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◇第四章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本心はどこにありますか?
第二十二話 「好き、ですよ?」
しおりを挟む忌々《いまいま》しそうに今は見えなくなったハーヴェイさんが消えた方向を、レイモンドさんはジッと見る……ううん、睨《にら》んでる。
私の位置からは横顔しか見えないけど、よっぽど怖い顔してるみたい。だって人がまた私達を遠巻きにしてるから。
こっちをうかがってる通行人のヒソヒソ声が、気になるよ。
「あなたも!」
「っ!? ぁ、はっはいっ!?」
ビックリした! 急に私のほうに怒鳴ってくるなんて思わなかったよ。
飛び跳ねて少し間が空いたのを、レイモンドさんが距離をつめてくる。
「何故フラフラとルイスについて行かないのですか! 幼子ですか!?」
「……?」
『ハーヴェイさんについて行くな』って言いたかったのかな?
そういえば、レイモンドさんは言おうとしたことがあべこべボックスのせいで正反対の言葉になっちゃうんだっけ。
「私は心配などしていますよ、ええ! ですが、周囲にどのような影響を及《およ》ぼさないのかくらい、省《かえり》みずにいてはいかがです!?」
「……」
言いたいことはわかるけど、全く違うセリフになってるよ。でも、指摘すべき?
迷っているうちに、レイモンドさんの文句を次々言い募《つの》ってく。
「あなたの利発さには感心しました。少しは愚《おろ》かになられたらどうです?」
「…………」
文句が褒《ほ》め言葉に……。絶対バカにされてるってことは強い口調からわかるのに。
こう、なんでだろう。新種の一人漫才を観覧してるみたいな気分。レイモンドさんにしたら全然ふざけてなんかないだろうけど。
いい加減、教えたほうがいいのかな……? レイモンドさんの剣幕に周りの人達のざわざわも悪化してるし。
唇を動かしてまごついてたら、私の微妙な表情に気づいたレイモンドさんと目が合った。
……我に返った、のかな? わざとっぽく咳ばらいをされたんだけど。
「私から解放されて、さぞや楽しかったでしょうね?」
あ、元に戻った。……っていうよりも、心がけて直ったっていうのが正しいのかな。
嫌味をサラッと言うのも、レイモンドさんらしいよね。
だからってその発言は聞き流せたりできないけど。レイモンドさんを忘れて楽しんでたりなんかしないに決まってるのに。言いがかりにもほどがあるよ。
「そんなことありません」
「でしたら、その手にある物は?」
「! これは……っ!」
私が持ってるこの石のこと?
すっかり存在を忘れててレイモンドさんに言われて思い出したけど、そういえばずっと持ったままだっけ。
もしかして、これを試してたから気楽だったとでも言いたいの?
「ルイスからの物ですよね?」
「違います!!」
「は?」
瞬時に否定しちゃったけど、それが余計にレイモンドさんの不信感を煽《あお》ってるみたい。
とっさに反射で答えたのは、誤解なんてされたくなかったって気持ちが強く出たのかも。
だって、何が悲しくて渡したい相手に、マイナスなとらえ方をされなきゃいけないの?
誰だって、そんな勘違《かんちが》いされたくないに決まってる。
レイモンドさんは、不審そうに私を観察してる。彼が端的に、だけど嫌味てんこ盛りの皮肉とかを吐き出すのは時間の問題だよね。
それは遠くない未来の話だって、予知能力なんてないけどわかる。
ヘの字に曲がった彼の唇が動き始める。
「だとしたら――」
「わ、私は!」
どうしよう、必死すぎてレイモンドさんより先に何か言わなきゃって思って……! でも、何を言ったらいいの!?
でも、このまま黙ってても何も変わらないよね。むしろ、もっと誤解とかされたりなんかしたら、ますますややこしくなりそう。
覚悟なんてできてない。だけど、レイモンドさんから勘違いされたままのほうが、もっと嫌。
身体の向きを変えて、正面から彼を見上げる。モノクルの奥にある彼の新緑の瞳が、怪訝《けげん》そうに私を見つめ返してきた。
両手を伸ばして、レイモンドさんの顔の近くにその花を差し出す。
震える手のひらにのってるのは、ちっぽけでありふれた、カーネーション。オパール色の出来損ないみたいな色だけど。
それでも、私の精一杯の気持ちだから。
「私は! レイモンドさんに、渡そうと思って……!!」
断られるのは、すっごく怖い。ほぼ100%、容赦《ようしゃ》なく『いらない』って言われると思う。
でもせめて。前を向いて、レイモンドさんをキチンと見て、渡したい!
私があの時、レイモンドさんのことを選んで思い浮かべた理由は、自分だってわからない。
だけど、それでも私はあなたに渡したいって、そう思ったから。
適当な気分で他の人になんて渡せないよ。これは、たぶん私の感情の一部なんだから。
目を見開いたレイモンドさんは、ただその花を見つめてた。
「――あなたは」
「……はい」
「あなたは、これを私に渡さないのですか」
どうして、そんなに信じられない物を見るみたいにしてるの? それとも、私が嘘を言ってるのか疑ってる?
……ううん、そういう感じじゃないよね。言うことに気を配れないほど、呆然《ぼうぜん》としてる?
