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第一章 誰が駒鳥を隠したか
【024】ロビン
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カサンドラがダーラに諸々の話を吐かされた翌日、アーサーが予定通りに訪ねてきた。
「――で、これはパーモントさんと、おれからです」
「まあ、ご丁寧に。ありがとうございます……あら」
挨拶もそこそこに、アーサーが手渡してきたのは、瓶入りのアンチョビと酢漬けのケッパー。
彼曰く、カサンドラが気にしていたものと好きそうなものが、ちょうど手に入ったらしい。なんらかの無茶をしていないかが若干不安になったが、パム爺の薬のお礼も兼ねているとなれば、受け取らないわけにもいかない。実際に欲しかったものだという、本音もある。
なお、アーサーからの気持ちは、単純な点数稼ぎのプレゼントらしい。何食わぬ顔でそう言う彼に面映ゆくなったカサンドラは、片方の受取拒否をしてやろうかと一瞬思う。が、それを悟ったアーサーに食材の活かし方を知らぬ自分では捨てるしか無いと説得された。
初めからそうではあったが、アーサーは穏やかな見た目と性格に反して意外と押しが強い。そうでなければ「雪華の君」なんてやっていられなかったのかもしれない……などと考える程度にはちょっとした現実逃避をした。
「あ、それと……近い内にパーモントさんと一緒に改めて挨拶したいんだけども」
「それならあたしが町へ行くわ。パム爺の足腰に負荷を掛けさせたくないし」
「わかった。それで調整させてもらうよ」
ふと思うのは、招くのでなければ魔女のもてなしの本領が発揮できないこと。
とはいえ、それなら手土産に凝ればいいだけなので、何がいいかとカサンドラは考えを巡らせる。そんなカサンドラの様子を、アーサーは楽しげに眺めていた。
ダイニングキッチンに移動し、カサンドラを腕を組んで考える。
カルボナーラを振る舞うべくパスタ生地を寝かせていたが、せっかくなので貰ったばかりのアンチョビとケッパーを使いたいところである。
しかし、ケッパーを使うパスタ料理といえばプッタネスカが思い浮かぶものの、現在この国にはトマトが存在しない。
「まあ、トマト抜きでもアレンジ次第で十分いけそう、かな……」
方針を決めたカサンドラは、袖をまくって気合を入れた。
手伝えることは無いかと申し出があったため、有り難くパスタを茹でる鍋をアーサーに任せる。その間のカサンドラはベーコンを一口大に切り、ニンニクとアンチョビそしてケッパーとオリーブを刻んだ。刻んだ食材をオリーブオイルで手際よく炒め、茹で汁を加えて馴染ませる。早めに鍋からあげたフェットチーネ的な平打ちのパスタと絡め、オイルソースがとろりとしたら最後に塩と胡椒で味を整え、すぐに完成だ。
製薬にも利用することを考慮した師匠こだわりのキッチンは火が複数口で使えるため、料理の効率が良い。そうした場合は熱源が増えるため、夏場はかなり暑くなるのが玉に瑕だが。
「素人料理なんだし、まぁこんなもんよね!」
「カサンドラさんを見てると、素人ってなんだろうって思うよ」
カサンドラは恵麻時代でも料理をしっかりと学んだことはない。趣味の一環で普通より少しだけハーブやスパイスを扱っていたかもしれないが、独学とも言えないお遊びのもの。
つまり、これも紛うことなき素人料理である。使う食材が輸入品頼りなのでコストが跳ね上がっているだけだ。
カサンドラは、作業台の隅で冷水に浸かり汗を掻く緑茶入りのガラス瓶を取り出す。
抽斗の中からガラスコップとカトラリーを確保し、パスタを載せたトレイをアーサーに任せて、風が通らない暑いダイニングキッチンから脱出した。
前回と同様、庭のテーブルセットに持ってきたものを並べ、冷えたローズマリー緑茶が注がれたグラスベルのコップを持った。
食前の祈りはそこそこに済ませ、カサンドラはわざとらしい咳をひとつ落としてから、改めて口を開いた。
