ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇第五章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼の本質はなんですか?

第四十四話   「私でよかったら喜んで」

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 レイモンドさんと数曲だけ続けて踊った。
 ダンスも素養として身に付けてる淑女だって認識させることが大事だから、私はやりたくないならもう踊らなくてもいいみたい。

「どういたしますか?」
「もう十分です」

 返事が早かったってことは自覚あるけど、仕方ないよね?
 だって、いつ失敗して彼の足を踏むかヒヤヒヤしてたから。
 それに踊るにつれて、なんだか送られてる視線が多くなってきたような。気のせいとかうぬぼれとかじゃなければ、だけど。

 私の返事を予想してたみたいで、レイモンドさんは軽く頷《うなず》いた。

「ではそのように。この一曲を終《しま》いに、はけましょうか」
「わかりました」

 ダンスをしながら、彼のうながしに賛同する。

「ここを抜ければ、様々な人に集られるでしょうが」
「!?」

 何故!?
 目を見開いて固まった私を見て、レイモンドさんは鼻で笑った。

「当然でしょう。これほどまでに注目を浴びれば、次は自分と、というような申し出であふれかえるでしょうね」
「え、いやです」

 あ、つい本音が。
 ううん、でも仕方ないよね。だって、何が楽しくて知らない人かつ仲良くもない人と?

「……このような言動を自然に行うとは、あなたは本当に、意識が足りませんね」
「どうして怒ってるんですか?」
「あきれてるのですよ」

 あきれ……正直に言ったからかな。

「あなたがとれる行動は、2つに1つです。1つは、誘われるまま踊る対処」

 っあ、危なかった……また『嫌です』ってすぐ言いそうになったよ。

「もう一つはーー」

 レイモンドさんの提案に、私は固まった。

「…………え?」


 ◇◇◇


 曲が終わって相手に一礼をしてから移動した。着くと同時に、文字通り群がるように人が集まってきた。
 男女入り交じって囲まれる機会なんて、そうそうないよね。

「いや、お二人とも素晴らしい腕前でございました」
「全くもって。クガ様は異国から来たとは思えぬほどに達者ですな」
「マクファーソン様も意地が悪い。これほど技量を隠されていたとは」
「そうですとも。次はぜひ、私の娘と」
「おや? 私の娘も願おうとしておるのだが」

 中年の男性からは、レイモンドさんへ娘さんとのダンスの申し出が。

「クガ様、次は私めの手をとってはいただけませんか? 一夜のダンスをともに楽しむ名誉を、どうかお与えください」
「いえ、彼では役不足でしょう。私なら、あなたをより一層輝かすことができると約束いたしましょう」
「世にまたとない黒い瞳にお髪をお持ちのあなたの時間をいただきたい。一目あった時から心を奪われてしまいました。どうかあなたへの想いを、踊りで伝えさせていただきたい」

 何故か私にもダンスの申し込みが殺到した。レイモンドさんの懸念通りの結果に、内心頭を抱えちゃう。
 私に声をかけるなんて、社交辞令だってわかってはいるけど……! 詩的な表現で口説かれるのはムズムズするよ!

 『結構です』の一言で断れたら楽なのに。社交界でバッサリそんなことを言ったら、角が立って敵をつくるだけだってこともわかる。

 それに……彼らの瞳がなんだかギラついてるように見える。思わず、レイモンドさんの腕にかけた手にすがるみたいに力を込めてしまった。

 今すぐ逃げ出したい! けど、我慢……我慢……。

 言葉をつぐんでいたら、並び立つレイモンドさんが口を開いた。

「--生憎《あいにく》ですが」

 横目で確認したら、無表情に冷え冷えとした目付きで彼らを見据《みす》えてた。全く生憎《あいにく》なんて思ってないですよね、レイモンドさん。

「私達は互いに不慣れですので、他の者と組むのは失礼にあたるかと」
「おや、ご謙遜《けんそん》を」
「そうですとも、あれほどの腕前を一人のみにあてるのは口惜しい」
「いいえ、正当な評価だと自負しておりますが」

 目を光らせてるおじ様達の文句を、軽くいなしてる。どっちも目が笑ってないですね!?

「彼女と踊る機会を奪おうとは、ずいぶんと狭量ではないでしょうか」
「そうだとも、彼女の意思をすげ替えてはいないか」

 あああ、あっちからも不満が。というよりも、どうしてそんな文句を言えるの!? 私ならこの状況のレイモンドさんにたてつけないよ?

