ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第三十九話  「首輪です」

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「到着いたしました」

 緩やかに馬車が速度を落として、完全に停まった。
 扉がゆっくりと御者の人の手によって開かれる。

「ご苦労。帰りもよろしく頼むよ」
「承《うけたまわ》りました」

 うわぁ貴族っぽい。ううん、貴族なんだっけそういえば。距離感が近すぎてつい忘れちゃうけど。
 私のすぐそばにある馬車の小窓から外を覗き混んで、一瞬呼吸することを忘れた。

「綺麗《きれい》……」

 星みたいに夜の暗闇でも輝く外灯。それに照らされて浮かび上がるのは、白磁のような外壁。いくつもとがった先端があったり、窓の配置一つにもこだわりが感じ取れる。
 城を囲んでる生け垣も、バラが鮮やかに咲いていた。

 なんだかこういうのを見ると、改めてファンタジーな世界だなって思う。

「何を固まっているのですか。日頃街中でも散々見たでしょう」
「そう、ですけど。改めて間近でじっくり見たのは初めてで」
「うふふ、レイちゃんも初めての登城は驚いてたわねぇ。懐かしいわ」
「っ! それは! ……そうですけれど」

 ジョシュアさんの手を借りながら馬車を降りるアンジェさんに指摘されて、レイモンドさんは言葉をつまらせた。

 レイモンドさんも実の母親にかかったら形無しですね。でも、ちょっとその内容を聞いてほっこりしたかも。
 きっと小さい頃のレイモンドさんも生真面目だったのかな? それとも、案外ヤンチャだったり?

「こら、懐古《かいこ》するのも悪くないがね、レディをエスコートすることを優先するように」
「?」
「……」

 よくわからなくて、横にいるレイモンド見てみる。眉を寄せて、不機嫌そうに口をわずかに歪《ゆが》めてる。
 この様子だとレイモンドさんはジョシュアさんが何を言いたいかわかるみたいだけど……?

 レイモンドさんが無言のまま、身を屈《かが》めて馬車を降りていく。

 ……私も降りなきゃ。緊張もして震えるし、足なんてヒールも高いからまともに歩ける予感ないけど! 
 でも、この日のためにマナーはしっかり学んだから大丈夫! ……だと思う。思いたい、かな。

 心なしかフラッと立ち上がったのはご愛嬌ってことでなかったことにしてほしい。馬車から降りたら私はお嬢様、馬車から降りたら私はお嬢様……よし!

「何ですか今の珍妙な呪文は。呪いでもかける気ですか」
「違いますよ! 緊張してるだけです。レイモンドさんだってわかっていますよね!?」

 言い返したら鼻で笑われた。なんでですか!

「レイモンドさんは慣れてるかもしれないですけど、一般市民の私なんてこんな機会滅多にありませんから! 動揺くらいしたって目をつむってください!」

 普段はレイモンドさんに思いっきり言ったりしないけど、緊張のしすぎでそこまで気が回らないよ。
 結構本音でズケズケ言っちゃってるのに、レイモンドさんが気分を害してる様子はないみたい。
 むしろ、唇の端を少し上げて、緑色の目が一際輝いてるように見える。嬉しそうっていうほうがピッタリのような……?
 どうせ、私が怒ったって怖くないって思ってるんだよね!?

「そんなムスッとするものではありませんよ」
「誰のせいだと思ってるんですか!?」
「私のせいでしょうか」
「やっぱりからかってるじゃないですかぁ!」

 おちょくられても余裕ないから怒りが静まらないんだけど!
 楽しそうに私を眺めてるレイモンドさんとの温度差にますます腹が立つぅううううううううう!!

「さて、気も済みましたので。そのくらいにしましょうか。それよりも、手を出しなさい」
「なっ……!?」
「早く」

 さ、逆らえない……。レイモンドさんから吹っ掛けてきたのに、気まぐれすぎませんか?
 文句を言えたらいいけど、雰囲気をガラッと変えられたらそんな口を挟ませないぞって態度で語られてる……。
 わかりましたよ、出せばいいんですよね? 出せば。

 手のひらを上にして、レイモンドさんのほうに差し出した。これでいいのかな。

「……ハァ、あなたはやはり何もわかってはいないのですね。察しの悪い」

 素直に言うことを聞いて、何故この言い草。何がお気に召さなかったの?

「この状況でなら、こうでしょう?」
「え?」

 手をひっくり返されて、包み込まれた。レイモンドさんの少しヒンヤリとした指先が触れて…………触れて?

「え、えええ!? あ、あああああの! レイモンドさん!?」
「やかましいですね、そのような大声で叫ばずとも、聞こえていますよ」
「そんなことはわかってます! そういうことじゃなくって、その、あの! これは、な、なんですか!」
「直前まで何を見ていたのですか。そこで観察してるバカップルを見ればわかることなど造作ないでしょう?」
「え?」

 観察? そういえば、なにか忘れてるような……。レイモンドさんの視線にうながされて、その先を辿《たど》る。

「う」

 ジョシュアさんとアンジェさんが温かい目でこっちを見てるううううううううううう!!! もしかして、もしかしなくても、全部見られてたってことだよね!?
 恥ずかしくってもう、胸をかきむしって帰ってベッドに潜って「あああああああ!!!」って叫びたいんだけど!