「それでは、出張お疲れ様でしたってことで……乾杯!」
「乾杯――――うわ、冷たっ!」
驚くアーサーを確認し、カサンドラは悪戯成功といった面持ちで目を細めてにんまりと笑う。
暑かっただけで本来は悪戯をしたかったわけではないのだが、もう隠す必要もないということで今回はルーンを使って緑茶を存分に冷やしていた。夏場にここまで冷やせる手段はあまり無い。魔女の知恵は贅沢である。
カサンドラによる手打ちのパスタは、湖畔の町で食べたものよりも大雑把な舌触りだった。オイルソースにするのだったら平打ちではなく棒状のロングパスタにしたかったと、カサンドラは内心でぼやく。もちろん、パスタマシンなどという代物は手元にないので夢のまた夢ではあるが。
なお、味のほうは悪くない。素人料理ということを考えればおおむね成功といっていいだろう。
「……やっぱり、あの店のものには叶わないわね」
「そう? 美味しいよ」
「それならいいのだけれど……ありがと。あとは自分が納得するように精進ね」
カサンドラがケッパーの独特な風味を堪能つつ食べ進めていれば、不意にくいっと軽く髪を引っ張られる。
視線だけをそちらに向けてみると、モスグレイの妖精がカサンドラの肩にくっついていた。
「あれ……その子はグロッシェ商会で見た……?」
「ええ、そうなの。あそこで捕まってた子が、なんだか昨日からずっと居て……オリーブ食べる?」
カサンドラが皿の端に輪切りのオリーブをそっと寄せると、テーブルに降り立ったモスグレイの妖精が嬉しそうに抱えてかじりだす。豪快な食べ方なのに妖精がオイルでベトベトになるわけでもない。不思議な光景だ。
ちなみに、妖精が好むものは個体により様々である。このモスグレイの妖精は小鳥のような翼を持つこともあり、特に木の実などが好きなのかもしれない。もう少し先の季節……庭の隅で風に揺れているエルダーベリーが熟す頃にもここにいるのなら、振る舞えば喜ぶかもしれないとふと思い――。
「……妖精って、名前とかあるのかしら」
ぽつりと、カサンドラの頭に疑問が思い浮かんでくる。思い返してみれば、便宜上外見の特徴を捉えた呼び名を作ることはあれど、個体名について気にしたことはなかった。ある程度の意思の疎通はできるがはっきりと言葉を交わせるわけではないので、当然といえば当然なのかもしれない。
カサンドラとアーサーがテーブルの上でオリーブを食べるモスグレイの妖精をじっと見つめると、ふたりの視線に気がついた妖精は顔を上げて首を傾げた。カサンドラが個体名について妖精に尋ねてみると、今度はきょとんとした顔のままで反対側に首を傾げる。もしかしたら、妖精には個の名前という概念がないのかもしれない。
「……懐いてるみたいだし、カサンドラさんが名前をつけてみる、とか?」
「えっ、野良猫じゃあるまいし……それっていいのかしら」
「勝手に呼ぶ分にはあだ名みたいなものだし、別にいいんじゃないかな」
「……なるほど。さすが『雪華の君』は言うことが違うわね」
「それは早めに忘れて欲しいな!?」
予想外の方向から唐突に黒歴史を掘り返され、焦るアーサーの裏返った声にカサンドラは思わず笑いを漏らす。
笑いながらカサンドラはモスグレイの妖精を観察し……一応考えたが、たったひとつの名前しか思い浮かばなかった。
「――――ロビン。もし……もう少しここに居てくれるのなら、あなたのことをロビンって呼んでいい?」
深呼吸をして笑いを収めたカサンドラに「ロビン」と呼ばれたモスグレイの妖精は、きょとんとした表情を一転させてぱっと喜色を浮かべた。どうやら、このモスグレイの妖精にとって、その名付けは喜ばしいものらしい。
とはいえ、なんとなく勢いで名をつけてしまっただけで、この妖精がいつまでここにいるかはわからない。それこそ、数分後にはもうどこかに行っているかもしれない。妖精とはそういうものだ。
それでも願わくば、人間の欲のせいで大変な思いをした妖精には熟れたエルダーベリーを手渡したいと思うのだ――この、駒鳥のような妖精に。
「あの、アーサーさん。一昨日の件は……その、もう少し時間が欲しくて……ちゃんと、考えるので」
「……あ、うん、わかった」
喜ぶロビンを目にしたカサンドラは、まだ恋でも愛でもその他の何かでもないようなアーサーへ向けるこの感情にも名前をつけてみたいと思った。妖精に名前をつけてみたように、前向きになれる気がしたから。
恵麻が二度も裏切られ壊れ見失った恋心というものが、まだどこかにあるのなら探してみたいのだ。それは恵麻でもエマでもない、ただのカサンドラとして。
少し気恥ずかしくなったカサンドラがアーサーから視線をそらせば、視界の端ですいっとロビンが飛び上がる。オリーブを食べ終わりどこかへ行くのかと思わず視線で追えば、アーサーの耳をつつく姿が目に入った。
ロビンがつつく耳は赤く、ついでに顔も赤い。アーサーのその視線は庭のどこかへ向き、口は彼が自らの手が覆い隠しているため、その感情はあまり伺えない――のだが、喜びに溢れているように思える。
怪訝に思うカサンドラに気がついたアーサーは、ほんの少しだけ視線を彷徨わせ、覆い隠したままの口を開いた。
「いや……。今のって、つまり、前向きな返事だなって思って……嬉しい、だけ」
「……………………ッ!」
カサンドラは明確な返事をしていない。
確かに明確な返事をしていないのだが、あえて意訳するのならば、それは「あなたを好きになりたい」である。
思わず溢れた言葉に込められ、隠す発想すら無かったカサンドラの気持ちを、アーサーはきちんとそう受け取った――受け取ってしまった。だから、隠していたはずの感情を悟られたと、今度はカサンドラの顔が赤く染まる番だった。
「……ちがっ……保留! 保留でーすーっ!」
緑あふれる夏の庭に、カサンドラの照れ隠しの叫び声が響き渡る。
出会いからたった一週間。そんな約一週間という濃い時間を過ごした友人以上恋人未満のふたり。
彼らを心配していた黒いカラスが、少し離れた木の上で溜息をついた。
第一章 誰が駒鳥を隠したか 完
「――で、これはパーモントさんと、おれからです」
「まあ、ご丁寧に。ありがとうございます……あら」
挨拶もそこそこに、アーサーが手渡してきたのは、瓶入りのアンチョビと酢漬けのケッパー。
彼曰く、カサンドラが気にしていたものと好きそうなものが、ちょうど手に入ったらしい。なんらかの無茶をしていないかが若干不安になったが、パム爺の薬のお礼も兼ねているとなれば、受け取らないわけにもいかない。実際に欲しかったものだという、本音もある。
なお、アーサーからの気持ちは、単純な点数稼ぎのプレゼントらしい。何食わぬ顔でそう言う彼に面映ゆくなったカサンドラは、片方の受取拒否をしてやろうかと一瞬思う。が、それを悟ったアーサーに食材の活かし方を知らぬ自分では捨てるしか無いと説得された。
初めからそうではあったが、アーサーは穏やかな見た目と性格に反して意外と押しが強い。そうでなければ「雪華の君」なんてやっていられなかったのかもしれない……などと考える程度にはちょっとした現実逃避をした。
「あ、それと……近い内にパーモントさんと一緒に改めて挨拶したいんだけども」
「それならあたしが町へ行くわ。パム爺の足腰に負荷を掛けさせたくないし」
「わかった。それで調整させてもらうよ」
ふと思うのは、招くのでなければ魔女のもてなしの本領が発揮できないこと。
とはいえ、それなら手土産に凝ればいいだけなので、何がいいかとカサンドラは考えを巡らせる。そんなカサンドラの様子を、アーサーは楽しげに眺めていた。
ダイニングキッチンに移動し、カサンドラを腕を組んで考える。
カルボナーラを振る舞うべくパスタ生地を寝かせていたが、せっかくなので貰ったばかりのアンチョビとケッパーを使いたいところである。
しかし、ケッパーを使うパスタ料理といえばプッタネスカが思い浮かぶものの、現在この国にはトマトが存在しない。
「まあ、トマト抜きでもアレンジ次第で十分いけそう、かな……」
方針を決めたカサンドラは、袖をまくって気合を入れた。
手伝えることは無いかと申し出があったため、有り難くパスタを茹でる鍋をアーサーに任せる。その間のカサンドラはベーコンを一口大に切り、ニンニクとアンチョビそしてケッパーとオリーブを刻んだ。刻んだ食材をオリーブオイルで手際よく炒め、茹で汁を加えて馴染ませる。早めに鍋からあげたフェットチーネ的な平打ちのパスタと絡め、オイルソースがとろりとしたら最後に塩と胡椒で味を整え、すぐに完成だ。
製薬にも利用することを考慮した師匠こだわりのキッチンは火が複数口で使えるため、料理の効率が良い。そうした場合は熱源が増えるため、夏場はかなり暑くなるのが玉に瑕だが。
「素人料理なんだし、まぁこんなもんよね!」
「カサンドラさんを見てると、素人ってなんだろうって思うよ」
カサンドラは恵麻時代でも料理をしっかりと学んだことはない。趣味の一環で普通より少しだけハーブやスパイスを扱っていたかもしれないが、独学とも言えないお遊びのもの。
つまり、これも紛うことなき素人料理である。使う食材が輸入品頼りなのでコストが跳ね上がっているだけだ。
カサンドラは、作業台の隅で冷水に浸かり汗を掻く緑茶入りのガラス瓶を取り出す。
抽斗の中からガラスコップとカトラリーを確保し、パスタを載せたトレイをアーサーに任せて、風が通らない暑いダイニングキッチンから脱出した。
前回と同様、庭のテーブルセットに持ってきたものを並べ、冷えたローズマリー緑茶が注がれたグラスベルのコップを持った。
食前の祈りはそこそこに済ませ、カサンドラはわざとらしい咳をひとつ落としてから、改めて口を開いた。
「それでは、出張お疲れ様でしたってことで……乾杯!」
「乾杯――――うわ、冷たっ!」
驚くアーサーを確認し、カサンドラは悪戯成功といった面持ちで目を細めてにんまりと笑う。
暑かっただけで本来は悪戯をしたかったわけではないのだが、もう隠す必要もないということで今回はルーンを使って緑茶を存分に冷やしていた。夏場にここまで冷やせる手段はあまり無い。魔女の知恵は贅沢である。
カサンドラによる手打ちのパスタは、湖畔の町で食べたものよりも大雑把な舌触りだった。オイルソースにするのだったら平打ちではなく棒状のロングパスタにしたかったと、カサンドラは内心でぼやく。もちろん、パスタマシンなどという代物は手元にないので夢のまた夢ではあるが。
なお、味のほうは悪くない。素人料理ということを考えればおおむね成功といっていいだろう。
「……やっぱり、あの店のものには叶わないわね」
「そう? 美味しいよ」
「それならいいのだけれど……ありがと。あとは自分が納得するように精進ね」
カサンドラがケッパーの独特な風味を堪能つつ食べ進めていれば、不意にくいっと軽く髪を引っ張られる。
視線だけをそちらに向けてみると、モスグレイの妖精がカサンドラの肩にくっついていた。
「あれ……その子はグロッシェ商会で見た……?」
「ええ、そうなの。あそこで捕まってた子が、なんだか昨日からずっと居て……オリーブ食べる?」
カサンドラが皿の端に輪切りのオリーブをそっと寄せると、テーブルに降り立ったモスグレイの妖精が嬉しそうに抱えてかじりだす。豪快な食べ方なのに妖精がオイルでベトベトになるわけでもない。不思議な光景だ。
ちなみに、妖精が好むものは個体により様々である。このモスグレイの妖精は小鳥のような翼を持つこともあり、特に木の実などが好きなのかもしれない。もう少し先の季節……庭の隅で風に揺れているエルダーベリーが熟す頃にもここにいるのなら、振る舞えば喜ぶかもしれないとふと思い――。
「……妖精って、名前とかあるのかしら」
ぽつりと、カサンドラの頭に疑問が思い浮かんでくる。思い返してみれば、便宜上外見の特徴を捉えた呼び名を作ることはあれど、個体名について気にしたことはなかった。ある程度の意思の疎通はできるがはっきりと言葉を交わせるわけではないので、当然といえば当然なのかもしれない。
