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【番外】カイヤとシャルベリーン・後
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「……………………えっ、シャルベリーン様もですか?」
「もってことは…………もしかしてカイヤ……貴女も?」
「はい。私が思い出したのは、うんと幼い頃でしたが……」
「まぁ……」
シャルベリーンが思い切ってカイヤに相談したら、なんともあっさりとしたカミングアウト。
少し驚いたが、シャルベリーンが知っているカイヤは彼女だったので、関係性は何も変わらなかった。
しかし、前世を思い出したとはいえ、シャルベリーンが思い出せたことは殆どない。
前世の女性が身体を動かすことが好きだったこと、死ぬ少し前に読んだとある漫画のこと。それくらいだ。
とはいえ、その漫画というのが問題である。友人に薦められ、お試しにアプリで一話だけ読んだその漫画には「シャルベリーン」という名のいじわるな悪役令嬢が居たのだ。
漫画のことはそれなりに覚えているが、読んだのは一話だけ。あらすじと合わせても、知っている情報は、平民出身の光の神子が現れて貴族学院へ入学し、そこで王太子と恋に落ちる――――そんなよくある設定だけ。
なおカイヤは、悪役令嬢というジャンルの作品には多少触れたこともあるらしいが……その漫画のことを何も知らなかった。
「困りましたね、ミリしらで破滅回避をしなければならないとは……」
「ええ、困ったわね。どうしましょう……わたくしは光の神子にいじわるをしなければならないのかしら……」
「いじわるをする必要は無いと思いますが……“強制力”などという、ふざけた現象がある可能性を考えると気がかりですね……」
現在、シャルベリーンが積極的に光の神子を害する理由は微塵も無い。
しかし、何かしらによって、シャルベリーンに濡れ衣を着せることは可能なのだ。カイヤは、これを一番危惧している。
「しかし、いくら光の神子が相手とはいえ、王太子殿下がシャルベリーン様を捨てるなどという愚行を犯すのなら許せませんが……」
「不敬よ、カイヤ。それに、伝説の光の神子が相手なら……仕方ないわ……」
「仕方なくありません。シャルベリーン様は本当に素敵な女性へお育ちになりましたから、目移りするのは異常なのです」
「あらまぁ、侍女の欲目だわ。…………ありがとう」
カイヤと話し合い、シャルベリーンは前世の夢を有効活用することに決めた。
国として光の神子を育てねばならない以上、わかりやすい何らかの壁が必要だと思ったのだ。光の神子が王太子に恋をするのなら、その婚約者であるシャルベリーンが立ちはだかるべきである。なぜなら恋というものは、年頃の娘にとって強い原動力になるはずだから。
悪役令嬢は主人公をいじめるものだ。しかし、いじめと称した嫌がらせが成長に繋がるとは思えない。
シャルベリーンは考えに考え、光の神子をいじめと呼べるほどに厳しく鍛えることにした。幸い、トレーニングの効率的なやり方ならシャルベリーン本人が思い出しているので、少しの準備をするだけでよかった。
そして、実際に光の神子が現れ、アデルラートとシャルベリーンは共に彼女の世話をすることになる。
なおカイヤは、光の神子も転生者で、シャルベリーンに牙を剥く可能性を警戒していたが……光の神子エリは、ただ善良なだけの人物だった。
エリは、持ち前の善良さと正義感によってシャルベリーンの体力作りに食らいつき、才能を開花させていく。
誘拐未遂を経て、なんだか妙な方向性を進み始めたが……エリは正しく光の神子だった。
長い旅路の末、魔王と化した隣国の元国王をぶん殴って帰ってきたエリは、シャルベリーンの隣で大口を開けて笑っている。
その笑い方は淑女ではない………………そう思うが、偉業を成し遂げたエリには、気を抜ける時間が必要だ。
エリにつられたシャルベリーンも、いつもより大きな声で笑う。
――――ああ、私はこれが見たかったのだ。
部屋の大きなベッドに座るのは、ふたりの少女。
傍らのワゴンで温かいハーブティーを注ぎながら、カイヤは滲みそうになる涙をこらえた。
「もってことは…………もしかしてカイヤ……貴女も?」
「はい。私が思い出したのは、うんと幼い頃でしたが……」
「まぁ……」
シャルベリーンが思い切ってカイヤに相談したら、なんともあっさりとしたカミングアウト。
少し驚いたが、シャルベリーンが知っているカイヤは彼女だったので、関係性は何も変わらなかった。
しかし、前世を思い出したとはいえ、シャルベリーンが思い出せたことは殆どない。
前世の女性が身体を動かすことが好きだったこと、死ぬ少し前に読んだとある漫画のこと。それくらいだ。
とはいえ、その漫画というのが問題である。友人に薦められ、お試しにアプリで一話だけ読んだその漫画には「シャルベリーン」という名のいじわるな悪役令嬢が居たのだ。
漫画のことはそれなりに覚えているが、読んだのは一話だけ。あらすじと合わせても、知っている情報は、平民出身の光の神子が現れて貴族学院へ入学し、そこで王太子と恋に落ちる――――そんなよくある設定だけ。
なおカイヤは、悪役令嬢というジャンルの作品には多少触れたこともあるらしいが……その漫画のことを何も知らなかった。
「困りましたね、ミリしらで破滅回避をしなければならないとは……」
「ええ、困ったわね。どうしましょう……わたくしは光の神子にいじわるをしなければならないのかしら……」
「いじわるをする必要は無いと思いますが……“強制力”などという、ふざけた現象がある可能性を考えると気がかりですね……」
現在、シャルベリーンが積極的に光の神子を害する理由は微塵も無い。
しかし、何かしらによって、シャルベリーンに濡れ衣を着せることは可能なのだ。カイヤは、これを一番危惧している。
「しかし、いくら光の神子が相手とはいえ、王太子殿下がシャルベリーン様を捨てるなどという愚行を犯すのなら許せませんが……」
「不敬よ、カイヤ。それに、伝説の光の神子が相手なら……仕方ないわ……」
「仕方なくありません。シャルベリーン様は本当に素敵な女性へお育ちになりましたから、目移りするのは異常なのです」
「あらまぁ、侍女の欲目だわ。…………ありがとう」
カイヤと話し合い、シャルベリーンは前世の夢を有効活用することに決めた。
国として光の神子を育てねばならない以上、わかりやすい何らかの壁が必要だと思ったのだ。光の神子が王太子に恋をするのなら、その婚約者であるシャルベリーンが立ちはだかるべきである。なぜなら恋というものは、年頃の娘にとって強い原動力になるはずだから。
悪役令嬢は主人公をいじめるものだ。しかし、いじめと称した嫌がらせが成長に繋がるとは思えない。
シャルベリーンは考えに考え、光の神子をいじめと呼べるほどに厳しく鍛えることにした。幸い、トレーニングの効率的なやり方ならシャルベリーン本人が思い出しているので、少しの準備をするだけでよかった。
そして、実際に光の神子が現れ、アデルラートとシャルベリーンは共に彼女の世話をすることになる。
なおカイヤは、光の神子も転生者で、シャルベリーンに牙を剥く可能性を警戒していたが……光の神子エリは、ただ善良なだけの人物だった。
エリは、持ち前の善良さと正義感によってシャルベリーンの体力作りに食らいつき、才能を開花させていく。
誘拐未遂を経て、なんだか妙な方向性を進み始めたが……エリは正しく光の神子だった。
長い旅路の末、魔王と化した隣国の元国王をぶん殴って帰ってきたエリは、シャルベリーンの隣で大口を開けて笑っている。
その笑い方は淑女ではない………………そう思うが、偉業を成し遂げたエリには、気を抜ける時間が必要だ。
エリにつられたシャルベリーンも、いつもより大きな声で笑う。
――――ああ、私はこれが見たかったのだ。
部屋の大きなベッドに座るのは、ふたりの少女。
傍らのワゴンで温かいハーブティーを注ぎながら、カイヤは滲みそうになる涙をこらえた。
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