ミスキャスト!

梅津 咲火

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◇最終章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼と私の関係は何ですか?

第五十四話  「さぁ、選べよ」

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「私は、この世界に……ここにいたい」

 言葉にすると、しっくりくる。
 ストンと、に落ちたって感じだ。

 ……クロウの言うように、私の中では決まっていたことなのかもしれない。
 向き合うのが怖くて、逃げて、見えないふりをしてた。

 だけど、それももうおしまい。

 私は選択したことを後悔するだろう。だって、それは元の世界を切り捨てたってことに他ならないから。
 それでも私は選んだ。選んでしまった。

 まぶたの裏に映った人影に、罪悪感がわきあがった。忘れるなと、逃げるつもりかと、訴えてくる。
 それに何も感じないっていうわけじゃない。

 ……ごめんなさい。それでも私は、こっちがいい。
 彼のそばにいたいから。

 たとえこの想いを伝えなくたっていい。ううん、むしろ伝えられる可能性は、ほぼゼロなはず。
 だって、好きという感情を向けられたら、レイモンドは困るに決まっているから。関係を崩すつもりはなかった。

 だから私は、このままでいい。

 実らない恋は、いつか枯れるかもしれない。理知的な部分の私が、一時の感情で決めてしまうなんてとあきれていた。

 だけど、叶う恋が本当に大事かはわからない。
 叶わなくたって、そうでしょ?

 実らない恋をするのは、先輩ので慣れている。だけど、レイモンドさんに向けるものは、あのときよりずっと重く、複雑だ。

 あまく切ないだけじゃない。苦くてつらいのに、時折舞い上がりそうなくらいうれしくなって。

 グラグラと揺さぶられて、私自身の考えも感情も変わっていく。
 彼の動作、発言ひとつで簡単に。

 この想いは危険すぎるってわかっていても、切り離せない。なくしたくない。

 恋に焦がれて、次元を超えて残るっていうのも、無謀で無鉄砲な行為。一世一代の大博打に、身を投げたっていいじゃない。

 クロウは身動きせずに、立っていた。漆黒の瞳は、私の様子を観察していた。
 目をそらさずに見つめていたけど、先に視線をはずしたのはクロウだった。

「審判はなされた」

 へ? 審判?

「どういうこと?」
「……」

 無視? そしてヘリに足をかけてるってことは、もう今日はそのまま帰るってこと?
 気まぐれなネコみたいな行動。自由気ままというか、気分屋というか。もしかしたら、クロウの中では理由とかあるのかもしれないけど。

「またね、クロウ」
「……」

 それも返事なしなの?
 クロウは私を一瞥《いちべつ》して、夜空に飛び出した。
 彼の黒一色の服が、闇に溶けていく。

 念のため、手すりから身を乗り出しても、階下には落下に失敗した姿はない。
 ……もう慣れた気がする。クロウの神出鬼没さにも。

 にしても、クロウは何の用事で、いつもここにくるんだろう?
 私に用があるにしたって、なぞなぞみたいなことしか言わないし……。

 いつか、あかしてくれる日がくるのかな。


 ◇◇◇


 いつも通り仕事をこなす、そのつもりだった。だけどその日は、レイモンドさんが外でこなさなきゃいけない仕事だとかで屋敷をでることになった。
 私はやっぱりまだ安全面が確保できてないのか、留守番になってしまった。

 かわりの従者を引き連れて外出した、レイモンドさんを見送って。屋敷内の他の仕事をこなそうとしたら、どこから嗅ぎ付けたのか料理長、もといヴェルツさんに強制的に調理場担当にされた。

 そこまではいい。だけど、問題はその後だ。

「どうして、こんなことになってるのかな……」

 見下ろせば、縄でしっかり縛られた手足。
 ホコリっぽいこの場所は、窓一つなくて、木製の床は少しの身じろぎだけできしむ。

 つまりこの状況は、まんまと誘拐されてしまったってことで。

 意識がなくなったのは、調理場じゃなくて、使用人向けの出入口あたり。そこで業者から野菜とかの荷物の入った木箱を受け取ろうとしたのが、最後の記憶。

 ということは、たぶんその業者にやられたのかな……。
 その時はヴェルツさんも一緒にいたけど、彼は無事かも気になる。

 運搬に使われたのは、野菜とか入ってると思ってた木箱かもしれない。その中が空なら、私を積めて運んだら目立ちにくいはず。

 この状況になった原因はわかった。だけど、ここからどうしよう。
 私がいなくなったことに屋敷の皆が気づくとしたら、食事時。昼食は仕事仲間と一緒に食べてるから、さすがに屋敷に私がいないこともわかるはず。

 そこから捜索の手がのびたとして、発見はどのくらい? 早くて半日? それとも数日?

 ……わからない。やっぱり、逃げるほうがいい? でも外が安全だとも限らない。拉致《らち》してきた犯人だって、一人とは言いきれないし。
 そもそも、私を生かすつもりはあるの……?

「っ!」

 背筋が冷たくなる。すうっと血の気が引いた。
 自然と体が震えた。

 ーー考えちゃダメ! 悪い可能性を考えて、パニックになるほうが、もっと危ないんだから!

 あわてて首をふって、大きく深呼吸をした。
 口に詰め物がなくて、自由にしゃべれるとはいえ、ここで大声を上げて犯人を刺激するのもよくない。

 よく考えなくちゃ……。
 ……私を屋敷で殺さず、拉致してきたってことは、その必要があったってこと。つまり、利用しようとしてるってこと。

 だけど、犯人の目的は?

 ふと、この部屋に唯一ある扉からにぶい音が聞こえた。
 誰? まさか犯人?

 鍵を開けるガチャンという音がした。

「!」

 灯り一つなかった暗い室内に、光が差し込んでくる。
 まぶしくて見えない。目を細めても、正面から寄ってくる男の顔は、逆光で見えなかった。

「っは、やっとお目覚めか」

 粗い足音をたててほこりを舞上げながら、その男は言った。聞いたことがない声ってことは、やっぱり犯人?

「おおー、怖い怖い。そう睨むんじゃねぇ」

 どこが。全く怖がってる声のトーンじゃないくせに!
 私をからかうつもりでしかない挑発。それにのらないようにグッとこらえた。

 深呼吸をして、罵ろうとした言葉を無理矢理飲み込んだ。

「あなたの目的はなに?」

 光に段々目が慣れてきて、敵の顔がはっきりしてくる。
 妙に整った色男で、焦げ茶色の髪をしていた。一つ目立つのは、頬にそって走る直線の傷痕。

 顔立ちだけなら、ホストっていわれても遜色そんしょくない。だけど、雰囲気が重苦しくて、その頬にある傷も彼が堅気の人間じゃないって物語ってた。

 笑ってるのに、目が笑ってない。相手も私を観察してるように見えた。
 
「ふん、大した肝っ玉だ。声一つ震えてないときた」

 鼻で笑われた。完全にバカにされてる。
 それはそうだ。私は手も足も縛られてる状態で、この人は自由に動ける状態。彼に命を握られてる状態なんだから。

「お前、何が一番人を正直にするか、知ってるか」

 あごをつかまれた。瞳をのぞきこんできた彼は、ニヤリと笑う。

 私の頬を、風が通る。ハラリと、視界の端に見えたのは、自分自身の髪がわずかに床に落ちる様子だった。

 一拍おいてからくるのは、やけつくみたいなにぶい痛み。
 頬に熱い液体が伝うのがわかる。

 確認しなくてもわかる。

 ――血だ。
 一瞬で、彼は私を切りつけてきたんだ。

 空いたほうの手でナイフを持てあそんでる。私に見せびらかすように。
 赤く染まった刀身が、光を反射してる。

「恐怖だ」

 笑い、彼は私を見下ろす。ただ一片の感情も見逃すつもりがない目が、スッと細くなった。

「どんなに偉そうなヤツも、命をちらつかせりゃあ、コロッと態度を変える。這いつくばって懇願《こんがん》する情けねぇヤツ、身の程知らずに取り引きを持ちかけるバカ」

 頬が冷たい。視線の端に、頬にあてられたナイフが見えた。
 ジンワリと背中がぬれていく。緊張で汗がとまらない。

 手慣れている。きっと何人も、彼は手を汚してきたんだろう。

 彼の心一つで、私の命は終わる。それが、手にとるようにわかる。

 ――じゃあなんで、私を生かしてるの?

「人質」
「……」

 目の前の顔から笑みが消える。

「私をここへ連れてきたのは、マクファーソン家への脅しの材料にするため。だからあなたは、私を殺せない」
「……」

 男の真顔は、威圧感があった。まるで頭からのまれそうな雰囲気。
 虚勢だけど、精一杯睨み返す。

 言いきったのは、あちらにはない情報を持ってるってみせるカモフラージュと、思い通りにはならないっていう証明。

 震える指先を握りこんで、相手に見せないようにした。

「そうでしょ?」
「……」

 視線をあわせると、男の目が細くなった。唇の端が、ゆっくりと持ち上がる。
 同時に、ナイフを持った彼の手が動いた。

「っ!?」

 なにこの音!?
 にぶい音がしたかと思ったら、そばの床が揺れたような……。

 ……え、なにこれ。
 床にナイフが刺さってる。いや、刺さってるのはいいんだけど、その部分から木製の床に亀裂が走ってるんだけど。

 全力疾走したときみたいにバクバク心臓が動いて、一気に血がひいていく。

「まずまずってとこか」

 凝視してる私を見て満足そうにしてるけど、この人感性がおかしいんじゃないの!?
 動揺は意地でも見せないように睨んだけど、正直心臓が痛いよ。

 これが刺さったら、なんて考えちゃダメ。
 恐怖心を見せたら終わりなんだから。

「先方からは、取り引き後に速やかにを要求されたが、気が変わった」

 処理……? それってまさか、殺すってこと!?

 しかも利用だけして殺すって予定だったとか、エグい!
 知らないうちに首の皮一枚つながったってこと?

「賭けをしようや、嬢ちゃん。お前が勝ったら、情報をやるよ」
「……負けたら?」

 男がわらう。その視線の先には、床に刺さったナイフがあった。
 賭けるのは、私の命か。

 ハイリスクすぎる賭け。正直、のりたくない。
 だけど断ったら、機嫌を損ねてその時点でおしまいだろう。

 勝てば、時間稼ぎも命を引き延ばすこともできる。

「……わかり、ました」

 相手の望んだ答えを返すしか、残された道はない。

「そうこないとな」

 楽しそうに歌うみたいに、男は返してきた。

 男は懐から、一枚の金貨を取り出した。

「俺はな、退屈が嫌いなんだ。だから精々、楽しませてくれよ」

 歌うように、男は言う。わずかに差し込んできてる光を反射して、その金貨はやけに鈍く輝いてるように見えた。

「ここに1枚の金貨一枚がある。これを投げて裏か表か当てようや。お前の言う面が出たら勝ち。どうだ? 簡単だろ?」

 いわゆるコイントス、というもの?
 私に選択権をあたえるあたり良心的、なのかもしれない。

 男はおもむろに上に金貨を弾いた。ピンッと爪が鳴らす音が聞こえる。空中できらめいて、コインが落ちていく。
 手の甲でそれを捕まえて、押さえた。

 男がわらう。

「さぁ、選べよ。生か死か。お前はどっちだろうな」

 こんな運任せに私の命を任せるなんて、非道すぎる。
 文句を言いたいけれど、絶対に許されないだろう。

 私は口を開いて――


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