94 / 164
◇第六章 ルイス編◇ 先輩に似てない彼は私にとって何ですか?
◆先輩 END◆ もう一度、始めましょう
しおりを挟む「……」
とっさに答えることができなくて、開きかけた口を閉ざした。
明確に何を聞かれているのか、何が正しいのかもわからないのに。
私の困惑をよそに、鏡の変化が始まった。
鏡面がまるでライトみたいに眩しく輝く。
鏡が、水面に石が落ちた時みたいに波ができた。その波は、初めは小さかったのに、やがて鏡全面へと広がっていく。
波が収まると、鏡の中には私がいた。
「……え?」
虚像の彼女が、元の世界での高校の制服を着てるのは何故?
今私は、普段着のワンピースを着てるはずなのに。
恐る恐る手を鏡の表面に触れると、対称的に鏡の中の彼女もこちらに手を伸ばした。
…………鏡の中の私と目が合う。すると、彼女は唇の端を上げて嗤った。
『逃げられると思ってるの?』
「っ!? な、何を言ってるの?」
逃げるって? そんなはずないよ。
『目を背けることはできない。だから』
「え!?」
鏡の中から、手が伸びてきた!?
鏡の中の彼女が、しっかりと私の手首をつかんでくる。
「っ!?」
すっごく強い力!? このまま引っ張られてたら、鏡にぶつかるんじゃないのかな……!?
後ろに下がりたいのに、手首をつかむ力が強すぎて一歩も動けない。
ジリジリと、鏡との距離がなくなっていく。
『わかっているはずだよね?』
「……っ何がですか!?」
とっさに聞き返すと、鏡の中の私は楽しそうにクスクスと笑った。彼女にとっては、私の疑問が滑稽に思えたみたい。
『私はあなた、あなたの願いを映した存在。その私が悟っているのに、本物のあなた自身がわかっていないなんて、そんなおかしな話、ないでしよ?』
「私、は……」
言い返せなくて、口をつぐんだ。
彼女が言うことが本当なら。私はとっくに決めていたの?
私の望みを。
気が緩んで、抵抗する力が弱くなってしまった。その一瞬の隙を狙われて、一気に手を引かれた。
「!?」
瞬きをした次に視界にあったのは、目の前に迫った巨大な鏡。
手首から順に、腕が、顔が、足が、鏡の中へと引きずり込まれていく。
鏡に侵食して、すり抜けていく。
そして、私は――
◇◇◇
「久我! 今帰りか?」
「あ……先輩。はい、そうです」
呼び止められた声に振り向けば、後ろから須江先輩がこちらに近づいてくるところだった。
ちょうど、学校帰りの帰宅時間が重なったみたい。
私は食材の買い出しのためにスーパーに寄ったからビニール袋を持ってて、先輩は部活上がりだから体操着を詰め込んだ大きなカバンを肩からさげていた。
こんな風だったよね、異世界に行く直前って。
鏡に体を引きずり込まれた後。私はあの神様に拉致された場所に立っていた。
服も制服に戻ってたし、足元にはあの日スーパーで買った物が入ってたビニール袋が転がってた。
……私は、元の世界に戻ってきた。
異世界で過ごした分時間が経っているんじゃないかって考えたけど、そんなことはなくて。
あの日、あの時、私がいなくなってた瞬間に戻ってきたみたい。
まるで、夢でも見ていたかのような状況だったけど、そんなことないってわかってる。
だって……。
「……」
そっと、スカートのポケットに忍ばせてる手鏡に触れた。
何故かこれだけは、私の手元に残ってた。これだけが唯一の、私が異世界に行ったことの証。
手鏡に顔を映したって、もう何も映らないけど。
「……なぁ。久我さぁ、最近なんだか変わったよな」
「え?」
先輩の声に我に返って、パッと顔を上げた。
目が合った彼は、私をジッと観察してた。
「前まで俺に向けてた視線が全然ねぇし」
「!? 見てたのバレてたんですか!?」
「ま、あんだけの熱視線ならな。他の奴からのもあって慣れてるけど、俺」
肩をすくませてサラッと流してみせてますけど、何気なくすごいこと言っていませんか!? 須江先輩!?
そ、それにそもそもバレてたのも、なんだか恥ずかしいよ。
絶対迷惑だったに違いないよね。
「あと、雰囲気も変わったよ。前はもうちょっと周りに線を引いてただろ? それがなくなったっつーの?」
「……それは」
間違いなく、異世界に行って色んな人と接してきたからだと思う。
手鏡だけじゃなくて、異世界へ行って私の中に残った物は他にもたくさんある。
例えば、先輩が挙げた、人との接し方の変化だったり。他にも色々、私が気づいてないだけであるはず。
だけど一番、異世界へ行って私が変わったのは、きっと。
「なぁ。聞きたかったんだ、俺。久我に」
「……何を、でしょうか?」
「なんで俺を、哀しそうな目で見てくるんだよ」
「っ!? なん、で……」
表情には、出してないつもりだった。だって、そんなことしたら、先輩に失礼だから。
それに何よりも、私にはそんな資格、持ってないんだから。
困ったように私を見て、首を傾げる先輩に申し訳なくなる。
「俺、久我に何かしたか?」
「いえ、そんなこと…………っ! 先輩は何も、してません……。私が……っ」
否定の言葉を吐き出す私ののどがひきつった。
……あれ? どうして、かな。前がにじんで見えないよ。
泣くことなんて、しちゃいけないのに。
あの時私は、こっちに戻ることを選んだ。選んでしまった。
だからそう、あの世界を切り捨てたのは私。
彼を、ルイスさんを切り捨てたのも、他ならない私自身なんだから。
なのに悲しむなんて、そんなことは許されない。
これは完全な、自業自得なんだから。
そっくりな顔をしてるのに、目の前にいるのは彼じゃない。
……私が好きな、ルイスさんじゃない。
その事実がどうしても辛くて、胸が締め付けられた。
季節が巡って、時が経てばこの想いは風化するのかな?
