ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第四十一話   「逃げないのですか」

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「飲み物を選んできたのですが、ぬるくなってしまったようですね。別の物と取り替えてきます」

 告げたレイモンドさんの手には、グラスがあった。
 細身のグラスの中の液体はほんのちょっぴりだけ桃色に色づいてて、底からは小さな気泡が絶えず浮かんでる。
 こういうところのって、飲み物一つでもすごくオシャレで高そう。そう真っ先に思うのは、私が場違いなくらいの平凡な小市民だからだよね。

「いえ……それが、いいです」

 せっかくレイモンドさんが持ってきたのに、飲まないままはもったいない。彼の手からグラスを受けとるべく、手を伸ばした。
 レイモンドさんは眉をわずかに動かしただけで、あっさりと渡してくれた。ぬるくなってる、なんて言ってたけど、正直今持っているだけでもヒヤリと感じるのに。そんな気にするほどでもないと思う。

「どうぞ、あまく刺激も弱いものですから、あなたも飲めると思いますよ」
「ありがとうございます」

 口にふくんだら、パチンと口の中でいくつもの気泡が弾ける。これって、もしかして炭酸?
 この世界にも炭酸水ってあるんだ。懐かしい。
 ちょっと辛いくらい強いけど、これくらいならいける。なにより、一緒に入ってるリンゴの果実の風味が刺激を和らげてる。

 のどをスルスル通っていく感覚が楽しい。
 うん、強炭酸でも飲みやすいかも。この世界にジュースでこういうのもあるって、知らなかったよ。

 さっきまで緊張してたのもあって、ゴクゴク飲んじゃう。はしたないかもしれないけど、ここにはレイモンドさん以外姿が見えないんだしいいよね?

「いかがですか?」
「おいしいです! 使われてるのはシャインアップルですか?」
「ええ、よくわかりましたね。ご明察通り、シャインアップルをすりつぶし醸造した物になります」
「やっぱり! ……? 醸造?」
「ええ、この時期は甘みが一段と強くなりますから、それをふんだんに用いたシードルですね」

 シードルって…………なんだっけ? 何かで聞いたような?
 心のどこかで引っかかるんだけど、思い出せない。あともうちょっとってところまできてるんだけど。

 胃がポカポカしてきて、いい気分。フワッと浮き立っちゃいそうなほど、おいしいし。

「シードル、ですか?」
「ええ、シャインアップルの中でも一等熟した物を使用しているのでしょうね。芳醇《ほうじゅん》でベルベッドのように舌触りもよろしい。さすがは王宮の物というところでしょうか」
「そうですね、とってもおいしいです」

 飲み進めても飽きないジュースだよね。ほら、あっという間に飲み干しちゃって、グラスが空になったよ。

「このじゅーす、私好きです」
「は? ジュースではありませんが」
「? じゅーすじゃ、ないんですか?」
「これは、酒です」

 さけ……鮭……酒? 酒って……そっか、だからさっきからフワフワしてるんだね。

「あなた、大丈夫ですか。顔が赤いですが……呂律《ろれつ》も先程から危うくありませんか」
「だいじょうぶです! あったかくてたのしいです!」
「…………」

 レイモンドさんの眉の間に、大きいしわ。どうしたのかな?

「念のために尋ねますが、飲酒経験は」
「ありません!」

 ピッと挙手をしながら元気に返事! うん、すっごく楽しい! ワクワクして、今すぐに走り出したいくらい。
 あれ? レイモンドさんってば、なんでもっと怖い顔になってるの?

「あなた……酔っていますね」
「ええっ? よってないですよー? むしろげんきです!」
「…………酔っていますね」

 そんな疲れた表情して、どうかしたの? 飲み物の量も減ってないし。きっとレイモンドさんはこのジュース、あんまり飲んでないから楽しくないんだよ。

「れいもんどさんはのまないんですかー?」
「ええ。飲みません。悪い見本の世話がありますので」
「みほん? なんのですか?」
「飲んでも呑《の》まれるな、という先人の訓戒を体現した者ですね」
「……?」

 ううんと、難しいことを言われてる?
 さっきから深く考えようとしても、意見がまとまらないんだよね。どうしてかな?

「……とはいえ、ここにいるのも限度がありますね。他の者の目にいつ触れるかわからない状態は、芳《かんば》しくありません」
「?」
「…………ハァ、ついてきなさい。場所を移しますよ」
「どこかいくんですか?」
「その頭を冷やす場所ですよ」

 ええ、冷やしちゃうの? こんなにフワフワウキウキでいい気分なのに。

「やです、もったいない」
「いいから、つべこべ言わず行きますよ!」

 あ! ジュース! レイモンドさんに取られた!
 それを近場にあったテーブルに置いたかと思ったら、レイモンドさんに手をつかまれた。

「え、じゅーす……」
「あなたはまだ飲み足りないのですか!」

 そのまま引きずられて、部屋を強制的に出ることになった。


◇◇◇


 城の中庭は、舞踏会の夜は特別に解放してるんだって。普段は、王族とか許可があった人しか入れない。
 そう教えてくれたレイモンドさんに連れられて、中庭にきた。

 あちこちに咲いてるバラが、街頭に照らされて、色んな宝石みたい。
 すぐそばにある噴水も、人物像の彫刻が細かく彫られてる。

「きれーですね!」
「そうですね……」

 ため息なんて吐いてると、余計に疲れちゃいますよ?

「何故こうも酔っぱらいという物は、こちらの体力と精神を削るのでしょうか。あっちにフラフラ、こっちにフラフラ、まるで獣のように落ち着きがありませんでした。これではルイスの扱いのほうがまだ楽です」
「? なんですか? もういちどいってください」
「無駄ですから言いません。とりあえずあなたは当面はシードルの飲酒を禁じます」
「ええーおいしいのに……」
「やかましいです、黙りなさい」

 怒られた。なんでかな?

