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◇第五章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?
第四十三話 「存外悪い気分ではありませんね」
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「大丈夫なのですか」
「……はい」
大広間の近くで、改めて確認された。
その言葉、もう5回は聞いてますよ?
会場が近づくにつれて、口数が減ってたみたい。
途中から歩くスピードを落としたのは、気づいたレイモンドさんのささやかな気配りなんだと思う。
それ以外にも、さっきの言葉を連発したりとか。案外レイモンドさんって、心配性なのかも?
ううん、それほどになっちゃうほど、私の今が緊張にあふれてるのかもしれない。
大きく深呼吸。レイモンドさんと組んでないほうの左手を胸元にあてる。そうしたら、元気に飛び跳ねてる鼓動を抑《おさ》えられそうな気がするから。
「お待たせしました、行きましょう」
「……あなたは本当に、強情ですね」
ため息をおもむろに吐かれたんだけど。あきれられちゃったかな?
「あなたのパートナーは誰ですか?」
「え? ……レイモンドさん、です?」
「そうです、私です。そして、ダンスの場合、真に問われるのは両者が息が合うか。そして、男性がリードを行うのが一般的です」
「……はい」
レイモンドさんが何を伝えたいのかわからないよ。首を少し傾けたら、レイモンドさんが横目に私の顔を見てきた。
「ハーヴェイ公爵家の嫡男《ちゃくなん》である私が、あなた一人のリードも取りなせないほど技量が劣《おと》っていると? そうお思いなら、甚《はなは》だ不快なのですが」
「レイモンドさん……」
プイッとそっぽ向かれる。空いてるほうの手でモノクルの位置を直してる彼の横顔は、ブスッとふてくされてるみたいに見えた。
「ありがとうございます」
要するに、『フォローするから安心しろ』って言いたいんだよね。
レイモンドさんが言うなら、こんなに心強いことはないよ。
ちょっと前に偉そうに私に絡んできた人と同じように家名を名乗ってるのに、レイモンドさんの言葉には嫌味がない。
それはきっと、彼の言葉が私への不器用な優しさでできてるからだと思う。
フッと肩に入ってた力が抜けていく。鼓動は相変わらず速いけど、これは高揚《こうよう》してるからだってそう思おう。
こんな状況、緊張してるだけ損、だよね?
元の世界に戻っても思い出せるくらいに、楽しまないと……。
レイモンドさんのエスコートに導かれて、会場に一歩足を踏み入れる。
相変わらずどこもかしこもキラキラしてる空間。全く落ち着きそうにないよ。天井にシャンデリアがあるあたりとか。
広間の中央では、男女が優雅に踊ってる。クルクル滑らかに動く様子は、そよ風に揺れる花びらみたい。
この中に違和感なく混じらないといけないんだよね……。前途多難じゃないかんな?
「存じているはずでしょうけれど、曲が終了した空白の時に加わるのが通例です。私達はこの後に参じましょう」
「はい」
ダンスの音楽として楽団の人が奏でる音色は、のびのびと穏やかに響いてる。
生の演奏に合わせるなんて、高等技術もいいところだよ。
頭の中でワルツのステップを確認してるうちに、音楽が転調していた。……演奏が終わっちゃった。
「行きますよ」
「! はい!」
レイモンドさんに付き従って、空いてるスペースに入り込む。
私達が混じった瞬間だけ、周りが一層ざわめいたような気がした。
エスコートされていたときとは違う、ダンスの基本ポーズに切り換える。両手をつないで、それからレイモンドさんにちょっと身を寄せてっと……。
深呼吸を一つ、二つ。
下を見すぎないで、背筋をまっすぐに。自信を持って、堂々とした態度。
守らなきゃいけないのは、あとなにかな?
「力むのはやめなさい。そのままではみっともなく転倒しかねません」
「は、はい!」
そんな固くなってたかな?
レイモンドさんの指示にしたがって、全身から力を抜くように意識しとく。
「!」
音楽が、始まった。
一瞬だけ頭が真っ白になったけど、散々練習したおかげで、勝手に体が動く。
ステップを、間違えないように丁寧に踏む。
……あ、れ? 思ったより、すんなりできる、かも?
ううん、むしろ今までの中で一番うまくいってる……。
体を動かす。クルリと回るたびに、ドレスの裾《すそ》がフワッと広がる。
さっきまで見てた女の人達みたいになれてるかな?
自然と動く体に、まるで自分じゃなくなったみたいな感覚。
リズムに乗って身体を揺らすことが、こんなにワクワクするなんて!
