異種族恋愛冒険ファンタジー 〜騎士とハーピー、ふたりの約束〜

やきそばぷりん

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異種族恋愛冒険ファンタジー 〜騎士とハーピー、ふたりの約束〜

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~プロローグ~

カイル・オルドウィン。彼の名は、王国の騎士団の中で知らぬ者がいないほどに高名であり、数多くの戦場でその勇猛さを発揮してきた。しかし、彼の心の奥底には常に疑念が渦巻いていた。それは、騎士として誇り高く生きることへの不安と、騎士団内で繰り広げられる権力争いに対する嫌悪だった。

オルドウィン家は名門の家系で、カイルもまたその血を引いていた。幼い頃から騎士としての道を歩むことを期待され、その誇りと使命感を胸に育った。しかし、騎士団に身を置くようになり、次第にカイルは組織の腐敗した側面に直面することになる。戦場で命をかける者たちが、裏で自らの利益のために駆け引きを繰り広げている。戦いの中で命を懸けて守るべき人々を守ることができるのか、そして騎士としての誇りを持ち続けることができるのか。

その疑問を解決できずに過ごす日々が続いたある日、騎士団の会議で目にした光景がカイルを突き動かす。誇り高い戦士たちが、政治的駆け引きにふけり、自己の利益のために手段を選ばない様子を見たとき、彼の心は決定的に揺れた。あまりにも多くの裏切り、不正、そして権力闘争。これらの腐敗に対して、自分がどれだけ忠義を尽くし、戦い続けても、何も変わらないのだと、彼は確信する。

「俺にはこれ以上、この場所にいる資格はない。」

その決断を下す夜、カイルは一切の迷いを振り払い、すべてを捨てて王国を後にした。騎士団を辞めたことは、オルドウィン家にとっては大きな裏切りであり、周囲の反応は冷ややかだった。しかし、カイルは後ろを振り返らず、ただ前を見つめて歩み始めた。新しい道を選び、冒険者としての人生を歩むことを決めたのだ。

「これからは、自由に生きる。自分の手で道を切り開く。」

彼は冒険者ギルドに登録し、最初のクエストをこなすことに決めた。その目には冷徹な決意と、新たな挑戦への期待が宿っていた。だが、騎士団での厳格な訓練と名誉に満ちた日々を離れた彼の心には、どこか物足りなさが残っていた。

数週間後、カイルは数々の低ランクのクエストをこなし、次第にその物足りなさを感じるようになった。報酬は少なく、仲間と共に冒険をしても心が満たされることはなかった。自由には魅力があったが、それだけでは埋められない何かがあった。

その物足りなさが、ある日突然の出会いによって変わることになるとは、カイル自身、まだ気づいていなかった。



第1章: 騎士団を抜けて 
カイル・オルドウィンは、騎士団を退団してから数ヶ月が経った。王国の騎士として、多くの戦場を経験し、名声もそれなりに高かった。しかし、カイルの心の中には、常に一つの疑問が湧いていた。それは、騎士団の腐敗と権力闘争だ。彼は忠義を尽くすことに誇りを持っていたが、組織の中で目にした裏切りや不正、そして政治的駆け引きが、次第に彼の信念を揺るがせていた。

ある日のこと、カイルは騎士団の会議で目の前に広がる政治的駆け引きと腐敗を見て、自分の決断を固めた。騎士として、誇りを持って生きることはできても、組織の中でその誇りを守ることができるのか。いや、守れないと確信していた。

「俺にはこれ以上、この場所にいる資格はない。」

カイルはその夜、すべてを捨てて王国を後にした。新しい道を歩むため、彼は冒険者としての人生を選んだ。冒険者ギルドに登録し、最初のクエストをこなすことを決めた。その目には冷徹さと覚悟が宿っていたが、どこかで新しい挑戦への期待もあった。

「この先に何が待っているのか、楽しみだ。」

それから数週間、カイルは数々の低ランクのクエストをこなしていた。報酬は安いが、少しずつ体力を鍛え、経験を積み重ねていった。だが、その生活にはどこか物足りなさを感じていた。騎士団での厳格な日々に比べれば、自由は確かに魅力的だが、それだけでは満たされない何かがあった。

その物足りなさが、ある日突然の出会いで変わるとは、カイルには想像もつかなかった。



第2章: ティアとの出会い
ある日、ギルドの掲示板に掲示されていたクエストの中に、魔物討伐の依頼があった。内容は単純で、低ランクの依頼だったが、カイルは無意識のうちにそれに目を止めた。すぐに受けるべきだろうか、それとも後回しにするべきか…ふと考えていると、背後から声がかかった。

「カイル!一緒に行こうよ!」

振り返ると、そこには元気そうなハーピーの少女、ティアが立っていた。小柄な体格に大きな羽根を広げて、空を飛び回るための自由を感じさせる姿だ。彼女は思いも寄らず、カイルに声をかけてきた。

「お前もこのクエストを受けるのか?」カイルは少し驚きながらも、冷静に問い返した。

ティアは嬉しそうにうなずき、「うん!魔物討伐なら私にお任せ!一緒に戦おうよ!」と答える。

カイルは一瞬考えた後、少し面倒くさそうに頷いた。「分かった。一緒に行くことにする。」

ティアは満面の笑顔を浮かべ、飛び跳ねながら準備を始めた。カイルは冷静にその様子を見守りながら、心の中で一つの考えがよぎる。「この少女、全く物怖じしないな…」

その後、二人は共に魔物討伐のためにフィールドに出かけた。しかし、戦闘はティアの突撃スタイルにかかっていた。冷静に立ち回るカイルと、直感で動き回るティア。戦闘はうまくいったものの、カイルはどこか違和感を覚えていた。

「ティア…お前、少し落ち着け。」カイルは戦闘後、息を切らしながら注意した。

ティアは満足そうに笑い、「だって、楽しかったんだもん!」と弾けるように答えた。

その瞬間、カイルは彼女の純粋さに少しだけ心を動かされた。しかし、それ以上に、ティアが無邪気に突っ込むその姿に、彼の冷静さが必要だと感じていた。だが、彼女とのやり取りが少しずつ心地よくなりつつあった。

しかし、その後のクエストでは、ティアとは別々に行動することになり、彼女との距離感が再び開いていった。



第3章: 新たなパーティーメンバーとの違和感
ティアと一緒にクエストをこなした後、カイルはしばらく別のパーティーメンバーと共に行動することになった。今回の依頼は、魔物の討伐ではなく、遺跡探索だった。新たにパーティに加わったのは、経験豊富な剣士と魔法使いの二人だ。カイルは冷静に、その二人と一緒に探索を開始した。

探索の途中、剣士の男が何度も口を挟んできた。カイルの行動を逐一評価し、時には彼の判断に対して異を唱えた。魔法使いも同様に、計画を立てるたびに理論を押し付けてきた。最初はそのような意見交換が活発であり、効率よく進められるのだろうと思っていたが、徐々にカイルは不安を感じ始めた。

「こんなにやりとりをして、結局どう動けばいいのかが分からなくなる。」カイルは静かに思った。

彼の行動に対して、他の二人が絶えず干渉してくる。指示が多く、やり方が一貫していない。その度に、カイルの冷静さが試されることになった。

「こんなに無駄なやりとりをしても意味がない。」カイルは自分の中で疑問を抱きながらも、あくまで冷静に任務をこなした。

だが、どこかで違和感を覚える自分がいた。それは、ティアとの冒険とはまったく違った感覚だった。彼女との時は、言葉数は少なくても、あの無邪気さと純粋さがあったからだ。一方で、この新しいパーティーメンバーとの関係は、どうしても自分を押し込めるような、重さを感じていた。

「やはり、ティアのような気楽な関係がいいのだろうか。」カイルは心の中で思いながら、ふとティアの顔を思い出した。

その時、カイルは気づいた。自分が求めていたのは、単なる効率や理論ではない。もっと、自然で、信頼できる仲間との絆だったのだ。

探索が終わると、カイルは再びティアとの冒険を心待ちにしていた。彼女と一緒にいることで、自分が本当に求めていたものが見えてきたのだ。



第4章: 忘れられないティア
カイルは冒険者としての道を着実に歩んでいた。数ヶ月が経過し、ギルドでの仕事も徐々に増えていった。魔物の討伐や遺跡探索など、多くのクエストに参加し、その度に新たなパーティーメンバーと共に戦った。だが、どれも一時的なものだった。

彼は冷静に、理知的に周囲と協力し、任務をこなしていた。しかし、どんなに経験を積んでも、どんなに新しい仲間と共に戦っても、心の中には常にある思いがあった。それは、ティアとのクエストの記憶だ。

最初のうちは、ティアとの冒険はただの一回のクエストに過ぎなかった。しかし、あの時のティアの無邪気で純粋な笑顔、どこか頼りないけれどどこまでも元気なその姿が、カイルの胸から離れなかった。彼女と一緒に戦った時の、あの無駄のない連携。言葉にしなくても、気持ちが通じ合うような感覚。

「どうして、あんなに楽しかったんだろう…」カイルはふと、ギルドの休憩室で自分に問いかけた。目の前に広がる依頼書を見つめるものの、どれもこれも、何かが物足りなく感じる。

次々に依頼が舞い込んでくるが、どれもティアとの冒険の思い出に比べれば、色あせて見える。新しいパーティーメンバーはどれも実力派ではあったが、ティアのように無邪気に突っ込んでくるタイプではなく、どこか気を使いながら、慎重に動く者ばかりだった。

「俺は、何を求めているんだ?」カイルは再び自問自答する。

そして、ふと気づく。ティアとの冒険で感じたあの心地よさ、そして、仲間としての信頼感が、どんなに他のパーティーメンバーと共に戦っても得られない感覚だということに。

しかし、ティアは今、どこで何をしているのだろうか?その問いが頭をよぎった。

数日後、カイルは依頼を受けてまた別のパーティーメンバーと共に動き出すことになった。今回は山中での魔物討伐だ。クエスト内容自体は単純だが、山中は複雑で道も険しい。地元のガイドと共に進んでいった。

「カイルさん、少し手伝ってください!」剣士のロックが声をかけてきた。

その声に反応し、カイルはすぐに立ち上がり、冷静に指示を出す。「道を切り開く。後ろからついてこい。」

クエストの進行は順調だったが、どこかで気持ちが引き裂かれていた。自分の理知的な面が、仲間と上手く協力していることには満足しているが、それでもどこか空虚さが残る。その空虚さが次第に大きくなり、カイルはその違和感を感じ取ることができた。

「ティアとの時は、こんなことを考えずにいられた。もっと自然に動けたのに…」カイルは心の中で呟く。

ティアと過ごした時間が、どれほど心地よかったかを改めて感じる。あの無理のない連携、何気ない言葉のやり取り、戦闘が終わった後のほっとした顔。彼女と一緒にいると、なぜか何も考えずに動ける。それは、信頼と安心感があるからこそできることだと、カイルは気づき始めていた。

数週間が過ぎても、カイルの心は晴れなかった。新たなパーティーメンバーと共にいくつかのクエストをこなしていく中で、どうしてもティアとの冒険の思い出がよぎる。彼女のあの笑顔、無邪気さ、そして何より彼女と一緒に過ごした戦闘での連携が、何度もカイルの心に浮かんできた。

「どうして、ティアは今、どこにいるんだ?」カイルは再びその問いを胸に抱えていた。

だが、ティアとはまだ再会することはできなかった。あの後、ティアがどこでどうしているのか、カイルは知る由もなかった。ギルドの掲示板で彼女の名前を見かけることもなければ、偶然彼女に出会うこともなかった。

カイルは、次第にそのことが耐え難くなってきた。自分の心の中で、ティアという存在が占める位置が大きくなっていくのを感じていた。それと同時に、彼女と再び会うことへの焦燥感が募る。

「今は…待つしかないのか。」カイルは、再会の機会を待ちながら、心の中で彼女の姿を思い描いていた。

その瞬間、カイルは決意した。このままではだめだ。ティアを、そしてあの心地よい感覚を、どうしても手に入れたかった。彼は心の中で誓った。

「必ず、再びあの時のように、彼女と一緒に戦うんだ。」



第5章: 別々の戦場、心は一つ
ギルドの掲示板に掲示されたクエストを見たカイルは、その内容に驚いた。町の近くで強力な魔物が目撃され、急遽、三つの冒険者パーティが合同で討伐に向かうことになったというのだ。情報によると、その魔物は普段は見られないような異形の存在で、町の周辺を荒らし、住民たちは恐怖におののいているという。

「これで町が壊れでもしたら、何のために冒険者をやっているのか分からなくなる…」カイルは独り言を呟き、ギルドで依頼を受けると同時に、仲間たちとの集合場所へと向かった。

町の外れに集まったのは、カイルがよく顔を合わせるパーティメンバーたち。だが、今回は少し様子が違った。三つのパーティが集まり、討伐隊は総勢で十人ほどになる。

「魔物の姿が確認されたのはこの辺りだ。みんな、気を引き締めて行こう。」ギルドの職員が指示を出し、カイルもその後に続く。

周囲は静まり返り、異常な気配が漂っていた。魔物の足跡や痕跡はすぐに見つかるが、その姿はまだ現れなかった。しかし、カイルの心はどこか落ち着かない。足を進める中で、何度もふと思い浮かぶのはティアのことだった。

「ティア…」そう、彼女のことがどうしても頭を離れなかった。

カイルは確かにティアと共に戦ったことがある。あの時の戦闘の連携、無言のうちに通じ合う感覚、戦後の安心した表情…。あの心地よさが忘れられない。

そして、突然、その瞬間が訪れた。目の前に、ティアの姿が見えたのだ。

「ティア…?」カイルは思わず声をかけそうになる。しかし、彼女は気づかない。ティアは別のパーティメンバーたちと共に動いていた。カイルの心は一瞬、引き裂かれるような気持ちになる。

「どうして…こんなところで…」カイルは足を止め、再び目の前のティアに視線を送りながら、心の中でつぶやいた。

ティアは確かにカイルのことを覚えているだろう。しかし、彼女が今、どのパーティと共に動いているのか、それは彼女の選択だ。カイルはその選択を尊重しなければならない。それに、今は任務に集中しなければならない。

「くっ…!」カイルは自分の気持ちを抑え込む。再び目を前に向け、仲間たちと一緒に進むことを決意した。

しばらく進むと、ついに魔物の姿が現れた。それは一目見ただけでただならぬ気配を放っていた。巨大な体を持ち、鱗が光り、数本の尾を持つその姿は、まさに想像を絶するものだった。

「みんな、注意しろ!」ギルドの職員が大声で叫び、魔物を目の前にして戦闘が始まる。カイルはすぐに自分の立ち位置を決め、冷静に戦術を考えながら動く。

だが、その時、カイルはふと視界の端にティアを見つける。彼女もまた、戦闘の中でしっかりと動いている。だが、彼女はカイルに気づかないまま、無邪気に戦っているように見えた。

「ティア…!」カイルは胸の中で叫ぶが、すぐに自分を振り返らせる。今は仕事だ、任務を果たさなければならない。

カイルは、ティアと再び一緒に戦いたいという強い想いを抑え込み、仲間たちと共に魔物に立ち向かう。だが、どこかで違和感を覚えながらも、冷静に戦闘を進めていく。

戦闘は一進一退の攻防を繰り広げる。魔物は強力で、攻撃を仕掛ける度に周囲の空気を震わせる。そのたびにカイルは身を引き締め、攻撃を防いでは反撃を加えていった。周りのパーティメンバーたちも必死で戦い、連携して魔物を攻撃する。

カイルはその中でも冷静に、戦況を見極めながら行動していた。しかし、その度に、ティアがどこかで自分と同じように戦っているということが気になって仕方がなかった。彼女の姿が見えるたび、彼の心は少しだけ動揺し、再び戦闘に集中することが難しくなる。

「今は、我慢だ…」カイルは自分に言い聞かせる。ティアと戦いたい、その気持ちが抑えきれない。しかし、今はその感情に溺れている場合ではない。魔物の討伐を最優先しなければならない。

しばらくの激闘の後、ついに魔物は討伐された。カイルは肩で息をしながら、魔物の残骸を見つめる。

戦闘が終わると、周囲が静まり返る。その静寂の中で、カイルは改めて自分の気持ちを整理しようとした。しかし、その心の中には、ティアと再び戦った時の感覚が鮮明に蘇る。

「次は、必ず彼女と…」

カイルは戦闘が終わった後、ティアの姿を探したが、彼女はすでに自分のパーティと共に帰路についていた。カイルはその背中を見送りながら、心の中で決意を新たにする。



第6章: 再会の兆し
町のギルドに戻ったのは昼前のことだった。討伐が無事に終わり、三つのパーティが揃ってギルドへと戻り、その後の手続きを終えるために報酬を受け取る時間が訪れた。ギルド内は、冒険者たちの賑わいと喧噪が広がっている。疲れた体を引きずりながら、カイルはメンバーたちと一緒に報酬を受け取る列に並んでいた。

カイルの心は、どうしてもティアのことが気になっていた。戦闘が終わってから数時間、再びティアと顔を合わせる機会がないままで、少し胸がもやもやしていた。彼女がどこにいるのか、どうしているのか、戦闘後に気づいた時はすでに遅かった。あの時、ティアの姿が見えてすぐに声をかけられなかった自分に、少しだけ苛立ちを覚えていた。

「大丈夫、今度こそ…」そう自分に言い聞かせながら、順番を待つ。

その時、急にギルド内のどこかから、明るい声が響いた。

「カイル!」

その声に反応したカイルが振り返ると、なんとその声の主はティアだった。

「ティア?」カイルは少し驚き、思わず顔を曇らせてしまう。しかし、その瞬間、ティアの顔がぱっと明るくなり、目を輝かせながらこちらに駆け寄ってきた。

「カイルだ!ほんとうにカイルだよね!会いたかった!」ティアの声がはしゃぎ、周りの冒険者たちが少し驚いたようにちらりと見た。

「ティア…?」カイルは目を見開き、しかしすぐに気づくことなく少しだけ戸惑っている様子だった。それでも、ティアは笑顔を見せながら、嬉しそうにカイルの周りをぐるぐると回る。

「本当に会えた!カイル、久しぶり!ずっと会いたかったんだよ!」ティアはまるで子供のようにはしゃぎながら、カイルの前に飛び出し、手を振った。

周囲のパーティメンバーたちが、ティアの突然の態度に少し驚きながらも、彼女の明るさに笑顔を浮かべている。しかし、カイルはただ目の前でおおきく微笑むティアに、少し硬い表情を崩すことができなかった。

「お前…なんだよ、こんなところで…」カイルは、まだ自分がどんな反応を取ればいいのか迷っているように見えた。

ティアは、周囲を気にせず嬉しそうに「カイル!カイル!」と繰り返す。それに、カイルもわずかに表情を和らげるが、その目の前で自分があまりにも戸惑っている様子に、ティアはすぐに察した。

「あれ?カイル、そんなに驚いた顔してる?もしかして、私のこと、忘れちゃった?」ティアが少し不安そうな顔をして見つめてくる。

「忘れるわけないだろ…」カイルは照れくさそうに返す。だが、内心ではその明るさにどうしても戸惑いが生まれているのを自覚していた。

その瞬間、ギルド内で報酬が受け取られ、メンバーたちは順番に支給された金貨を受け取る。カイルも、その手続きを受けたが、無意識のうちに少しだけティアのことを目で追っていた。

報酬を受け取った後、しばらくして、カイルのパーティメンバーたちが声をかけてきた。

「カイル、どうだ?うちのパーティでもう一度一緒にクエストやろうぜ。」ひとりが楽しそうに声をかけ、もうひとりが続ける。

カイルはその声に、一瞬だけ躊躇し、目をちらりとティアの方へと向けた。ティアは別のパーティの仲間たちと談笑しているが、彼女の表情には一切の不安や嫉妬が見えない。むしろ、どこか楽しそうで、無邪気に笑っている。

その姿に、カイルは思わず心が軽くなると同時に、また少しだけ胸が締め付けられるような気がした。

「…今度な。」カイルはその誘いを断ると、ちょっとした空気を作りながら、続けて言った。

「ティアと、ちょっと飯行こうかなって思ってるんだ。」

その言葉に、パーティメンバーたちは少し驚きつつも、すぐに笑顔を浮かべて理解したようだった。「あぁ、いいな、行ってこいよ。」と言って、カイルを送り出す。

カイルは、少しだけためらいながらもティアの方へと歩き出す。そして、ティアに向かって言った。

「飯、行こうぜ。」

ティアはその言葉に一瞬、目を輝かせると、すぐに嬉しそうに笑って駆け寄ってきた。「うん!行こう行こう!カイルとご飯食べるの、久しぶりだね!」

カイルは少し照れくさそうにその様子を見守りながら、歩き始めた。

その歩き出した足音が、昼の町の賑わいの中で少しだけ響き渡る。



第7章: ふたりの時間 
ギルドを後にして、カイルとティアは町の小さな食堂へと足を運んだ。食堂の中は、昼間の喧騒とは打って変わって、ひとときの静けさが漂っていた。温かい料理の香りが漂い、カイルは少しだけ気持ちが和らぐのを感じた。食事を取るのも久しぶりだったし、何よりティアと一緒に食事をすることに、どこか安心感を覚えた。

