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◇最終章 レイモンド編◇ 毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?
第四十五話 「……知りたいですか?」
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夢のような舞踏会が終わったって、いつもの毎日は続いてく。
翌朝だって、普段の使用人としての時間が始まる。
たとえちょっと疲れが残ってたって気にしない。休みの日まで、もうひと踏ん張り頑張らなきゃ。
シンと静まり返ってる廊下を、音を立てないように気をつけて歩く。
目的の扉までたどり着いたら、身なりをチェック。胸元のリボンよし、えりもよし、スカートもすそよし……うん、どこも変じゃないよね。
毎朝来ても緊張する。だから大きく深呼吸。心臓をなだめるみたいにゆっきりと。
慌てず三回、扉をノックする。
「失礼します」
「……どうぞ」
いつものようにある返事に、やっぱりとは思う。だけどちょっと悔しい。
使用人より早く起きてるのが普通なんだよね、レイモンドさんは。
静かに扉を開閉して、彼の私室のほうへ足を向ける。
レイモンドさんがはベッドの上に腰かけながら、書類を読んでうなってた。ちなみに、きっちりと普段着に整えた状態で。
「……また夜中まで書類を?」
ベッドサイドのテーブルには、乱雑に置かれた書類の束。かろうじて羽ペンとインクがないのが幸いなくらい。
「ええ。区切りのよいところまで中々たどり着けなかったので」
パラリと書類の髪がめくれる音がする。
私より早く起きて、昨夜はきっと寝るまで書類とにらめっこ?
「……寝れないとかですか?」
「は?」
パッと顔を上げた彼と目が合う。そのまま、訝しそうに眉をひそめられた。
「何を根拠に。……すこぶる快眠ですが」
「そうですか」
ホッと息を吐く。不眠症とか過労死とかちょっとよぎっちゃったんだよね。ほら、レイモンドさんって真面目だし、いっつも仕事やってるイメージだから。
「それとも何ですか? 否と答えれば添い寝でもしてくれると?」
「そっ!? そそそそそいっ添い寝!?」
え、う、えええええええぇぇっっ!?
なんっなんで、そんな話になるの!?
添い寝なんてっそんなの! 寝顔なんて見られたら恥ずかしいよ!
硬直してたら、ふいにレイモンドさんのどこかあきれたような顔が見えた。
それは明らかに、どうせ無理と言うと思い込んでる表情で。
……ムカッ。
「……わかりました。添い寝をすればいいんですね?」
「は?」
いいよ、そっちがその気だったら、こっちだって考えがあるんだからね!
冗談で乙女心をもてあそぶようなことしたのを、後悔させちゃいますから!
「今晩からですか? それとも今から二度寝をするんだったらーー」
「まっ待ちなさい!? あなたは自分が何を口にしているか理解していますか!?」
「理解しています! レイモンドさんこそ、わかってないじゃないですか!」
言い出しっぺはレイモンドさんなんだよ!?
自分からそんなこと言い始めたのに、私が話に乗ったら焦るなんて!
「べつに一緒に寝るくらい、なんでもありません!」
「はぁ!? あ、あなたはっ! では私が添い寝を希望したら本当にやると言うのですか!?」
「ええそうです!」
キッパリ言い放ったら、レイモンドさんの顔が赤く染まる。その唇がわななくのを見て、今更ハッとした。
怒られる? それとも嫌味?
「わかりました、では今夜! 私の元へ来なさい! 良いですね!」
「…………え」
ええええええええええっ!?
◇◇◇
--そして、今に至る、と。
暗闇に包まれた窓の外を見て、思わずため息を吐いた。
日中は仕事に身が入らなかったし、レイモンドさんともぎこちなくなっちゃったし。
おまけにそんな感じだから、ジョシュアさんにもアンジェさんにも心配される始末。
正に、売り言葉に買い言葉。
ああもう! どうして言い返しちゃったの、私!?
