ミスキャスト!

梅津 咲火

文字の大きさ
137 / 164
◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第二十九話  「私、レイモンドさんのことをわかるようになりたいです」

しおりを挟む
 レイモンドさんの乱心とも言うべきような、あの出来事。仮に「あーん事件」って名付けたいと思う。
 あれは、予想外に尾を引いた。主に、私に対して。

 例えば、普段の仕事中にふいに思い出して慌てたり、ぼうっとしちゃうことだってあった。
 なによりも、レイモンドさんの近くにいると、若干ぎこちなくなったりとか距離をとるようになってしまってる。
 ……だからって、お見舞いに行かなくなるのもあからさますぎて、毎日顔を見には行ってたけど。

 態度が変わった私を見て、レイモンドさんは不快に感じるかと思いきや、何故か満足そうに頷いてた。
  気になって聞いてみたら、「ようやく男性に対しての警戒心が芽生えましたか」だって。
 余計なお世話すぎないかな!? そもそも、レイモンドさんのせいなんだからね!?

 ともかく、仕事もせずに安静にしてたレイモンドさんは順調に回復していった。
 そして、風邪を完治した日の朝食時。

 ジョシュアさんの口から、特大の爆弾が落とされた。

「レイモンドの専属使用人に、リオンを就《つ》けたいのだが、どうかな?」
「は?」
「え?」

 私とレイモンドさんの短い疑問の声が重なった。
 何かの聞き間違い? 専属使用人とかなんとか、聞こえたような気がしたんだけど。

 目の前で朝ごはんのパンをちぎりながら、ジョシュアさんは爽やかに笑う。まるでコーヒーのCMのシーンみたいな優雅さがあるね。

「おや? 聞こえなかったかい? レイモンドの専属使用人をリオンにしたい、そう告げたのだが」

 聞き間違いじゃなかった……!?
 思わずギョッとして言い出したジョシュアさんを観察してみたけど、どうも冗談のつもりではなさそう。

 夢とか聞き間違いじゃないか確認するために、ソッと横目でレイモンドさんを見る。
 あ、現実だ。レイモンドさんが朝から眉間のシワを寄せて見事な山脈を作ってる。ナイフとフォークを持ってた両手を下ろしたのは、完全にこれから問いただすためだよね。

「寝ぼけているのでしょう。セバス、桶《おけ》にたっぷり水をくんで、父様にかけてやりなさい」
「あら! レイちゃんたら、冗談も言えるようになったのね? ステキよ! 以前のすました態度よりずぅっとかわいいわ!」
「ハハハ、そうだな。アンジェの言うように、ずいぶんと肩の力が抜けたじゃないか」
「黙りなさい、この色ボケ夫婦」

 朗《ほが》らかな二人の会話を見事にピシャリとはねのけてる。当然と言えば当然だけど、レイモンドさん機嫌悪いね。
 段々暖かくなってきたと感じてたはずなのに、今は寒気がするくらい。原因は間違いなく、場を威圧してるレイモンドさんの怒気のせいだ。

 こめかみにうっすら血管を浮かばせながら、レイモンドさんはモノクルをかけ直した。

「一応、言い訳に耳を貸しましょう。そのような結論に到《いた》る動機はなんですか」
「元々、専属使用人をつける予定ではあったんだよ。お前の立場上、一人もお付きがいないのは効率を鑑《かんが》みても、体裁も悪い」
「無駄な気を回さないでいただきたいのですが? 私は一人でもーー」
「その結果、近頃伏《ふ》せていたのはどこの誰だったか、聞いてもいいかい?」
「……」

 うわぁ。レイモンドさんが見事にやり込められてる。ブスッとあからさまに不服極まりないって表情なのに、言い返せないみたい。
 口を固く結んで、ヘの字に曲げてる。

「これは、多面から考えてのことだ。お前はしきりに専属使用人を渋ってはいたが、今回の件を契機にとらえてね」
「自己管理が至《いた》らなかったことは、認めましょう。けれど、このようなことはそうそう起こるものではーー」
「私は予防がしたいのだよ。誰が好んで息子の苦しむ姿を見たいと望むかい?」
「……」

 口を挟《はさ》んだそばから、レイモンドさんの意見は却下された。
 ニコニコ笑ってるのに、すっごく押しが強いんだけど。ジョシュアさん、今回のレイモンドさんが倒れたことに対して色々と文句があるみたい。

 レイモンドさん自身も、ジョシュアさんの発言が心配からくるのが大きいってこともわかってるのかな。文句は言うけど、強くは反抗してないのがその証拠だと思う。

「言わばリオンは抑止力だ。お前が無茶しないための、ね」

 え。ええ!? 私!?
 思わず叫びそうになったのを、なんとかこらえたけど。意味がわからないよ。

 抑止力ってなに!? 私が、レイモンドさんにそんな影響力なんてないはずだよね?

 レイモンドさんも思うところがあるみたいで、目をさらに細くしてジョシュアさんの様子を一瞬だって見逃さないように観察してる。

「……彼女がそうなり得るとでも?」
「少なくとも、無下《むげ》にはできないだろう? お前は、この子を気に入っていることは、屋敷内の者の周知の事実だ」

 え、ちょっとまた聞き逃せない発言がありましたよね!?
 レイモンドさんが私を気に入ってる? それもそのことが屋敷の人達が知ってるって……!?
 最近変な感じで生暖かい視線がやけに飛んでくるな、とは感じてたけど。もしかしてそれが原因なの?

 ううん、そもそもそんなのって皆の思い違いじゃないの? レイモンドさんはたぶん私のことなんて嫌いじゃないだけで、気に入ってるわけじゃないと思うのに。

「……あなたは?」
「っは、はい? なんですか?」
「あなたはこの件について、どのように考えているのですか」

 レイモンドさんに聞かれたから、考えてみる。
 私は……。

「ビックリしました、けど。それ以外、特には?」
「は? 賛否のどちらもないのですか」

 私の返事に、レイモンドさんは不服そう。でも、それ以外言い様がないよ。

「賛成とか反対より、仕事もわかってないのに迷惑をかけてしまう可能性のほうが浮かんで……」
「あなた自身の仕事に関しての苦言はないと? 例えば、常に私と行動を共にする羽目になる点についても言及はしないということでしょうか?」
「? レイモンドさんと一緒にいることについてですか?」

 それは専属使用人になるんだから当然じゃないのかな。どうしてそれを改まって指摘する必要があるの?
 不思議で思わず首を傾げたら、レイモンドさんの眉間のシワの量が3割増しになった。何故。

 彼が意図するところはわからないけど、とりあえず素直に答えとこう。黙ってても機嫌を悪くさせるだけだし。

「いえ、それもべつに何もないですよ? ……あ、なるべくレイモンドさんの目障《めざわ》りにならないように気をつけますね」
「!? …………ハァ」

 え、何? その特大のため息。いかにもあきれたって言いたそうな視線までついてきてるよ?

「あなたという方は。何故そのような発想にいたるのです。私が尋《たず》ねたかったこととは全く異なるのですが」
「? 違うんですか?」
「……まぁ、半分は合っていましたが」

 ? 合ってたの?
 それにしては、レイモンドさんの表情が渋いんだけど。

「それならどうして、そんな不機嫌そうな顔をしてるんですか?」
「……べつに、あなたが気にとめる必要などありません! ええ、全くもってありませんとも!」
「? そう、なんですか?」

 クワッと気迫を込めなくてもいいのに。レイモンドさんが嫌がるなら、必要以上のことは深堀しないよ。
レイモンドさんの心境がわからなくて混乱していたら、クスクスと笑い声が聞こえた。

「ふふ……レイちゃんったら、昔からカワイイわ! 照れ隠しするときのクセも変わらないなんて!」
「そうだな、アンジェ。それでいて、本人は隠した気になっているのだから、堪《た》らないよ」
「うっうるさいですよっっ!! 黙りなさい、そこのバカップルが!」
「照れ隠し?」

 え、そうなの? でもレイモンドさんがどもって制止しようとするってことは、そうなんだよね?
 ……たしかに、ちょっとだけ耳が赤くなってるような? それに、モノクルも片手でいじってるし。