「やった!カイルとご飯!」ティアは目を輝かせながら席に着くと、まるで子供のように嬉しそうにメニューを見ている。その無邪気な笑顔に、カイルも思わず微笑んでしまう。

「お前、ほんとうに元気だな…」カイルは苦笑いを浮かべながら言う。ティアは満面の笑みを浮かべて、「だってカイルと一緒だもん!」と即答した。

その言葉に、カイルは少し胸が温かくなるのを感じた。何とも言えない気持ちが、胸の奥でモヤモヤと渦巻く。しかし、それが何なのか、カイル自身ははっきりとは分からなかった。

「それにしても、あの討伐戦はすごかったね!」ティアが話を切り出す。彼女の目は、昨日の戦いを思い出しているのか、楽しそうに輝いていた。

「うん、あの魔物、手強かったな。」カイルもその記憶を思い返し、頷く。「でも、みんなよくやったよ。無事に終わったし、報酬も手に入ったしな。」

ティアは、カイルが少しばかり冷静に話すのを見て、少しばかり真剣な顔をして言った。「でも、カイルがいたからうまくいったんだよ。すごかったよ、あんなに冷静に指示を出して、みんなを引っ張ってくれて!」

カイルは照れ隠しに目をそらす。ティアの言葉には、どこか素直な感情が込められていて、それに少し驚いていた。「そうかもしれないが、お前がいなかったら、俺もあんなにうまくいかなかっただろうな。お前の速さと攻撃力は、どんな魔物でも倒せると思う。」カイルは冷静にそう言ったが、心の中では、ティアの言葉が少しだけ嬉しかった。

「ふふっ、ありがとう、カイル!」ティアはその言葉に大きく笑顔を見せた。そして、テーブルに置かれた料理に気を取られると、嬉しそうに箸を手に取った。

二人は、戦いの話を交わしながら、あっという間に食事を終えた。戦闘の話、仲間たちの話、そして何気ない日常のこと。お互いに言葉を交わす度に、自然と心が通い合う気がしていた。カイルはふと、「なんでこんなに楽しいんだろう」と考えた。ティアとこうして食事をするのが、こんなにも心地よいとは思わなかったからだ。

だが、その感情がどこから来ているのかは、まだカイルには分からなかった。戦いが終わったばかりで、まだ一度しか一緒にクエストをこなしたことがない。だというのに、心の中に芽生える不思議な感覚に、カイルは自分でも戸惑っていた。

食事が終わり、二人は店を出て、少しだけ町を歩いた。昼過ぎの太陽の下、少し温かい風が二人の髪を撫でる。ティアは、手をひらひらさせながら話していた。

「今度はもっと大きな魔物、倒しに行こうね!カイル、絶対また一緒に戦おう!」ティアは無邪気にそう言ったが、その顔には楽しみと期待が溢れていた。

「お前の元気さなら、どんな魔物も倒せるだろうな。」カイルは、少し微笑みながら返すが、心の中で別の思いが渦巻いていた。

「でも、また一緒に戦う時が楽しみだな。」ティアのその言葉に、カイルは少しだけ心が温かくなった。しかし、その瞬間にまた疑問が浮かぶ。

なぜ、こんなにもティアと一緒にいる時間が楽しいのだろう?一緒に食事をして、ただ言葉を交わすだけで、こんなにも嬉しいと感じる自分はどうしたことだろう?

「そうだな。」カイルはその答えを見つけることなく、ただ短く返事をする。そして、宿へと向かう道を歩きながら、自然に隣を歩くティアに目を向ける。

宿に戻ると、二人は別れ際に少しだけ会話を交わし、そのまま各々の部屋へと戻ることになった。ティアは明るく「おやすみなさい!」と言って、自分の部屋へと向かった。カイルも軽く手を振りながら、自分の部屋に足を運んだ。

夜の静けさの中で、カイルはしばらくの間、部屋で考え込んだ。今日の一日、ティアと過ごした時間を思い返しながら、あの無邪気な笑顔と楽しそうな声が頭から離れない。彼はまだ、自分の感情が何なのか、はっきりと理解できない。

「まったく…どうしてこんなに、気になるんだ?」カイルは布団に横たわり、天井を見つめながらつぶやいた。

だが、その答えはすぐには見つからなかった。



第8章: 再会と新たな一歩
カイルは目を覚ますと、目の前の窓から差し込む昼の光に思わず目を細めた。静かな部屋の中で、時計の針がすでに昼過ぎを指していることに気づき、思わず「うわっ」と声を上げた。疲れが溜まっていたのか、昨日の戦闘の余韻に浸りすぎて、うっかり寝過ごしてしまったようだ。

「くっ…こんな時間か。」カイルは立ち上がり、急いで支度を始める。頭を軽く振りながら、今日は早くから動かなければと思っていたが、どうしても体が休息を求めていた。ティアと過ごした時間に、どこか心地よい疲れが残っていたせいか、寝過ごしてしまった自分に軽く苛立ちを覚える。

ギルドに向かう途中、カイルは心の中で少しだけ焦りを感じつつ歩き続けた。急がなければ、いいクエストが受けられなくなるかもしれない。しかし、足早にギルドの建物が見えてきた時、彼の足がふと止まった。

ギルドの入り口前で、待っている人物が一人いた。

その人物は、まるでカイルが来るのを待っていたかのように、少し不安そうに周囲を見回しながら立っている。カイルはすぐにその人物が誰だか分かり、思わず胸がドキッとした。

「ティア…」

その瞬間、カイルは嬉しさを抑えきれなくなり、足を速めた。しかし、彼はそれを見せまいと必死に我慢する。飛び跳ねて駆け寄りたかったが、冷静さを保たなければならないという思いが頭をよぎる。

「遅いよ、カイル!」ティアはカイルが近づくと、少しだけ不機嫌そうに言った。だが、その表情には本気で怒っているわけではなく、むしろどこか甘えたような、ほんの少しの焦りが含まれている。彼女はカイルが来るのをずっと待っていたのだろう。

「すみ…」カイルは軽く頭を下げるが、その瞬間、ティアの目が鋭くなる。「お昼だよ、もう!なんでこんなに遅くなったの?」

その言葉にカイルは少し面食らった。だが、心の中で嬉しさが込み上げてきた。「いや、ちょっと寝過ごしてな…」と、照れ隠しに軽く笑う。ティアが自分を待っていたことが、やっぱり嬉しくてたまらなかった。

「寝過ごし?それなら、カイル、やっぱりだめだね!」ティアは手を腰に当てて、少しだけ文句を言いながらも、その顔には心底嬉しそうな表情が浮かんでいる。カイルが寝過ごしていた理由を聞くと、その理由に納得するような笑顔を見せた。

「でも、カイルがいると嬉しいから…」ティアは少し照れながらも、素直に言う。「一緒にクエスト行こうよ!」

その一言に、カイルの胸はまたしてもドキドキと高鳴る。あの無邪気な笑顔と、誰にも遠慮せずに心から願っている様子に、カイルはどうしても笑わずにはいられなかった。

「またかよ…」カイルは半分ため息をつきながら、しぶしぶ答えた。「お前、ほんとうに一緒にいたいのか?」

ティアは迷わずうなずく。「うん!カイルと一緒に戦いたい!絶対、また一緒に行こうよ!」

その勢いに、カイルもついに頷いた。彼は本当は、もっとティアと一緒にいたいという気持ちが胸の奥に広がっていたが、それを素直に言葉にするのは苦手だった。だが、ティアの素直な願いに応えて、ふと口にした。

「じゃあ、しばらくの間、パーティを組もうか。お前の頼みだしな。」カイルは少し照れながら、でも嬉しそうにそう言う。

ティアはその言葉に大喜びし、目を輝かせてカイルを見上げた。「本当に!?やった!」ティアの顔に浮かぶ純粋な喜びに、カイルの胸も暖かくなる。

「じゃあ、決まりだな。早速クエストを受けに行こう。」カイルは肩の力を抜いて、少しだけ余裕のある顔を見せる。その表情には、ティアと一緒にいられることが本当に嬉しいという気持ちが隠れていた。

二人はギルドの中へと歩き出し、新たなクエストに向かって足を進めた。カイルは心の中で、ティアと一緒に過ごす時間がこれからどうなるのか、少し期待を込めて思い描いていた。

そして、それがどんな形であれ、今はただこの瞬間を大切にしたいと思った。



第9章: 二人だけの時間と心の距離
カイルとティアはパーティを組んでから一週間ほどが経過していた。その間、二人はいくつかのクエストをこなし、時に軽く、時に真剣に戦いながら、少しずつ絆を深めていった。ティアはいつものように無邪気で、毎日のように笑顔を見せながら楽しそうに戦っていた。カイルもそれに引っ張られ、思わず笑顔になることが増えていた。

「今日のクエストも楽しかったね、カイル!」ティアは大きな声でそう言いながら、カイルの隣を歩いている。彼女の顔には満足げな笑みが浮かんでいた。まるで子供のように、次のクエストが待ちきれない様子だ。

カイルはその笑顔を見て、少し照れくさそうにうつむいた。「ああ、確かにな。お前と一緒だと、なんだか気が楽だ。」

「ほんと?」ティアは顔を輝かせて、カイルにグイッと顔を近づけた。「私もカイルと一緒にいるのが楽しいよ!だって、カイルって強いし、頼りになるんだもん!」

その言葉に、カイルの心は少しだけ温かくなったが、照れ隠しをして、ふっと肩をすくめた。「まあ、戦い方は一通り覚えたからな。でも、俺だけじゃなくて、他のメンバーもいるだろう。たまには他の奴と組んだほうがいいんじゃないか?」

ティアはその言葉を聞いて、急に顔をしかめた。「他のメンバー?カイル、私と一緒じゃだめなの?」その声には、少し怒ったような、でも無邪気な気持ちがにじんでいた。

カイルは驚いてその顔を見る。ティアがこんなにも自分と一緒にいたがってくれていることに、正直、驚きと嬉しさが入り混じった感情が込み上げてきた。言葉を選びながら、カイルは静かに答える。「いや、もちろんお前と一緒がいい。でも、他のメンバーもいるし、そういうのも大切だろ?」

ティアは少し頬を膨らませて、不満げな顔をしていた。「でも、私とカイルだけでいいじゃない!だって、カイルと一緒にいるほうが楽しいんだもん!」その言葉には純粋な気持ちが込められていて、カイルは一瞬言葉を失った。

「お前…本当に、そう思ってるのか?」カイルは少し驚きながらも、その眼差しに深く答えた。

「うん、そうだよ!」ティアは自信満々に答えると、急に照れたように顔を赤くした。「だって、カイルは頼れるし、戦ってても楽しいし…一緒にいると安心するから。」

カイルはその言葉に何も言えず、心の中でそっと頷いた。「ああ、俺もお前と一緒にいると、なんだか安心するよ。」

その瞬間、ティアは顔を明るくし、さらに嬉しそうに言った。「じゃあ、これからもずっと二人でやろうね、カイル!」その言葉にカイルは、まるでこの一週間が一つの新しい始まりだったかのように感じた。

