女性向け恋愛SRPG世界に転生したモブ令嬢だけど、何故かヒロインもライバルもヒーローも不在で世界の危機かもしれない

雀40

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02 普通すぎる学園生活

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 何かが起きるかもしれないと、モーリアが若干意気込んでやってきた王立学園だが、どうも様子がおかしかった。
 ……というのも、学園が平和そのものだったのだ。

 ゲーム「盤上のアルカナ」のシナリオは、この国の王立学園からはじまる。
 金の「星」の大アルカナを授かった平民出身の主人公ヒロインは、とある公爵家の養子になって学園へとやってきた。

 ヒロインはこの学園で、金の「太陽」の王太子と金の「月」のライバル令嬢……そして他の攻略対象と出会う。
 王太子が金の平民を気にかけたことによるやっかみに立ち向かい、切磋琢磨しながら友情と恋を育み、黒幕から狙われながらもやがて襲い来る世界の脅威に立ち向かう――という大筋なのだ。

 だというのに、ヒロインも王太子もライバル令嬢も、どこにも居なかった。

 これだけなら、時期が違ったとか、時代すら違ったとか、そもそも似ているだけの世界だったとか、そんな可能性が考えられる。モブ世界やモブ時代にモブ令嬢が存在しているだけだ。
 しかし、モーリアの同学年には他の攻略対象がちゃんと居るのだ。少し探せば、攻略対象の先輩も教師もすぐに見つかった。
 
 慌てて噂をかき集めた結果に判明したのは、王太子とライバル令嬢が病気療養中なのだということ。
 そして、そもそもゲームの王太子はまだ立太子されておらず、第一王子という身分だった。ついでに、ヒロインの所在は不明である。

(――えっ、これ、世界は大丈夫なの?)

 状況がさっぱり理解できないモーリアは、足元の床が崩れていくような不安と恐怖に襲われる。
 モブゆえの能力では何もできないと挫けそうになるが、何もしないと言う選択はとれなかった。とにかく多方面の情報収集をするため、足繁く学園図書館へ通って他国の新聞を読み漁ることにした。

「――――あ、また居る。精が出るね、モーリア嬢」
「……ごきげんよう、アルサング先輩」

 名前を呼ばれたモーリアは、目を通しはじめたばかりの新聞から顔を上げる。

 小声でこそこそと挨拶を済ませ、ニコニコと笑いながらモーリアの正面に座った男の名はアルサング。ゲームでは恋愛攻略対象のひとりである。
 なお、既に図書館で何度も会っているため。彼とはとっくに顔見知りだ。

 アルサングは銀の「魔術師」持ちの、伯爵家の養子である――――表向きの情報では。女性向け恋愛ゲームの攻略対象であるかぎり秘密はつきものだが、これが結構厄介な身の上なのだ。
 そう、本来の彼は金等級の奇跡持ちで現王の息子。つまり……血統だけ見れば王子様なのである。

 彼の母親は、行儀見習いのために王宮侍女をしていた貴族令嬢である。

 体調不良時の避けられぬ飲酒の結果妙な酔い方をした王――当時は王太子だったが、混乱を避けるため以降は王と記す――によって手籠めにされ、アルサングを産んだ。
 王の子を宿した侍女を側室として召すことも事情を知る者たちで密かに考慮されたが、当時まだ子の居なかった王妃はこれを強く拒絶。結果、アルサングは、侍女の実家の伯爵家で隠され育てられることになった。
 そしてアルサングの母は、彼の七歳の儀式を見届けた後に修道院へ身を移すことを決める。実母を失ったアルサングはその後、優秀な遠縁の子という触れ込みで、母の兄である現当主の養子として迎えられた。

 当たり前だが、このあたりの事情はしっかりと覆い隠されている。モーリアが知っているのも、ゲームで明かされていたからに過ぎない。
 だからモーリアは、彼の境遇に対する哀れみや教え込まれた王族への敬意を欠片も見せることなく、伯爵家の養子に向けた対応をしなければならないのだ。

「その束って、今日からのもの?」
「はい、先月後半分の帝都のセントラル・タイムズです。お読みに――」
「こういうのは先着順がセオリーだよ。だから、読み終わったものから渡してほしいかな」
 
 アルサングの要求にモーリアは了承の意を示し、王都から遠く離れた帝国首都で広く読まれているメジャー紙に視線を戻す。
 他の日のものから読めば良いとモーリアは思うが、アルサングは順番に読みたい派なのだという。
 ならば、特にこだわりのないモーリアが適当な日時から読んでいれば、気遣いは不要だと苦笑いで窘められたことがある。

 そもそもさほど気遣ったわけではないが、アルサングにとって新聞を日付順に読むのは絶対の法則らしい。そこが覆せない以上、家格も学年も上の相手の意に反する対応をこれ以上続けるのは失礼になりかねない。
 だからモーリアは仕方なく、図書館ではいつでも日付順に新聞を広げるようにしている。

 アルサングが本来の身分であれば、わざわざ学園の図書館にまで足を運ばずとも、他国の新聞などいくらでも読めるだろうに。モーリアはそんなことを思いつつ、入荷したばかりの学術誌を眺めるアルサングにちらりと視線を向けた。

 少し長めの前髪と分厚いレンズの眼鏡が、アルサングの顔を覆い隠している。
 野暮ったくならない程度の地味さで整えられた装いは、成長するにつれ王に似てきた目元を誤魔化すためのものだ。ゲームのキャラクターシナリオで、そう語られていた。

 いまは脚を組んでリラックスしているが、それでも均整のとれた体躯が美しいシルエットを描く。
 ならばと細部を眺めると、男性らしく長い指が学術誌のページを軽やかにめくっている。
 
 図書館全体は自然採光を抑えた設計になっているが、この閲覧スペースには天窓からほのかな太陽光が降り注ぐようになっていた。
 
 モーリアの眼前にあるのは、名の知れた宗教画か、それとも幻か。どうも現実味が薄く感じられてしまう。
 そんな風にモーリアがぼうっとしていれば――女性向け恋愛ゲームの攻略対象にふさわしい端正な顔が、ふいに上がる。

「…………ん、僕の顔に何かついてる?」
「い、いえ……すみません、何でもないです。すぐ読みます」
「他に読むものもあるから、ゆっくりで良いからね」
 
 申し訳なさそうに眉を下げて微笑むアルサングと目視線が絡み、モーリアは慌てて顔を伏せた。
 
 だから、見惚れてしまった気恥ずかしさを振り払うため小さな文字を必死で追うモーリアに向けられた、何かを探るようなアルサングの視線にはまったく気づかなかった。
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