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二十七 古里への旅

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 あたしとアリフレートはカンタタという日没の方角にある宿場町に急いだ。道中、アリフレートが何か話しかけてきても、あたしはほとんどうわの空だった。アンにしてしまったことを考えても、ウォリウォリにいるニッキのことを考えても、どちらにしても不安がつきまとう。だからといってたわいのない話をできるような気分ではなかった。せわしなく何かを考えようとしては断念し、結局ただぼんやりしているだけのような状態で、ふわふわと道を急いだ。黄色い湿った土の道は、踏みしめる度、ぎゅ、ぎゅ、と音を立てた。
「ぼんやりしてるな。何を考えてるんだ」
「あたしは、その質問が嫌いだ」
 ぼんやりしているのだから、何も考えていやしない。考えていたところで、なぜわざわざいう必要があるのだろうか。言ったところで、誰の役にも立たないし、面白いとも思われないこと請け合いなのに。でも深く考えもせず答えたので、少しきつい言い方になってしまった。
「あ、言い方、ごめん」
 あたしは慌てて、自分の思考について説明することにした。それに、アリフレートにああいった言い方をすると、仕返しがあるかもしれない。
「間違えたかもしれない過ぎし日の空と、きっと間違えるだろうこれからの道について考えていた」
「へえ」
「ま、たいしたことじゃない」
「ふうん」
 ほらね。この話はもう膨らみっこない。考えている本人でさえ、何に思いまどっているのかわからないくらい曖昧で、どん詰まりの思考なのだ。アリフレートもあたしの説明に呆れて、面倒くさい奴だな、などと考えているに違いない。さあ、考え事もぼんやりもやめて、歩くことに集中しなきゃ。もっと急がないと、カンタタに着くまでに霧に巻かれてしまう。
「面白い」
 アリフレートはあたしの正面に立ち、歩みを止めた。意外な反応。でもあたしは行く道をふさがれるのも嫌いだ。
「あんたの目と同じだ」
 そう言って顔を近寄せてくる。
「あんたの目、右は水色でちょうどセマ市の方の空と同じ色だ。左はこの道と同じ、黄色だ」
 あたしの目は左右で色が違う。夜になると左右ともやや暗い色になるが、今はまだ明るい時刻なので明るい色のはずだ。日中の方が若干、左右の対比が目立たなくなるが、それでも色違いであるせいで、何を考えているか読めない、とか、集中していない、と言われて損をすることがあった。
「来し方の空と、これからの道について、確かに考えていたっぽい。説得力があるね。しかしあんたは、常にごちゃごちゃ考えすぎている。煩悶の人生だ」
 あたしは急に鼻の奥がつんとした。ニッキが折に触れ、あたしの目をとてもほめてくれていたことを思い出した。魔法や勉強に褒められるところがないから、そこを褒めてくれているようだった。
 けれど決しておざなりに言うのではなく、目に関しては心底良いと信じて言ってくれているようだった。そう思い返すと、あたしは今の道中ずっと、アンのことではなく、どうしても、どうしてもウォリウォリに帰ってニッキに会いたいと感じていたのだとわかった。ニッキに会って、植物と土の匂いがするあたしたちの懐かしい部屋で、お茶を飲んだりクッキーを食べたりしながらおしゃべりをしたい。
「何も考えちゃないと言われることはあるけれど、考えすぎと言われたのは初めてだね。でも、その通りかもしれない」
「考えていることは、くだらないことが多い」
「認めたくはないが、それも認めよう」
「しかし、今は違う。くだらないこと、というわけではない」
 アリフレートは再び歩き出した。すぐそこにバス停が見えてきた。
 いつもはアンが何を言っただとか、どうしただとかの話をとめどなくするあたしが、アンの話を一切しないので、何かあったとは感づいているようだった。でも、何があったのかとは聞かない。気を遣ってくれているのではなく、単にそこまで興味がないのだろう。あたしはその無関心に少し救われる思いがした。
「あんたは何も考えないで、自然のままにいるだけでもいいと思う。それとは別にして、その煩悶の目はきれいだ」
 珍しく褒めてくれるので、びっくりした。旅行に来てから、アリフレートがやけに素直な言葉を使ってくる。
「そうでしょ」
「バスが来る。走ろう」
 彼がこんな様子だとこちら調子が狂うが、とにかく走るアリフレートの後を追った。
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