そして、二人はまた新しいクエストを見つけ、受けることに決めた。途中、ティアが目を輝かせながら、カイルに向かって言った。「ねえ、カイル、これ!なんか面白そうなクエストがあるよ!」彼女が指さした掲示板には、どうやら二人でクリアするにはぴったりの内容が書かれていた。

「『二人の絆を試すクエスト』?」カイルは少し驚いた様子でその掲示内容を読んだ。どうやら、相性が良いパートナーと一緒に挑戦することで、絆を深めることができるという内容のようだ。

「なんか、私たちにぴったりじゃない?」ティアは嬉しそうに言うと、カイルにぐっと顔を寄せてきた。「このクエスト、二人でクリアすれば、もっともっと絆が深まるよね!」

カイルはその言葉を聞いて、思わず微笑んだ。こんな風に、何気ないことで絆が深まっていくんだと感じた。それがどんな結果をもたらすのかは分からないが、今はただ一緒にいることが大切だと心から思った。

「じゃあ、やってみるか。二人で挑戦してみよう。」カイルはいつものように冷静に言うが、その顔にはどこか優しい表情が浮かんでいた。

ティアは嬉しそうに笑った。「やった!ありがとう、カイル!」

そして二人は手を取り合い、新たなクエストに挑むことになった。クエストの内容や難易度に関わらず、今はただ、二人で過ごす時間が嬉しくてたまらないのだということが、カイルの胸の中に強く響いていた。



第10章: 絆の証、二人の新しい一歩
カイルは今回のクエストをどうしても受けるべきなのかと悩んでいた。掲示板に貼られた「二人の絆を試すクエスト」というタイトルを見たとき、正直、これまでの自分にはあまり関わりのない内容だと感じていた。そんなクエストを受けるなんて、今までならまず考えなかっただろう。しかし、ティアが無邪気に「カイルと一緒にやりたい!」と言ってきたその気持ちを無碍にできなかった。

「お前、こんなのやったことないだろ?」カイルはティアをちらりと見るが、彼女は満面の笑みを浮かべてうんうんと力強く頷いていた。

「だって、カイルとならどんなクエストでも楽しいもん!だから、絶対にやりたい!」ティアの目は輝き、その表情はとても楽しそうだった。

カイルはため息をつきながらも、心の奥でその無邪気さに引き寄せられている自分を感じていた。結局、仕方なくティアと一緒にそのクエストを受けることを決めた。

クエスト内容はシンプルだったが、少し珍しいものだった。「二人の絆を試すために、協力して迷宮の中の難題を解き明かし、最深部の扉を開ける」というものだ。ギルドの掲示板には「相性が良いパートナーで挑戦してください」と書かれており、まさに二人組の強い絆が求められていることが示唆されていた。

迷宮に入った瞬間、カイルはその空気の重さに少し緊張を覚えた。普段、単独でクエストをこなすことが多かった彼にとって、こんなクエストは未知の領域だった。しかし、ティアがその隣にいてくれるおかげで、少しだけ心強さを感じていた。

「カイル、しっかりしてるね!なんだか、頼りになる!」ティアが嬉しそうに言って、カイルの横にぴったりと寄り添う。その姿にカイルは自然と顔を赤くした。

「お前、そんなにくっつくなよ。」カイルは冷静を装いながらも、どこか顔をそむけてしまう。

「だって、カイルと一緒にいるのが嬉しいんだもん!なんて言っても、私、カイルが一番好きだもん!」ティアは屈託なくそう言って、さらにカイルに寄り添った。

その言葉に、カイルは心の中でどきりとした。無理に冷静を保とうとする自分が、少しずつティアに心を奪われていくことに気づいていた。

迷宮の中でのクエストは予想以上に難解で、いくつもの仕掛けや罠が待ち受けていたが、二人は絶妙なコンビネーションでそれらを乗り越えていった。カイルは冷静に判断し、危険を避けながら進む一方で、ティアはその直感と機敏さで先を行くことが多かった。

「カイル、そこ!あっちに進んでみて!」ティアがカイルに指示を出す。その言葉にカイルは少し驚きながらも、すぐに信じて動く。

「お前、こういう時の直感は本当に頼りになるな。」カイルは少し笑みを浮かべながら言う。

「だって、カイルのためだもん!私、カイルと一緒にいるのが一番楽しいし、だから絶対にうまくいくって信じてる!」ティアは元気よく答え、その無邪気な笑顔がカイルの心に強く響いた。

ついに、迷宮の最深部にたどり着き、扉を開けるための最後の難題が立ちはだかった。それは、二人が心を通わせて協力しなければ解けない謎だった。

「カイル、一緒にやろう!二人なら絶対にできるから!」ティアが力強く言った。

「わかってる、お前とならできるさ。」カイルは心の中で少しの戸惑いを感じながらも、ティアの手を握り、二人で謎を解き始めた。

その結果、謎は見事に解け、扉は開かれた。中には、豊かな宝物や知識が待っていたが、カイルにとってはそれ以上に大切なものを得た気がしていた。それは、ティアとの深い絆だった。

ギルドに戻ると、ティアは嬉しさを抑えきれず、目を輝かせてカイルに飛びついた。「カイル、やったよ!成功した!やっぱり私たち、最高のパートナーだね!」

カイルは少し照れながらも、ティアを優しく抱きとめて言った。「お前があんなに必死になってくれたからだよ。」

ティアはカイルに甘えながら、満面の笑顔を見せた。「カイルと一緒だから、私、すごく嬉しい!これからもずっと一緒にいたいな!」

その言葉に、カイルの胸は高鳴った。少し照れたように顔を赤くしながら、心の中で満たされる思いを感じていた。「俺もだよ、ティア。ずっと一緒にいよう。」

その瞬間、二人の心が完全に通じ合った気がした。どんなクエストをこなしても、どんな困難が待ち受けていても、二人なら乗り越えられる。そして、これからも共に歩んでいくことを誓い合った。



第11章: いつも通りの幸せな日常
カイルはクエストを終えた後、少しばかり不思議な気持ちを抱えていた。あの「二人の絆を試すクエスト」という内容が、どうにもぴったりと自分に合っているとは思えなかったからだ。確かに、ティアと一緒に過ごす時間は楽しくて、何度も助けられたし、彼女と一緒にいることで安心感もあった。しかし、クエスト自体が「絆を試す」という目的だったことに、どこか違和感を感じていた。

「それにしても、なんか変なクエストだったな…」と、カイルはぼんやりとつぶやいた。

「カイル、何かおかしいことでもあった?」ティアが元気よく尋ねてきた。彼女はいつも通り、明るく楽しそうにしている。

「いや、別に…なんでもない。」カイルは少し照れくさく答えると、ティアの嬉しそうな笑顔が目に入って、ふと胸が温かくなった。「でも、お前と一緒だと楽しいな。」

「そうでしょ!カイルと一緒にいるのが一番楽しいもん!だって、カイルのこと、すごく頼りにしてるから!」ティアは素直にそう言って、カイルに笑顔を向けた。

カイルはその言葉に顔を赤くして答えた。「俺もだよ、ティア。お前がいると、なんだか心強い。」

そんな会話をしながら、二人はギルドの宿へと向かった。カイルの中では少しばかりの戸惑いがあったものの、それはティアと一緒に過ごす日常の中で、すぐに消えていった。今はただ、この安定した時間を楽しむことだけが重要だと思えた。

宿に到着した後、二人はまず腹ごしらえをすることにした。カイルは、ギルドに戻ってからの食事が待ち遠しかった。ティアと一緒に食べると、食事が格段に美味しく感じるからだ。

「今日は何食べる?」ティアが楽しそうに聞いてきた。

「うーん、俺は肉が食べたいな。」カイルはにんまりとした笑みを浮かべて答える。

「わかるー!私もお肉!じゃあ、肉料理の店に行こう!」ティアは元気よく答え、その手を引いてカイルを店へと導いた。

食事を楽しんだ後、二人はアイテムの整理や武器・防具の手入れをすることにした。カイルは普段から装備の手入れを怠らないタイプで、無駄にしたくないという思いが強い。ティアも、最初はあまり手入れをする習慣がなかったが、カイルが手伝ううちに少しずつ慣れてきた。

「カイル、こっちの剣、ちょっと傷がついてるみたいだけど…どうしたらいい?」ティアが持っていた剣を見せてきた。

「ちょっとした傷だな。軽く研ぐだけでいいよ。」カイルはティアの剣を受け取ると、道具を使って優しく研ぎ始めた。

その様子を見ていたティアは、少し照れながらも、「カイルって、すごいんだね、こういうの。私、全然できないから、頼りにしてるよ。」と言った。

「そうだな、こういうのは得意だから。」カイルは無意識に少し笑った。ティアが頼ってくれることに、少しだけ嬉しさを感じた。

その後、二人は互いの装備を点検し、必要なアイテムがあれば調達に出かけることにした。ティアは新しい矢を購入するために武器屋へ行き、カイルは食料や薬草を買い足すために町を歩いた。

買い物を終えた後、二人は再び宿に戻り、互いの装備を整え、明日からの冒険に備えて準備を整えた。

その日の夜、カイルは宿のベッドに横になりながら、ふと心の中で考えていた。ティアと一緒に過ごす時間が、こんなにも幸せだと感じる自分に驚いていた。まだお互いがどこまで信頼し合っているのか、どこまで絆が深まったのか、はっきりとはわからない。ただ、今はこうして一緒にいる時間が心地よくて、無理に何かを考える必要はないと思った。

「まあ、明日もティアと一緒だし、大丈夫だろう。」カイルは心の中でそう呟きながら、ゆっくりと眠りに落ちていった。

こうして、二人は穏やかな日常の中で、少しずつ信頼を深め、絆を強くしていった。冒険の中で多くの試練が待ち受けていることを予感しながらも、その日常は何よりも大切な時間となっていった。



第12章: 日常の一コマ
翌日、カイルとティアは、ギルドから与えられたクエストを終え、ふとした余暇の時間を楽しむことにした。この日は特に大きな任務があるわけではなく、町を見て回るだけの一日だったが、カイルにとっては久しぶりに感じる穏やかな時間だった。

「今日はどこに行く?」ティアが無邪気に聞いてきた。彼女の目は輝いていて、どこか楽しげだった。普段から多忙に過ごしている二人にとって、こういったひとときがどれほど貴重かを改めて感じる瞬間でもあった。