カサンドラとアーサーがテーブルの上でオリーブを食べるモスグレイの妖精をじっと見つめると、ふたりの視線に気がついた妖精は顔を上げて首を傾げた。カサンドラが個体名について妖精に尋ねてみると、今度はきょとんとした顔のままで反対側に首を傾げる。もしかしたら、妖精には個の名前という概念がないのかもしれない。
「……懐いてるみたいだし、カサンドラさんが名前をつけてみる、とか?」
「えっ、野良猫じゃあるまいし……それっていいのかしら」
「勝手に呼ぶ分にはあだ名みたいなものだし、別にいいんじゃないかな」
「……なるほど。さすが『雪華の君』は言うことが違うわね」
「それは早めに忘れて欲しいな!?」
予想外の方向から唐突に黒歴史を掘り返され、焦るアーサーの裏返った声にカサンドラは思わず笑いを漏らす。
笑いながらカサンドラはモスグレイの妖精を観察し……一応考えたが、たったひとつの名前しか思い浮かばなかった。
「――――ロビン。もし……もう少しここに居てくれるのなら、あなたのことをロビンって呼んでいい?」
深呼吸をして笑いを収めたカサンドラに「ロビン」と呼ばれたモスグレイの妖精は、きょとんとした表情を一転させてぱっと喜色を浮かべた。どうやら、このモスグレイの妖精にとって、その名付けは喜ばしいものらしい。
とはいえ、なんとなく勢いで名をつけてしまっただけで、この妖精がいつまでここにいるかはわからない。それこそ、数分後にはもうどこかに行っているかもしれない。妖精とはそういうものだ。
それでも願わくば、人間の欲のせいで大変な思いをした妖精には熟れたエルダーベリーを手渡したいと思うのだ――この、駒鳥のような妖精に。
「あの、アーサーさん。一昨日の件は……その、もう少し時間が欲しくて……ちゃんと、考えるので」
「……あ、うん、わかった」
喜ぶロビンを目にしたカサンドラは、まだ恋でも愛でもその他の何かでもないようなアーサーへ向けるこの感情にも名前をつけてみたいと思った。妖精に名前をつけてみたように、前向きになれる気がしたから。
恵麻が二度も裏切られ壊れ見失った恋心というものが、まだどこかにあるのなら探してみたいのだ。それは恵麻でもエマでもない、ただのカサンドラとして。
少し気恥ずかしくなったカサンドラがアーサーから視線をそらせば、視界の端ですいっとロビンが飛び上がる。オリーブを食べ終わりどこかへ行くのかと思わず視線で追えば、アーサーの耳をつつく姿が目に入った。
ロビンがつつく耳は赤く、ついでに顔も赤い。アーサーのその視線は庭のどこかへ向き、口は彼が自らの手が覆い隠しているため、その感情はあまり伺えない――のだが、喜びに溢れているように思える。
怪訝に思うカサンドラに気がついたアーサーは、ほんの少しだけ視線を彷徨わせ、覆い隠したままの口を開いた。
「いや……。今のって、つまり、前向きな返事だなって思って……嬉しい、だけ」
「……………………ッ!」
カサンドラは明確な返事をしていない。
確かに明確な返事をしていないのだが、あえて意訳するのならば、それは「あなたを好きになりたい」である。
思わず溢れた言葉に込められ、隠す発想すら無かったカサンドラの気持ちを、アーサーはきちんとそう受け取った――受け取ってしまった。だから、隠していたはずの感情を悟られたと、今度はカサンドラの顔が赤く染まる番だった。
「……ちがっ……保留! 保留でーすーっ!」
緑あふれる夏の庭に、カサンドラの照れ隠しの叫び声が響き渡る。
出会いからたった一週間。そんな約一週間という濃い時間を過ごした友人以上恋人未満のふたり。
彼らを心配していた黒いカラスが、少し離れた木の上で溜息をついた。
第一章 誰が駒鳥を隠したか 完
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