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凱旋パレードにはじまり、謁見の間での公的な出迎え。そして、ごく少数を集めた軽い晩餐会。
慌ただしく予定をこなし、明日のパーティーに備えての早い就寝時間の前、エリと私たちは城の談話室に落ち着いていた。
隣国のあらゆる人々に引き止められ、それでも長い時間をかけて我が国へ帰ってきたエリは、この旅路でかけがえのない経験を沢山積んだのだろう。国を出立してからたった数ヶ月、彼女は”少女”から“女性”へと見事に羽化していたのだ。そして、そんなエリを今まで見たことのないような優しい顔で見ているのが――出立時、エリにつけた私の護衛。
……………………元々、護衛とエリは気のあう間柄だった。そういう理由もあり、エリの護衛へ推挙した経緯があるのだ。エリのほうも、その護衛には心を許しているように見えるから……問題なかろう。
なお、国王である父が、光の神子に寄せられる縁談の対処に頭を悩ませていたので、報告しておかねばならない。独身のエリを高位の神職――神に仕える身である高位神職は、婚姻が禁じられている――として取り込み、自分たちの権威として祭り上げようと目論む生臭い宗教家共にも牽制が必要だ。
婚姻するにも独身を貫くにも、エリは元々平民である。彼女の価値観で、婚姻に政治は付属しないのだ。よって、彼女本人の意思をじゅうぶんに尊重しなければ、偉業を成し遂げた筈なのにひどい罰になってしまう。……なお、これはシャルベリーン経由のカイヤの助言だ。危なかった。
紅茶を含んで落ち着いたエリから話を聞けば、道中から試練の連続だったようだ。
救いを求める隣国の民に何も出来ず、エリは光の神子という自らの立場に心を痛めた。邪悪と魔に侵された生き物以外、光の神子として為す術はない。何故なら、それは為政者の仕事だからだ。だとしても、救世を成す力があるはずなのに何も出来ない自分にエリは強く失望した。
怪我人を癒やしの魔法で治療するにも、魔を祓うのにも、魔法の源である魔力を使用する。魔に侵された者がどこに潜んでいるかわからない以上、癒やしの多用は出来ない。
さらに、魔王城と化した離宮が近づけば近づくほど、魔に侵された者が増えていく。街も人も荒れ、怪我人も余所よりずっと多いが、そこでは魔の浄化を優先しなければならなかった。
「わたし……何も出来ないことが悔しくて悔しくて。騎士の皆様にも怪我が増えていくし、でも本当にひどい怪我じゃないかぎり治すのも止められてしまって……」
「そうですね……。魔を浄化すれば、新たな被害を防げるかもしれませんから……」
「はい。そう言われて……理解もしていたんですけど……」
そうして我慢を重ねたエリは、遂に魔王の前にたどり着く。
しかし、魔王は数多の強力な魔法を操り、精鋭の騎士たちを苦しめる。エリは残りの魔力量を気にしながら傷ついた騎士を癒やし、後方で守られただ待った。
長い激闘の末に捕らえられた魔王の前に、エリは立った。
そのエリの眼の前には、淀んだ瞳でエリを睨み上げる魔王がいる。
「魔王の往生際の悪さを見て、わたし……なんだかもう腹が立って仕方がなくなって……つい、グーが出て………………」
「グーが」
「まぁ…………」
エリの言っていることが一瞬理解できず、私は間抜けにも復唱してしまった。
そんな私の隣では、驚いたシャルベリーンが小さく開いた口に可愛らしく手を当てている。
「事情は出発前に伺いましたし、あちらの国でも色々と聞けたんです。だから、殿下もシャルベリーン様も……もちろん両陛下も他のお方々も、この国の王族の皆様は国のために力を尽くしてくださっているのに……どうしてあの人は、ああなんだろうって。どうしてあんな人のために、皆が苦しまなければならなかったのかって……。あちらの今の王様も、すごく良くしてくださったのに……どうしてって思うと……」
そろえた膝の上に載せていた手を、エリがぎゅっと握りしめる。
