して聞かれても、思わず後ずさっちゃうんですけど……。

「だから、本気でそんなこと言ってるのかってことだ。それとも、やっぱ冗談だろ?」
「……こんなの、冗談言う必要って、あるんですか?」
「……」
「……? ハーヴェイさん?」

 なんで、黙ったの?
 首を傾けて、言葉を待ってみても反応がない。

 一体どうしたのかな?

「あんたって……はぁ」
「? あの……」
「あーうん。わかった。とりあえず、俺に対する気遣いはしなくていいから。女の子からの迷惑は進んで買えっていうだろ?」
「……言いません」
「なら、俺の中ではそうなんだ」

 変なルール。でも、ハーヴェイさんらしいかも。
 今日でまだ会って二回目だけど、彼ってとっても女好きで女ったらしだよね。

「とにかく、帰るぞ。あ、でも、ちょっと店の前で待ってな。一つだけ買い物を済ませてくる」
「……はい、わかりました」

 ハーヴェイさんの勧めに従って、私は今度は素直に店を出た。店先でボーっと待ってると、すぐに彼は扉から出てきた。
 何を買ってきたのかな?

「待たせたな。ほら、これやるよ」
「……これは」

 折りたたまれた、クリーム色の紙。厚さは薄くて、表面は整ってないみたいでザラザラでゴワゴワしてる。
 紙を広げてみると、文字と何か図形みたいなのが載ってる。あとは、線が何本も走ってて何か所も交差してる。

 これって……もしかして。

「王都の、地図?」
「そ。ただし、詳細には書いてなくて名所しか書かれてないけどな。これがあれば、今日俺が案内できなくても、後であんただけで見て回れるだろ?」
「……だけど、本って高いんじゃないですか?」
「この地図は別。地方から来た奴ら向けに、安く提供してるんだ。飯1ヶ月分くらいの高い地図も存在してるから、これなんて安いもんだよ」
「でも」

 安いって言ったって、絶対、元の世界で言えば1000円はかかってるよね?
 
「こんな高そうなの、もらえま――」
「んー? 聞こえないな。ってことで、これはあんたにプレゼントってことで。返却は受け付けてないからな」
「……」

 ニヤリと不敵に笑って、ハーヴェイさんは指を立てて左右に振ってみせた。
 その『受け付けてない』発言は、さっきの私の言葉をマネしたの? だとすれば、すっごくイジワル。

 茶化して、私にそのまま地図を受け取らせるつもりなのかな。
 ……変に意地になって返そうとしても、角が立つだけかな? ここは、ありがたくもらってもいい……よね。

 正直、地図は本当に助かるよ。街に出るたびに毎回迷子になったり、行先の道順がわからないのは困るから。

「ありがとう、ございます」
「いや、どういたしまして。……で、おうちまで送ろっかって思ってはいたんだけどさ、あんたって送られたいタイプじゃないよな」
「……はい」

 まだ会って間もないのに、住んでるところを知られるのはちょっと怖い。ハーヴェイさんが悪い人じゃないとは、今日で分かり始めてたけど。
 それに、今いるところって私の家じゃなくて居候先だからね。

 ……でも。そのままさよならは、失礼すぎる気がするから。

「あ、の……ハーヴェイさん。途中まで、送ってもらえますか?」
「! もちろん」

 これくらいは、お願いしてもいいよね?


 ◇◇◇


「ここでいいのか?」
「……はい」

 初めてハーヴェイさんに会った大通りまで連れてきてもらった。

「送っていただいて、ありがとうございました」
「いや、べつにいいって。それより、今日はすぐに帰って休めよ?」
「はい」

 その言葉で、また不安が押し寄せてきた。
 どうしようって言葉で心の中がいっぱいになるけど、それを隠してハーヴェイさんに頭を下げてお辞儀をした。
 考え込むのは、家でいいよね。今悩んだら、彼にも迷惑で失礼すぎるよ。

「今日は話せてよかった」
「……そう、ですね。私も、です」

 前回より、苦手意識とか嫌いって感情は減ったかも。……まだ、ゼロにはなれないけど。
 でも、こればっかりは彼のせいでなく、私の問題。

 いつか、割り切れるときが来るのかな?

 彼にソックリなハーヴェイさんは、ニッコリ笑って私に別れのあいさつを告げた。

「じゃあ。……またな、クガ」
「……っ! …………は、い。また……」

 ――息を、思わずのみ込んだ。
 だって、その言葉は。私の憧れの人が、帰り際に言うものと全く同じだったから。

 固まった私に気づかずに、ハーヴェイさんは去っていった。その姿は、あっという間に人ごみに紛れて見えなくなる。

 彼が悪いわけじゃないってわかってる。……だけど。
 あの姿、あの声でなければよかったのに。

 せめて今は、嫌だった。
 元の世界に戻れなくなるかもっていう不安を、煽るから。

 ハーヴェイさんを知れば知るほど、つらくなる。
 どうしてって疑問が、消えなくなっちゃう。 
  
 ――私は、元の世界に帰らなきゃいけない。

「……そのためには」

 本が読めなくて簡単に情報が手に入らないのなら、自分の足で情報を手に入れていくしかないのかもしれない。
 どんなに時間がかかったとしても。それが確実に元の世界に通じるんだったら、やるしかないよね。

 もし、数年探してこの国に何も目ぼしい情報がなかったら、他の国に聞きに行こうかな。
 この世界にあるのは、なにもパンプ王国だけじゃない。必ずしもこの国に戻る方法があるとは限らないんだから。

 でも、旅に出るにしたって軍資金は必要だよね。最低どれくらい稼げばいいのか、基準がわからないけど……。今はやっぱり一番は、お金を稼ぐことに重きをおいたほうがいいのかも。

「……」

 ハーヴェイさんに会うと、さびしいし悲しくなって不安になる。でも、それに揺らいでちゃ、いけないよね。
 私が、しっかりしないと。
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