「では、お聞きしますが。遠方から来られてる彼女を、馴染みないこちらで一人に捨て置けと? そのような非道なことを、紳士でいらっしゃる皆様がお考えになるわけがありませんでしょう」

 レイモンドさん、毒が……ジワジワくる毒が言葉に混じってます。口調だけやわらかいけど、内容のトケトゲしさはいつもの比じゃない。
 皮肉を受けて、取り囲んでた人達が「うっ」という感じに気まずそうに詰まった。そうだね、私とレイモンドさん、どっちかを誘ってたらもれなくレイモンドさんが言及してる人間ってことだから。

「私はただ、彼女に快適に過ごしていただきたいだけなのです」

 私達の周り一帯がシンと静まり返る。
 間違いなく、レイモンドさんが完封した瞬間。

 --パンパンパン……。

 場違いな拍手が聞こえた。一体誰がそんなこと……?
 って、あれ?

「アル……?」

 にこやかに微笑みながら、手のひらを鳴らすアルがいた。
 豪奢な衣装に身を包んでることから察すると、彼も私達と同じ招待客として招かれたのかも。

「やぁレイモンド、ずいぶんと愉快なことをしているね」
「……これはこれは。ご機嫌麗しいようでなりよりでございます。けれど、恐れながら、此度《こたび》の件は貴方様の目汚しになりかねません。つきましては我々は、身を引かせていただきたく存じます」
「そういう胡散臭《うさんくさ》いくだりは求めていないかな? 君達と私と仲じゃないか」

 (ほっておきなさい)
 (逃がさないよ?)
 副声音がそう聞こえた。

 アルが楽しそうに笑みを深める。……気のせいだって思いたいけど、嫌な予感がする。

「ところで、私はリオンを誘ってもいいというわけだよね?」
「え……?」

 何を言い出してるの?
 気の抜けた声が出ちゃったけど、レイモンドさんにとがめられなかった。彼は彼で、険しい顔をしてる。

「レイモンドの弁によると、親しくない者が彼女に負担を及ぼすのではということだろう? その分、私なら君達と既知の仲であるわけだ」
「……」

 レイモンドさんの無言は、肯定ってことだよね? たしかに、アルの言うことは一理ある。

「リオンはどうかな? 私とは踊れない?」
「!?」

 そこで私に振る!? しかもその笑顔、さては楽しんでるよね!?
 周りの視線も痛いし、答えづらい質問なのも嫌。かといって、だんまりはできないよね?

 チラッとレイモンドさんをうかがってみる。
 っ! ビックリした……レイモンドさんもこっちを見てるなんて思わなかったよ。

 一見平然としてるように見えるけど、ギュッと結んだ唇に、細まった瞳が感情をあらわにしてる。
 断言してもいいよ。今、レイモンドさんは不機嫌だよねっ!?

 視線を戻してアルを見た。彼は彼で、感情の読めない笑顔を向けてきた。

 アルの選択肢はどっちを選んでも、誰かの機嫌を悪化させそう。
 踊るって言えば、レイモンドさんはさっきまで庇ってくれたのを不意にするってことになる。
 踊らないって言ったら、アルの顔を潰すことになる。

 ……どうしてこんなややこしい事態になったの?
 わざとだとは思うけど、アルは何のためにこんなことを。単なる愉快犯かもしれないけど、いい迷惑だよ!

 イラッとする内心を押さえつけて、冷静に考えてみる。
 両方の機嫌をうかがうなんて、器用なことはできない。だから私ができるのは、今自分が一番したいことを考えながら、行動をうつすこと。

「ごめんなさい、アル。私、アルとでも踊りたくない」

 せめてきっぱりと。私の答えを予想してたのか、アルはにこやかな表情を変えてない。

「何故かな?」
「楽しい記憶のまま、この舞踏会を終えたいからです」

 例えば、好きな本を読み終わった後。壮大で感動的な映画を見た後。ライブでおおいに盛り上がった後。
 余韻《よいん》にいつまでも浸っていたい。そう感じたことは、誰でもあると思う。

 私は、今の感情を大切にしたい。

「……そう。悪くない答えだね」

 断ったよね? なのに、どうしてアルは楽しそうに笑ってるのかな。
 疑問で頭の中がいっぱいだったのに、追い討ちをかけるみたいに、特大のため息が落ちてきた。
 近くで聞こえた元をたどったら、レイモンドさんが変な顔をしてた。

 怒ってるのに困ってて、でも嬉しそう?

「全く、あなたという方は……仕様がありませんね」

 原因は間違いなく、私の発言だとは思う。
 ざわりざわりと、私達を囲んでた人達のささやき声が広がってさざ波みたいに聞こえる。

 周りの人達が、何に反応してるのかはわからないけど。さっき以上に好奇にあふれた瞳が私達を映してた。

「その答えに免じて、今回は不問とするよ」
「……寛大な御心、感謝を致します」

 レイモンドさんがアルに頭を垂れる。深く考えたくはないけど、これが外向けの対応ってことは、アルはレイモンドさんより立場が上…………。
 ア、アル自身が不問にするって言ってるし、気にしない!