しかし、俯くエリの肩に、背後に立つ護衛の手がそっと添えられた。肩に触れる手の温かさに気づいたエリが、彼を見上げてふわりと笑い……なるほど、彼らはこうして仲を深めていったのだろう。
「だから、苛々してどうしようもなくて、つい殴ってしまいました。……お恥ずかしい」
ほんのりと頬を染めたエリが、頬に手を添えて微笑んだ。
シャルベリーンとよく似たお手本のようなそれを見れば……恥ずかしいのは本心だろうが殴ったことを微塵も後悔していないことがよくわかる。
はて、出会った頃のエリは、こんなにアグレッシブな娘だったか。もしかしたら、シャルベリーンの体力作りと騎士たちとの交流により、こうなったのではないか……疑念は尽きない。
とはいえ、正直なところ気持ちは理解できる。
それに、エリが殴打ついでに魔王を浄化したことで、前国王は人間として存命できているのだ。その痛みくらい、粛々と受け止めるべきだ。もちろん、この後にどんな処遇が待ち受けているかは、隣国次第である。かの前国王が、どんな言い訳をしているかは……そのうち聞いてみたいところだ。
このまま客室に泊まるエリとシャルベリーンが、部屋へ戻って引き続き「パジャマパーティー」なる催しをするということで、私は談話室から引き上げた。
パジャマパーティーとはよくわからないが、シャルベリーンが妙にそわそわとしていたし、おそらくは楽しいことをするのだろう。少し羨ましい。
――ああ、平和で何よりだ。
光の巫女が現れてからというものの、シャルベリーンは何かに取り憑かれたかのようにエリのため動いていた。
シャルベリーンが見た天啓の夢は、我々に伝えられたものの他にも何かがあったのかもしれない。例えば――――――滅びの予言など。
シャルベリーンは何も言わない。
けれど、エリが帰ってきた今は、すっきりとしたように心から笑っている。
学院を卒業したら、本格的な結婚準備に入る。
天啓に関する何かを抱えていたのなら、夫となる私にはそのうち話してもらえるだろうか。
もしかしたら、我慢しきれずに尋ねてしまうかもしれないが……それは彼女次第だ。
その時が、少し楽しみになってきた。
慌ただしく予定をこなし、明日のパーティーに備えての早い就寝時間の前、エリと私たちは城の談話室に落ち着いていた。
隣国のあらゆる人々に引き止められ、それでも長い時間をかけて我が国へ帰ってきたエリは、この旅路でかけがえのない経験を沢山積んだのだろう。国を出立してからたった数ヶ月、彼女は”少女”から“女性”へと見事に羽化していたのだ。そして、そんなエリを今まで見たことのないような優しい顔で見ているのが――出立時、エリにつけた私の護衛。
……………………元々、護衛とエリは気のあう間柄だった。そういう理由もあり、エリの護衛へ推挙した経緯があるのだ。エリのほうも、その護衛には心を許しているように見えるから……問題なかろう。
なお、国王である父が、光の神子に寄せられる縁談の対処に頭を悩ませていたので、報告しておかねばならない。独身のエリを高位の神職――神に仕える身である高位神職は、婚姻が禁じられている――として取り込み、自分たちの権威として祭り上げようと目論む生臭い宗教家共にも牽制が必要だ。
婚姻するにも独身を貫くにも、エリは元々平民である。彼女の価値観で、婚姻に政治は付属しないのだ。よって、彼女本人の意思をじゅうぶんに尊重しなければ、偉業を成し遂げた筈なのにひどい罰になってしまう。……なお、これはシャルベリーン経由のカイヤの助言だ。危なかった。
紅茶を含んで落ち着いたエリから話を聞けば、道中から試練の連続だったようだ。
救いを求める隣国の民に何も出来ず、エリは光の神子という自らの立場に心を痛めた。邪悪と魔に侵された生き物以外、光の神子として為す術はない。何故なら、それは為政者の仕事だからだ。だとしても、救世を成す力があるはずなのに何も出来ない自分にエリは強く失望した。