頭上からこぼれるような吐息が聞こえた。
「どのような悲惨《ひさん》な技量かと思いましたが、存外踊れるではありませんか」
ふくんで笑うレイモンドさんの太鼓判《たいこばん》つき。ということは、練習の成果があったって思ってもいいの?
こんな私だけど、レイモンドさんのパートナーをしっかり務《つと》められてるかな?
ゆるやかな音楽に合わせて、私とレイモンドさんは踊る。その周りには、同じように踊る人々。
周りから視線がチラチラ寄せられてるのが、肌でわかる。嫌な負の感情とかじゃない。
周りを見渡すわけにもいかないから、なんで視線を集めてるのかはわからないけど。少なくとも、私が目に余るってことじゃない、とは思う。
まるで、舞台の上でスポットライトにあたってるみたいな感覚。
気恥ずかしいけど、レイモンドさんと一緒だってことで嬉しさに刷り変わっちゃう。
ーー忘れない。
きっとこんな機会、もう二度とない。
素敵な夢は、いつかさめてしまうから。
目に焼き付けて、いつでも思い出せるようにしよう。
私が、ここにいたってこと。
レイモンドさんと、ダンスを踊ったこと。
全部全部、大切な思い出だから。
「!? っレ、レイモンドさんっ?」
急に手を引っ張ってきてどうしたの? もうちょっとで転ぶところだったよ?
体勢を崩して、もっとレイモンドさんに身を寄せる結果になった。
フワッと香りがした。レイモンドさんの身体からかな? 爽やかな風みたいな、優しいけどスッとする感じ。
目と鼻の先には、彼の性格を表したようなキチッとしたスーツ。意外と、しっかり筋肉ついてそう……って、そうじゃなくって!
ちかっ近すぎるよね!? 一般的なダンスのフォームより接近してるような!?
踊り自体はレイモンドさんに支えられるかたちでできてる。むしろほとんど彼の足の運びによるところが大きいかも。
「気にくわないですね」
「えっ? あ、もしかして私、ステップ間違えましたか?」
「あなたが先程からたびたび他のことに意識を飛ばしていることがです」
……気づかれてたんだ。
視線を上げたら、レイモンドさんが不服そうな目で睨《にら》んできた。
「私の存在は、あなたにとって歯牙にもかけないものだと」
「そんなことないです!」
「ならば、こちらに集中なさい」
おっしゃる通り。ピシャリと言い放たれた正論にぐうの音も出ないよ。
不機嫌そうに私を見ながら、レイモンドさんは言いつのってくる。
「不誠実にもほどがありませんか」
「……ごめんなさい」
「謝罪をされたいわけではありません。態度でしめしなさい」
「態度って……」
意外と難しいんじゃないかな、それ。
そもそも私達はダンスを踊ってるんですよ? それをしながらって条件ってことだよね? ううん……?
ふと、視界の端に映ったのがつないでる手。
重ねてる手のひらに、力を込める。
後は何かできるかな?
レイモンドさんに引き動かされてるに近い状態とかだけど……これとか?
あえて、私からレイモンドさんに身を寄せる。私の間の距離がゼロになって、吐息まで聞こえそう。
……ううん、実際に聞こえた。頭の上で、彼の息をのむ音が。
恥ずかしい……っ! け、けど! 我慢しなくちゃ!
「どう、でしょうか……?」
「…………ハァ」
「!? ダメですか!?」
「そうとらえるところが、あなたが末恐ろしいと思う片鱗《へんりん》ですね」
「ええ!?」
どうしてため息深めるの!?
「無垢であることがこれほどまで憎くなるとは、初めて知りました。如何様《いかよう》にしたら、あなたは自覚を持つのでしょうかね」
「すみません?」
何に対して謝ったのかわからないけど。
レイモンドさんは何が不満なの?
「やはりいっそのことーー」
目をすがめたレイモンドさんが、言葉につまった。
「……? いっそのこと、何ですか?」
「…………いえ、何も」
何か言いかけたのは間違いないのに、レイモンドさんはそれ以上は口を閉じた。
眉をひそめてるけど、不機嫌ってわけでもなさそう。何かを考えてるみたいな。
「比喩《ひゆ》するならば、自由気ままな妖精を手に入れるようなことでしょうか」
「え?」
「もしもあなたならば、どのようにしますか?」
? 心理テストか何か?