「どこでもいいけど…街の外れにある市場を見てみるか?」カイルは少し考えた後、街のあまり見慣れていない場所を提案してみた。

「いいね、行こう行こう!」ティアは満面の笑みを浮かべて、カイルの腕を引っ張った。その勢いに少し驚きながらも、カイルは苦笑いを浮かべながら彼女についていく。

市場へ向かう途中、二人は町の賑やかな通りを歩きながら、時折足を止めて、色々な店を覗き込んだ。人々の声や商人たちの呼び込みが、街の活気を感じさせる。ティアはお店の前で立ち止まり、「カイル、これ見て!可愛い!」と、陶器の小さな人形を指さしてはしゃいだ。

カイルはその様子を見て、ほんの少しだけ微笑む。「お前、こういうの好きだな。」

「うん!なんか、癒されるんだよね~」ティアは嬉しそうにうなずきながら、その人形を手に取って眺めている。「でも、買えないよね…。こんなにお金もってないもん。」

「また今度な。」カイルは笑いながら、ティアに軽く言った。普段はお金のことにはあまり気を使わない彼だが、こうしてティアと一緒にいると、少しでも彼女の欲しいものを手に入れてやりたいという気持ちが湧いてくる。

その後、二人は町の外れにある小さな公園のような場所に辿り着いた。広くはないが、木々が並び、静かな雰囲気が漂う場所だった。カイルはその景色に見惚れながら、「こういうところも悪くないな。」と呟いた。

ティアもそっと周りを見回して、「うん、落ち着くね。カイルと一緒だから余計に感じるのかも。」と、少し照れくさい笑顔を見せた。

カイルはそれに気づき、内心で少し驚いたが、無理に話を続けることなく、「ちょっと休むか。」と、ベンチに座った。ティアもすぐにその横に座り、二人で静かなひとときを過ごした。

「こうして、のんびりするのも久しぶりだな。」カイルがぽつりとつぶやく。

ティアはうれしそうに頷き、「うん、私も。カイルと一緒だと、どんな時間でも楽しいもんね。」と、笑顔を見せた。

その後、二人は町を少し歩き回ったり、街角で小さな屋台の食べ物を買って食べたりした。普段の冒険とは違う、のんびりとした時間が流れていく中、カイルは少しだけ心の中で思った。この時間がずっと続けばいいのに、と。

日が暮れかけてきた頃、二人は宿へと戻ることにした。カイルはティアと一緒に歩きながら、今後どんな冒険が待っているのだろうかと考えていたが、その考えはすぐに頭の中で消えていった。

ティアと一緒にいることだけが、今は大切だと思ったからだ。

宿に戻ると、二人はそれぞれの部屋に入ることになった。互いに特別な存在であり、お互いを信頼していると感じているけれど、まだそれが何を意味するのか、はっきりとは分からなかった。ただ、一緒にいることで安心感を覚える—それだけは確かだった。

「また明日、頑張ろう。」そう自分に言い聞かせながら、カイルは眠りについた。

ティアも同じように自分の部屋に入ると、ふと顔がほころんだ。今日一日、カイルと一緒に過ごせたことが嬉しくてたまらなかった。お互いに安心感を感じながら、次に何をして一緒に過ごすのかを楽しみにしている自分がいた。

「明日も、カイルと一緒に頑張ろう。」ティアはベッドに横になりながら、心の中でそうつぶやいた。

この日は、二人にとって何気ない日常の中で、少しずつ心の距離が縮まるような、温かい一日だった。



第13章: 少しの奮発と次の一歩
翌日、カイルとティアは、ギルドの掲示板を見ながら、次に挑むべきクエストを探していた。しばらくの間、二人は冒険を楽しみながらも、次第に生活費に不安を覚えるようになっていた。ギルドの報酬で得たお金は、想像以上に早く減っていき、思いきって新しい装備を手に入れたとはいえ、それだけではすぐに底をつく。

「新しい装備、ちょっと奮発しすぎたかな…」カイルがちょっとした不安を口にした。

ティアは無邪気に笑って、「でも、カイルの装備かっこよくなったよ!私も、ちょっとだけ奮発して、おしゃれなの買ったし!」と答えた。彼女はすでにその新しい装備に満足している様子だったが、カイルは内心で少し気が引けていた。高い買い物をしたわけではないが、現状では予想以上に金銭面に余裕がなくなってきていたからだ。

「まあ、でもお前が満足してるならそれでいいか。」カイルは苦笑しながら言った。

「うん、カイルもそれで満足してるって言ってくれたし、なんか嬉しい!」ティアは再び嬉しそうに笑った。

カイルもその笑顔に少し心が和らぐのを感じる。しかし、現実は甘くない。どれだけ冒険を続けても、報酬が安定しない以上、生活を維持するためには次の一手を打つ必要があった。

「でも、このままじゃまずいな…。」カイルは少し考え込むと、再び掲示板を見上げた。

その時、目に入ったのは「簡単なクエスト」の掲示だった。内容は、街の周辺に現れる魔物の駆除や、採取に必要な道具の収集といった、いわゆる手軽な内容だ。しかし、報酬は少ないが、安定してお金を稼ぐためには今の二人には最適だとカイルは思った。

「ティア、これにしようか。」カイルは掲示を指さした。

ティアがその掲示を見て、「簡単なやつだね!でも、やるなら早くやろう!お腹もすいてきたし!」と元気よく答える。

カイルはその返事に安心し、少し気を引き締めると、「うん、すぐに行こう。」と言い、二人でクエストの詳細を確認し、早速出発することになった。

簡単なクエストだとはいえ、気が抜けない。二人は手際よく街を出発し、目的の場所へと向かって歩きながら、改めてお互いの装備を確認し合った。カイルは新しく手に入れた剣に手をやり、ティアは軽やかなブーツを見下ろして笑顔を見せる。

「うん、これなら大丈夫だろ。」カイルは自分に言い聞かせるように言いながら、また足を速めた。

ティアも「うん、私も準備万端だよ!」と、いつものように元気いっぱいだった。そんなティアの姿に、カイルは思わず微笑む。

しばらく歩いていると、二人は目的地に到着した。目の前には、すでに少し荒れた森の入り口が見え、その先にはクエストの対象となる魔物たちが潜んでいることが予想された。

「これで、少しでも生活が楽になればいいな。」カイルは心の中で呟きながら、しっかりと構える。ティアも隣で、準備を整えていた。

「それにしても、カイルと一緒だとどんなクエストでも楽しいよ!」と、ティアはまたはしゃいでいる。

カイルは照れくさそうに「俺もだよ。」と言いながら、足元を確認する。

まだまだ、二人の冒険は続く。そして、それを支えるための「簡単なクエスト」ではあったが、確実に二人の絆を深めるための一歩となるはずだった。

そして、次の一歩がどんなものになるか、それはまだ分からない。だが、少なくとも今はお互いを信頼し、共に戦い、そして一緒に未来を歩んでいこうという思いが胸の中にしっかりと根を張っていた。



第14章: いつも以上に、ずっと一緒に
その日、カイルとティアはいつものようにギルドの掲示板を見て、次のクエストを探していた。しかし、今日はなんだかティアの様子がいつもと少し違った。

「ねえ、カイル、今日もずっと一緒にいようね!」ティアは目を輝かせながら、カイルの腕にしがみついてきた。その笑顔はいつも以上に嬉しそうで、普段なら元気に引き離すこともなく受け入れていたカイルも、今日は少しだけ困惑していた。

「お、おい、どうしたんだ?」カイルは照れくさそうに少し距離を取ろうとしたが、ティアはそのままグイグイとくっついてきて、むしろ距離を縮めるようにしてきた。

「だって、カイルと一緒にいるのが楽しいんだもん!」ティアは無邪気に言い、カイルの腕をしっかり握る。カイルはその言葉を耳にしながら、少し驚いたような表情を見せた。

「いつも一緒だろ?」カイルは優しく、でも少し照れくさく言った。

ティアはその言葉に少しムスっとした顔をして、「でも、今日はいつも以上にね!」と意気込んだ。

その様子にカイルは驚き、さらに少し戸惑う。普段からティアはカイルと一緒にいることを好んでいるが、ここまで強く一緒にいたいとアピールされるのは初めてだった。彼女の目を見ていると、いつも以上に切実さを感じてしまう。

「でも、俺だってお前と一緒にいるのは嬉しいよ。」カイルは少し恥ずかしそうに頭をかきながら言った。

ティアはその言葉に嬉しそうにニッコリと笑って、今度は本当にカイルの腕に顔をうずめてきた。「えへへ、カイルといると落ち着くんだもん。」その言葉にカイルの胸がちょっと温かくなった。

だが、その後、ティアは急に黙り込んだ。カイルはその様子に気づき、少し不安そうにティアを見つめる。

「どうした?元気ないのか?」カイルが尋ねると、ティアは少し顔を背けて、しばらく黙っていた。そして、ようやくぽつりと言った。

「カイル…私、好きってなんだろうって、ちょっと考えてた。」ティアの声は少し小さく、思いつめたような感じだ。

その言葉にカイルは驚いた。ティアがこんな風に考えているなんて、少し意外だったからだ。

「好きって、どういう意味だろう?だって、私は…ずっとカイルと一緒にいたいんだもん。でも、それが『好き』っていう感情なのかな?」ティアは首をかしげながら、困惑した表情を浮かべていた。

カイルはその言葉に少し考え込む。自分の気持ちはもちろん分かっているし、ティアが自分を大切に思っていることも感じている。しかし、ティアがこのように「好き」の意味を探ろうとしている姿を見ると、少し不安な気持ちが芽生えてきた。

「まあ、でも…ずっと一緒にいるってのは、嬉しいことだよな。」カイルは照れくさそうに言った。ティアが自分と一緒にいたいと考えてくれているだけで、何も間違っているとは思わない。しかし、ティアが感じているその「好き」という感情が何なのかは、正直まだわからない。

ティアは少し黙って考えている様子を見せた後、「私…わからないけど、カイルが隣にいてくれるだけで、すごく安心するんだ。」と、やや戸惑いながら答えた。

その言葉に、カイルはほんのりと笑みを浮かべた。ティアが自分のことをそんな風に思ってくれていることは、心の中でしっかりと感じていたからだ。

「それでいいんだよ。」カイルは優しく答え、ティアの頭を軽く撫でた。「お前が俺と一緒にいて、安心できるなら、それが一番だ。」カイルはそう言いながらも、少し胸が熱くなるのを感じていた。

ティアはカイルのその言葉に顔を赤らめて、さらにカイルに近づいてきた。「うん、ありがとう、カイル…!」

その瞬間、二人の間に言葉以上の信頼と理解が芽生えたように感じた。ティアの「好き」にはまだ答えが出ていないようだったが、カイルはそれでも自分たちがしっかりと繋がっていることを実感していた。そして、それが二人にとって、何よりも大切なものだということを感じていた。

ティアはその後、笑顔を見せて「じゃあ、今日はもっと一緒にいたいな!」と、また無邪気に言いながら、カイルに手を伸ばした。カイルは微笑みながらその手を取ると、二人は一緒に歩き出した。

お互いに言葉を交わしながら、少しずつお互いの気持ちが理解し合えるようになった。彼らの絆は、少しずつ、でも確実に深まっていくのだった。



第15章: 少しだけ、気になる変化
ティアは街の一角で立ち止まり、周囲をキョロキョロと見回していた。その目には焦りが色濃く浮かんでおり、まるで何かを探しているかのようだった。いつもの明るさや元気さが失われ、どこか不安げな様子を見せている。

「カイル!」ティアは急にカイルを呼び、駆け寄った。普段のティアなら、もっとのんびり歩きながら話しかけてくるのに、今日は様子が違う。呼ばれたカイルは驚きつつも、すぐにティアに駆け寄る。

「どうした?」カイルは彼女の様子に気づき、すぐに尋ねた。

「カイル、お願い…ちょっと聞いて!」ティアは息を切らせながら、焦った表情で言葉を紡ぐ。「街で知り合って仲良くしてた子供が病気なんだ。すごく重い病気で、治療が必要なんだけど、どこに行けば治るか全然わからなくて…!」

その言葉を聞いたカイルの表情が一変する。彼女の焦りようと必死な様子に、ただ事ではないことを感じ取った。ティアはまるで自分を責めるように続けた。

「薬屋で聞いてみたけど、薬は手に入らなくて…だから、少し難易度の高いクエストを受けようと思ってるんだけど、どうしてもカイルに手伝って欲しくて!」ティアは荒い息遣いのまま、カイルを見つめた。

「難易度が高いクエストか…。」カイルは少し考えるように頷き、その後すぐに言った。「わかった。お前がそんなに心配しているなら、俺にできることなら何でも手伝う。」

ティアはその言葉に、ホッとした様子で一瞬息を吐く。「本当に?ありがとう、カイル!」彼女の表情には感謝の気持ちが溢れていたが、依然として不安そうな面持ちは消えなかった。

カイルはティアの背中を見守りながら、彼女が何を心配しているのか、少しでもその不安を和らげるために全力を尽くすことを決めた。

二人はギルドで情報を集め、必要なアイテムや材料を揃え、ティアが言っていたクエストを受けることにした。そのクエストは、危険な魔物が潜む場所にある珍しい薬草を採取するもので、難易度は高いが二人なら問題ないだろうとカイルは判断した。

クエストが始まると、ティアはいつも通り前へ前へと突き進んでいく。カイルは彼女の後を追いながら、周囲に注意を払い、冷静にサポートしていく。魔物たちとの戦闘は激しく、何度も危険な状況が訪れたが、二人は息の合った連携で次々と敵を倒していった。

目的の薬草を無事に手に入れた二人は、その足で街へ戻り、すぐに子供のもとへ向かった。ティアは薬草を使い、子供に治療を施す。その薬草の効果で、子供はみるみる元気を取り戻し、顔を明るくした。

「よかった…本当に良かった…!」ティアは涙を浮かべながら、その子を抱きしめた。カイルはそんなティアの姿を見守り、少し微笑んだ。「お前が心配していた子供が回復したんなら、それで十分だ。」

ティアはその言葉に顔を上げ、感謝の気持ちを込めて言った。「ありがとう、カイル。あなたがいなかったら、きっとうまくいかなかった…!」

「俺はただお前をサポートしただけさ。お前が頑張ったからこそ、こうして子供が助かったんだ。」カイルは照れくさそうに言いながら、ティアに微笑みかけた。

二人はその後、子供の回復を喜びながらも、少しの間静かな時間を過ごした。しかし、その夜、ティアの様子に少し違和感を覚えたカイルは、次の日になってようやくティアの変化に気づくこととなる。

翌日、ティアの様子がいつもと違うことに、カイルは気づいた。

普段なら元気に笑っているティアが、今日は少し静かで、どこか元気がないように見える。言動にもいつも以上に慎重さがあり、目を合わせるのを避けることも多くなった。

「おい、どうしたんだ?」カイルは心配そうにティアに声をかけた。「昨日まで元気だったのに、今日はなんか違うぞ?」

ティアは少し驚いたように目を見開き、すぐに明るく笑顔を作ろうとしたが、その笑顔はどこかぎこちない。「な、なんでもないよ!ちょっと疲れてるだけだから大丈夫!」

カイルはそれでも納得できなかった。ティアがこんな風に自分の様子を隠すのは珍しい。いつもならもっと自分をさらけ出すように、元気に振る舞うのがティアの良さだったからだ。

「無理しないで、休んでもいいんだぞ。」カイルは優しく声をかけたが、ティアはすぐに元気な笑顔を見せて答えた。

「ううん、大丈夫!カイルと一緒にいられるから元気だよ!」そう言って、ティアは元気を振り絞るように、カイルに微笑んだ。

その笑顔に、カイルは少し心配しながらも、ティアを支えることを決意した。ティアがどんなに元気で、どんなに頑張っていても、彼女を守るのは自分の役目だということを、改めて感じたのだった。

その日、カイルはティアの様子に注意を払いながらも、いつも通りに二人の冒険を続けることにした。そして、ティアが本当に無理をしていないか、気を使いながら彼女を支えていくことを誓った。



第16章: 守りたかったもの
ティアの足取りがふらついたのは、昼を少し過ぎた頃だった。

「……あれ?」

ティアは自分の体が思うように動かないことに気づいた。さっきまで何ともなかったのに、急に力が入らない。目の前の景色がぼやけ、ぐらりと世界が揺れる。

「ティア?」

カイルの声が聞こえた。振り向こうとするが、体が言うことをきかない。

「あ……カイ……」

最後まで言葉を紡ぐこともできず、ティアの体は力なく崩れ落ちた。



「ティア!おい、しっかりしろ!」

カイルはとっさにティアを抱きかかえた。彼女の体は熱かった。異常なほどの高熱。カイルの胸の中で、ティアはかすかに微笑んだ。

「カイル……すごく……心配……してくれてる……んだね……」

「当たり前だろ、バカ!」

怒鳴るように言ったカイルだったが、ティアはそのまま意識を手放した。

カイルはすぐにティアを抱え上げ、急いで宿へと向かった。



「……くそっ、なんでこんなことに……!」

宿の一室、ティアはベッドの上で眠ったままだった。ハーピーの体温は人間より高めだが、それでも今のティアの熱は異常だった。

カイルは濡れた布を彼女の額にあてがいながら、悔しそうに奥歯を噛んだ。

(俺は何をしていたんだ。ティアが無理をしていることに、もっと早く気づいてやるべきだった)

ティアが倒れた理由は、昨日のクエストにあった。

あの時、ティアは魔物との戦いでかすり傷を負った。小さな傷だったため、彼女自身も気にしていなかった。しかし、その魔物の爪には微量の毒があったのだ。人間ならすぐに症状が出るが、ハーピーには特有の耐性があり、発症が遅れたのだろう。

(俺がもっと注意していれば……)

カイルは苦しそうに拳を握った。

ティアの呼吸は浅く、時折小さくうめき声をあげる。カイルは何度も冷たい布を換え、水を飲ませようとするが、ティアは眠ったまま動かない。

(ハーピーの看病なんて、どうすればいいんだ……)

カイルは焦った。ティアを助ける方法がわからない。人間なら経験があるが、ハーピーの体は違う。熱を下げるべきなのか、それとも温めるべきなのかすら分からない。

「くそっ……」

無力感が押し寄せる。だが、今はただティアのためにできることをするしかなかった。



どれほどの時間が経っただろうか。

「……ん……」

小さな声が聞こえた。

カイルが顔を上げると、ティアのまぶたがゆっくりと開いた。

「……カイル……?」

ティアはぼんやりとした目でカイルを見つめた。カイルはホッとしたように息を吐きかけたが――

「バカが!!!」

突然の怒声が部屋に響いた。

ティアはびくっと肩をすくめる。カイルの顔が怒りに満ちていた。

「お前、自分がどれだけ無茶をしたかわかってんのか!? 俺がどんなに心配したと思ってる!」

「……ご、ごめん……」

ティアは涙目になりながら、しゅんと縮こまる。

「昨日からおかしかったんだ。お前、無理してただろ! どうして言わなかった!」

「だって……心配、かけたくなくて……」

「結果的にこうなったら意味ねぇだろ!」

カイルの怒りは、心配の裏返しだった。ティアはそれを理解し、しょんぼりと俯いた。

「ほんとに、ごめんなさい……」

カイルは頭を抱えた。怒りたいわけじゃない。ただ、ティアを失うことが怖かったのだ。

「……もういい。とにかく、もう無茶はするな。」

カイルはそう言って、そっとティアの髪を撫でた。

ティアは驚いたように目を見開く。カイルがこうして触れてくれることは滅多にない。

「俺は……お前を守りたかったのに……守れなかった……」

その言葉に、ティアの胸が締め付けられる。

カイルはこんなにも自分を大切に思ってくれていた。

「カイル……本当に、ずっと一緒にいてくれたんだね……」

ティアの胸に、じんわりと温かい何かが広がっていく。

(これが「好き」なのかな……?)

しかし、彼女はまだその答えを出せずにいた。

カイルもまた、今さら気づく。

(俺は、ティアのことが……好きなんだ)

二人の想いが、ゆっくりと形を成し始める。

それでも、ティアはまだ少しぼんやりした表情で、カイルを見上げていた。

「……ねぇ、カイル」

「なんだ?」

「もう少しだけ……そばにいても、いい?」

「……バカ、当たり前だろ。」

カイルは少し照れくさそうにそう答え、ティアの隣に腰を下ろした。

ティアは安心したように微笑み、再び目を閉じる。

二人の間に流れる静かな時間。

その穏やかな空気の中で、二人の気持ちは少しずつ、確かなものへと変わり始めていた。



第17章: いつもそばに
ティアの回復は思ったよりも早かった。

「よしっ、もう元気!」

ベッドから飛び起きたティアは、腕をぐっと伸ばし、ぱたぱたと羽をはためかせる。その動きに、カイルは呆れたようにため息をついた。

「……おい、まだ完全に治ったわけじゃないだろ。無理するな。」

「えー、大丈夫だよ! さぁ、クエスト行こう!」

「却下だ。」

即答だった。ティアはぷぅっと頬を膨らませる。

「なんでー!」

「病み上がりのくせに何言ってんだ。今日は軽く散歩でもして、体を慣らせ。」

「むー……」

不満そうな顔のティアだったが、カイルの意志は固かった。結局、ティアはしぶしぶながらカイルの言うことを聞き、二人はゆっくりと街を歩くことになった。



自由都市レストラードの市場通りは、昼下がりになると賑やかさを増す。

道端には天幕や木製の屋台が並び、それぞれの職人や商人たちが品々を売っていた。革細工の店では職人がその場でナイフを使い、鞣した革を裁断している。香辛料の店には、小さな陶器の壺がずらりと並び、店主が丁寧に客へ説明していた。

「うわぁ、お祭りみたい!」

ティアは目を輝かせながら、あちこちを飛び回るように見て回る。カイルはそんな彼女の後をゆっくりと歩いていた。

ふと、ティアの動きが止まる。

「……」

カイルが視線を向けると、ティアは小さな屋台の前で足を止め、じっと何かを見つめていた。

そこは装飾品を売る店だった。木箱に並べられた指輪や貴族向けの銀細工、そして羽飾り――

ティアの視線の先には、白銀に輝く繊細な羽飾りがあった。風に揺れ、光を受けてきらめくそれは、まるで本物の羽根のように見える。

カイルが横に立つと、ティアははっとしたように顔を上げた。

「欲しいのか?」

ティアは少し驚いた顔をした後、首を横に振った。

「ううん。キレイだけど、いらないよ。」

「そうか?」

「うん。だって、カイルがいるもん。」

ティアは無邪気に笑った。

カイルは一瞬言葉を失った。

(なんでそこで俺の名前が出るんだ……)

ティアの言葉はいつも予想の斜め上をいく。

「それより、お腹すいた! 何か食べよう!」

そう言って駆け出すティアを、カイルは少し呆れたように見送る。

(……欲しくないとは言ってたが、気に入っていたのは確かだな。)

カイルはちらりと羽飾りを見やる。

「……」

次の瞬間、彼は屋台の主人にこっそりと声をかけた。

「それ、まだしばらく売らずに取っておいてくれないか?」



それから数日、カイルは密かにお金を貯めていた。

必要経費を抑えながらクエストをこなし、こっそりと羽飾りを買うための資金を蓄えていく。

そんなカイルの変化に、ティアは気づいていた。

「……最近、カイルが一人で何かしてる気がする。」

一緒にいる時間は変わらないのに、時折ふっとどこかへ行くことが増えた。そして――

ある日、ティアはカイルが知らない人と話しているのを見てしまった。

それは市場の片隅、少し目立たない場所だった。カイルの向かいにいるのは、屋台の主人。

(……なにしてるの?)

ティアは遠くからじっと見つめた。

カイルは何かを受け取り、小さな袋を渡している。その仕草はどこか秘密めいていて――

(カイル、私に隠し事してる……?)

不安と怒りが入り混じった感情がこみ上げる。

(……もしかして、私以外の誰かと一緒にいたりするの……?)

その夜、ティアはカイルを問い詰めた。

「ねぇ、カイル。最近、誰かと会ってる?」

カイルは一瞬、戸惑った顔をした。

「……ああ。」

その言葉に、ティアの胸は一気にざわめく。

(やっぱり……!)

「誰と?」

ティアは怒った顔で詰め寄った。カイルは少し困ったように目を伏せ、しばらく沈黙した後、観念したように言った。

「……これを買うためだ。」

そう言ってカイルが差し出したのは――

あの日、ティアが見ていた羽飾りだった。

ティアは驚いて目を見開いた。

「これ……」

「お前、あの日欲しそうにしてただろう。」

ティアは言葉を失った。

カイルはずっと、このために動いていたのか。

「……だから、お前が怒る理由はねぇ。」

カイルは少し拗ねたように言った。

ティアはその言葉を聞いた瞬間、急に恥ずかしくなった。

(私、なんで怒ってたんだっけ……?)

カイルはずっと、自分のことを考えてくれていたのに。

「……バカ。」

ティアはそっと羽飾りを受け取った。

そして、ぱたぱたと羽を震わせながら、カイルの胸に飛び込んだ。

「……一緒にいたかったのに。」

ティアは小さく呟く。

カイルはその言葉を聞いて、少しだけ目を見開いた。

「……ったく、お前は本当に……」

カイルは、そっとティアの頭を撫でる。

ティアはカイルの胸に顔をうずめたまま、ふわりと羽飾りを握りしめた。

彼が自分のために動いてくれていたことが、何よりも嬉しかった。

そうして二人は、また少しだけ、心を通わせるのだった。



第18章: ずっと一緒に
夜の自由都市レストラードは、昼間の喧騒とはまた違った雰囲気をまとっていた。街灯の代わりに設置された魔導灯がぼんやりと道を照らし、遠くの酒場からは陽気な音楽が流れてくる。

ティアはベッドの上で丸くなり、じっと自分の羽飾りを見つめていた。

(なんで、あの時あんなに怒ったんだろう……)

カイルがこっそりと羽飾りを買ってくれていた。それが分かった時、胸の奥が熱くなって、なんだか恥ずかしくなった。

でも、それよりも――

(カイルが誰かと一緒にいるのを見た時、なんでモヤモヤしたんだろう?)

ティアは、指でそっと羽飾りをなぞる。

カイルがいれば、それだけでよかった。カイルと一緒にいる時間は、どこにいても楽しくて、安心できた。

それなのに――

(……「知らない誰か」といるのがイヤだった。)

カイルが自分の知らない時間を過ごしている。知らない人と話している。そこに自分がいない。

それが、とても嫌だった。

「……」

ティアは、ぎゅっと羽飾りを握りしめる。

その時ふと、カイルに看病してもらった時のことを思い出した。

熱でぼんやりしていた意識の中で、カイルの手のひらがそっと額に触れていた。

(あの時、すごく安心した……)

カイルの声が聞こえた瞬間、寒気も痛みも薄れていく気がした。そばにいてくれるだけで、心細さが消えていった。

それが嬉しくて、心が温かくなって――

(……あの時の気持ち、なんだったんだろう?)

ティアはベッドの上で小さく身じろぎする。

自分の中にあるこの気持ち。

カイルがいないと寂しくなる。カイルが他の人といるとモヤモヤする。でも、カイルと一緒にいると、それだけで満たされる。

(……もしかして、これが「好き」?)

「好き」という言葉を知ってはいた。でも、それがどんな気持ちなのかは分からなかった。

だけど、今なら分かる気がする。

カイルのことを考えると、心が熱くなる。隣にいるだけで嬉しくなる。

(きっと、私は――)

ティアは、ぎゅっと胸元を押さえた。

でも、それが本当に「好き」なのか、自信がない。

だから――

(……分かんなくてもいい。)

ティアは、そっと目を閉じる。

好きが何なのかは、まだちゃんとは分からない。

でも、一つだけ分かっていることがある。

(ずっと、カイルと一緒にいたい。)

それだけは、絶対に変わらない。

言葉にするのは、まだ難しい。

だから、今はこの気持ちを大事に抱えておこう。

カイルには、まだ言わない。

でも、いつかちゃんと伝えられる時が来るのだろうか。

ティアは、静かに息をつきながら、羽飾りを胸に抱いたまま目を閉じた。

この先、どんなことがあっても――

(私は、カイルとずっと一緒にいる。)

ティアの中で、その決意だけは、はっきりと形になっていた。



第19章: それぞれの想い
翌日、二人はいつもの場所で落ち合うことになった。自由都市レストラードのギルド――冒険者たちが集まる賑やかな拠点だ。広場には様々な音が響き、街の活気が感じられる。ティアは、少し早めに到着して、心の中でカイルとの再会を楽しみにしていた。

(今日は、どうしようか?)

自分の気持ちを伝えたい気持ちはあるけれど、どうしても言葉にするのが恥ずかしくて。だが、カイルに会うと、自然と心が落ち着くのを感じていた。

しばらくすると、ギルドの入り口からカイルが歩いてきた。いつもの無駄のない歩調で、こちらに向かってくるその姿に、思わず胸が高鳴る。ティアは恥ずかしそうに顔をそらし、少し照れながら待っていた。

カイルが近づいてきて、微笑みながら言った。

「おはよう、ティア。」

「お、おはよう!」

少し顔を赤くしたティアが、思わず声を震わせる。カイルはその様子に気づいたが、特に気にした様子もなく、いつものように自然に接してきた。

「準備はできてるか?」

「うん、もちろん!」

その声には少し元気がなかったが、ティアはすぐに気を取り直して答える。胸の中では、言葉にできない感情がぐるぐると渦巻いている。

(カイルと一緒にいると、なんだか安心する。けれど、それだけじゃない気がする。)

「行こうか?」

「うん!」

二人は並んで歩き出した。いつものように、一緒にクエストをこなすため、ギルドの掲示板を目指して向かっていく。

今回のクエストは、街の外で遭難した子供を救出するものだ。難易度は高くなく、サポートが必要な子供たちを見つけ出して、無事に家まで送り届けるという内容だった。しかし、途中の道のりで予期せぬ困難も待ち受けているかもしれない。

ティアは無意識に前に出ようとしたが、カイルが優しく腕を引いて止めた。

「無理はしないで、ティア。怪我をしたらどうするんだ。」

「だいじょうぶだよ!」

ティアは元気に答え、カイルの手を振り払って先に進んだ。カイルはそんなティアを黙って見守り、少しだけ肩をすくめる。

「本当に、無理するんだから。」

――道中、急な岩場を登る時、ティアの足が滑り、転んでしまった。その衝撃で背中を岩にぶつけ、顔を歪めてしまう。

「ティア!」

カイルは駆け寄り、すぐにティアを抱きかかえた。ティアは顔をしかめながらも、無理に笑顔を作って言った。

「大丈夫!少し転んだだけだから。」

「大丈夫じゃないだろ!」

カイルは眉をひそめて、ティアをしっかりと支える。ティアはちょっと悔しそうに顔を赤らめたが、カイルの優しさに内心は嬉しい気持ちが広がった。

「無理しなくていいって、言っただろ。」

「う、うん……わかった。」

その後、無事に子供たちを見つけ出し、クエストを終えた二人は、報酬を受け取るために宿に戻った。途中、ティアの足取りはまだ少しぎこちないが、それでもなんとか歩けるようになっていた。

宿に戻ると、カイルはティアの傷の手当てをしようとした。ティアはその姿を見て、ちょっと驚いたように言った。

「カイル、私が薬草で治すから……」

「お前が無理するから、俺がやる。」

「でも、私は……」

「いいから、じっとしてろ。」

カイルは優しく、しかししっかりと手当てをした。ティアはその手のひらから感じる温かさに驚き、ほっとした気持ちが広がった。

「……カイルの魔法、すごいんだね。」

ティアは目を丸くして言った。これまで、どんな小さな怪我でも自分で治すことが多かったため、カイルの魔法に触れたことは初めてだった。

「こんなもん、たいしたことない。」

カイルは照れくさそうに答えたが、ティアはその言葉を聞きながら、何か不思議な気持ちを感じていた。

「すごく温かいんだね。」

「……そうか。」

ティアはカイルの手の温もりに安心感を覚え、ふっと微笑んだ。心の中で、彼の優しさがどうしてこんなに温かいのか、少しずつ分かり始めていた。

その夜、二人は静かに宿で過ごした。クエストから帰ってきた後も、ティアはカイルの温かい言葉や手のひらを思い返していた。

「今日はありがとね、カイル。」

「気にするな、ティア。」

「うん。でも、ありがとう。」

ティアは照れながらも、心から感謝していた。明日もまた、カイルと一緒に過ごせることが楽しみで、心が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。

胸の中で、何か新しい感情が芽生えているような気がした――でも、それが何なのか、はっきりとは分からない。

それでも、きっと明日もカイルと一緒にいられる。そう感じるだけで、心が温かくなるような気がしていた。



第20章: 伝えたい気持ち
クエストを終えたその夜、宿の部屋はいつもと変わらず静かだった。ティアはベッドに腰掛け、窓の外の景色をぼんやりと見つめていた。街の灯りが遠くに見え、静かな夜の空気が部屋に流れ込んでいる。

(どうしてこんなに心がいっぱいなんだろう?)

ティアは心の中で自問した。カイルと一緒に過ごす時間が増えるたび、胸の中に芽生える感情がどんどん大きくなっていく。心地よい温もりと安心感に包まれているのに、同時に言葉にできない思いが膨れ上がり、どうしても自分の気持ちを伝えたくてたまらない。

(でも、言葉にするのが怖い。どうしても、素直になれなくて。)

彼が自分のことをどう思っているのか、まだはっきりとわからないけれど、この気持ちを伝えなければ、ずっとこのもやもやが続いてしまう。自分の気持ちを言葉にする勇気が欲しかった。

「明日こそ、全部カイルに伝えるんだ。」

ティアは心の中で決意を固め、目を閉じた。少しだけ深呼吸をして、眠りに落ちる前にカイルの顔を思い浮かべた。少しだけ照れくさい気持ちが顔を赤くさせたけれど、でも、もうその気持ちを隠すわけにはいかない。明日、きっと。

翌日、ティアはカイルを外へ誘うことに決めた。普段ならカイルが行こうと言い出すところだが、今日はティア自身がその一歩を踏み出さなければならなかった。二人で出かけるために、軽い足取りでカイルを探しに行く。

「カイル!」

ティアが声をかけると、カイルは驚いたように振り向いた。

「今日は、少しだけど、外に出ようよ。」

「外?」カイルが少し疑問の表情を浮かべる。

「うん。大切なことがあるから。」ティアは少し照れくさそうに微笑んだ。

カイルはしばらく黙っていたが、すぐに頷いた。「わかった、行こうか。」

二人は歩き出した。いつもとは少し違う空気が流れていた。ティアは自分の気持ちを伝えるための準備をしているが、どこか緊張しているのを感じていた。彼の隣を歩きながら、心臓が早鐘のように打ち続ける。

そして、二人は自由都市レストラードの外れにある、ティアの大好きな場所へと向かった。そこは静かな湖が広がる場所で、周りには木々が立ち並び、風が優しく吹き抜けていく。ティアにとっては、心が落ち着く特別な場所だった。

「ここが、私の好きな場所。」

ティアはカイルに微笑みながら言った。カイルはその美しい風景を眺め、少し驚いた様子で言った。

「すごくきれいだな。」

「うん、ここは特別なんだ。水がすごく澄んでて、静かな場所だから、よく一人で来るんだ。」

ティアは少し照れくさそうに言いながら、カイルを見上げた。心の中でずっと決めていたことを、今こそ伝えようと思っていた。

「カイル……今日は、『ずっと…ずーーーっと一緒にいたい』って、伝えたくて……」

ティアの顔が少し赤くなっているのが、カイルにもわかった。彼は驚いたようにティアを見つめた。

「ずっと……一緒に?」

ティアは少し間を置いて、しっかりとカイルを見つめた。

「うん、カイルがいれば、それだけで安心するし、どこにでも行ける気がする。でも、カイルが私のこと、どう思っているのかはわからなくて。」

ティアの言葉に、カイルは少し黙ったまま考え込んだ。静かな空気が流れる中、ティアはさらに続けた。

「私は……カイルと、ずっと一緒にいたいんだ。どんな時でも、どこにでも。」

カイルは少し考え込み、そして穏やかに答えた。

「それが、好きだってことなんじゃないか?」

ティアはその言葉に驚き、少し間をおいてから頷いた。

「……それで、いいんだ。」

カイルは微笑みながら、ティアの手を軽く握った。二人の間に、言葉にできないほどの温かさが広がっていく。

その日の午後、二人は湖のほとりでゆっくりと過ごした。ティアは心の中で、これからの未来が少しずつ見えてきたような気がしていた。カイルと一緒にいることが、何よりも大切なことだと、ようやくはっきりと感じられるようになったのだ。



第21章: 恋人として
ティアとカイルが湖のほとりで静かに座っていたその日、ティアの気持ちを伝えたことで、心の中のもやもやが少し晴れた気がした。それでも、カイルの反応を気にしながら、彼はまだ何も言っていないのだと、ティアはどこかで心配していた。

だが、カイルもまた、心の中で一つの決断をしていた。ティアが「ずっと一緒にいたい」と言ってくれたこと、それに対してどう答えるべきかをずっと考えていた。自分の気持ちを伝えるべきか、タイミングを待つべきか――そんなことを繰り返しているうちに、ようやく決心がついた。

少し沈黙が流れ、風が木々を揺らす音だけが二人の間に響く。ティアがゆっくりと顔を上げてカイルを見つめると、カイルも彼女を見返した。

「ティア、実は……俺も、ずっと思ってた。」

ティアはその言葉に驚き、目を丸くした。「え?」

「お前といると、安心するんだ。どんな時でも、一緒にいるだけで心が落ち着く。」

カイルは少し照れくさそうに言ったが、その言葉の奥には深い思いが込められているのが感じ取れた。

「俺も、お前がいれば、どこにでも行ける気がするし、ずっと一緒にいたいって思ってる。」

ティアの心は一瞬で弾けるような気持ちに包まれた。自分が感じていたこと、そしてカイルが同じように思ってくれていたこと。それを聞いた瞬間、彼女は思わず涙がこぼれそうになった。

「カイル……本当に?」

「うん。だから、俺もお前と一緒にいたい。」

ティアは涙をこらえきれず、目に溢れる涙を拭いながら、嬉しさをかみしめた。

「カイル……大好き……」

そう言いながら、ティアはカイルに抱きついた。カイルもその瞬間、ティアを優しく抱きしめ返した。

「ティアが好きだよ。」

その言葉を聞いたティアは、さらに嬉しさが込み上げてきた。自分の心がいっぱいで、言葉にできないほどの幸せが溢れていた。

カイルは少し顔を赤くしながら、ティアを見つめた。二人の間に静かな時間が流れ、ティアが少し照れくさそうに顔を上げて言った。

「じゃあ……私たち、恋人ってこと?」

カイルはその問いに少し考え込んだ後、優しく微笑んだ。

「そうだな、恋人だ。」

その言葉を聞いて、ティアは嬉しそうに笑った。彼女の顔が明るく輝き、その笑顔だけでカイルの胸が温かくなった。

「嬉しい……!ありがとう、カイル。」

そして、その瞬間、カイルはそっとティアの顔に手を伸ばした。優しく顔を近づけると、二人の唇が重なった。ほんの短い時間だったが、それは何よりも甘く、温かい感触だった。

ティアはそのキスに心が震えるのを感じて、少しだけ驚いた様子を見せたが、すぐに安心したように微笑んだ。

「これって、本当に私たち、恋人なんだね。」

カイルは照れながら、でも確信を持って答えた。

「そうだよ、恋人だ。」

ティアはその言葉に深く頷き、彼の肩に頭を預けた。二人の関係は、これから新しい一歩を踏み出したばかりだった。けれど、ティアは心の中で感じていた。これからもずっと、この人と一緒にいるんだと、確かな思いが胸の中で育っていくのを感じていた。

夜が深まり、二人は静かに手をつないで帰路についた。愛しさと幸せが、二人の心に染み込んでいく。これからの未来を一緒に歩んでいくことを、どこかで確信していた。



エピローグ

その後、二人は結婚し、自由都市レストラードの一角で静かな日々を送るようになった。カイルとティアは、お互いにとって唯一無二の存在となり、冒険者としての生活は一旦休息を迎え、家庭を築いていた。

ティアは膨らんだお腹を抱えながら、まだ不器用にキッチンで料理をしていた。笑顔を見せるものの、何度も失敗してはカイルに手伝ってもらっている。その度に、カイルは照れくさそうに「大丈夫か?」と声をかけ、ティアのために優しくサポートしていた。

「ねぇ、カイル、これってきっとおいしくなるよね?」とティアが少し不安げに聞くと、カイルは優しく微笑みながら答える。

「もちろんだよ。君が作る料理は、いつもおいしいから。」

ティアは照れたように顔を赤らめて、鍋をかき混ぜながら小さな笑みを浮かべた。数年前、まだ冒険者として戦っていた二人が、こうして穏やかな日々を送るなんて、想像もしていなかった。

「もうすぐだな。」カイルが言うと、ティアはお腹を手で押さえながらにっこり笑った。

「うん、楽しみだね。でも、どんな子が生まれるのかな?」ティアは、その言葉に期待と少しの不安を込めていた。

「どんな子でも、君と一緒に育てていこう。」カイルは優しくティアに手を伸ばし、その肩に触れた。ティアはその手をそっと握り返し、顔を上げてカイルを見つめた。

そして、数ヶ月後――

ティアは無事に元気な女の子を出産した。小さなハーピーの赤ちゃんは、ふわふわの羽を持ち、カイルにそっくりな目でティアを見つめていた。

「元気な子が生まれてよかったな。」カイルは、赤ちゃんを抱きしめながら優しく語りかける。その眼差しは、無限の優しさと愛情に満ちていた。

「うん、私たちの子だもんね。」ティアも微笑みながら、カイルの肩に頭を寄せた。

それから数年後――

二人にはもう一人、元気な男の子が加わった。女の子は母親に似て元気で自由な性格を持ち、男の子はカイルに似て冷静で優しい性格だった。二人は兄妹として、日々を楽しんでいた。

「カイル、見て!赤ちゃんが立ったよ!」ティアは目を輝かせ、男の子を指差す。

「本当に、すごいな。」カイルはその光景を温かい眼差しで見守っていた。

ティアはふと手を伸ばし、カイルの手を握る。「ねぇ、私、ずっとこのままでいたいよ。こうやって、みんなで一緒に。」

「もちろんだ、ティア。」カイルはその手をしっかりと握り返し、微笑んだ。「これからもずっと、一緒だ。」

二人は笑顔を交わし、手を繋いだまま、これからの冒険と幸せな日々を心に描きながら歩んでいった。

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