怪我人を癒やしの魔法で治療するにも、魔を祓うのにも、魔法の源である魔力を使用する。魔に侵された者がどこに潜んでいるかわからない以上、癒やしの多用は出来ない。
さらに、魔王城と化した離宮が近づけば近づくほど、魔に侵された者が増えていく。街も人も荒れ、怪我人も余所よりずっと多いが、そこでは魔の浄化を優先しなければならなかった。
「わたし……何も出来ないことが悔しくて悔しくて。騎士の皆様にも怪我が増えていくし、でも本当にひどい怪我じゃないかぎり治すのも止められてしまって……」
「そうですね……。魔を浄化すれば、新たな被害を防げるかもしれませんから……」
「はい。そう言われて……理解もしていたんですけど……」
そうして我慢を重ねたエリは、遂に魔王の前にたどり着く。
しかし、魔王は数多の強力な魔法を操り、精鋭の騎士たちを苦しめる。エリは残りの魔力量を気にしながら傷ついた騎士を癒やし、後方で守られただ待った。
長い激闘の末に捕らえられた魔王の前に、エリは立った。
そのエリの眼の前には、淀んだ瞳でエリを睨み上げる魔王がいる。
「魔王の往生際の悪さを見て、わたし……なんだかもう腹が立って仕方がなくなって……つい、グーが出て………………」
「グーが」
「まぁ…………」
エリの言っていることが一瞬理解できず、私は間抜けにも復唱してしまった。
そんな私の隣では、驚いたシャルベリーンが小さく開いた口に可愛らしく手を当てている。
「事情は出発前に伺いましたし、あちらの国でも色々と聞けたんです。だから、殿下もシャルベリーン様も……もちろん両陛下も他のお方々も、この国の王族の皆様は国のために力を尽くしてくださっているのに……どうしてあの人は、ああなんだろうって。どうしてあんな人のために、皆が苦しまなければならなかったのかって……。あちらの今の王様も、すごく良くしてくださったのに……どうしてって思うと……」
そろえた膝の上に載せていた手を、エリがぎゅっと握りしめる。
しかし、俯くエリの肩に、背後に立つ護衛の手がそっと添えられた。肩に触れる手の温かさに気づいたエリが、彼を見上げてふわりと笑い……なるほど、彼らはこうして仲を深めていったのだろう。
「だから、苛々してどうしようもなくて、つい殴ってしまいました。……お恥ずかしい」
ほんのりと頬を染めたエリが、頬に手を添えて微笑んだ。
シャルベリーンとよく似たお手本のようなそれを見れば……恥ずかしいのは本心だろうが殴ったことを微塵も後悔していないことがよくわかる。
はて、出会った頃のエリは、こんなにアグレッシブな娘だったか。もしかしたら、シャルベリーンの体力作りと騎士たちとの交流により、こうなったのではないか……疑念は尽きない。
とはいえ、正直なところ気持ちは理解できる。
それに、エリが殴打ついでに魔王を浄化したことで、前国王は人間として存命できているのだ。その痛みくらい、粛々と受け止めるべきだ。もちろん、この後にどんな処遇が待ち受けているかは、隣国次第である。かの前国王が、どんな言い訳をしているかは……そのうち聞いてみたいところだ。
このまま客室に泊まるエリとシャルベリーンが、部屋へ戻って引き続き「パジャマパーティー」なる催しをするということで、私は談話室から引き上げた。
パジャマパーティーとはよくわからないが、シャルベリーンが妙にそわそわとしていたし、おそらくは楽しいことをするのだろう。少し羨ましい。
――ああ、平和で何よりだ。
光の巫女が現れてからというものの、シャルベリーンは何かに取り憑かれたかのようにエリのため動いていた。
シャルベリーンが見た天啓の夢は、我々に伝えられたものの他にも何かがあったのかもしれない。例えば――――――滅びの予言など。
シャルベリーンは何も言わない。
けれど、エリが帰ってきた今は、すっきりとしたように心から笑っている。
学院を卒業したら、本格的な結婚準備に入る。
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