自由気ままな妖精……? もし私ならーー
「手に入れは、しないです」
「は?」
「自由を奪ったら、かわいそうじゃないですか。だから……」
会話に集中してダンスのステップを誤ったりしないように、注意しながら答える。
「私なら、常に一緒にいれるくらいの親友か家族になれるようにします」
レイモンドさんの質問の主旨がわからないけど。とりあえず、私はそうすると思う。
「家族、ですか。……例え目指すにせよ、妖精が聞き入れるでしょうか」
「それはその人の頑張り次第じゃないですか?」
「……」
気分屋だったら、押し付けられたら逃げられちゃうんじゃないかな? そこら辺はさじ加減かも。
「ならば私は、一層、本腰を入れて向かわなければなりませんね」
「……本気で妖精を捕まえるんですか?」
「ええ、この世界……いえ、この世で一人しかない、とびきり気ままで憎らしいほど鈍遇《どんぐう》な妖精を」
「っ!? そう、ですか」
ビックリした……! 私をジッと見つめて言うなんて。
…………てっきり私のことかなって、勘違いしそうになったよ。そんなはずないのに。
「……その、頑張ってください?」
「…………ハァ」
なんで応援したのにため息を吐かれるかな!?
ムッとして睨んだら、レイモンドさんからまたため息が返ってきた。だからさっきから何ですかっ?
「何でもありません」
「そういう感じじゃなかったですよ?」
「ただ、己の不甲斐《ふがい》なさを実感していただけです」
「……?」
どうして急にそんなことを?
内心首を傾げたけど、わからないよ。レイモンドさんの表情だけじゃ察せないし。
あ、れ? レイモンドさんの眉間に刻まれたしわが、フワッってとゆるんだ。への字に曲がってた唇もほころんでる。
私を眺めてる彼が浮かべてる微笑は、優しくってあまい。
その笑顔をまともに受けちゃったから、心臓が元気に飛びはねちゃう。
「けれど、仕様がありませんね。そうだからこそ、あなたなのですから」
どこか楽しそうに呟いて、レイモンドさんは笑う。
「『ありえません』。以前の私ならばそう否定したはずの感情ですが、存外悪い気分ではありませんね」
こんな素敵な彼の表情を独り占めできるなんて。ぜいたくすぎて、尻込みしちゃいそう。
……私が元の世界に戻ったら、この顔も違う誰かに向けられるんだよね。
それは…………すごく嫌、だな。
おこがましいし、わがままだとも思う。自分勝手で、一人よがりな感情。
先輩に対しては抱かなかった独占欲が、どうしてレイモンドさんには出ちゃうのかな。
もっと、見つめてほしい。
ずっと、笑いかけてほしい。
そうしたら、この足りないって感じてしまうような悪い気持ちも、なくなるはずだから。
「……はい」
大広間の近くで、改めて確認された。
その言葉、もう5回は聞いてますよ?
会場が近づくにつれて、口数が減ってたみたい。
途中から歩くスピードを落としたのは、気づいたレイモンドさんのささやかな気配りなんだと思う。
それ以外にも、さっきの言葉を連発したりとか。案外レイモンドさんって、心配性なのかも?
ううん、それほどになっちゃうほど、私の今が緊張にあふれてるのかもしれない。
大きく深呼吸。レイモンドさんと組んでないほうの左手を胸元にあてる。そうしたら、元気に飛び跳ねてる鼓動を抑《おさ》えられそうな気がするから。
「お待たせしました、行きましょう」
「……あなたは本当に、強情ですね」
ため息をおもむろに吐かれたんだけど。あきれられちゃったかな?
「あなたのパートナーは誰ですか?」
「え? ……レイモンドさん、です?」
「そうです、私です。そして、ダンスの場合、真に問われるのは両者が息が合うか。そして、男性がリードを行うのが一般的です」
「……はい」
レイモンドさんが何を伝えたいのかわからないよ。首を少し傾けたら、レイモンドさんが横目に私の顔を見てきた。
「ハーヴェイ公爵家の嫡男《ちゃくなん》である私が、あなた一人のリードも取りなせないほど技量が劣《おと》っていると? そうお思いなら、甚《はなは》だ不快なのですが」
「レイモンドさん……」
プイッとそっぽ向かれる。空いてるほうの手でモノクルの位置を直してる彼の横顔は、ブスッとふてくされてるみたいに見えた。
「ありがとうございます」
要するに、『フォローするから安心しろ』って言いたいんだよね。
レイモンドさんが言うなら、こんなに心強いことはないよ。
ちょっと前に偉そうに私に絡んできた人と同じように家名を名乗ってるのに、レイモンドさんの言葉には嫌味がない。
それはきっと、彼の言葉が私への不器用な優しさでできてるからだと思う。
フッと肩に入ってた力が抜けていく。鼓動は相変わらず速いけど、これは高揚《こうよう》してるからだってそう思おう。
こんな状況、緊張してるだけ損、だよね?