 そもそも、どうしてなんでそんな平気そうなんですか!

 文句を言わずにはいられなくって、レイモンドさんに向き直った。
 目に入ったのは、私ときっと同じくらいに染まった、赤い色の頬。

 思わず口を開けたまま固まってたら、レイモンドさんが空いてる方の手をモノクルにあてて、おもむろに告げてきた。
 しかめっ面で、声のトーンも低めで。でも、彼の顔色だけは、感情をあからさまに私に教えてくれてた。

「仕方がありませんから、私があなたをエスコートしましょう」

 最初は冷たく感じてた手が、段々と熱を持ってきてる。

 優しく、だけどしっかり握られてる。まるで、私を逃がさないって言うみたいに。
 そんなはず、ないのに。ただ単に、今夜のパートナーだから申し出てくれてるだけなはずなのに。それだけじゃない理由があるって、勘違いしそうになる。

 手だけじゃなく熱を帯びた彼の瞳に、ドクンと強く鼓動がなったような気がした。
 しかめっ面で私を睨めつけるのは、たぶん彼も、照れてるから?

「返事は?」
「! は、はい!!」

 義務感からだとしても、こんな夢みたいなこと、二度と起きない。好きな人と手をつないで、舞踏会に出るだなんて。物語の登場人物の一人にでもなったような気分。

 この夢は覚める。だって私は、この世界から消えてしまうんだから。
 でも、もし許されるなら、今この一時くらいは浸っていたい。レイモンドさんを、独り占めしたい。

 わがままだってわかってる。だけど、誘惑に勝てるほど、私は強くなんてなくて。
 この思い出がきっと、元の世界に戻った私を傷つけることになるって、わかっているのに。

 それでも、この手を振り払うことなんてできるはずない。

「嬉しいです……ありがとうございます」

 素直に気持ちを伝えよう。だってこの瞬間、飛び上がりたいくらい喜びで胸がいっぱいなのは本当なんだから。
 見上げて微笑んだら、ヒュッと息をのみこんだ音が聞こえた。

 レイモンドさんの顔がもっと赤くなってきてる。……なんで?
 取りなすように特大の咳払いに、モノクルの位置をいじる癖。彼自身が動揺してる証拠だけが見つかるけど、その要因がわからないよ。

「あなたは……またそのような顔をして。警戒心はどこへ置いてきましたか」

 また警戒心うんぬん? だから、レイモンドさんの言ってる「そんな顔」もわからないよ。

「やむを得ませんので、今夜は付き添ってずっと監視していたほうがよろしいようですね」
「……それって舞踏会の間、ずっとレイモンドさんが傍にいるってことですか?」
「何か文句でも」
「いえ、そんなまさか!」

 文句なんてあるはずない。私にとっては、願ったりかなったりでしかない。
 思わずだらしなく頬が緩《ゆる》んだりしないように、つないでない方の手で押さえとく。

「こんなの、ぜいたくすぎるよ……」
「っ!? そ、それよりもほら、行きますよ! ……これ以上こちらの気を乱されてはたまったものではありません」
「え!? あ、わっ!?」

 レイモンドさんに優しく、だけどその場にいれないほどには手を引かれて、馬車から降りた。


 ◇◇◇


 キラキラ。キラキラ。
 上空のシャンデリアの光を反射して、あちこちが輝いてる。

 磨き抜かれた食器、透明感のある繊細なグラスが、三ツ星レストランにも出てきそうな料理を際立たせてる。
 女性は色とりどりのドレスに鮮やかな宝石をアクセサリーとして身につけて。男性は白いタイや、宝石を使ったカフスにネクタイピン、金属と艶のある木でできてる杖がまぶしい。