……このまま、普段通り寝てもいいのかもしれない。『いつの間にか寝ちゃってレイモンドさんの部屋に行けなかった』って明日説明したら、レイモンドさんはなんだかんだで流してくれるとは思う。
でも、それってどうなの?
もし、レイモンドさんが寝ずに待っていたら?
ありえない。そう言いきれないのは、彼の生真面目さを知ってるから。
「……っうん!」
女は度胸!
部屋の扉を開けたら、暗くてほとんど周りが見えない。きっと暗闇に慣れたら見えるよね?
後ろ手でソッと閉めたら、思いのほか大きな音を立てちゃった。
本当なら手元に明かりをつけたりしたいけど……目立つのを避けるためにやめとく。あの後レイモンドさんは一度も話題にあげなかったから、たぶん人目につくのを嫌がると思う。
私自身見つかったらうまく答えられる自信がないし、誤魔化せる気もしない。ややこしい事態になる予感しかないよ。
窓から差す月明かりで充分足元はわかるから、大丈夫。
足音に気を付けて、ゆっくり進む。
夜の洋館を出歩くことなんて初めてだけど、なんだか幻想的。映画からワンフレーム切り取ったみたいな、そんな完成された美しさがあるよ。
私が身にまとってるナイトウェアは白いから、もしも外から見たら幽霊が歩いてるって勘違いされるかも?
そう考えたら、おかしくって小声で笑っちゃった。
運良く、誰とも会わないでレイモンドさんの部屋まで来れた。
後は、この扉を叩くだけ……。
……よ、よし! いくよ!
コンコンコン。できる限りいつも通りに聞こえるように心がけて、扉を鳴らす。
「……はい?」
不審そうなレイモンドさんの声。
やっぱり、まだ起きてた。今朝の件を差し置いても、彼のことだから仕事をしてて起きてそうな気がしてたんだよね。
スッと息を吸って、声が震えたりしないように注意する。
「クガです。今朝の、その、添い寝をしに、来ました……」
ゴトッ! ガッ!! バサバサバサバサッ
え、なに? なんだか部屋の中で、色んな音がしたんだけど。
かと思えば、今度は物音が一切しない。
静寂が怖い。あとレイモンドさんの反応も。
静かに扉が開いた。
「っ!?」
ちょ、え!? 中からヌッと腕がのびてきて、引きずり込まれたんだけど!?
背後で扉が閉まるのと、彼の手が勢いよく私の横につかれるのは同時で。
見上げたら、レイモンドさんの瞳と目が合った。
切羽詰まった表情で、モノクルの奥の目を細めてる。
見たことない、彼の表情。
心臓が、ドクンと大きく脈を打ったのが聞こえる。
「あなたは、一体何を考えているのですか……!」
叱責する声は、絞り出したみたいで。
強く寄せられた眉の間のシワが、彼の心情を私に教えてくれてる。
彼の腕によって、退路はふさがれてる。
腕で囲まれて距離も近いし、レイモンドさんの言葉にもっとドキドキする。
「約束、しましたから」
「だからと言って……あなたはまるでわかっていません! そもそも、夜更けに男性の寝室に訪れるなど……!」
「……でも、私とレイモンドさんですよ?」
私は、好きだから、ドキドキしたりするけど。レイモンドさんはちょっと寝づらくなるだけだよね?
「っ! あなたというかたは!」
あからさまに舌打ちするなんて、らしくない。空いているほうの手でモノクルの位置を直してるけど、彼がイライラしてるのは隠しきれてない。
「っえ?」
手首をつかまれて、引っ張られる。
連れられて行かれた先は、彼のベッドの上。
戸惑ってたせいで、あっけなく押し倒される。仰向けで転がったって、どこか現実感がなくて。
朝彼を起こしに行くから、普段から見慣れているはずなのに。まさか、自分が寝転ぶことになるなんて思わなかった。
まばたきした次の瞬間、私の頬に何かが触れた。サラサラとしたこれって、レイモンドさんの髪?
視界のほとんどが、レイモンドさんに支配される。
覆い被さる彼は、苦しそうな表情をしてた。
「よもや、私があなたに何もしないと。そのような愚考をしているのですか」
さっきまでの私の考えがバレてる。
言い返せなくて黙ってたら、肯定ととらえたレイモンドさんがため息をついた。
「どれほど危機管理能力が退化しているのですか」
なに、その言い方。それじゃあまるで。
「……何か、するんですか?」
自然と、聞いてしまった。だって、そんなはずないよね。レイモンドさんが、わざわざ私に手を出す理由がない。
生真面目な彼が、女だからって誰彼構わずに襲うこともないだろうし。
ジッとして、否定を待っていた。
レイモンドさんは目を見開いて固まった後に、苦く笑った。
「……知りたいですか?」
押し殺すみたいに、低い声で。でもとろけるように艶やかに。
ささやかれた私の耳が、ブワッと熱くなる。
「っ!?」
色気が! 色気がスゴいことになってます!?
ドキドキで息がつまって、呼吸の仕方を一瞬忘れたよ!?
「っふ、そのような顔をするなんて。本当にあなたは、自覚がありませんね」
どんな顔!? 自分じゃよくわからないよ!?
ただわかることといったら、絶対顔が赤くなってるってことくらいで。
「わかりませんか? 男を煽《あお》る表情と言えば、伝わりますか」
「あ、煽《あお》ってなんか……」
「ええ、あなたはそのつもりでしょう。ですが、時と場所を鑑《かんが》みなさい」
深夜。ベッドの上。押し倒されてる。
…………もしかしなくても、すごい状況?
え、まさかのまさか。襲う、とか。
待って! ほ、本当に!? レイモンドさんは、するつもりなの!?
そんな急に、しかも、恋人でもない、ただの雇用関係なのに……も、もちろん私は好きだけど……!
「っ! レ、レイモンドさん!」
「はい、何か」
「や、え、あ、の……え、ほ、本気で……?」
「……」
何か言ってくださいぃぃいいいっ!!
無言が重くて身の置き場に困るから!
固まってただジッとレイモンドさんを見るしかない。こういうの、蛇に睨まれたカエルって言うんだよね!?
不意に、彼の結ばれた唇が緩んだ。
「っふ、とんだ間抜け面ですね」
笑われた!?
一変して吹き出したレイモンドさんが、クツクツと肩を揺らしてる。
「からかったんですか!?」
「さぁ、どうでしょうか」
「!?」
なにそのあやふやな言い方? え、からかってなかったってこと? まさか……ね?
「それでは、寝ましょうか」
「はい…………っ?」
え、ちょっと待って! 今、なんか変だったよね?
カチャっと軽い音がした。そして、私の隣に体重がかかって、一瞬だけベッドが揺れた。
そっと揺れた元をたどったら、レイモンドさんが寝転んでた。私の横で。
--え、いや、ちょっと、待って!
「っっ!? な、ななななんで、その、さっきまでの話の流れで寝るんですか!?」
衝撃的すぎて、身を起こして飛びのいた。
って、のそのそ寝台に潜り込んでいる!?
「やかましいですね。バカであっても風邪は引くのですから、あなたもしっかりとシーツにくるまりなさい」
その言い方じゃ、私がバカだってことになるよね!?
嫌味は通常運転なのに、行動が伴《ともな》ってない!
ほら、と言いながら、片手でシーツをめくり上げてる。
色気の! 暴力!!
いつの間にかモノクルも外してるし、寝る準備万端!?
待ち構えてるレイモンドさんのそばに行くの!? しょ、正直、身が重いというか……!
腰が完全に引けてる私に気づいて、レイモンドさんが深いため息をついた。
「本当にあなたという方は、ままなりませんね」
グッと、引き込まれる。
腕が引かれて転んだ先は、さっきまでいたベッドの上。
レイモンドさんの胸が、鼻の先に当たってる。視界の隅にシャツからのぞく彼の鎖骨が映って、いけないものを見てしまった気分。
全部の感覚に緊張するのがあって、ちっとも落ち着けない!
「ま、え、あ、う……く、くくく靴! 脱いでないですよね!?」
この状況を変えたくて叫んだ。
「べつに一日くらい構わないでしょう」
「か、構います!」
そういうの一番気にしそうなレイモンドさんが、どうしてそんな反応を!?
抗議の意味を込めて睨み上げたら、深いため息が落とされた。
「仕方ありませんね」
捕まれてた腕が離される。靴を脱ぐために、体を起こしてかがんだ。
背後でレイモンドさんが動く気配がする。きっと彼も靴を脱いでいるんじゃないかな。
靴ヒモをほどく手が震えてる。だって、これが終わったら私、どうなっちゃうの!? 寝るの? レイモンドさんと!?
固く結んだつもりはないのに、時間がかかった。スポッと気の抜ける音がして、両足が軽くなったと思ったら、腕を引かれる。
後はまた、さっきまでの状況に逆戻り。
「ほら、寝ますよ」
あきれた口調で、私をたしなめるみたいに彼が言う。
そっと見上げたら、レイモンドさんもこっちを見てて、目が合った。
一瞬で視線を外しちゃったのは、恥ずかしくて苦しくて仕方なかったから。
どうして、そんな優しい目を、私に向けるてくれるの?
彼の手が、シーツの上から私を軽くあやすみたいに叩いてる。
子どもを寝かしつけるみたい。
……レイモンドさんにとって、私はまだ子どもってこと?
何もしない気ってことは、その優しいしぐさでわかる。
ホッとするけど、ちょっと切ない。
さっきはああ言われたけど、レイモンドさんにとって対象外ってしめされたみたいで。
ああ、欲張りかも、私。
元の世界に戻るつもりなら、求めてなんかいけないのに。
彼の心が、こっちを向いてくれないかななんて、そんな浅ましいことを考えてる。
彼のうながす手で、私のまぶたがドンドン重くなって……。
考える力が、抜けてく。
もったいないな。もう少し、起きていたかった気もするよ。
明日目が覚めたら、なくなっちゃう夢だけど。
どうか、少しでもこの温かい気持ちが、続いていますように。
翌朝だって、普段の使用人としての時間が始まる。
たとえちょっと疲れが残ってたって気にしない。休みの日まで、もうひと踏ん張り頑張らなきゃ。
シンと静まり返ってる廊下を、音を立てないように気をつけて歩く。
目的の扉までたどり着いたら、身なりをチェック。胸元のリボンよし、えりもよし、スカートもすそよし……うん、どこも変じゃないよね。
毎朝来ても緊張する。だから大きく深呼吸。心臓をなだめるみたいにゆっきりと。
慌てず三回、扉をノックする。
「失礼します」
「……どうぞ」
いつものようにある返事に、やっぱりとは思う。だけどちょっと悔しい。
使用人より早く起きてるのが普通なんだよね、レイモンドさんは。
静かに扉を開閉して、彼の私室のほうへ足を向ける。
レイモンドさんがはベッドの上に腰かけながら、書類を読んでうなってた。ちなみに、きっちりと普段着に整えた状態で。
「……また夜中まで書類を?」
ベッドサイドのテーブルには、乱雑に置かれた書類の束。かろうじて羽ペンとインクがないのが幸いなくらい。
「ええ。区切りのよいところまで中々たどり着けなかったので」
パラリと書類の髪がめくれる音がする。
私より早く起きて、昨夜はきっと寝るまで書類とにらめっこ?
「……寝れないとかですか?」
「は?」
パッと顔を上げた彼と目が合う。そのまま、訝しそうに眉をひそめられた。
「何を根拠に。……すこぶる快眠ですが」
「そうですか」
ホッと息を吐く。不眠症とか過労死とかちょっとよぎっちゃったんだよね。ほら、レイモンドさんって真面目だし、いっつも仕事やってるイメージだから。
「それとも何ですか? 否と答えれば添い寝でもしてくれると?」
「そっ!? そそそそそいっ添い寝!?」
え、う、えええええええぇぇっっ!?
なんっなんで、そんな話になるの!?
添い寝なんてっそんなの! 寝顔なんて見られたら恥ずかしいよ!
硬直してたら、ふいにレイモンドさんのどこかあきれたような顔が見えた。
それは明らかに、どうせ無理と言うと思い込んでる表情で。
……ムカッ。
「……わかりました。添い寝をすればいいんですね?」
「は?」
いいよ、そっちがその気だったら、こっちだって考えがあるんだからね!
冗談で乙女心をもてあそぶようなことしたのを、後悔させちゃいますから!
「今晩からですか? それとも今から二度寝をするんだったらーー」
「まっ待ちなさい!? あなたは自分が何を口にしているか理解していますか!?」
「理解しています! レイモンドさんこそ、わかってないじゃないですか!」
言い出しっぺはレイモンドさんなんだよ!?
自分からそんなこと言い始めたのに、私が話に乗ったら焦るなんて!
「べつに一緒に寝るくらい、なんでもありません!」
「はぁ!? あ、あなたはっ! では私が添い寝を希望したら本当にやると言うのですか!?」
「ええそうです!」
キッパリ言い放ったら、レイモンドさんの顔が赤く染まる。その唇がわななくのを見て、今更ハッとした。
怒られる? それとも嫌味?
「わかりました、では今夜! 私の元へ来なさい! 良いですね!」
「…………え」
ええええええええええっ!?
◇◇◇
--そして、今に至る、と。
暗闇に包まれた窓の外を見て、思わずため息を吐いた。
日中は仕事に身が入らなかったし、レイモンドさんともぎこちなくなっちゃったし。
おまけにそんな感じだから、ジョシュアさんにもアンジェさんにも心配される始末。
正に、売り言葉に買い言葉。
ああもう! どうして言い返しちゃったの、私!?
……このまま、普段通り寝てもいいのかもしれない。『いつの間にか寝ちゃってレイモンドさんの部屋に行けなかった』って明日説明したら、レイモンドさんはなんだかんだで流してくれるとは思う。
でも、それってどうなの?
もし、レイモンドさんが寝ずに待っていたら?
ありえない。そう言いきれないのは、彼の生真面目さを知ってるから。
「……っうん!」
女は度胸!
部屋の扉を開けたら、暗くてほとんど周りが見えない。きっと暗闇に慣れたら見えるよね?
後ろ手でソッと閉めたら、思いのほか大きな音を立てちゃった。
本当なら手元に明かりをつけたりしたいけど……目立つのを避けるためにやめとく。あの後レイモンドさんは一度も話題にあげなかったから、たぶん人目につくのを嫌がると思う。
私自身見つかったらうまく答えられる自信がないし、誤魔化せる気もしない。ややこしい事態になる予感しかないよ。
窓から差す月明かりで充分足元はわかるから、大丈夫。
足音に気を付けて、ゆっくり進む。
夜の洋館を出歩くことなんて初めてだけど、なんだか幻想的。映画からワンフレーム切り取ったみたいな、そんな完成された美しさがあるよ。
私が身にまとってるナイトウェアは白いから、もしも外から見たら幽霊が歩いてるって勘違いされるかも?
そう考えたら、おかしくって小声で笑っちゃった。
運良く、誰とも会わないでレイモンドさんの部屋まで来れた。
後は、この扉を叩くだけ……。
……よ、よし! いくよ!
コンコンコン。できる限りいつも通りに聞こえるように心がけて、扉を鳴らす。
「……はい?」
不審そうなレイモンドさんの声。
やっぱり、まだ起きてた。今朝の件を差し置いても、彼のことだから仕事をしてて起きてそうな気がしてたんだよね。
スッと息を吸って、声が震えたりしないように注意する。
「クガです。今朝の、その、添い寝をしに、来ました……」
ゴトッ! ガッ!! バサバサバサバサッ
え、なに? なんだか部屋の中で、色んな音がしたんだけど。
かと思えば、今度は物音が一切しない。
静寂が怖い。あとレイモンドさんの反応も。
静かに扉が開いた。
「っ!?」
ちょ、え!? 中からヌッと腕がのびてきて、引きずり込まれたんだけど!?
背後で扉が閉まるのと、彼の手が勢いよく私の横につかれるのは同時で。
見上げたら、レイモンドさんの瞳と目が合った。
切羽詰まった表情で、モノクルの奥の目を細めてる。
見たことない、彼の表情。
心臓が、ドクンと大きく脈を打ったのが聞こえる。
「あなたは、一体何を考えているのですか……!」
叱責する声は、絞り出したみたいで。
強く寄せられた眉の間のシワが、彼の心情を私に教えてくれてる。
彼の腕によって、退路はふさがれてる。
腕で囲まれて距離も近いし、レイモンドさんの言葉にもっとドキドキする。
「約束、しましたから」
「だからと言って……あなたはまるでわかっていません! そもそも、夜更けに男性の寝室に訪れるなど……!」
「……でも、私とレイモンドさんですよ?」
私は、好きだから、ドキドキしたりするけど。レイモンドさんはちょっと寝づらくなるだけだよね?
「っ! あなたというかたは!」
あからさまに舌打ちするなんて、らしくない。空いているほうの手でモノクルの位置を直してるけど、彼がイライラしてるのは隠しきれてない。
「っえ?」
手首をつかまれて、引っ張られる。
連れられて行かれた先は、彼のベッドの上。
戸惑ってたせいで、あっけなく押し倒される。仰向けで転がったって、どこか現実感がなくて。
朝彼を起こしに行くから、普段から見慣れているはずなのに。まさか、自分が寝転ぶことになるなんて思わなかった。
まばたきした次の瞬間、私の頬に何かが触れた。サラサラとしたこれって、レイモンドさんの髪?
視界のほとんどが、レイモンドさんに支配される。
覆い被さる彼は、苦しそうな表情をしてた。
「よもや、私があなたに何もしないと。そのような愚考をしているのですか」
さっきまでの私の考えがバレてる。
言い返せなくて黙ってたら、肯定ととらえたレイモンドさんがため息をついた。
「どれほど危機管理能力が退化しているのですか」
なに、その言い方。それじゃあまるで。
「……何か、するんですか?」
自然と、聞いてしまった。だって、そんなはずないよね。レイモンドさんが、わざわざ私に手を出す理由がない。
生真面目な彼が、女だからって誰彼構わずに襲うこともないだろうし。
ジッとして、否定を待っていた。
レイモンドさんは目を見開いて固まった後に、苦く笑った。
「……知りたいですか?」
押し殺すみたいに、低い声で。でもとろけるように艶やかに。
ささやかれた私の耳が、ブワッと熱くなる。
「っ!?」
色気が! 色気がスゴいことになってます!?
ドキドキで息がつまって、呼吸の仕方を一瞬忘れたよ!?
「っふ、そのような顔をするなんて。本当にあなたは、自覚がありませんね」
どんな顔!? 自分じゃよくわからないよ!?
ただわかることといったら、絶対顔が赤くなってるってことくらいで。
「わかりませんか? 男を煽《あお》る表情と言えば、伝わりますか」
「あ、煽《あお》ってなんか……」
「ええ、あなたはそのつもりでしょう。ですが、時と場所を鑑《かんが》みなさい」
深夜。ベッドの上。押し倒されてる。
…………もしかしなくても、すごい状況?
え、まさかのまさか。襲う、とか。
待って! ほ、本当に!? レイモンドさんは、するつもりなの!?
そんな急に、しかも、恋人でもない、ただの雇用関係なのに……も、もちろん私は好きだけど……!
「っ! レ、レイモンドさん!」
「はい、何か」
「や、え、あ、の……え、ほ、本気で……?」
「……」
何か言ってくださいぃぃいいいっ!!
無言が重くて身の置き場に困るから!
固まってただジッとレイモンドさんを見るしかない。こういうの、蛇に睨まれたカエルって言うんだよね!?
不意に、彼の結ばれた唇が緩んだ。
「っふ、とんだ間抜け面ですね」
笑われた!?
一変して吹き出したレイモンドさんが、クツクツと肩を揺らしてる。
「からかったんですか!?」
「さぁ、どうでしょうか」
「!?」
なにそのあやふやな言い方? え、からかってなかったってこと? まさか……ね?
「それでは、寝ましょうか」
「はい…………っ?」
え、ちょっと待って! 今、なんか変だったよね?
カチャっと軽い音がした。そして、私の隣に体重がかかって、一瞬だけベッドが揺れた。
そっと揺れた元をたどったら、レイモンドさんが寝転んでた。私の横で。
--え、いや、ちょっと、待って!
「っっ!? な、ななななんで、その、さっきまでの話の流れで寝るんですか!?」
衝撃的すぎて、身を起こして飛びのいた。
って、のそのそ寝台に潜り込んでいる!?
「やかましいですね。バカであっても風邪は引くのですから、あなたもしっかりとシーツにくるまりなさい」
その言い方じゃ、私がバカだってことになるよね!?
嫌味は通常運転なのに、行動が伴《ともな》ってない!
ほら、と言いながら、片手でシーツをめくり上げてる。
色気の! 暴力!!
いつの間にかモノクルも外してるし、寝る準備万端!?
待ち構えてるレイモンドさんのそばに行くの!? しょ、正直、身が重いというか……!
腰が完全に引けてる私に気づいて、レイモンドさんが深いため息をついた。
「本当にあなたという方は、ままなりませんね」
グッと、引き込まれる。
腕が引かれて転んだ先は、さっきまでいたベッドの上。
レイモンドさんの胸が、鼻の先に当たってる。視界の隅にシャツからのぞく彼の鎖骨が映って、いけないものを見てしまった気分。
全部の感覚に緊張するのがあって、ちっとも落ち着けない!
「ま、え、あ、う……く、くくく靴! 脱いでないですよね!?」
この状況を変えたくて叫んだ。
「べつに一日くらい構わないでしょう」
「か、構います!」
そういうの一番気にしそうなレイモンドさんが、どうしてそんな反応を!?
抗議の意味を込めて睨み上げたら、深いため息が落とされた。
「仕方ありませんね」
捕まれてた腕が離される。靴を脱ぐために、体を起こしてかがんだ。
背後でレイモンドさんが動く気配がする。きっと彼も靴を脱いでいるんじゃないかな。
靴ヒモをほどく手が震えてる。だって、これが終わったら私、どうなっちゃうの!? 寝るの? レイモンドさんと!?
固く結んだつもりはないのに、時間がかかった。スポッと気の抜ける音がして、両足が軽くなったと思ったら、腕を引かれる。
後はまた、さっきまでの状況に逆戻り。
「ほら、寝ますよ」
あきれた口調で、私をたしなめるみたいに彼が言う。
そっと見上げたら、レイモンドさんもこっちを見てて、目が合った。
一瞬で視線を外しちゃったのは、恥ずかしくて苦しくて仕方なかったから。
どうして、そんな優しい目を、私に向けるてくれるの?
彼の手が、シーツの上から私を軽くあやすみたいに叩いてる。
子どもを寝かしつけるみたい。
……レイモンドさんにとって、私はまだ子どもってこと?
何もしない気ってことは、その優しいしぐさでわかる。
ホッとするけど、ちょっと切ない。
さっきはああ言われたけど、レイモンドさんにとって対象外ってしめされたみたいで。
ああ、欲張りかも、私。
元の世界に戻るつもりなら、求めてなんかいけないのに。
彼の心が、こっちを向いてくれないかななんて、そんな浅ましいことを考えてる。
彼のうながす手で、私のまぶたがドンドン重くなって……。
考える力が、抜けてく。
もったいないな。もう少し、起きていたかった気もするよ。
明日目が覚めたら、なくなっちゃう夢だけど。
どうか、少しでもこの温かい気持ちが、続いていますように。
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