元の世界に戻っても思い出せるくらいに、楽しまないと……。
レイモンドさんのエスコートに導かれて、会場に一歩足を踏み入れる。
相変わらずどこもかしこもキラキラしてる空間。全く落ち着きそうにないよ。天井にシャンデリアがあるあたりとか。
広間の中央では、男女が優雅に踊ってる。クルクル滑らかに動く様子は、そよ風に揺れる花びらみたい。
この中に違和感なく混じらないといけないんだよね……。前途多難じゃないかんな?
「存じているはずでしょうけれど、曲が終了した空白の時に加わるのが通例です。私達はこの後に参じましょう」
「はい」
ダンスの音楽として楽団の人が奏でる音色は、のびのびと穏やかに響いてる。
生の演奏に合わせるなんて、高等技術もいいところだよ。
頭の中でワルツのステップを確認してるうちに、音楽が転調していた。……演奏が終わっちゃった。
「行きますよ」
「! はい!」
レイモンドさんに付き従って、空いてるスペースに入り込む。
私達が混じった瞬間だけ、周りが一層ざわめいたような気がした。
エスコートされていたときとは違う、ダンスの基本ポーズに切り換える。両手をつないで、それからレイモンドさんにちょっと身を寄せてっと……。
深呼吸を一つ、二つ。
下を見すぎないで、背筋をまっすぐに。自信を持って、堂々とした態度。
守らなきゃいけないのは、あとなにかな?
「力むのはやめなさい。そのままではみっともなく転倒しかねません」
「は、はい!」
そんな固くなってたかな?
レイモンドさんの指示にしたがって、全身から力を抜くように意識しとく。
「!」
音楽が、始まった。
一瞬だけ頭が真っ白になったけど、散々練習したおかげで、勝手に体が動く。
ステップを、間違えないように丁寧に踏む。
……あ、れ? 思ったより、すんなりできる、かも?
ううん、むしろ今までの中で一番うまくいってる……。
体を動かす。クルリと回るたびに、ドレスの裾《すそ》がフワッと広がる。
さっきまで見てた女の人達みたいになれてるかな?
自然と動く体に、まるで自分じゃなくなったみたいな感覚。
リズムに乗って身体を揺らすことが、こんなにワクワクするなんて!
頭上からこぼれるような吐息が聞こえた。
「どのような悲惨《ひさん》な技量かと思いましたが、存外踊れるではありませんか」
ふくんで笑うレイモンドさんの太鼓判《たいこばん》つき。ということは、練習の成果があったって思ってもいいの?
こんな私だけど、レイモンドさんのパートナーをしっかり務《つと》められてるかな?
ゆるやかな音楽に合わせて、私とレイモンドさんは踊る。その周りには、同じように踊る人々。
周りから視線がチラチラ寄せられてるのが、肌でわかる。嫌な負の感情とかじゃない。
周りを見渡すわけにもいかないから、なんで視線を集めてるのかはわからないけど。少なくとも、私が目に余るってことじゃない、とは思う。
まるで、舞台の上でスポットライトにあたってるみたいな感覚。
気恥ずかしいけど、レイモンドさんと一緒だってことで嬉しさに刷り変わっちゃう。
ーー忘れない。
きっとこんな機会、もう二度とない。
素敵な夢は、いつかさめてしまうから。
目に焼き付けて、いつでも思い出せるようにしよう。
私が、ここにいたってこと。
レイモンドさんと、ダンスを踊ったこと。
全部全部、大切な思い出だから。
「!? っレ、レイモンドさんっ?」
急に手を引っ張ってきてどうしたの? もうちょっとで転ぶところだったよ?
体勢を崩して、もっとレイモンドさんに身を寄せる結果になった。
フワッと香りがした。レイモンドさんの身体からかな? 爽やかな風みたいな、優しいけどスッとする感じ。
目と鼻の先には、彼の性格を表したようなキチッとしたスーツ。意外と、しっかり筋肉ついてそう……って、そうじゃなくって!
ちかっ近すぎるよね!? 一般的なダンスのフォームより接近してるような!?
踊り自体はレイモンドさんに支えられるかたちでできてる。むしろほとんど彼の足の運びによるところが大きいかも。
「気にくわないですね」
「えっ? あ、もしかして私、ステップ間違えましたか?」
「あなたが先程からたびたび他のことに意識を飛ばしていることがです」
……気づかれてたんだ。
視線を上げたら、レイモンドさんが不服そうな目で睨《にら》んできた。
「私の存在は、あなたにとって歯牙にもかけないものだと」
「そんなことないです!」
「ならば、こちらに集中なさい」
おっしゃる通り。ピシャリと言い放たれた正論にぐうの音も出ないよ。
不機嫌そうに私を見ながら、レイモンドさんは言いつのってくる。
「不誠実にもほどがありませんか」
「……ごめんなさい」
「謝罪をされたいわけではありません。態度でしめしなさい」
「態度って……」
意外と難しいんじゃないかな、それ。
そもそも私達はダンスを踊ってるんですよ? それをしながらって条件ってことだよね? ううん……?
