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【第一話】かつての英雄は…①
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「クーリド先生、クーリド先生! 村の入り口に急患です」
診療所の入り口で、村人の緊迫した声がする。
「すぐにいく」
診察室で、いつの間にかどこかから診療所に届いていた現代日本の医学専門雑誌をめくっていたクーリド・ウエスティニアは、長年使いなれた往診バッグを掴んで診療所の外に駆けだした。
走りながら、バッグの中に聴診器や血圧計、ガーゼによく似た布、注射器と筆記用具、カルテ、ポーションや解毒剤......使い慣れた道具があることを確認する。
「よし――」
前世の記憶――日本の救命救急センターで叩き込まれた知識が今、役に立っている。
こちらの村の診療所を引き継いで40年。
あの激務の救急センターでは絶対に診ない患者ばかり、診察している。
「……おお、これは大変な怪我だな……」
村の門の内側に、村人たちの手によって寝かされた男は、見たところ40代の男性だ。髪色は明るい赤で目の色は紫。彼が珍しいわけではなく、黒髪黒目のクーリドの方が珍しい。
というのも、この国の人々は、髪と目は色とりどりである。色に法則性や遺伝要素はなく、ただただ、様々な髪の色と目の色をしているだけである。
例外なのが、前世の記憶を持っている『転生者』である。転生者はなぜか、黒や茶色といった色合いである。
「ふむ、これは屈強な……熟練剣士だな」
黒い鉄で出来た甲冑を着ているのに、全身を強く打っている。強大なモンスターか術に吹っ飛ばされて岩か大木に激突したのだろうと、クーリドは推測する。が、名のある英雄であろう患者の名誉のために、詳細は敢えて伏せる。
「シェリーヌ、彼の脇腹は裂傷、左足はおそらく骨折。どちらも手術せねばならんので、オペ室の用意を頼む」
はい、とナース服を着用した背の高い女性が診療所に向かって駆け出す。
彼女の名はシェリーヌ。白い髪に銀の目が印象的な、美人である。
元は王国で名の知られた白魔法使いの冒険者だった。だが、自身が大怪我を負い、治療のためにこの村に滞在しているうちに、この村とクーリドの施す医療行為に興味を持ち、冒険者をやめてクーリドの治療を手伝っている。元々冒険者だっただけのことはあり、優秀で肝の座った看護師である。
「おお、熱が高いな……シエリナに頼んで、薬湯を急いで濃い目に作ってもらわないと……」
誰か、と視線を動かせば若い村人の一人が「おれが」と手を挙げた。
「カイドか! よし、シエリナへの使いを頼まれてくれるか」
「はい」
「おそらく、薬湯を煎じる手伝いが必要だろう。時間が許すなら、彼女の手伝いを頼む」
こくん、と頷く彼に、走り書きのメモを渡す。
「今頃はきっと、村の周囲で薬草を探しているはず」
「わかりました、探してみます」
薬剤師のシエリナ・ウエスティニアは彼の妻である。彼女もまた、前世の記憶を持っている。前世では調剤薬局で薬剤師として勤務していたそうだ。その時の知識をいかし、この村で薬剤師として働いている。
むろん、薬品の数は現代日本とは比べ物にならないほどに少ない。似たような効能を持つ薬草やモンスターのドロップ品を集めなければならないため、彼女の苦労は並大抵ではない。
「よし――止血、固定も完了……診療所へ」
村の男数人がかりで運ばねばならん、とクーリドが腕を組んだとき、患者の目がうっすら開いた。
「ああ、先生……」
「む、意識が戻ったか」
「診療所は……どっちですか……」
自力で移動します、と、剣士は巨体をゆっくり起こした。そのまま歩こうとするが、すぐに目を擦って頭をゆっくり振る。
「ああ、やはりだめか……」
体が思うように動かないらしいことを察したクーリドがすぐに、彼の目を覗き込む。
「……そのまま、ゆっくり左に進むのじゃ」
「はい」
クーリドと村人に支えられ、やっとの思いで診療所までたどり着いた剣士は、大きく唸って簡易ベッドに倒れ込んだ。そこで、再び意識を失った。
「たいした男じゃ……」
さすがは、この王国どころか大陸に名を知られた英雄である。
(常人なら……大怪我、毒が回った体、見えぬ目でこんなに歩けないぞ……)
とんでもない体力と精神力の持ち主である。
クーリドは尊敬の念を込めながら男の装備を外していった。
「はい、解毒薬もできました」
「さすが、仕事が早いな」
白衣に身を包んだシエリナが、小さなカップを差し出した。
「これを、三時間おきに経口投与」
「三時間、か。強い毒ということだな」
「ええ。でも大変なのはそこから先よ……わたしの薬で毒は対処できるし、あなたのオペで外科的治療はできると思うけど……」
夫婦の目線が、一か所に注がれる。
彼の負った傷は、見た目以上に深いのである。
診療所の入り口で、村人の緊迫した声がする。
「すぐにいく」
診察室で、いつの間にかどこかから診療所に届いていた現代日本の医学専門雑誌をめくっていたクーリド・ウエスティニアは、長年使いなれた往診バッグを掴んで診療所の外に駆けだした。
走りながら、バッグの中に聴診器や血圧計、ガーゼによく似た布、注射器と筆記用具、カルテ、ポーションや解毒剤......使い慣れた道具があることを確認する。
「よし――」
前世の記憶――日本の救命救急センターで叩き込まれた知識が今、役に立っている。
こちらの村の診療所を引き継いで40年。
あの激務の救急センターでは絶対に診ない患者ばかり、診察している。
「……おお、これは大変な怪我だな……」
村の門の内側に、村人たちの手によって寝かされた男は、見たところ40代の男性だ。髪色は明るい赤で目の色は紫。彼が珍しいわけではなく、黒髪黒目のクーリドの方が珍しい。
というのも、この国の人々は、髪と目は色とりどりである。色に法則性や遺伝要素はなく、ただただ、様々な髪の色と目の色をしているだけである。
例外なのが、前世の記憶を持っている『転生者』である。転生者はなぜか、黒や茶色といった色合いである。
「ふむ、これは屈強な……熟練剣士だな」
黒い鉄で出来た甲冑を着ているのに、全身を強く打っている。強大なモンスターか術に吹っ飛ばされて岩か大木に激突したのだろうと、クーリドは推測する。が、名のある英雄であろう患者の名誉のために、詳細は敢えて伏せる。
「シェリーヌ、彼の脇腹は裂傷、左足はおそらく骨折。どちらも手術せねばならんので、オペ室の用意を頼む」
はい、とナース服を着用した背の高い女性が診療所に向かって駆け出す。
彼女の名はシェリーヌ。白い髪に銀の目が印象的な、美人である。
元は王国で名の知られた白魔法使いの冒険者だった。だが、自身が大怪我を負い、治療のためにこの村に滞在しているうちに、この村とクーリドの施す医療行為に興味を持ち、冒険者をやめてクーリドの治療を手伝っている。元々冒険者だっただけのことはあり、優秀で肝の座った看護師である。
「おお、熱が高いな……シエリナに頼んで、薬湯を急いで濃い目に作ってもらわないと……」
誰か、と視線を動かせば若い村人の一人が「おれが」と手を挙げた。
「カイドか! よし、シエリナへの使いを頼まれてくれるか」
「はい」
「おそらく、薬湯を煎じる手伝いが必要だろう。時間が許すなら、彼女の手伝いを頼む」
こくん、と頷く彼に、走り書きのメモを渡す。
「今頃はきっと、村の周囲で薬草を探しているはず」
「わかりました、探してみます」
薬剤師のシエリナ・ウエスティニアは彼の妻である。彼女もまた、前世の記憶を持っている。前世では調剤薬局で薬剤師として勤務していたそうだ。その時の知識をいかし、この村で薬剤師として働いている。
むろん、薬品の数は現代日本とは比べ物にならないほどに少ない。似たような効能を持つ薬草やモンスターのドロップ品を集めなければならないため、彼女の苦労は並大抵ではない。
「よし――止血、固定も完了……診療所へ」
村の男数人がかりで運ばねばならん、とクーリドが腕を組んだとき、患者の目がうっすら開いた。
「ああ、先生……」
「む、意識が戻ったか」
「診療所は……どっちですか……」
自力で移動します、と、剣士は巨体をゆっくり起こした。そのまま歩こうとするが、すぐに目を擦って頭をゆっくり振る。
「ああ、やはりだめか……」
体が思うように動かないらしいことを察したクーリドがすぐに、彼の目を覗き込む。
「……そのまま、ゆっくり左に進むのじゃ」
「はい」
クーリドと村人に支えられ、やっとの思いで診療所までたどり着いた剣士は、大きく唸って簡易ベッドに倒れ込んだ。そこで、再び意識を失った。
「たいした男じゃ……」
さすがは、この王国どころか大陸に名を知られた英雄である。
(常人なら……大怪我、毒が回った体、見えぬ目でこんなに歩けないぞ……)
とんでもない体力と精神力の持ち主である。
クーリドは尊敬の念を込めながら男の装備を外していった。
「はい、解毒薬もできました」
「さすが、仕事が早いな」
白衣に身を包んだシエリナが、小さなカップを差し出した。
「これを、三時間おきに経口投与」
「三時間、か。強い毒ということだな」
「ええ。でも大変なのはそこから先よ……わたしの薬で毒は対処できるし、あなたのオペで外科的治療はできると思うけど……」
夫婦の目線が、一か所に注がれる。
彼の負った傷は、見た目以上に深いのである。
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