ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第四十話    「全く、あなたからは目を離せませんね」

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 舞踏会を軽く考えてた。
 レイモンドさんの言う通り、ここは一種の戦場だって思い知らされるのが、こんなにすぐだったなんて。

「飲み物を取ってきますので、あなたはフラフラせず、待っていなさい」
「……すみません」

 いつもだったら遠慮してすぐに辞退してたけど、それすらもできそうにない。正直、彼の提案がすっごくありがたい。
 足がおぼつかないくらい立ちっぱなしで、移動なんてできそうにないから。

 空いていたイスに腰かけて、息を吐いた。
 一息つきたいって人のために、舞踏会の会場から少し離れた場所は、こういった休憩所として開放されてるみたい。とはいっても、こんなすぐにへばる人なんてそうそういないみたいで、周りに人気はないけど。
 遠くのほうでキラキラ光ってる会場を見て、私は小さくため息をこぼした。

 会場に入ってまず起きたのは、人に囲まれること。あっちこっちから質問が飛んできて、耳がいくつあっても足りないくらい。

 レイモンドさんがほとんど答えてくれてたけど、たまに掻《か》い潜って私に直接話題を振ってくる人も少なくなかった。
 私にどうしてそんなに関心がわくのか、理解できないよ。何も有力な情報は持ってないから、ほっといてほしかったのに。

 ああでも、今この国では私は未開の島から有益な情報や技術を持ち込んだ人になってるような……? だから少しでもその恩恵にあずかりたいってこと?
 だとしても、どうして妙《みょう》に男性ばっかり話しかけてきたのかな……。レイモンドさんはレイモンドさんで取り繕ってたけど、目は笑ってなかったというか、絶対零度になってたし。

 対応もそうだけど、隣でずっとピリピリされてて少しも気が休まらなかったよ。やっぱりレイモンドさんは舞踏会が嫌いだって感じだったから、それで不機嫌だったのかも。

「気持ちはわかるけど」

 うん、すっごくわかる。
 探ってくるような瞳に、好奇心むき出しの眼差し。純粋な好意なんて、ほんの一握りで。
 もしかしたら、交友を深めたらそんなことはなくなっていくのかもしれない。だけど……そうなるまであの感情にさらされるほうが嫌。

 舞踏会に来る機会がもう二度とないことを祈ろう、心から。

 思い出したらまためまいがしてきて、思わず口からまた無意識のうちにため息が出てた。
 あとでまたあの場所に戻んなきゃいけないって考えたら、憂鬱で仕方ないよ。

「おい、平民」
「……」
「おい!」
「…………? もしかして、私に話しかけていますか?」
「そうだ! お前以外誰がいる」

 ぼんやりしてたせいか、いつの間にか、私の目の前に人が立ちふさがってた。

 偉《えら》そうに腕組みをして見下ろしてきてるその男の人は、明らかに侮蔑《ぶべつ》の眼差しを私に向けてた。
 最初から敵意むき出しなのって、社交界ではよくないんじゃないのかな……。それとも休憩所だから、無効とか?

 さっきあいさつをしたメンバーにこんな人いたかな? それとも、初対面?
 ……お、覚えてない。あいさつした人数が多すぎて、それ以前の問題だったよ……。

「何か御用ですか?」
「ビシャエンス侯爵家嫡男である俺を目の前にして、そのふてぶてしい態度……不敬とは思わないのか!」
「申し訳ありません」

 たしかに、言われてみたら片方が座ったままっていうのはよくないよね。素直に立って、この国の礼儀にのっとったあいさつをする。
 マクファーソン家のマナー講師にも認められたから、そこまで不格好ではない、はず。

 足が疲れでまだ震えるけど、そこは根性と気合で何とか耐える。

「マクファーソン伯爵家に身を預けております、リオン・クガと申します。此度《こたび》はどのような用件で、私めに声をかけていただいたのでしょうか」

 かしこまったあいさつは、何度しても慣れない。舌が噛みそうになるけど、そこは滑らかに優雅に話しかけるように心がける。
 最後に、顔を上げてわずかに微笑む。
 うん、完璧。
 
 目が合ったらその侯爵家の人が、うぐっと何かを詰まらせたような声を出した。

「お、お前は近頃時世を騒がせている商品について、関わっているようだが」

 あー、またこの手の話ですか。
 「どうやって思いついたのですか」、「ぜひ我が何とか家にも商品を優先的に卸《おろ》してください」……このどっちかが大抵この後には続くんだよね。

「光栄に思え。我が侯爵家がその知を有用に使ってやろう。伯爵家なんぞよりもな。お前の知り得る限りを寄こせ」
「…………ぇ」

 え、この人、何言ってるの? ちょっとよくわからなかったんだけど。
 ううんと、つまり、引き抜きってこと?
 侯爵家で雇ってやるから、手を貸せって?

「……身に余る光栄な申し出ですが、私は今身を寄せている場所が性に合っております。侯爵家に仕えるつもりはございません」

 口でだけお礼は言っておこう。言い争いになんてなったら、醜聞になってマクファーソン家に迷惑をかけるからね。

「は? 何を言っているのだ、お前は。私は知識を寄こせと言ったが。お前の身柄なんぞどうでもいい」
「……?」

 え? …………え?
 え、ええと、うん、つまり……引き抜きでも何でもなく、知識のみをタダで教えろってこと?

 ううん、それってちょっと、常識外れな言動じゃないかな?
 私は元の世界の知識の有無に関係なくマクファーソン家に雇われてるけど。もしこれがこの情報のみで生きている人だったら野垂れ死ねって言われてるようなものだよね?
 対価もなしに生命線を切るようなこと、誰がしたがるっていうのかな。

 たとえ対価があったとしても、首を縦に振るつもりなんてサラサラないけど。
 だって私は、レイモンドさんが相手だから頷いたんだから。真面目な彼だから、きっと情報を悪いようには使わないって信じて。

 それをどうして、信用もしてなくて態度も悪い、ロクに知りもしない人に無条件で教えることになるの? 普通に考えて、あり得ないよね?

「お断り致《いた》します」
「なっ!? わ、私が直々に声をかけてやったのだぞ! それを!」

 ゆでだこみたいに真っ赤に染まった男を見ると、ちょっとスッキリする。思わずオブラートに包まずに簡潔に返しちゃったけどいいよね。だって先に一度丁寧ていねいに断ったんだから。

 身分が大事でへりくだってる人が、この人の周りにはたくさんいるのかもしれない。
 だけど、異世界から飛ばされた私には、そんな制度関係ない。……処刑とかされたくないから、程々には考えるけど。

 とは言っても、こんなの断らないほうがおかしい。そもそもこの人、回りくどく拒絶したのに通じてなかったし。きっと、自分の思うようにいかないと嫌だっていう人なのかも。

 それよりもっと大きな、この人に私が嫌悪感を抱く理由は。

「このような平民、のほうが似合いでしょう?」

 その部分を強調して口にする。
 この人は、マクファーソン家をバカにした。それが何よりも許せない。私のことは言うように平民だから下に見るのはわかる。
 だけど、レイモンドさん達を引き出してくるなら、話は別。あんなにいい人達、他にいないのに。

 さびしくて、困ってて、行き場がなくて途方にくれてた私を救ってくれた。
 食事に寝る場所、仕事まで与えてくれて。

 ううん、それだけじゃない。異世界で独りぼっちだった私に、居場所をくれた。

 そんな人達のことをけなされて、嫌いにならないほうがおかしい。
 この人がどれほど偉いか、なんて今は関係ない。

「伯爵という地位など、関係ありませんわ。私は私自身の意志によって、あの方々に恩を返したい。その一心なのでございます」

 ですから、と言葉を続けて、意識して綺麗に見える一番の笑みを浮かべてみせる。
 決して、隙なんかあたえさせない。ケチなんてつけられないくらい堂々とした立ち振る舞いが、一番の圧力になるだろうから。

