自分を「悪役令嬢」だと言い出して特待生をいじめ始めた婚約者を持つ王太子のぼやき

雀40

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【番外】カイヤとシャルベリーン・前

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 パジャマパーティーの準備を進めながら、カイヤはこれまでを思い返していた。

 カイヤは末端男爵家の末子である。貧乏子沢山の実家では、下の子は雑に扱われていた。
 おざなりな世話で身体が空腹を訴えていた二歳だか三歳だかの頃、カイヤは自らに前世と思われる別世界の記憶があることを自覚する。

 そして悟ったのだ――――この親は駄目だと。
 
 専属の子守りは付けられず、だいたい放置されていたカイヤは、自力で学ぶことに決めた。
 家族の話を聞くに、この国の貴族令嬢の価値は結婚にある。しかし、末娘ということで持参金が期待できないため、まともな結婚は難しい。つまり、生きるためにはスキルを身に付けなければならないのだ。
 カイヤは数少ない使用人に交じって、なんでも手伝った。使用人のほうは、放置されているカイヤを気の毒に思うのか、色々と快く教えてくれた。後から思い返せば、彼らは遊んでくれていただけかもしれないが。

 読み書きは、王都の平民が通う学校で彼らと共に学んだ。末子に家庭教師をつける費用なんてなかったからだ。
 前世の感覚が強いため、平民と並んで学ぶことに抵抗はない。ないどころか、彼らと駆け回って積極的に遊んだ。

 カイヤの前世は、地球の日本国で生きた普通の庶民女性である。
 長年付き合った男と結婚したら半年も経たずに若い女と浮気をされて離婚したという、嫌な記憶もあるが……普通の女性だ。そんな記憶があるので、結婚願望もない。だから、金で妙な嫁ぎ先へ売られる前に、合法的に逃げ出したい。

 そんなことを考えていたカイヤは幸運だった。慈善活動の一環で平民学校を訪れていた下位貴族の夫人に、気に入られたのだ。
 当時のカイヤの振る舞いは、母や姉の見様見真似だったが、それなりには出来ていたらしい。もちろん、平民にしては……という前提があるが。
 
 そうして、カイヤの事情を知った夫人の紹介で巡り巡って、様々なことを学んだカイヤはシャルベリーンの侍女になった。ひどい癇癪持ちだった当時のシャルベリーンの相手は、普通の貴族令嬢には難しかったのだ。

 カイヤに結婚願望はないが、子供は可愛いと思う。前世で子を持つことは出来なかったし、今世も予定はない。
 だから、カイヤはシャルベリーンのことを、自分の娘だと思って接することにしたのだ。
 なにせ、シャルベリーンの実母は娘を居ない者として扱っている。だったら……カイヤが母になればいい。

 実年齢の差は十程度しかないし、主従でその心持ちは不敬かもしれないが、カイヤはシャルベリーンを愛したいと思った。愛情を欲して泣きわめく子供を、守りたいと思った。
 
 それからのカイヤは、シャルベリーンの孤独にひたすら寄り添った。

 ただ泣いて眠らない夜は、眠りにつくまで手を握った。
 ひとりでの食事を拒絶するときは、こっそりと卓を共にした。
 癇癪で菓子を投げ捨てたときは、食材の生産と流通について説明した。
 勉強から逃げ回ったときは、家庭教師と相談しながら学びで世界を知る楽しさを教えた。

 たとえば、シャルベリーンの服が、どう作られているのかだ。
 絹布をじっくりと触り滑らかな手触りを教え、繊細な糸が織りなす美しいレースを称え、職人の刺繍が描く豊かな色彩に見惚れた。
 この国は絹をどこからどう輸入しているのか、優れた技術を有する職人をどう保護し育成しているのか。そして、絹同様に輸入が増えている木綿やこの国でも生産できる麻は、どんなものなのかと触れた。

 シャルベリーンの将来は、国を背負って立つことが定められている。
 衣食住という人々の営みの根幹を教え、国は人々が支え合って成り立っていること、シャルベリーンはひとりではないと知ってほしかった。シャルベリーンも国を構成するかけがえのない「ひとつ」なのだと、国はひとつの集合なのだと、カイヤは教えた。
 だから、時折ひとりだと感じて寂しくなっても怖くないのだと、カイヤは小さく柔らかな手を握った。何故ならカイヤは、シャルベリーンの隣にいる「ひとつ」だから。
 
 父親とは会えなくて、母親には無視をされ、使用人とは距離がある。祖父母をはじめとする親戚の記憶はあまりない。
 
 シャルベリーンはひとりで寂しかったが、寂しいという不快な感情を、カイヤに教えられはじめて理解した。けれど、カイヤはシャルベリーンの寂しさを否定しなかった。寂しいという感情も、シャルベリーンの中にある大切なものだからだ。
 寂しくて泣きたいときの逃げ場所をカイヤが作ったから、シャルベリーンは寂しくなることが減った。そうした積み重ねの結果、シャルベリーンは少しずつカイヤを受け入れていった。

 シャルベリーンが両親とのほどよい距離感を見定めて落ち着くと、日々は穏やかに過ぎていく。
 感情が落ち着いたら、少しずつ増えた友人や時折会う婚約者とも話が弾むようになった。カイヤや家庭教師が教えてくれたあれこれは、皆の興味をよく引いた。
 寂しいという感情は、シャルベリーンに目隠しをしていたのだ。楽しい時間は、シャルベリーンが国の「ひとつ」でも孤独な「ひとり」ではなかったと教えてくれた。

 そして貴族学院へ入り、婚約者と並び立つ機会が増える。
 同世代の多様な子女との関わりが増え、シャルベリーンは思う。婚約者のアデルラートは、よく出来た真面目な人なのだ。

 かつての癇癪放題の自分を思い返し、シャルベリーンは恥ずかしくなった。
 昔の記憶に居るアデルラートは、いつも困ったように微笑んでいた。同じ年だというのに、大違いである。
 いつもの茶会で今更の謝罪をしたが、アデルラートは快く許してくれた。人としての器も大違いである。

 思い切って謝罪したことで心機一転、アデルラートに相応しい貴婦人を目指すのだとシャルベリーンが決意した頃――不思議な夢を見た。

 

 そして、シャルベリーンは思い出した。
 ――自らの中にあった、前世の記憶を。
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