 視界がにぎやかでチカチカしそう。どれもこれもが発光してるように私には見えるよ。

「それでは、私達は先に行くよ。しっかりエスコートをするんだよ、レイモンド」
「二人とも良い夜を送りなさいな」
「言われずとも、承知しております」

 え、ちょ、アンジェさんもジョシュアさんも行っちゃうんですか!?
 あっという間に人混みに紛れちゃって、どこにいるのかもうわからないよ……。

「そのような迷い子のような表情はやめなさい。ここは戦場なのですから」
「……やっぱり、レイモンドさんにとってはその認識なんですね」
「当然でしょう」

 何か問題でもって感じで見下ろさせたから、首を振ることで答えとく。舞踏会初参加の私より慣れてるレイモンドさんの意見のほうが正しいんだよね。……たぶん。

「それよりも……ちょっと首を貸しなさい」
「え」

 「討《う》ち取ったりぃいいいいいいいい!」と、戦国時代の将軍が私の頭の中で叫んでる。
 うん、そうじゃない。たぶんだけど、そのイメージだけは違うと思う。

 目を開けたまま固まっていたら、レイモンドさんが慌てて咳払いを一つした。

「いえ、この物言いは不適切ですね。後ろを向きなさい」
「後ろ?」

 レイモンドさんに背を向けるってこと?
 とりあえず合ってるかどうかわからないけどそうしてみよう。

「そのまま」

 動かないでいればいいんだよね?
 ジッとしていたら、金属が擦《こす》れる音が微かに聞こえた。

「失念していましたが、屋敷で渡す予定だった物です」
「これって……」

 首回りに少しだけ重くなったのを感じた。胸元を見下ろしたら、レイモンドさんの瞳みたいな深い緑色の宝石が私を映してる。
 さっき見た色々な装飾品より、輝いてるように見える。

「首輪です」
「!? 首輪!?」
「失礼、間違えました。護身用です」
「……どちらにせよ、物騒というか、表現として適してない気がします」

 見るからに高そう。え、というより、宝石が大粒過ぎないかな……? こんなの舞踏会の間つけてるの?
 なくさない、傷つけない、奪われない。うん、気を付けなきゃ。

「必ずお返しします」
「何故そのような覚悟を決めた顔をしているのですか。そもそも、それはあなたに差し上げる品です」
「え」

 ……ちょっと待って。ちょっと待ちましょう。
 恐る恐る振り返ったら、私の様子を興味深そうに眺めてる彼と目が合った。

「これを……?」
「ええ、それを」
「!? い、いいいいりません! 私、こんな高いのもらえないです!」
「……あなたならば、そう言うと思っていましたが、予想通りでしたね」

 フッと表情を崩《くず》して笑ってる。
 最近見慣れた彼の笑顔は、やっぱり心臓に悪い。見るたびにドキドキしちゃうほど、魅力的すぎるんだよね。
 ……? 一瞬周囲がざわついたような……? 気のせいかな?

「男性からの贈り物をそう無下にするものではありません。とはいえ、誰彼構わずいただくというのも考え物ですが」

 たしかに、贈ってくれたレイモンドさんに悪いっていうのもわかる。だけど……物が高価すぎて。「はいそうですか」ってあっさり受け取ることもできないんだよね。

「では、それはお返しということにしましょう」
「お返しですか?」
「ええ、花祭りのときにあなたからいただいた、カレイドストーンの礼に」

 そんなこと言われても……。だってあれって、半分押し付けちゃうみたいに、うやむやな感じで渡したのに。
 それにそもそも、単に私がレイモンドさんに渡したかっただけだし。

「不満そうですね」
「だってあれは、お返しがほしくてしたわけじゃないのに。こんなにすごいの、いただくのは忍《しの》びなくて……」
「あげると言われたのですから、すぐに首を縦に振ればよいというのに。あなたも随分可愛げのない難儀な性格をしていますね」
「……悪かったですね」

 どうせ、可愛げなんてありません。でもこういうのをホイホイもらっちゃうほうがどうなの?

「いいえ、悪いとは一言もいっていませんが」

 また得意の皮肉? それとも嫌み?
 レイモンドさんの様子をうかがってみたら、さっきと同じように笑ってる。

 機嫌を害してるわけじゃなく、むしろ嬉しそう。嫌みを言いそうな雰囲気でもなさそう。

「では、私のために受け取りなさい」
「レイモンドさんのため、ですか?」
「ええ、虫除けに身に付けてください」
「……これ、こんなにオシャレなのに防虫効果でもある魔道具なんですか」

 わざわざ外注したの? 屋敷でそういえば虫がどうのって言ってたよね。

「…………あなた、たまにとんでもなくポンコツになりますね。面倒なのでその認識で結構です。ええ、特大の害虫が出るので肌身放さずにいなさい」
「…………」

 えええ? でも、私を虫から守ることがレイモンドさんのためにどうつながるの?
 しかも、その反応は私が何か間違ってますよね? 

「返事は」
「…………わかりました。じゃあ、預かってますね」
「預かる、ですか。あなたも存外、バカのように頑《かたく》なですね」

 婉曲《えんきょく》的じゃなく貶《けな》された!?
 ううん、でも仕方ないよね!? だってもらうなんて絶対言えないよ。かといって、返すって言い張ってたらいい加減レイモンドさんキレそうだし。
 妥協《だきょう》案はこれしか浮かばなかったから。

「けれど、今はその認識で良いでしょう。……では、参りましょうか」
「……はい」

 レイモンドさんから差し出された腕に、そっと手をそえる。
 ためらった素振りを見せたら、彼を傷つけちゃうかもしれない。それがわかってるから、平然と普段と変わらないフリをして。

 心臓が飛び跳ねる音が触れてる部分から伝わったりしないか不安で仕方ないなんて、レイモンドさんには見当もついてないはず。
 感情も動揺も、うまく誤魔化せてる。そう自分を信じて、私達は舞踏会の会場の奥に足を進めていった。

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