 案の定、男は私の言い知れない空気を感じ取ったみたいで、一歩後ずさった。

「あの方々の元を去るのは、あなたに決められることではありません」

 そう、それはきっと、決めるのは私。元の世界に帰るとき。
 もしくは、彼らに出て行ってくれと言われない限り。

 それまではあそこを離れるつもりなんて、全くない。
 だってここでの帰る場所は、あそこなんだから。
 
 ……いつかは、離れなくちゃいけないってわかってる。そんなこと知ってるし、わかってる。
 考えたら、胸の奥がギュッと握りつぶされたみたいに苦しくなる。けど、それはきっと、未来にある現実。

 かと言って、それをわざわざ早めたり、ましてやこの人について行く気はない。

「このっ! せっかく目をかけてやったというのに……! いいから付き従え!」
「……っ」

 目の前にヌッと伸びた腕に身構えた。もしかして、つかみかかられる……!?

「レディに手を出すとは、穏やかではありませんね。そうは思いませんか、ビシャエンス侯爵家の長男殿?」
「っ!?」

 清涼感のある声が、私達の緊迫した空気を引き裂いた。
 聞いて、肩の力が抜けたのが自分でもわかる。

「レイモンド、さん」

 さっと私の前に立った彼が、どういう表情をしてるのかはわからない。でも、侯爵家の人の顔色が変わったのはハッキリわかる。

「彼女はこの国の文化に詳しくありませんので、無作法があったのかもしれません。保護するマクファーソン家を代表して謝罪を」
「う、うむ、そこまでのことでは……」
「いいえ、彼女は当家の庇護下にあり、彼女の失態は私達の失態でもあります。当主夫妻も彼女のことは非常に気をかけておりますゆえ」

 ……なんか、すごいことを言われてる気がする。唯一《ゆいいつ》私でもわかることは、侯爵家の人があからさまに態度が変わったってこと。
 しどろもどろに目を泳がして、笑顔を引きつらせてる。

 淡々と冷静にレイモンドさんは言葉を紡《つむ》いでく。

「……して、如何様《いかよう》にされました? 事実を確認次第、正式な謝罪文を用意しなければなりません。…………彼女に非がある場合は」
「そ、そこまでのことではない! 火急の用を思い出したので、私は失礼する!」

 慌てた様子で背を向けて去っていく姿に、さっきまでの傲慢な態度は全然見えない。そそくさ逃げるって表現がピッタリなくらい。
 あまりの落差に口を開けて固まっちゃってたよ。

「それで……?」
「っ!? レ、レイモンド、さん?」

 どうしてそんな冷たい目をしてこっちを観察してるんでしょうか……?
 ちょっとだけ笑ってるのが怖いよ!?

「何故あなたは、厄介事を持ち込む性分なのですか? わずかな間でもおとなしくはしていられないのですか」
「私はおとなしくしてましたよ! ただあの人が知識を無償で寄こせとか、訳が分からないことを言い出してきただけです」

 言いがかりだし、濡れ衣! 私タチの悪い人に絡まれた被害者なだけなんですが!
 状況を端的に説明したら、レイモンドさんの目がますます細くなった。

「ビシャエンス侯爵家は最近、色事に関して大層な醜聞が露見したことで陰りがあるそうです。追い詰められた獣はどのような行動をするのか予想がつきません。あなたも、関わらないように」
「あっちから話しかけてきたのに……」
「何か、言いましたか?」
「イイエ、なんでも」

 冷気交じりの圧力にあっけなく屈した。理不尽だけど、レイモンドさんが心配から強い口調で言ってるのもわかる。
 やるせないって気持ちもあるけど、心配してもらって嬉しいって感じてもいるから。

 心配をかけて申し訳ないって感じるべきなのに、嬉しがってる私は、罰当《ばちあ》たりなんだと思う。
 だから、それを誤魔化したくなって、レイモンドさんにかすかに笑ってみせた。

「……全く、あなたからは目を離せませんね」

 フイッと顔を背けられてしまったけど、レイモンドさんの声色が優しい。
 そんな些細《ささい》なことだって、心があったかくなる。

 ――この人が、好き。

 改めてそう感じて、私は苦しくなった。

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