「そうなんですか?」
「っ!? あ、あなたまで何を聞いてくるのですか!?」

 いや、だって本人に聞くのが一番かなって思ったんだけど。
 度肝を抜いた様子で、レイモンドさんは身体を少し引いた。普段の堂々とした態度とは違って、戸惑ってるって丸わかりの表情に、目も忙《せわ》しなく泳いでる。

 看病しに行ったときにも、うっすら感じてたけど……もしかして、レイモンドさんって。

「意外と、顔に出るタイプ?」
「はぁ!? そのようなわけがないでしょう!?」
「あら、うふふふふ」
「おや、バレてしまったようだよ? レイモンド」
「ですから、あなた方は! 口をはさまないでいただけますか!?」

 頭の中で、キャンキャンって吠《ほ》えて威嚇《いかく》する柴犬《しばいぬ》が浮かぶよ。
 声を荒げていかにも怒ってますって険《けわ》しい表情なのに、全然怖くなんてない。

 前までは、レイモンドさんが考えてることが全然わからなかった。怒ってるか厳しそうな顔ばっかりしてるって思っていたけど。見方を変えてみたら、少しだけわかったかも。

 彼の顔から感情を読み取るのは、きっとコツがいるだけ。慣れたら、レイモンドさんのことをもっとわかることができるようになるんじゃないかな。

「……もっと私、レイモンドさんのことをわかるようになりたいです。だから……さっきのどっちでもいいって発言は、取り消させてください」
「は? 私の、ことを?」
「はい」

 つっかえながら聞き返してきたレイモンドさんに、頷いてみせる。
 うん、決めた。私はもっと、レイモンドさんのことが知りたい。

「専属使用人の話、受けてもいいですか?」
「!? は、何をあなたは言い出しているのですか!?」

 まっすぐ見上げて、レイモンドさんの顔を見つめた。
 焦ってるっていうことくらいは、わかる。でも、彼がこの話に乗り気かどうかなんて、わからない。

 だから、もっとレイモンドさんと関わって、彼のことを深く知りたい。
 もう二度と、勘違いなんてしたりしないように。

 視線が合ったと思ったら、パッと一瞬で外されてしまった。そっぽ向かれたら、ますます表情なんて読めないよ。
 それでも、細くてしなやかな彼の指が、その鼻にかかってるモノクルを動かす音が聞こえた。

「……勝手になさい」
「! はい! よろしくお願いします!!」

 前に言われたことがある言葉なのに、こんなにも違う。
 同じ言葉でも、今回はすっごく嬉しい。

 心が緩《ゆる》んでつい笑ったら、レイモンドさんに横目で睨《にら》まれた。

「せいぜい、足を引っ張《ぱ》らないようになさい」
「はい」

 まだまだレイモンドさんのことは、わからないことだらけだけど。
 きっとこれは、照れ隠し、だよね?
 
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

乙女ゲームの正しい進め方

みおな
恋愛
 乙女ゲームの世界に転生しました。 目の前には、ヒロインや攻略対象たちがいます。  私はこの乙女ゲームが大好きでした。 心優しいヒロイン。そのヒロインが出会う王子様たち攻略対象。  だから、彼らが今流行りのザマァされるラノベ展開にならないように、キッチリと指導してあげるつもりです。  彼らには幸せになってもらいたいですから。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

サトシ先生は美しき十代の乙女に手を出さない

白神ブナ
恋愛
高校一年一学期から三年三学期まで続く長編です。気になるサブタイトルを見つけて途中からでもお楽しみいただけます。 女子校あるあると、先生あるある、受験あるあるを描く学園恋愛ドラマ。 佐藤サトシは30歳の独身高校教師。 一度は公立高校の教師だったが心が折れて転職し、私立白金女子学園にやって来た。 一年A組の受け持つことになったサトシ先生。 その中の一人、桜井美柑はガチでサトシ先生に恋してしまった。 サトシ先生は、桜井美柑という生徒の存在を意識してしまいつつ、あくまで職務に忠実であろうと必死に適度な距離を保とうとするが……

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...