「彼女をここまで惹《ひ》き付けた責は、わかっているね?」
「問われずとも」
「……そう、ならばいいよ。君に譲《ゆず》ろう。けれどもし、彼女の害になるならーー」
「そのようなことは一切起こり得ません」
「…………さて、どうかな。お手並み拝見といこうか」

 二人がやり取りしてる会話だけど、ちっとも理解できなかった。
 かろうじて聞き取れたのは、アルが言い出した『彼女』が、もしかしたら私かなってことくらい?
 例えそうだったとしても、内容があやふやすぎてわからないけど。むしろどうしてレイモンドさんとアルはそれで通じてるの。

「ねぇ、リオン」
「っ!? う、ん? なに?」
「その悪趣味な鎖は、隣の男からあたえられたのかな?」
「…………? 悪趣味……?」

 一体何のこと?

「首もとのソレのことだよ」
「ネックレスのこと?」

 見下ろしてみたら、変わらない深緑色の石があった。そういえば、これって何の石なのかな? ……エメラルドとか、高い宝石じゃないといいけど。
 あげるって言われたけど、やっぱりこんなすごそうな物もらえないよね。預かるってとっさに答えたけど、返せないかな?

「ここまであからさまではね。……質の良い辺りとそのわずかな細工は、さすがと評してもいいけれど」
「細工?」

 宝石の土台に、何か彫られてるとか?
 裏返してみても、特に気になるような部分はないけど。

「外観からではわからないかな。ここで告げては効果も薄れるので、秘めてはおくよ」
「……ご配慮、ありがたく存じます」

 レイモンドさんはアルの発言を否定しなかった。
 ということは、これって私が知らない何かがしてあるの?

「少なくとも君にとって悪しき物にはならないよ。今のままであれば、だけれど」
「それって悪い物にもなるってこと?」
「そうとも言うね。そのときは私に相談するといいかな」

 アルは笑ってるけど、なんだか嫌な予感がするよ。……もしそのときがきたとしても、彼にだけは言わないでおこう。
 第一、レイモンドさんの贈り物なのに、そんな風になるって思えない。危険な物を渡してなんてこないはず。

「今後次第では、それは君の身を助けるかもしれない。……でなければこの私が、むざむざそのような物見逃しはしないね」

 その言い方じゃ、まるでこれから、何か起こるみたいに聞こえるよ。
 さっきから、会話の端々に不穏な空気を感じる。私の勘違いならいいんだけど……。

「口惜しいけれど、欠かさず身に備えるのを勧めるよ。非常に、不本意ではあるけれどね」

 『非常に』を強調されて言われた。
 にしても、この宝石を欠かさず身につける? ……怖すぎて、小市民の私には厳しいんだけど。
 でもアルがここまで念押しするなら、何かあるんだと思う。それが具体的にはわからないけど。

「ともかく、今宵は楽しむと良いさ。振られた私は、一人寂しくワインでもいただくとするよ」
「ああ、それはいいですね。あちらのテーブルでは合うオードブルもありそうでしたので、向かわれては?」

 (さっさと行け)
 レイモンドさんの副声音が……。彼の意図を明確に悟《さと》ってるみたいで、アルは首をすくめてる。

「ふふ、友に嫌われてしまったようだ。からかいがすぎたかな」
「お戯れを。心にもないことをおっしゃるとは」

 打てば響くって感じの会話の応酬をしてから、アルは最後に私にニコリと笑いかけてきた。

「ではね、リオン。行くあてがなくなればいつでも頼って? 私はいつでも君を引き受けるよ」
「その予定は未来永劫ありません」

 キッパリしたレイモンドさんの否定に、アルは笑みを深めてる。
 フラッと来たと思ったら、あっさり去っていったけど。結局アルは何がしたかったのかな。

 彼が現れてから、私達を囲んでた人達も減っていったし。今残っている人達も気まずそうにしてるから、そのうち去っていくんじゃないかな。
 場をかき回すだけだったけど……それが目的?

「あなたは、何故ああもあの方に好かれるのでしょうか」
「私も疑問です」

 レイモンドさんの問いの答えは、私自身も知りたい。
 この世界に来てからずっとあんな感じなんだよね、アルって。何が彼の琴線に触れたのかな。

「……あの方が何者か、尋ねはしないのですか?」
「逆に知りたくないって思います。何だか怖いし」

 ……それに。

「アルがどういう人物でも、アルはアルでしかないし」
「……」
「? どうしたんですか? 私、変なことでも言いましたか?」
「……いいえ。ただ……あなたがそう考えるのはーー」

 何? 人の顔をジッと見たかと思ったら固まって。
 目が合ったままつい首を傾けたら、レイモンドさんが短く嘆息した。

「このような問いは愚問ですね。……それに私のみ妬《や》いているようで、非常に不愉快です」
「レイモンドさん?」

 首を振ってブツブツ言ってるけど。どうしたのかな、疲れたとか?