でも、レイモンドさんが無意識に呟《つぶや》いた言葉の本当の意味は、わかるよ。
「……はい。私は、レイモンドさんに渡したいんです。受け取って、もらえますか?」
「…………」
どれくらい経ったのかな? 沈黙が長く感じたけど、実際は数秒くらいしか時間が過ぎてないのかも。
暑くはないはずなのに、汗がじんわりにじんできて、手のひらが湿ってきてる。
レイモンドさん、何か言ってほしいよ……?
「あなたは、私のことが好きなんですか?」
「え………………え!?」
突然なに!? レイモンドさんってば、何を聞いてるの!?
あわあわして目を泳がせてたけど、逃げ場なんて当然なくて。
……って、あれ? レイモンドさん、まだぼんやりしてる、の?
じゃあ、今の『好き』は、『嫌い』って言葉が反対に出たってことかな?
ということは、レイモンドさんは「自分のことが嫌いじゃないのか」って聞きたいってこと、だよね?
……うん、たぶんきっと、そう。
「はい。好き、ですよ?」
「は?」
って、違う!? 思いのほか混乱してたせいで、そのまま返しちゃったけど!
そうじゃなくて、今のは「嫌いじゃないです」って返すのが正解だよね!?
これじゃ、なんだか……なんだかちょっと、違うよね…………!?
その証拠に、レイモンドさんがビックリした表情で固まってるよ!
「ちがっ……違います! いえ、あの、嫌いだってことじゃなくって! つまり、違うわけではないんですけど、違って! 好きっていうのは好きで、あの、その……!」
「落ち着きなさい」
冷静なツッコミ!? むしろレイモンドさんのほうが、今は私よりしっかりしてるよね? 言うことだってあべこべじゃなくなってるよ!?
その深いため息はなんですかっ? もしかしなくても、呆《あき》れからきていますか!?
「あなたの脈絡のない発言には驚かされます」
「っ! す、すみません…………」
返す言葉もないって、このことだよ。ううん、むしろ穴があったら入りたい? ここで地面に穴を掘って埋まっててもいいかな。もしくはどこかに隠れてもいい?
顔から発火しそうな勢いで、暑くなってるよ! 恥ずかしくてつらいなんて体験、したくなんてなかったのに!
なんで私ばっかり、こんな思いしなくちゃいけないのかな……!?
ああもう、混乱して、頭も真っ白で、何を言ったらいいのかわからないし、ええと、その!
「っレ、レイモンドさんはっ! レイモンドさんは、どうなんですか!? 私のこと、好きなんですか、嫌いなんですか!?」
「!? な、何を言ってるんですか!?」
本当だよね! 何言ってるのかな私! レイモンドさんもギョッとしてるよ!
でも仕方ないよね、もう何も考えてないというか、思いついたそばから聞いちゃったというか!
というよりそんなの、聞く前からわかってるのに。どうして自分自身を傷つけるようなことをわざわざ聞いちゃったの!?
「嫌いだから、これだってもらってくれないんですよね! わかってます、知ってますよ!」
「そんなこと一言も言ってますが!?」
それってどういうことなの!? それとも、もしかしかしてレイモンドさんまで私につられてまた混乱してるのっ?
会話が滅茶苦茶でかみ合ってくて、レイモンドさんが言いたいことはなんとなくわかるようでわかんなくて、モヤモヤするよ!
「だったら、もらってくれるんですか!」
「いいえ!」
断固拒否!?
ここまできっぱりノーは、いっそ清々しいくらいだけど、私にとってはムカムカが増すだけなんだけど!
「やっぱりもらってくれないんじゃないですか!」
「~~っ! ですから!!」
鋭い目つきで睨《にら》まれた。レイモンドさんの手が、伸びてきて――
「っ!? え……!?」
「ですから! もらいません!」
レイモンドさんの指先には、緑色の花の石がつままれてる。手の上にあったはずなのに、どうしてレイモンドさんが持ってるの?
「私は……あなたのことが好きだなんて言っています」
「!? え、ええ!? あれ、あの、ええと……!?」
「っ!? はい、そうで…………ッチ!」
激しい舌打ちと一緒に、レイモンドさんがモノクルの位置を直してる。
好きって、好き!? え、ええ!?
ううん、ちょっと待って! レイモンドさんは今、反対の言葉を言うはずで、だからさっきのは。
ただ単に、改めて力強く嫌いだって言いきられただけ?
思うように言えないのがもどかしいみたいで、レイモンドさんはイライラしてる。眉を寄せて、いつもより気難しそうな顔。
嫌いだって、言われたはずなのに。どうして、レイモンドさんは私の手から石を持っていったの?
「……」
「もう行きますよっ!」
「あ……は、い」
肩を怒らせてスタスタ歩き出すレイモンドさんに、今度ははぐれたりしないようにしっかり後に続く。
横に並んで見上げたって、レイモンドさんはムスッと黙りこんだまま。説明なんてしてくれそうにない。
――『あいつ、動揺した時にモノクルいじる癖《くせ》あるんだよ』
ふいに、ハーヴェイさんが言ってた言葉が浮かんだけど。
もしかしてさっき、レイモンドさんが本当に言おうとしたことって。
「……っ!」
思い当たった瞬間、いったん引いたはずの頬の熱がカァッと戻ってきた。
『嫌いだなんて言ってます』、じゃなくて。『嫌いだなんて言っていません』?
……もしかして、そう、なの?
好きと嫌いで、どっちかと言えば好きって言われた程度のことだって、わかってるけど。
…………でも。
どうしよう、すごく。すごく、嬉《うれ》しい、かも。
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