「そこに座りなさい」
「? はい」

 指定されたベンチに座る。
 レイモンドさんはというと、そんな私の目の前で仁王立ちしてた。

「いいですか、そもそも淑女は酒に溺れる醜態を公衆ではさらしてはなりません」
「だめ、ですか」
「ええ、でなければ社交界の話の種になるだけでなく、その身すら危うくなります」
「あぶない?」

 なんで? 悪い噂になるってことはわかったけど、危なくなるってどういうこと?

「なんでですか?」
「何故、ですって……?」

 這うみたいに低い声。そのまま、ギロッと睨まれた。

「そのようなこともわからないのですか」

 そのようなことって……わからないよ。だって、レイモンドさんが何にイライラしてるのかも、さっぱりわからないのに。
 困って、首を軽く傾ける。頭がなんだか不安定で、予想外に首が動くような。

「無防備にも程があるでしょう」
「むぼうび?」

 さっきから舌がうまく回らない。
 聞き返したら、レイモンドさんはもっと眉をつり上げた。

「ですから」

 レイモンドさんが身を屈《かが》ませてきた。どんどん近づいてきて、彼の澄んだ瞳がすぐそばに見える。
 頭の横で、トンッと軽く音がした。見てみたら、レイモンドさんの腕がまっすぐ伸びて、ベンチの背もたれにあたってる。

 視界を戻したら、レイモンドさんの顔が息がかかりそうなくらいそばにある。

「このように迫《せま》られたら、どうするのですか」
「せまられる」

 え、誰に? 初対面の私にそんなことする人、いないよ?

「何故そこで不思議そうにしているのですか」
「だって、そんなひといないです」

 ありえないのに。
 首を振ったら、思いの外世界が揺れて、体のバランスが崩れちゃった。そのままレイモンドさんの腕にもたれるかたちになる。

「!? っな!?」
「あ……ごめんなさい」

 ぎょっとした様子で固まるレイモンドさんに謝る。……あれ? 身体を起こしたいのに、力が入んない……?

「ちょっとまってください。うごけなくて……」
「…………ハァ、大方、酔って自由がきかないのでしょう。構いません、このままで」

 酔って? 何言ってるの? 私は酔ってなんていないよ。

「あなたは、本当に警戒心がありませんね。男の腕に囲まれるなど、何をされてもおかしくはないと言うのに」

 また警戒心。最近のレイモンドさんの口癖なのかな?
 この状況だって、彼からなのに。変なこと言ってるよ。

 それに、それなら今の状況ってどういうこと?

「レイモンドさんもなにかするんですか?」
「は?」

 彼の言い分だったら、何をされるの?

 見上げたら、レイモンドさんが口を少しだけ開けて、また固まってる。
 そうかと思ったら、みるみる内に怖い顔に変化してく。

「この状態で、それを聞きますか。いよいよ、あなたの危機感も地に落ちましたね」
「?」

 気になるから聞いただけなのに、どうしてそんなに怒ってるの?
 ヒヤッとしてる冷たいトーンで言われても、わからないものはわからないんだから仕方ないよね?

「ならば、教えて差し上げましょうか」

 レイモンドさんが、近づいてくる。彼の瞳が綺麗。こんなに間近に眺めることができるなんて。
 彼の息が、頬を撫《な》でる。まつげの本数まで、数えられそう。

「……逃げないのですか」
「にげる? どうしてですか」

 だって、レイモンドさんは何もしない。彼がそういうことをするタイプじゃないって知ってるから。
 第一、私はーー

「レイモンドさんなら、なにされてもいいのに」
「は?」
「……あれ?」

 私、今なんて言ったかな。何かついポロッと言っちゃったような。
 ええと……何だっけ。ダメ、ボウッとして言った言葉はうっすら思い出せるけど、何がレイモンドさんを固まらせてるのかはわからない。

「あなたは、言葉の意味を理解せずに言いましたね? いえ、無意識に発言したようですので、余計にタチが悪いです」
「あの……わたしなにかまずいこと……」
「…………良い機会です。言葉に責任を取っていただきましょうか」

 近かったレイモンドさんが、わずかに微笑んだ。意地悪そうに見えるそれは、まるで何かを企む子どもみたい。

 彼の指先で、私の額にかかった髪が軽く上がった。
 そっと触れた優しい感触。これは、レイモンドさんの、唇?

 そのまま、彼の顔が、私の唇に近づいてくる。

 ……え? まさか本当にする、の?

 目を見開いたら、レイモンドさんの目が弧をつくる。
 「っふ」と笑い声が小さく聞こえたら、温かいぬくもりが落ちてきた。

 唇から少しずれた、頬のところに。

「ここは、やめておきます。あなたも、今いる場所が屋敷でなく幸いでしたね」

 「ここ」と言いながらなぞられたのは、私の唇。優しく触られてるはずなのに、その部分が火をつけられたみたいに暑くなってく。

 ふわふわしてた気分が、一気にさめる。
 心臓が痛いぐらいに速く動いてる。どくどく流れてる血液の音が聞こえてうるさい。
 彼への感情が、苦しいほど私を締めつけてる。

 何、今の。

 行動もわからないけど、発言だってわからない。
 もし屋敷だったら、一体どうなってたのかな?

 わからない。全然わからないけど。

「水滴ほどの警戒心も、多少は働くようですね」

 嫌味と同時にニヤリと笑われた。
 彼のモノクルには、顔が真っ赤に染まった私が映ってた。

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