ふと、視界の端に映ったのがつないでる手。
重ねてる手のひらに、力を込める。
後は何かできるかな?
レイモンドさんに引き動かされてるに近い状態とかだけど……これとか?
あえて、私からレイモンドさんに身を寄せる。私の間の距離がゼロになって、吐息まで聞こえそう。
……ううん、実際に聞こえた。頭の上で、彼の息をのむ音が。
恥ずかしい……っ! け、けど! 我慢しなくちゃ!
「どう、でしょうか……?」
「…………ハァ」
「!? ダメですか!?」
「そうとらえるところが、あなたが末恐ろしいと思う片鱗《へんりん》ですね」
「ええ!?」
どうしてため息深めるの!?
「無垢であることがこれほどまで憎くなるとは、初めて知りました。如何様《いかよう》にしたら、あなたは自覚を持つのでしょうかね」
「すみません?」
何に対して謝ったのかわからないけど。
レイモンドさんは何が不満なの?
「やはりいっそのことーー」
目をすがめたレイモンドさんが、言葉につまった。
「……? いっそのこと、何ですか?」
「…………いえ、何も」
何か言いかけたのは間違いないのに、レイモンドさんはそれ以上は口を閉じた。
眉をひそめてるけど、不機嫌ってわけでもなさそう。何かを考えてるみたいな。
「比喩《ひゆ》するならば、自由気ままな妖精を手に入れるようなことでしょうか」
「え?」
「もしもあなたならば、どのようにしますか?」
? 心理テストか何か?
自由気ままな妖精……? もし私ならーー
「手に入れは、しないです」
「は?」
「自由を奪ったら、かわいそうじゃないですか。だから……」
会話に集中してダンスのステップを誤ったりしないように、注意しながら答える。
「私なら、常に一緒にいれるくらいの親友か家族になれるようにします」
レイモンドさんの質問の主旨がわからないけど。とりあえず、私はそうすると思う。
「家族、ですか。……例え目指すにせよ、妖精が聞き入れるでしょうか」
「それはその人の頑張り次第じゃないですか?」
「……」
気分屋だったら、押し付けられたら逃げられちゃうんじゃないかな? そこら辺はさじ加減かも。
「ならば私は、一層、本腰を入れて向かわなければなりませんね」
「……本気で妖精を捕まえるんですか?」
「ええ、この世界……いえ、この世で一人しかない、とびきり気ままで憎らしいほど鈍遇《どんぐう》な妖精を」
「っ!? そう、ですか」
ビックリした……! 私をジッと見つめて言うなんて。
…………てっきり私のことかなって、勘違いしそうになったよ。そんなはずないのに。
「……その、頑張ってください?」
「…………ハァ」
なんで応援したのにため息を吐かれるかな!?
ムッとして睨んだら、レイモンドさんからまたため息が返ってきた。だからさっきから何ですかっ?
「何でもありません」
「そういう感じじゃなかったですよ?」
「ただ、己の不甲斐《ふがい》なさを実感していただけです」
「……?」
どうして急にそんなことを?
内心首を傾げたけど、わからないよ。レイモンドさんの表情だけじゃ察せないし。
あ、れ? レイモンドさんの眉間に刻まれたしわが、フワッってとゆるんだ。への字に曲がってた唇もほころんでる。
私を眺めてる彼が浮かべてる微笑は、優しくってあまい。
その笑顔をまともに受けちゃったから、心臓が元気に飛びはねちゃう。
「けれど、仕様がありませんね。そうだからこそ、あなたなのですから」
どこか楽しそうに呟いて、レイモンドさんは笑う。
「『ありえません』。以前の私ならばそう否定したはずの感情ですが、存外悪い気分ではありませんね」
こんな素敵な彼の表情を独り占めできるなんて。ぜいたくすぎて、尻込みしちゃいそう。
……私が元の世界に戻ったら、この顔も違う誰かに向けられるんだよね。
それは…………すごく嫌、だな。
おこがましいし、わがままだとも思う。自分勝手で、一人よがりな感情。
先輩に対しては抱かなかった独占欲が、どうしてレイモンドさんには出ちゃうのかな。
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そうしたら、この足りないって感じてしまうような悪い気持ちも、なくなるはずだから。
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