「……いえ。それよりも、覚えていますか? あなたが先程、提案をのんだことを」
「え? は、い……?」

 ダンスに誘われるのを断る提案の一つ。
 それは、レイモンドさんに断るのをまかせてしまうかわりに、何か一つだけ彼のお願いを聞くってこと。

 相手はレイモンドさんだから、無茶振りとかはされないはず。

 様子をうかがったら、彼も私を見下ろしてた。
 レイモンドさんの空いていた手に、彼の腕に触れている手をとられた。
 そのままエスコートの体勢を崩されて、片手をすくいとられる。

「私と1日、休日を過ごしていただけませんか?」

 ……え。

 つながれている指先に、彼の唇がおちてくる。軽く触れるか触れないか程度の、そんなあいまいな距離でとどまってーー

 とどまって…………って、え?

 えええええええええええええええええ!?

 あ、あぶなかった! 叫びそうになったけど、何とかのみこめたよ! その代わりにちょっとむせたけど。

 社交界の場でもこんなことが起きるのはめずらしいんだよね? だって、彼のしぐさに、周辺一帯が急に騒がしくなったから。

 唇を落とす際に伏せてた、彼の長いまつげが上がって。私を、緑の瞳がまっすぐに射抜いてくる。目が離せないくらい、魅力的で色気が……! 
 心臓がドキドキして、うるさくって。顔中に熱が集まってくる。
 なんで? さっきまで、そんな素振りなかったよね?

「~~っ!?」

 声のない悲鳴がもれる。
 固まってたら、レイモンドさんの細くて薄い唇が私の手の甲から少し離れた。

「返事はいかがですか?」

 そう、だよね。返事をしないと……。
 そうは思うのに、なんだか思うように口が動かない。
 緊張のせい? それとも、普段とは違うレイモンドさんの雰囲気にのまれて?

 息を吸うのに、うまく吐き出せなくって。答えなんて決まってるから、すぐにでも答えたいのに言葉が出ない。
 どうしたらいいのかわからないよ。

 自然と、視線がさまよって。レイモンドさんを見返した。
 光に照らされてキラキラ輝いて見える、淡い若草色のサラサラの髪。彼の身を包んでるのは、物語に出てきそうな王子みたいな服装。
 
 …………あれ? レイモンドさん、耳が赤い?
 表情もいつもより硬いような……?

 私を見つめてるから、視線を返してみた。
 そこには、モノクルの奥で私をうかがう不安そうな瞳があって。


 --ああ、なんだ。


「っふふ」
「クガ?」

 そっか、なんだ。レイモンドさんも恥ずかしくて、緊張してるんだ。
 私だけドキドキしてるわけじゃなくって。彼も、私に誘うことにそう感じてくれてる。

 その事実が、すっごくうれしい。

 思わずこぼれた笑い声に、レイモンドさんが不審そうにしてる。
 うん、あんまり彼を待たせ続けるのは嫌。このままだと勘違いされそうだしね。

「はい、私でよかったら喜んで」

 私の答えに、レイモンドさんのこもった眼光がゆるんでいく。ホッとして肩をおろすレイモンドさんに、心の奥がムズムズしてる。
 くすぐったくて、うれしくって。彼と同じもどかしさを今一瞬でも共有してるのかなって、そう思ったら。

 我慢できなくて、笑みがこぼれてくる。
 ますます笑う私に、いよいよ訝《いぶか》しんだレイモンドさんが顔をしかめてる。

「何ですか、そのように笑いだして。どうせらしくないとでも言いたいのでしょう?」
「あ、いえ……ふふ、そうじゃないんです。ただ、うれしいんです」

 らしくないからと言われたら、そうなのかもしれない。だけどそれ以上の理由は、彼とそれほどまでに親しくなれたってことへの充実感というか。
 ……ううん、でもきっと、仲良くないと思ってた頃からこんな風になれたってことだけじゃない。彼じゃなかったら、こんなにうれしいって思わなかったよ。

「楽しみにしていますね?」

 そう告げて笑ってみたら、レイモンドさんのしかめっ面が悪化した。
 そして、つないでない片方の手でモノクルの位置を直してるのを見て、私は余計に笑い、彼の眉間のシワを増やすことに成功してしまった。

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