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しおりを挟む「こ、ここに残るとどうなるのですか?」
パパは恐る恐る老人に聞いた。
「そんなもん、まだ決めてへんから分からん。気まぐれで決めたからなぁ。
ただ一つ言えるのが、儂の気が変わらん内に早う決めた方がええんちゃう?
知らんけど」
『さっさと決めないとお前達三人御陀仏だ』
そう言っているようだ。ならばこちらの答えはきっと、考えるまでもなく決まっている。
「き、菊乃が……娘がここに残ります! だから、俺達を助けて下さい!」
「お願いします!」
「……それでええんか?」
「ええ! 俺達の代わりに菊乃をここで働かせます! 好きに使ってやって下さい!」
パパ……とても嬉しそう。
さっきまでの怯えた顔が嘘みたい。
それもそうか。今回はダメかと思ったけれど、今回もいつもと同じ様にやればいいから安心したんだ。
「外国に売る事になるかもしれんぞ? もしかさたら身体だってバラされるかもしれん。二度と会えんようになる覚悟は出来てるか?」
「「はい!」」
「……分かった。なら、あんたらの借金は帳消しや」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます‼︎」
パパとママは深々と老人に向かって頭を下げた。ママに至っては嬉しさのあまり涙を流している。
「悪く思うなよ、菊乃」
「じゃあね」
二人は拘束を解かれると、後腐れなくすぐにその場を立ち去った。僕の顔を最後に見ることもなく、大事そうに荷物を抱えて、扉の前のおじさん達を掻き分け部屋を出て行った。
「チッ。罪悪感の微塵もねーな」
逃げるパパとママの背中を睨むおじさんの一人が、小さく呟いた。彼は先程、僕が仕留め損ねたおじさんだ。
「まーええわ。菊乃ちゃんには両親が借りた金、きっちりとここで働いて返してもらおうか。
紹介が遅れたな。さっきはどうも。
儂は松田組の幹部の一人、尾崎 高明や。兵庫出身や、よろしく」
「島 亮介だ」
そして僕を止めた男が島 亮介。
「ほんで、儂が松田組組長 松田 冬詠」
「志水 菊乃。10歳です。
僕はこれから何をすれば良い?」
「お、状況の理解がちゃんと出来とる。ええ子やなぁ。
君を組でどう使うかはまだ決めてへん。せやけど、君の使い道は多種多様になる思てる。
とりえあえず、君をよう知る為にこれからある場所に一緒に来てもらう。高明、手伝たれ」
「へい」
高明に促され、彼の後について行くと3階の角部屋に案内された。
「ここが菊乃ちゃんの部屋な。一応トイレも風呂場も付いてるからそれ使ってまずは体綺麗にして。今日から菊乃ちゃんはここに住み込むわけやねんけど、ウチの組は女手はほとんどおらんくて、男ばっかやから風呂とかは基本ここしか使われへんと思っときや。あと……」
せかせかと部屋中を歩き、高明は色々と僕に説明しながら、奥にあるクローゼットに手をかけた。
中を開けると、色とりどりの衣装がぎっしりと綺麗にハンガーに掛けられていた。衣装だけじゃない、下を見れば何十足の煌びやかな靴も整然と並べられていた。
「そうやなー……菊乃ちゃん、めっちゃ小ちゃいからなぁ。
とりあえず今日は、コレ着て。靴はこれ履いてな」
渡されたのは、明らかに自分が着ている服の材質とは違うパーティードレス。深緑でお腹辺りには黒の大きなリボンが前に帯のようにデザインされた、ノースリーブのワンピースだ。
「あと1時間したら行かなあかんから、今から20分でお風呂入ってきて。ちゃんと髪も綺麗にするんやで」
一体どこへ向かう準備をするのかは全く分からないが、とりあえず時間がないことだけは察した。
着ていた服を脱がされ、すっぽんぽんにされると風呂場へと放り投げられた。
1週間ぶりのお風呂は、とても豪華だった。家の風呂場とは比にならない程広く、カビどころか水滴一つ落ちていない。鏡の前には女物のシャンプーやボディーソープが何種類も並べられていて、何をどう使えばいいのか分からない。一々聞くわけにも行かず、残された時間も多くない為、その辺に置かれていた物を適当に取り出し、身体を洗った。泥や汗でいっぱいだったから、白い泡はすぐに色が濁った。
風呂から上がり、差し出された服を試行錯誤しながらなんとか着た。
脱衣所から出ると待っていた高明のおじさんが、腕を引き僕を鏡台の椅子に座らせると、ドライヤーで僕の髪を乾かし始めた。美容師さんのような慣れた手つきで、あっという間に僕のヘアアップを完成させた。鏡を見ると一週間ぶりに洗ったとは思えないほど、髪に艶が出ている事がすぐに分かった。
そして仕上げに、彼は僕の痛々しい右目の傷に消毒液を塗り、黒の眼帯をつけてその傷を隠した。
「まあまあやな。ほな行くで」
部屋から連れ出されると、今度は駐車場に案内されて車に乗るようにと言われた。ヤクザらしい黒の車。傷一つない。
これからどこに行こうというのだろう。借金を背負わされた娘にこんな格好させて、……どこかに売り飛ばすつもりなのだろうか。
——まあ……どうでもいいか。
言われた通り車の後部座席に乗った。ドアを開けると、中にはすでにタキシードを着た一人の青年が退屈そうに窓の外を見つめ、車に乗って待っていた。
「若、お待たせしました」
「遅い」
『若』と呼ばれる青年は、高明のおじさんを睨むと思い切り舌打ちした。明らかに不機嫌な態度だ。一体どれくらい待たされていたのだろう。
「申し訳ありません」
「何だ、そのガキ」
見た目年齢は中学生か高校生くらい。なのに不意にこちらに向けた視線は、大人よりも鋭く殺気漂うものだった。まるで虎にでも狙われているかのように、背筋に冷たい緊張が走った。
「例の一家の借金のカタです」
「ガキが?」
「はい。どうも今日のパーティーで使えるかどうか試すようで。
菊乃ちゃん。この方は組長のお孫さん、次期組長の春詠さんや。自己紹介し」
「志水 菊乃。10歳」
「チッ。あのジジイ、正気かよ」
「まあまあ。とりあえず、急ぎましょか」
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