世界を越えてもその手は

犬派だんぜん

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6章 あふれの渦中

6-3. 総力戦

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 モンスターはだんだん強くなっていく。
 アルが加わった当初は、3交代制で1チームはセーフティーエリア前で戦闘の合間に休憩していられたが、すでにセーフティーエリア前でも常時戦闘が行われている。それでも階段を抜けたモンスターの半分以上は地上へ向かっているのだ。
 地元のSランク2パーティーがここにいるということは、地上にはおそらくSランクパーティーがいない。領軍と、緊急招集で周りの街から集まってきてくれる冒険者の健闘を祈るしかない。

 セーフティーエリア前でも戦闘が行われるようになってから、アルが戦闘しているときは、セーフティーエリアの入り口で見守っている。いざという時にブランに助けてもらいたいからだ。ブランは、アルだけはどんな時でも助けてくれる。

 僕たちが進んでいた下層の真ん中あたりで見たモンスターが出現するようになると、僕が見ても、戦闘に余裕がないのが分かる。
 その中でもアルは、というかアルの魔剣は、バッサリとモンスターを斬っている。

「アル、強いね」
『(あの魔剣とここのモンスターの相性がいいな。だから持ちこたえていられる)』
「魔剣と相性ってあるの?」
『(属性攻撃が無効のモンスターには魔剣もただの剣だ)』

 なるほど。あの魔剣はかまいたちみたいなのが飛んでいくけど、物理攻撃しか効かない相手だとそれも無効なのか。
 そんな風にアルの戦闘を見ていたら、階段の前で悲痛な叫び声がした。下から一緒に上がってきたSランクパーティーのリーダー、クルーロさんが攻撃を受けたようで倒れている。すぐにアルが目の前のモンスターを片付けて、フォローに向かい、メンバーがクルーロさんを抱えるようにして、セーフティーエリアに戻ってきた。
 お腹から大量の血が流れているので、血が苦手な僕は直視できない。パーティーメンバーがポーションをかけても流れる血が止まらず傷が塞がらないので、さらにポーションをかけようとしたのを、クルーロさん本人が止めた。

「やめろ。この傷は……無理だと、……自分でも、分かる」
「リーダー!」
「後を、頼む、……ミラン」

 睡眠中だったパーティーも騒動に気づいて起きてきた中に、もう1つのSランクのパーティーを見つけ、クルーロさんがとぎれとぎれの声で伝えた。致命傷なのか。

「ブラン、あの傷ってエリクサーで何とかなる?」
『(なるぞ)』

 使っていいかな。いいよね。こういう時に使わないでいつ使うんだ。よし使おう。

 ちょっと見るのがしんどいけど、クルーロさんに近づき、アイテムボックスから出したエリクサーの瓶を握りしめて、傷口にかけると、傷口がほのかに光った。
 驚いたクルーロさんが自分の傷口を触っている。傷は塞がったようで、クルーロさんが自分で身体を起こした。よかった。効いたみたいだ。

「何をした。これはまさか、」
「エリクサーです。1本しかないので、次はありません」
「そんな貴重なものを、オレのために」
「貴方のためじゃありません。アルのためです。今あなたに抜けられると困るんです。きっとここにいる全員の心が折れてしまう」

 彼はここのメンバーの精神的な支柱だ。もう1組のSランクパーティーと共に、2組いるからこそ生きて帰れると信じていられるのだ。僕たちはSランクとはいえ余所者だ。彼が抜ければ、一気に瓦解する。そんなことになったら、その惨状を見て傷つくだろう僕をここに残したことを、アルが後悔する。

 それよりも外でアルが戦闘しているので、クルーロさん以外は戻ってほしいな。
 僕が外を気にしているのに気づいたクルーロさんが、戦闘に戻れとメンバーに言ってくれて、彼らは後ろ髪を引かれながらも戻って行った。

「支払いの話は、地上に帰ってからでいいか」
「はい」
「悪いが、オレは1日休みをもらう。それまで頼む」

 もう1つのSランクパーティーのリーダー、ミランさんにそう言って、さっさと自分のテントに引き上げて行った。休んで回復して戦線に復帰するためだろう。非常時とはいえ、あの出血で1日で復帰できるのか。すごいな。
 ちなみにエリクサーはもう1本ある。でもこれはもしもの時のアルのためのものだから、次はないというのは本当だ。

「ありがとな」
「いえ。出るんですか?」
「ああ。あいつが復帰するまで、頼まれたからね」

 休憩中だったミランさんが、どうせ起きてしまったし、と戦闘に出て行った。彼のパーティーメンバーの一部も一緒だ。
 ミランさんたちは数時間しか寝ていないけれど、Sランクパーティーのリーダーであるクルーロさんが抜けた穴を埋められるのは、同じSランクだけだ。クルーロさんのパーティーのメンバーだけでなく、一緒に戦っている冒険者も、目の前でクルーロさんが倒れるのを見て動揺しているだろう。戦力以上に、気持ちを奮い立たせるために、彼らの存在が必要だ。

 僕は、Sランクの背負うものの大きさを、初めて知った。
 彼らは希望だ。ここの冒険者にとってもだけど、きっと彼らが生還すれば、それはあふれで被害が出た街の希望になる。

 僕もSランクだけど、僕のはアイテムボックスに対する評価なので、だれも僕に戦闘を期待していない。
 僕の安全は全てアルに委ねられていると周りは判断している。今回僕が無事に帰らなければ、アルが悪し様に言われてしまうだろう。
 ここにいる全員が、いざとなれば僕だけは生きて帰そうと思っているのも気付いている。

 僕は無事で帰らなければならない。
 そして、ここにいる冒険者もまた、無事で帰らなければならない。
 僕に出来ることは何だろう。


 休憩で少しだけ仮眠をとるアルと一緒にテントに入ったところで、考えていたことを話す。

「アル、防具に強化の付与をかけたい」
「ダメだ」
「アル、彼らはこの街の希望なんだ。無事に帰らないと」
「それは分かる。けれどダメだ。ホトでは断ったのにここではやるのか、と言われると反論できない」

 僕は以前ホトのあふれの際に、領兵に武器への付与を求められて、過去のトラウマから取り乱してしまった。領兵が僕に強要したということで、ホト領へはその先5年あふれの対応に僕を派遣しないとギルドがペナルティを課した。それなのにここで付与をすると、ホトへの処罰が厳しすぎたことになってしまう。
 アルの言うことが正しい。けれど、このままではおそらく全員無事に帰れない。

『モンスターを間引いてやるから、やめておけ』
「ブラン?」
『今回だけだぞ』
「ブラン、ダメだよ。ブランに迷惑はかけられないよ」
『手を貸すことに問題はない。人のやることにはあまり関わらないようにしているだけだ。ユウのためなら構わん』

 制約とかがあって手を出さないようにしているわけではないらしい。何度聞いても嘘ではないと言っているから、本当なんだろう。
 僕のわがままでブランの信念を曲げさせてしまった。ブランに甘えてばっかりだ。


 アルは仮眠をとって、また戦闘に戻って行った。
 抜けたクルーロさんの分を、残りのSランク2人で補うためだ。
 そして、下層のモンスターの中でも強そうなモンスターが現れた頃には、ブランがセーフティーエリアから出て、アルのサポートをするようになった。地上に帰ったらブランに美味しいお肉を進呈しなければ。

 僕にも何かできることがないか、アイテムボックス内を調べて、1つだけ出来そうなことを見つけた。

「このレモンを全部輪切りにしてもらえるかな?」
「厚さはこれくらいでいいですか?」
「うん。種を取って、この容器にいれてね」

 レモンを輪切りにしていたら、リンバーグの子が手伝いを申し出てくれた。僕の包丁さばきが不安だったからではないと信じたい。
 ビタミンCをとるのにいいよねと買ったまま使ってないレモンと、カザナラで特産品として売られていたハチミツがアイテムボックスに入っていたので、ハチミツレモンを作ろう。
 レモン1つ分が容器に入れられる度に上からハチミツをかけていると、そんなに使うんですか?と驚かれてしまった。そういえばこの世界、甘味は贅沢品だ。日本の感覚でドバドバ入れていたけど、ハチミツは高かったんだ。でもこんなところでケチる気はないので、最終的に1瓶丸ごと使った。
 包丁を出したついでに、アイテムボックスから果物を出してむいてもらおう。ハチミツレモンは1日置いてからだから、今日はデザートに果物だ。

 衣食住で、住はまず整えたし、衣は付与以外に出来ることを思いつかないので、となると食しかない。三大欲求のひとつでもあるしね。
 戦闘している人たちの疲労はピークだ。戦闘していない僕ですら疲れている。決して安全ではない場所にはいるだけで疲れてしまう。
 昨日はクルーロさんの瀕死騒動もあったし、せめて何かホッとできるものをと思い当たったのが、甘いものだった。アルみたいに甘いものがそんなに好きじゃない人には申し訳ないけど、こういう時には甘いものでしょう。

 翌日のハチミツレモンは、大好評だった。
 お水で割って、ブランに出してもらった氷を入れる。水で割る前の状態のハチミツの量を見て、それいくらするんだよと恐れ戦いていた人も、1杯飲むとおかわりしていた。クエン酸で疲労回復してほしい。この世界にクエン酸があるのか、疲労回復するのかは分からないけど。
 クルーロさんもハチミツレモンを飲んでから、戦線に復帰した。

 そして、その日から3日間、総力戦だった。
 最下層間近のモンスターが、絶え間なく襲ってくる。三交代制での寝る時間もほとんど取れず、仮眠してはすぐに戻って行く。行かなければ、戦っている人たちの命が危ない。ポーションが文字通り湯水のごとく消費されていく。
 リンバーグもセーフティーエリアの入り口で武器を構えていて、僕はその後ろに下げられてしまったので、ただ祈ることしかできなかった。
 ブランがみんなに見えないところでだいぶモンスターを間引いてくれたと、後からアルが教えてくれた。戦闘が激化し、みんな周りを見ている余裕がない中で、ブランがこっそりと階段に上がる前のモンスターを倒してくれたそうだ。

 僕たちがこのセーフティーエリアに来てから7日後、やっと下の階から上がってくるモンスターがいなくなった。
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