まるで夢を見ていたみたいに、朧気に思えるの?
だとしたらその時が、一刻も早く来てほしい。
息をするのもしんどいほど、毎日ルイスさんの影を探してるのに。
この世界にいるはずがないってことくらい、わかっているのに人混みの中で彼の鮮やかな紺碧の髪を探してる。
言葉につまって泣き出した私は、先輩にとって厄介でしかないよね。
気まぐれで理由を聞いてみれば、相手がまともに答えないで泣き出すし。
迷惑以外の何物でもないよ。
「……っご、めんなさ…………っ」
謝りたくても、嗚咽で最後まで言えないのがもどかしい。
涙を止めたいのに勝手に流れてきて、止まる気配がないよ。
たぶんきっと先輩も、あきれてる、よね。
せめて泣き顔だけでも隠したくて、うつむいた。
「なぁ、久我。俺さ、実は結構黒いんだわ」
「……?」
急に、何の話ですか?
黒いってどういうことなの?
困惑する私をよそに、先輩は普段通りの明るい口調で話を続けた。
「ぶっちゃけ人当たり良いフリしてるけど、ただそのほうが便利なだけだし。誰でも親切にしてればウザい女共が互いに牽制しあうから、面倒事も減るし」
「……」
…………えっと、つまり。先輩は明るくて面倒見がいいけど、それは単なる処世術ってこと?
今話してるのが、先輩の本音?
「久我も、ボランティアで声をかけてただけだ」
ボランティア。そのつもりで、彼は動いていたの?
でも……。
「だとしても、先輩は優しいです。……それに、そのボランティアに私は救われました。ありがとう、ございます」
「…………ハァ」
「? あの……?」
どうして、ため息なんか?
顔を上げると、あきれた目が私に向けられてた。
「本当、変だわ久我って。そこで礼言うか? 普通言わないだろ」
「え? そう、ですかね?」
キョトンとしてしまって、先輩に対して首を傾げる。すると先輩は目が合うと、自分の髪をクシャリと乱雑に混ぜた。
「だからか知んねーけど、調子狂うんだよ。あんたに見られてないのが」
「……」
こっちの世界に戻ってから、私は先輩を目で追うのをやめた。むしろ、視界に入れるのを避けるようになってた。
だって、先輩を見ると、嫌でも思い出してしまうから。
あの世界においてきた、ルイスさんを。彼に対する、私の感情も。
先輩は悪くない。悪いのは全部、私自身。
「そこらにいる女共と同じ、ただの背景だと思ってた。けど、久我からの視線がなくなって、初めて気になった。他の奴らのときは、一度だってなかったっつーのに」
「え……?」
迷惑なだけだったと思うのに、違うの?
私の視線がなくなって気になるって……。
「どうして、ですか?」
真剣な表情の先輩と、視線が絡んだ。
先輩がこんなに真剣な目をしてるのは、以前見学したバスケの試合の時くらいしか見たことがなかったはずなのに。
それなのに何故今、彼の視線の先に私がいるのかな?
「あんたはもう、俺じゃない誰かを好きなんだと思うけど。絶対にいつか、また俺に振り向かせてみせるから」
「!?」
それは間違いなく、宣戦布告だった。
明るく爽やかな憧れの先輩像の外面を自ら剥いで、彼は不敵に微笑んだ。
「覚悟しろよ? すぐにまた、夢中にさせてやっから」
不遜にふてぶてしく言い放つ先輩の顔に、この世界にはいない彼の面影がちらついた。
ルイスさんにも以前、似たようなことを言われてたような。
――『覚悟しろよ?』
そう、彼の部屋で話した時。あの時の言葉が、ふいに脳内で再生された。
今の先輩と同じ表情を、あの時のルイスさんもしていた。
「……期待せずに、待ってます」
きっと、ルイスさんへの恋心を消すのは難しい。
すぐには消えないだろうし、消したくなんてない。
だけどこの痛みを、ずっと背負っていくのには苦しすぎて。溺れるみたいに、呼吸すらできなくなりそうになる。
しんどくて、何かにすがりたかった。
もう終わったことだって割り切れて忘れられたら、どんなに楽なのかな。
このまま先輩に流されたほうが、絶対に気持ちが軽くなるはずなのに。それをしてしまうと、ルイスさんと過ごしてた日々も、全てがなかったことになってしまいそうで。
…………だけど。だけどそう、いつか。
私に彼のことを忘れさせてほしい。
覚えてるだけのままだと、辛いだけだから。
――だから、ここから改めて。もう一度、始めましょうか、先輩。
私達二人の関係を。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
乙女ゲームの正しい進め方
みおな
恋愛
乙女ゲームの世界に転生しました。
目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。
私はこの乙女ゲームが大好きでした。
心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。
だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。
彼らには幸せになってもらいたいですから。
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない
白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。
女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。
佐藤サトシは30歳の独身高校教師。
一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。
一年A組の受け持つことになったサトシ先生。
その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。
サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される
clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。
状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる