39 / 120
:変な皇子は勘がいい―3:
しおりを挟むいつかは誰かが「王が身代わりではないか?」と気付いてしまう――その恐怖は常に持ち合わせていた。実際、サンテンス国の国王は気付いている。万事弁えているお方なので、お一人の胸にしまってくれているにすぎない。
「それにしても、バレるのがこんなに早いなんて……」
カドリーユをどうやって踊り終えたのか、どうやって王の席へ戻ったのか、ローテローゼはその記憶がなかった。
周囲の人々が拍手をしてくれているのがわかり、ほとんど訳も分からず挨拶を返す。しかし音はすべて遠くに聞こえ、足元がふわふわする。
「はっ……ふー……」
「陛下? お顔の色が……」
同じように踊り終えて血色の良くなったマティスが優雅に近寄ってくる。大丈夫だ、と、片手をあげる。ベルナールがよくやる仕草だ。それに合わせて笑みを無理矢理に浮かべた。だが、マティスを誤魔化せるわけがなく、にこやかな表情のままではあるが、マティスの目が真剣実を帯びる。
揺れる視界のまま部屋をゆったりと見まわす。特に目的があってのことではなかったのだが、多くの人々が王の挙動に注目していて、会釈をしてくれる。それに礼を返す。主催なのだ、国王なのだという感覚がローテローゼの肩にずしりと乗る。
ひときわ長身の男が、こちらを見ている。その視線は絡みつくようで、すべてを見透かすようでたまらない。
「マティス、扇と水をとってくれないか。暑くてかなわない」
「おや、すごい汗ですね……」
渡されたグラスの水を一気に煽る。
「ああ、美味しい」
布を巻き付けて胸を潰しているぶん、熱が体に籠るのだ。しかも、喉仏がないことを隠すために襟の高い服のため更に暑い。
ローテローゼは扇を手にしていつものようにゆったりと扇いでしまってからあわててマティスに渡した。
この国の男性は、あまり扇を使わない。ましてや国王は自分で扇いだりはしないのだ。
「扇いでくれ」
「はい」
そうこうしているうちに、楽団が次の曲を演奏し始める。ウィンナーワルツだ。
「マティス、わたしは踊らなくていいのかな?」
「はい。ここからはお客さまが楽しむ時間帯です。陛下はここから眺めていらしても構いませんし、気になる方をお誘いしても構いません」
兄はどうしていたかと記憶を手繰れば、アナスタシアと踊ったあとは、急いで食べたり飲んだりしていた。
「そう――いま食べなくちゃ……」
目の前に並んだごちそうは、ほとんど手が付けられていない。緊張のあまり喉を越さないのだ。だが、兄が豪快に食べていた姿を知っている人が見れば、食べない王に違和感を覚えるかもしれない。
ローテローゼは、ナイフとフォークを手に取った。
ひよこ豆のスープとマッシュポテト、ローストラムのミントソースがけを順番に口に入れる。味などわかったものではないが、どれも兄の好物ばかりだということに気付く。
そして、フロアを回っている給仕が運んでいるのは、ローテローゼが大好きなバニラのアイスクリームだ。
きっと料理長が、緊張するであろう新王とその妹を少しでも楽しくしようと張り切ったのだろう。
「――愛されてるのね」
お兄さま、とは胸の内だけでつぶやく。思わず頬が緩んだ。
「陛下? どうなさいましたか?」
「ああ、マティス。このメニュー、料理長の心づくしだと思って」
「はい、そうですね」
「よくよく礼を述べておいてくれ」
かしこまりました、と、マティスもうなずく。
一方、ヴァーン皇子はどうしているかと見れば、ダンスフロアの真ん中から少しそれたあたりにいた。
どうやら乳母に腕を掴まれて、強制的に自分の席に連れ戻されているらしい。
察するに、他国のレディにちょっかいをだしたらしい。相手のレディの従者が顔を真っ赤にして抗議している。乳母がぺこぺこと平謝りしているのだが、悪事を働いた張本人は、その間にも通りがかったレディの腰を抱き寄せようとして手を扇で叩かれている。
「とんだ女好きだな、あれは」
思わず苦笑が漏れたが――その瞬間、ヴァーン皇子がローテローゼを見た。
「!」
遠く離れているはずなのに、ヴァーン皇子がにやりと笑ったのが分かった。
――怖い!
ローテローゼは反射的に視線を外しそうになって、あわてて堪えた。
0
あなたにおすすめの小説
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
【完結・おまけ追加】期間限定の妻は夫にとろっとろに蕩けさせられて大変困惑しております
紬あおい
恋愛
病弱な妹リリスの代わりに嫁いだミルゼは、夫のラディアスと期間限定の夫婦となる。
二年後にはリリスと交代しなければならない。
そんなミルゼを閨で蕩かすラディアス。
普段も優しい良き夫に困惑を隠せないミルゼだった…
敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています
藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。
結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。
聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。
侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。
※全11話 2万字程度の話です。
覇王に執着される傾国の男装騎士〜忘却の接吻を、愛しき宿敵へ〜
甘塩ます☆
恋愛
男装騎士アーサーは、かつての宿敵・カイル王に捕らわれ、「専属メイド」として屈辱的な奉仕を命じられる。しかし、復讐のために自分を弄ぶはずのカイルが向けたのは、狂気にも似た深い愛だった。
次期騎士団長の秘密を知ってしまったら、迫られ捕まってしまいました
Karamimi
恋愛
侯爵令嬢で貴族学院2年のルミナスは、元騎士団長だった父親を8歳の時に魔物討伐で亡くした。一家の大黒柱だった父を亡くしたことで、次期騎士団長と期待されていた兄は騎士団を辞め、12歳という若さで侯爵を継いだ。
そんな兄を支えていたルミナスは、ある日貴族学院3年、公爵令息カルロスの意外な姿を見てしまった。学院卒院後は騎士団長になる事も決まっているうえ、容姿端麗で勉学、武術も優れているまさに完璧公爵令息の彼とはあまりにも違う姿に、笑いが止まらない。
お兄様の夢だった騎士団長の座を奪ったと、一方的にカルロスを嫌っていたルミナスだが、さすがにこの秘密は墓場まで持って行こう。そう決めていたのだが、翌日カルロスに捕まり、鼻息荒く迫って来る姿にドン引きのルミナス。
挙句の果てに“ルミタン”だなんて呼ぶ始末。もうあの男に関わるのはやめよう、そう思っていたのに…
意地っ張りで素直になれない令嬢、ルミナスと、ちょっと気持ち悪いがルミナスを誰よりも愛している次期騎士団長、カルロスが幸せになるまでのお話しです。
よろしくお願いしますm(__)m
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
【短編完結】元聖女は聖騎士の執着から逃げられない 聖女を辞めた夜、幼馴染の聖騎士に初めてを奪われました
えびのおすし
恋愛
瘴気を祓う任務を終え、聖女の務めから解放されたミヤ。
同じく役目を終えた聖女たちと最後の女子会を開くことに。
聖女セレフィーナが王子との婚約を決めたと知り、彼女たちはお互いの新たな門出を祝い合う。
ミヤには、ずっと心に秘めていた想いがあった。
相手は、幼馴染であり専属聖騎士だったカイル。
けれど、その気持ちを告げるつもりはなかった。
女子会を終え、自室へ戻ったミヤを待っていたのはカイルだった。
いつも通り無邪気に振る舞うミヤに、彼は思いがけない熱を向けてくる。
――きっとこれが、カイルと過ごす最後の夜になる。
彼の真意が分からないまま、ミヤはカイルを受け入れた。
元聖女と幼馴染聖騎士の、鈍感すれ違いラブ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる