世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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4章 もう一つのスキル

4-4. カイドでの辛い過去

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(※過去のトラウマになる出来事が出て来ます)


「あのね、アル、カイドで何があったか聞いてくれる?」
「ユウ、辛いなら、無理に話す必要はないんだ」
「ううん。もう忘れたいのに、何度も何度も夢に見て忘れられないんだ。辛い思いは話したら少しは軽くなるって聞いたことがあるから」
「途中でやめてもいいからな」

 ブランに抱き着く僕を、アルが後ろから抱きしめてくれる。きっと大丈夫。


 僕はこの世界に迷い込んですぐ、カイドの田舎道で商人に拾われた。持ち物も持たない僕を、迷子だと思った商人は、近くの街まで連れて行ってくれた。
 そこで僕は教会の孤児院に連れていかれたが、この世界で成人済みの15歳だと分かったため、仕事を探さなくてはならなかった。
 まずはスキル鑑定をするのがいいだろうと、お金を借りてギルドに登録し、スキル鑑定をした結果、僕には「アイテムボックス」「付与」のスキルがあった。
 僕はそのスキルの重要性が分からなかったので、鑑定してくれた人に結果を見せて、このスキルで仕事が探せるか聞いた。
 これなら、冒険者としてやっていけます、ギルドでバックアップしますよ、スキルの使い方も教えましょう、そう言われて、僕は彼らを信用してしまった。

 まずはアイテムボックスの使い方を教えてもらい、初めて収納できた時は、なんて便利なスキルなんだと感動した。
 次に付与の使い方を教えてもらったが、こちらはなかなかできなかった。

 カイドは深い森が広がり、冒険者は魔物の素材を買い取ってもらうことで生計を立てている。
 僕はSランクのパーティーに見習いとして入れてもらえることになり、彼らに着いて森の中へ行く。彼らの食事や荷物は全部僕のアイテムボックスの中だ。けれど、アイテムボックスが周りに知られると、自分たちのも持ってほしいと言われるので、アイテムボックスは秘密にして、偽装の荷物をもつものだ、と言われてそれを信じた。
 最初のうちはよかった。アイテムボックスの便利さに、パーティーのみんなが感謝してくれた。けれど、体力のない僕はみんなのスピードについていけず足を引っ張る。そのうち、メンバー全員から辛く当たられる。僕のアイテムボックス内の荷物を失うわけにいかないので守ってはもらえるが、お前がいるせいで攻撃に参加できないと舌打ちされる。
 僕には着いていくのは無理だし、みんなの足を引っ張ってしまうから、パーティーを抜けたいとギルドに相談したが、パーティーリーダーの許可がないとダメだと言われた。それでリーダーにやめさせてほしいとお願いしたが却下された。
 そのころから、パーティーメンバーによる僕への暴力が始まった。

 暴力とは無縁のごくごく一般的な家庭の末っ子として育った僕は、日本でも平均身長より少し低かったが、この世界では成人前と間違えられるくらいの体格で、冒険者として活躍している人たちには全く叶わず、少し殴られただけで心が折れた。殴られるのが嫌で、びくびくしていると、その態度が気に入らないとさらに殴られる。
 他のパーティーも見ているのに、誰も助けてくれない。
 後から知ったことだが、カイドのギルドの雰囲気の悪さに、まともな高ランクパーティーは街を離れて拠点を変えたため、性質の良くないパーティばかりが集まっていたらしい。低ランクの冒険者は、彼らを恐れて何も言えなかった。

 そんな時、Aランクのパーティーの剣士が、優しい声をかけてくれた。君は頑張っているのに彼らはひどいことをする。ギルドに掛け合って、自分のパーティーに入れるようにするから、それまでもう少し頑張れ、と。優しい言葉に飢えていた僕は、彼を信じてしまった。
 彼の武器に強化の付与をする、そのことを目標に何度も何度も練習するうちに、やっと強化の付与が成功するようになった。
 彼にできたと報告したときだった。本当にできているのか試してみようと、僕は自分の強化した剣で斬られた。ポーションで治療され、このことは誰にも言うな、言えばまた同じ目にあうぞと脅された。
 ギルド職員から、僕が付与ができるようにならないと愚痴を聞いて、自分がやる気にさせる代わりに自分の武器を最優先にする、という取引をしていたのだ。
 優しくされてすぐに信じた君は扱いやすかったよ、と笑われ、絶望した。

 ある時、高ランクの魔物の素材の依頼のため、かなり森の深くに踏み入れた。
 そこで僕は目的ではない魔物に襲われた。けれど、どうせ誰も助けてくれないのだからと、パーティーとは別の方向へ逃げた。森のさらに奥深くへと。もうあのパーティーのところには戻りたくない。

 必死で走った先にブランがいた。
 とても綺麗だった。月の明かりに照らされて、サラサラの毛が、深い眼差しが、ただただ綺麗で、見とれた。
 僕は引き寄せられるようにブランに近づいて抱き着き、気を失った。


「起きたらブランの毛に包まれてて、天国かなって思ったんだ。そなたこの世界のものではないなって言われて、すごく驚いたよ。なんで分かったの?」
『魂が違うからな』
「なるほど。全然分からない」
「獣道に会ったのはその後か?」
「うん」

 ブランと契約し、魔物に襲われた傷も癒えた頃、ブランが街へ行こうと提案してきた。ブランが果物や木の実を採ってきてくれて空腹を満たしていたけれど、森の中では食事も十分にはとれないし、人は人の中にいるべきだというのがブランの主張だった。
 けれど、僕はもうこの世界の人が怖くて関わりたくなかった。それにカイドで僕に暴力をふるった人たちに会うのは絶対に嫌だった。
 なので、まずはカイドから離れようと、森の中をオモリのほうへ移動することになった。

 森の中を進み、オモリの街に近づいたところで、僕は熱を出した。治療のためであっても街に行くことを僕が拒否しているうちに、僕は高熱で意識を失ってしまい、ブランが森の中にいた獣人のパーティーに助けを求めた。それが『獣道』だ。
 助けを求めたと言っても、シルバーウルフに擬態して、意識のない僕を背に乗せて、彼らに近づいただけだ。彼らは、最初は人がシルバーウルフに襲われていると思ったが、従魔に助けを求められているのだと気付き、意識のない僕をオモリの街へ連れて行ってくれた。
 彼らが同じ宿に泊めて、治療を受けさせてくれたことで、僕は回復した。

 回復して事情を聞かれる中で、カイドのギルドが僕を探していることを知った。身分証として冒険者ギルドカードを見せ、本人のカードかどうかの確認をオモリのギルドでしたところ、カイドのギルドから、僕がギルドのものを盗んだとして捜索依頼が出ているので拘束する、と言われたのだ。
 盗んでなどいない、アイテムボックスに入れていたものはカイドの森にすべて置いてきた、暴力をふるわれているのにパーティーも抜けさせてもらえないから帰りたくない。そう言った僕に、ギルド職員と獣道が固まった。
 その時初めて僕は、アイテムボックスが国に保護されるくらい希少なスキルだと知らされた。ブランもかなり珍しいスキルだとは知っていたが、保持者の扱われ方までは知らなかったのだ。

 そこからは、獣道が僕の代理人のような形で交渉を進め、カイドギルドの不正の調査を厳格に行うこと、僕のスキルを勝手に国に知らせないことを求め、破ればノーホーク王国のギルドはアイテムボックス持ちを使い潰したとSランクパーティーの名で公表するぞと脅しをかけ、僕の護衛もしてくれた。
 結果、カイドのギルドの職員は犯罪奴隷となり、僕にはカイドでの働きに本来払われるはずだった金額と、ノーホーク王国のギルドからの多額の見舞い金という口止め料が払われた。ギルドの負担で、教会で高度な治癒魔法を受けることもできて、身体に残った傷は、傷跡を含めてすべて消えた。

 獣道は、この先ひとりでは大変だろうと、自分たちのパーティーに誘ってくれた。彼らはきっといい人だ。ただ森で保護しただけの僕のために、親身になってギルドとの交渉もしてくれた。それでも、また裏切られるかもしれない、そう思うと頷けなかった。
 それならと、戦闘奴隷の購入を勧めてくれて、冒険者ギルドに紹介状を書かせ、オモリの奴隷商にも同行してくれた。条件に合う人がいないと分かると、ソント王国のカージには多くの奴隷が集まると情報をくれて、一緒に行こうかとまで言ってくれた。そこまでは甘えられないので同行は断り、従魔として登録したブランとソント王国へ向かい、そこでアルに会った。

「ひとりで頑張ったんだな」

 アルの優しい一言に、涙があふれて止まらなくなった。泣き続ける僕の背中を優しく撫で、つむじにキスをして、宥めてくれる。大丈夫、よく頑張った、その言葉に、涙と一緒に苦しさや辛さが溶けて流れていく気がした。

「カイドのギルドに文句言ってくれたパーティーもいくつかいたんだって。でも変わらなかったからオモリに移動してて、その人たちが証言してくれたって。地元の冒険者が僕の側に着いたから、ギルドもうやむやに済ませられなかったんだろうって獣道のみんなが言ってた。囲い込むのもたぶんそれで諦めたんじゃないかって」
「そうか」
「なんてひどい世界なんだって思ったよ。でもブランに会えたから、獣道のみんなが助けてくれて、アルにも出会えた」
「ブランのおかげだな」

 思う存分泣いて落ち着いたところで、ずっと気になっていたことを聞いてみた。

「なんでブランは僕と契約しようと思ったの?」
『他の世界の者など初めて会ったから、面白そうだと思った。放っておくとすぐに死にそうだったしな』
「ブランにとって僕は珍獣ってことか」
『お前もだろう。俺の毛をさんざん撫でまわしておいて、何を言うか』
「だって綺麗だったし、僕は犬派だし」
『俺は犬ではないぞ!』
「知ってるよ、あんな大きな犬いないでしょう。ねえ、アルがネコ科の従魔と契約したらどうかな?」
『許さん!』
「ユウ……、ブランは神獣なんだから、さすがにそれは」

 ブランが牙を見せて唸っているけど、ブランは僕を傷つけたりしない。今だって抱き着いて、毛を涙で汚している僕を振り払ったりもしない。鼻水もついてるよね、ごめん。
 どんな時も僕を守ってくれる。自分でも甘えすぎだと思うけど、それさえも許されると思えてしまうのは、存在自体が違うからなのか。

 思い出してこうして話すだけでも、手が震えてしまう。あの時遊び半分で斬られたことは、かなりのトラウマになっている。
 ブランがいなかったら、あの時会えなかったら、僕はこの世界で生きてはいられなかった。

「ブラン、ありがとう」
『ふん』
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